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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

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 異星植物の栽培試験場にもなっていた場所は、拠点外周に確保された〝実験区画〟であり、汚染された大量の土壌が運び込まれ、〈アスィミラ〉の環境改変能力を検証するために用意された土地だった。


 けれど、その過程は決して容易なものではなかった。作業に従事したのは無人機の多脚車両や機械人形だったが、汚染は深刻で、重金属や毒素、放射性物質が高濃度で蓄積していたため、電子部品が異常を示し、センサーが誤作動を起こし、何体もの機械が故障してしまった。


 腐食は外装だけでなく内部回路にまで及び、絶縁層を侵食する微細な導電性粒子が侵入していた痕跡も確認されていた。回収された機体の一部では異常行動が見られ、まるで〈廃墟の街〉で観測される暴走機体のように駆動を続けていた。制御信号とは無関係に、何か別の刺激に応答しているかのような奇妙な動きだった。


 それは、この街がただ〝汚染されている〟という範疇を超え、異常な相互作用を持つ環境であることを示していた。汚染地帯で見られる超自然的な現象との関連性は見出せなかったが、そこで何か理解できない現象が起きていることは間違いなかった。


 所定の場所に運ばれた土壌は、含有毒素や汚染の種類ごとに区画分けされていたはずだったが、異星植物が介入したことで状況は変化した。やがて境界は曖昧になり、区画間で成分の再分配が起き始めた。まるで土そのものが内部から撹拌されているかのように、構造がゆっくりと崩れていった。


 現在では汚染が検出されることはなく、〈アスィミラ〉が土壌中の毒素を吸収し、分解し、無害化したことが分かる。


 数値上は完全な浄化に近いが、その無害化の定義が人間の基準に依存している以上、別の指標では異常が進行している可能性は否定できなかった。実際、土壌の特性や微生物構成は、既知のどの環境とも一致しない値へと変化していた。


〈アスィミラ〉の環境改変能力は驚異的だったが、同時に不気味でもあった。植物が毒素を処理する過程で放出する霧や胞子が、人体や他の生物にどのような影響を与えるのか──それはまだ完全には解明されていない。ただの胞子体ではなく、環境中の情報を保持し、伝達する媒体である可能性も示唆されていた。


 多くの謎を解明するためにも、この土地は解放されていた。異星植物が環境をどう変えるのか、どこまで拡散するのか、どんな生態系を形成するのか。それらを多角的に調査するための実験場だったが、それが正しい判断だったのかは、今も誰にも分からない。


 どのような恩恵があったとしても、〈アスィミラ〉が侵略的外来種であることに変わりはなかった。だからこそ、慎重にならざるを得なかった。


 その試験場では、作業用ドロイドやドローンが働いていた。多脚型のドロイドが土壌のサンプルを採取し、背中のコンテナに収納していく。頭上では小型ドローンが飛び交い、燐光を放つ花弁の表面をスキャンし、胞子の濃度や光の波長を解析していた。


 ここで取得されたデータは即座に拠点中枢の管理AIへ送られるが、その一部にはノイズとも、意図的な攪乱(かくらん)とも取れるパターンが混じっていた。〈アスィミラ〉の干渉か、あるいはこの植物そのものが持つ性質なのか、判別はついていない。


 そして、この区画の管理を任されていたのがヨウタだった。植物の栽培や育成に並々ならぬ情熱を持つ青年は、依頼を受けたときこそ驚いていたものの、未知の異星植物と触れ合えるという理由もあり、率先して計画に参加してくれていた。


 彼の観察記録は、機械人形や装置の数値では捉えきれない変化──葉の開閉周期の微妙な揺らぎや、光の強度の変化に伴う群落全体の反応などを克明に捉えていた。機械が些細な変化として切り捨てる微差を、彼は意味のある変化として拾い上げていた。


 そのヨウタに、〈アスィミラ〉の現在の状況を確認するため会いに来ていた。安全性を考慮してガスマスクを装着し、青紫に染まる植物の群落へと分け入っていく。フィルター越しに吸い込む空気は除染されているはずなのに、喉の奥にわずかな刺激が残る。それが錯覚だと分かっていても、いい気分ではない。


 つめたい濃霧が足元を這い、植物の根が絡み合う湿った地面がわずかに沈む。踏み込むたび、地中で何かが応答するように微かな振動が返ってくる。燐光は霧に反射し、視界が揺らぎ、まるで別の世界へ迷い込んだような錯覚を抱かせる。


 この土地は確かに浄化されつつあったが、同時に別の何かへと変わりつつあるのも事実だった。汚染が消えたあとに残るものが、かつての自然の延長線上にあるモノとは限らない。ここで形成されつつある環境は、人間が理解できる生態系ではなく、人間を前提としない環境そのものなのかもしれない。


 しかし、今は考えても仕方がないことだ。どのような結果になるにせよ、それを知るための実験区画だ。


 不安を振り払うように気持ちを切り替えたときだった。視界の端を小さな影が駆け抜けるのが見えた。霧で散乱する燐光の中で、その輪郭は一瞬だけ複数に増えたように見えてから、再びひとつに収束する。


 ジュジュたちだ。ライオンコガネを思わせる小さな種族。子どもほどの体長を持つ昆虫種族は、その丸みを帯びた体躯や鼠色の長い体毛に包まれた姿と相まって、どこかぬいぐるみのような可愛らしさすら感じられる。


〈アスィミラ〉の子株を見守るため、ヨウタと一緒に拠点に残った小さな群れだ。集合精神によってこれまでの情報を共有しているからなのか、〈アスィミラ〉の子株を保護したいという欲求があるのだろう。


 ジュジュたちは植物の根元を掘り返すこともなければ、花弁に触れることもない。ただ周囲を巡回し、時折、何かを確かめるようにじっと植物を見つめていた。


 ヒマワリを思わせる青紫の植物の間を、ジュジュたちは軽快に跳ね回る。鬼ごっこでもしているのだろうか。そのうちの一体が、根に足を取られて前のめりに倒れ込んだ。慌てて駆け寄り、抱き上げて体毛についた土を払うと、その個体は短い前肢をばたつかせ、満足げに微かな鳴き声を漏らす。


 すると、それを見ていた別の個体がトテトテと小走りでやってきて、ワザとらしく同じ場所で転倒する。さらにもう一体が、少し離れた位置で転び、こちらの反応を待つようにじっと見上げてくる。まるで転んで抱き上げてもらう遊びでも始めたかのように、次々と倒れ込んでいく。


「やれやれ……」

 ため息をついてその場を離れると、ジュジュたちは不満そうに口吻を鳴らしたが、すぐに別の対象へと興味を移した。何か別の遊びを見つけたのだろう。トテトテと散っていく。


 そのうちの一体が燐光を放つ花弁に顔を近づけ、触れる寸前でぴたりと止まる。直後、花弁の縁がわずかに振動し、空気中に微細な胞子が散布される。ジュジュは一歩だけ後退し、その場で身体を震わせたあと、何事もなかったかのように去っていく。昆虫種族という未知の存在なのに、こうして見ると、好奇心旺盛な子どものようにも見える。


 途中、作業している作業用ドロイドの姿を目にすることができた。四角い胴体に取り付けられた多関節アームは、土壌サンプルを採取しながら、同時に周囲の環境データを収集している。


 蛇腹状の保護チューブで覆われた関節にはツル植物が絡みつき、まるで機械が有機的な外骨格を纏っているように見えた。センサー部には薄い膜のようなものが付着していたが、それが胞子の堆積によるものなのか、あるいは植物側が意図的に形成した共生構造なのかは判別できない。


 それでもドロイドは動作を止めることなく、規定通りの作業を繰り返していた。作業に支障がないのだろう、気にしている様子は見られなかったし、ログにも異常は確認できなかった。


 迷わないように注意しながら進むと、青紫の光の中で、全身を防護服に包んだヨウタの姿が見えてきた。彼は地面に膝をつき、〈アスィミラ〉の株を静かに観察していた。


 特殊な手袋越しに土壌へ触れ、指先で粒子の感触を確かめる仕草は、測定機器に頼らない原始的な確認作業のようでいて、計測器では捉えきれない変化を人間の感覚で補完していることが分かる。


 青年の周囲には──擬餌状体(ぎじじょうたい)が集まっているのが見えた。女性の姿を模した異様な存在で、植物と枝で構成された誘因器官でもある。本来なら獲物を引き寄せ、捕食のために利用される器官だったが、今はヨウタの作業を覗き込むようにして静かに佇んでいる。


 風もないのに身体中の葉がわずかに揺れ、表面を覆う薄膜が呼吸するように収縮と弛緩を繰り返していた。その内部では、茎に似た管が脈動し、青紫に発光する半透明の液体を運んでいるのが透けて見える。


 不思議なことに、擬餌状体の誘引効果はヨウタには及んでいない。むしろ一定の距離を保つように配置され、彼を守るように陣取っている。その配置は偶然とは思えないほど正確で、植物の制御信号によって位置を調整されているかのようだった。〈アスィミラ〉が自らの庭師を守るように、擬餌状体の機能を抑制している可能性は高い。


 そんな異様な光景の中心で、ヨウタはまるで何事もないかのように作業を続けていた。この環境に慣れてしまったのかもしれない。


 声をかけると、フェイスシールド越しに青年が笑みを浮かべるのが見えた。その笑みは、荒廃した世界には似つかわしくないほど無垢で、人の良さが滲み出ていた。


 本当に植物が好きなのだろう。純粋さが、彼の表情から自然と伝わってくる。偶然が重なり、思いもよらない形で仲間に加わっていたが、ある意味では運命だったのかもしれない。この荒廃した世界で天職を見つけられた稀有な事例だ。


 ヨウタの話では、〈アスィミラ〉の生息域は驚くほどの速度で拡大しているという。けれど、事前に設定した実験区画の境界を越える気配はない。まるで見えない柵があるかのように、植物は決められた範囲内でのみ繁茂している。さらに興味深いのは、〈アスィミラ〉が人間の言葉を理解しているように見える点だった。


「こ、ここは、も、もう少しだけ、か、間隔を空けたほうが、い、いいと思うんだ」

 ヨウタがそう呟くと、近くの植物が日当たりを調整するように、葉を揺らして茎の向きを変える。


 まだ一方通行の意思疎通ではあるが、植物が彼の意図を汲んでいるのは明らかだった。それは、植物の反応だけでは説明できないものだった。


 青紫の花弁が揺れ、濃霧が漂い、擬餌状体が静かに見守る中で──青年だけが、奇妙なほど自然に溶け込んでいた。その姿はどこか危うく、この土地がすでに人間の精神にさえ影響を及ぼしていることを、何よりも雄弁に物語っているようでもあった。

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― 新着の感想 ―
ヨウタ君、知らないうちに脳に胞子埋め込まれてそう。 アスィミラを処分せざるを得ない時がきたら、愛情という信号を暴走させて境界破壊を仕向けそうですね。
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