いつかの約束
その日から。舞の踊り方を、御神刀の扱い方を。毎日のように教えられた。
私は家が嫌いになっていった。
家に帰るのがたまらなく嫌で、その日。私は森へ寄り道をした。きっと遅く帰ったら怒られる。叱られるのはすごく嫌だけど。手足にアザを作ったり従兄にじろじろ見られたりする方がずっと不愉快だった。
一度叱られるだけで、この自由な時間を得られるなら安いのかもしれない。
木陰で休んでいると、がさりという音でめがさめた。まさか祖母が自分を探しに来たのでないかと急いで起き上がる。その瞬間に見えたのは晴太の顔。
ごちんという音がして二人で額を打ちつけた。
私は地面に後頭部まで打ち、晴太はのけぞって額を抑えていた。
ひりひりとする頭を押さえ涙目になりながら晴太を見つめる。
「何してんの!?」
晴太は額をさすりながら、私を見つめ返した。
「全然起きないから……ちょっとしんぱいになって」
「寝てただけだし……」
いや、本当は寝てなんかない。目を瞑ってただけなのに。もう少しで眠れそうだったのに。
しばらく黙っていると、晴太は首をふった。
「……本当は起きてほしくて。起こそうとした」
「なんで……」
「ちょっと話したかったんだ。でも、朝子ちゃんもそうじゃないの?」
口を紡ぐ。否定はしなかった。
「やってるでしょ。稽古」
「うん」
晴太の手足にもアザがあった。それはいつものことだけど。その中に私と同じものがある。舞の稽古は木刀を使う。それで打たれたものだ。アザの上にアザが重なって色が滲んでいる。緑の上に青や紫。新しいのは赤色。
「僕たち。いつか殺し合うんだね」
あまりに淡々と、さらりと晴太は言う。
「やめてよ……」
笑えない事実に気が滅入る。想像もつかない先の話だ。でもあっという間にくるであろう未来の話。
「月見里は揉めてるんだ」
「何を……」
「僕の奥さん探し。誰も僕のお嫁さんになりたくないから……朝子ちゃんは許嫁決まったの?」
「……従兄」
「ああ、あの……」
晴太は言いかけて口を紡いだ。従兄がどんなに男なのか。子供ながらになんとなく分かっていたんだろう。
「あーあ。朝子ちゃんが僕の許嫁だったらよかったのに」
「何言ってるんだか」
あまりに荒唐無稽の話に、思わず乾いた笑いが出る。
「だって、ずっとマシだろ。この村の誰よりも」
「……それは」
アザをさすり、賛同しそうになっている自分に情けなさすら感じる。アザの上はぎゅっとつかむとずきんと痛んだ。
「木刀で叩かれると痛いよね」
「うん」
「叩くのも怖いし」
「……うん」
大舞の年まで、あと八年。その年が来るまで、私と晴太は殺し合いの練習をする。木刀でどちらかが倒れるまで。それは、どれほどの痛みを伴うのだろうか。考えたぢけでもぞっとした。
「二人で大人になったらさ、どこかにいこうよ」
不意に晴太がつぶやいた。
「どこかってどこ?」
「そうだな。東京とか」
「東京ってどこにあるの?」
「わかんないや。でもさ、東京の人たちは僕たちのこと誰も知らないんだよ。美味しいものもいっぱいあって、夜はきらきら光るんだって。おもしろいものもたくさんあるんだ。僕は映画ってのを見てみたいなー……朝子ちゃんも一緒に行こうよ。大人になったら一緒に行こう」
私たちのどちらかに大人はおとずれない。大人になる前に子供を作らされ、大人になる前にどちらかは殺される。殺すのだ。
それでもそれは、今すぐじゃない。少し先の未来。
「うん」
返事をした。日が暮れるまで村を出たらやってみたいことを話し合った。
久しぶりに楽しかった。
「ねぇ、朝子ちゃん。木刀って痛いじゃない」
帰り際、晴太がポツリと言った。
「そうね」
「だからさ、最初に一発当てられた方が、気絶するフリをしない?そうしたらすぐに終わるじゃない。打ちどころの良し悪しなんて見ている人には分からないし」
「それいいね」
どちらか先に当てた方。それならば真剣勝負だ。何度打たれても立ち上がるなんて根性も信念も持ち合わせていない。一度で決まることもあるだろう。
「じゃ、約束ね」
「うん」
笑い合って、私は先に山を降りた。もし晴太が望むなら、私は負けてあげてもいい。そうすれば少なくとも、彼が月見里の連中に無碍にされることはないだろう。




