祭りの夜
その日は暑い雲がかかっていた。新月のだから一切の光もない。
祭りの夜。私は綺麗な装束を着た。白くてヒラヒラして、金と赤の刺繍が襟に刺してある。胸元には日向の家紋。祖母に小さな目と口に紅を引いてもらった。
「まあまあ……とても綺麗よ」
祖母は嬉しそうに笑い、鏡に映る私に向かって微笑んだ。
「そうかな」
「うん。とても別嬪さんだよ。それじゃあいこうか」
最後に薄い布を被せられる。赤い布の向こうに、うっすらと祖母のシルエットが浮かぶ。その手を引かれ、祭りの会場までゆっくりと歩く。道ゆく人が頭を下げるのがぼんやり見える。神社に組まれた舞台まで辿り着くと、祖母が薄布をとってくれた。息がしやすくなり視界が開ける。
「じゃあ、私は行くから。頑張るのよ……日向の誇りにかけて月見里を蹴散らして」
祖母から模擬刀が渡される。
練習用の木刀だ。本来なら御神刀が渡され、それで月見里と斬り合う。ただそれは大舞での話。その年が来るまで、私と晴太は殺し合いの練習をする。この木刀でどちらかが倒れるまで。殴り合うのだ。
神楽の舞台に出ると、むわっという暑さが込み上げてける。ぼうぼうと燃える松明に虫が飛び込んでいく。それが焼ける臭いが香ばしくて気持ちが悪かった。
ゆらめく炎の向こうに、私と同じ。だけど黒い服を着た誰がいた。顔は薄布で覆われているが、晴太だと分かった。
太鼓の音がどんどんと響く。誰がが長々と祝詞を唱えていた。
ぴたりと太鼓と祝詞が止むと、ざわざわとしていた舞台の下の人々が静まり返る。息を呑む声までも、聞こえてきそうだった。
「ふだがみしんより、かしこみ、かしこみ……ただいまより、まいのぎを、おこないそうろう」
祝詞が響く、太鼓の音がまた鳴った。
それは開戦の合図、けたたましい音太鼓の音と歓声の中、私たちは剣を構えて一歩、また一歩と舞台の中心まで舞ながら歩みよった。
剣先が触れるほどに近づく。私の息がはぁはぁと絶え間なく吐いたり吸ったりしているのが聞こえる。ああ、緊張してるんだなと、頭は冷静でいた。でも、晴太の息は聞こえない。私ほど乱れていないのだ
先に仕掛けてきたのは、晴太だった。するりと。まるで空間を縫うように、私の眼前に切っ先が迫る。身を捩って一重で交わす。避けられたことに安堵した途端、腹に強い力が飛び込んでくる。
舞台を滑るように転倒する。
蹴られた。なんで。
理解する前に、だだっと、舞台をかける音が聞こえる。
勢いよく振り下ろされてきた木刀を転がって避ける。
晴太は淡々と私を追いかけて、木刀を下ろす。咄嗟に、いや練習したとおりに、私は自分の木刀でそれを迎えうった。かんという音がして、攻撃は弾かれる。
晴太はそれに距離をとる。三歩ほど。ぎりぎり届かない間合い。
その隙に体勢を整えて、大きく深呼吸をした。
晴太は勝ちに来ている。
私にとって勝敗はどうでもよかったが。あの弱気の晴太がこうも真っ向から来るとは予想しておらず、大きく動揺していた。だけど、じんじんとする腹が、頭を冷静にしてくれる。
もしかしたら、いや、やはり。晴太は。私に負けると酷い目に遭わされるのかもしれない。
だって晴太は村の爪弾きもの。負けたら月見里の家に何をされるかわからない。それに対して私はどうだろうか。負けたとて、嫌味の一つは言われるかもしれないけど。そんな大した損はない。
私は腹を決めた。
間合いを一気に詰める。
晴太は刀を構えて、それを向かい打つ、かんかんがんがんと刀が互いを弾く音がした。
観衆はそこでわぁっと声を上げた。好都合だ。
「晴太!晴太」
舞台下に聞こえないよう。それでも晴太には聞こえるように、刀を弾きながら声をかける。晴太は反応しないが、きっと刀を捌くのに必死なんだ。構わない。続ける。
「私!負けてあげるから……」
一瞬晴太の動きが止まったが、私が刀を向けるとすぐにそれを弾く。
「あの約束。先に当てた方が、気絶したふりするやつ!私に当てて!気絶してあげる」
身を引き、距離を取る。周りには悟られないようにやらなくてはならない。
私は勢いよく晴太に飛び込んでいく、かあんと。今まで一番甲高く。刀同士が触れ合った。私の振った木刀は晴太に弾かれて天高く空を舞う。まぁ、私が離したのだけど。
ざわざわと観衆が声をあげる。
晴太は刀を振るう、瞬間。彼の顔にかけてある布が風で捲り上がった。
きっとさぞ、あの申し訳なさそうな、それとも困ったような顔をしているんだろうな。と思った。
でも、その顔は酷く冷たい顔だった。
すっと開かれた黒目、結んだ唇。汗を一つかかないで、木刀を構えたまま、晴太は突っ込んでくる。
あっ。と思った時には、すでに避けられる間合いを超えていて、がんという鈍い音が響いた。ああ、空が見える。観衆の音が聞こえない。きーんという金属音がどくどくとうるさい頭の中に吸い込まれ、遠くから聞こえるみたいにこだまする。頭を触るとぬめっとした感触。手のひらを見ると赤かった。ぐらんぐらん揺れる視界を動かすと、そばには晴太が立っていた。
ああ、気絶しないと。そうじゃないと負けてあげられない。
晴太は静かに、木刀を振り上げる。
それを3回ほど繰り返すと、観衆の声は聞こえなくなった。ああ、耳がおかしくなったのかな。舞台の端から、大人たちが駆け寄る。晴太を床に押さえて、なんか怒鳴りつけている。わかんないけど。よかった。耳は大丈夫。
ああ、でも皆、晴太を離してあげてよ。
晴太は勝ったんだから。ほめてあげて
ひどいことしないで
でも。なんかもう。いいし、疲れた。
ああ、よかったね。せいた。
だから
わらってよ。




