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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

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997 36〈ホワイトネスト〉


 拠点は、かつて保育園だった施設を中心に広がる旧市街に位置していた。周囲を取り囲むのは、〈多世代型階層構造都市〉として旧文明が残した巨大な高層建築群だ。


 都市開発に取り残された旧市街地は、都市の影に押しつぶされたように沈み込み、窪地を思わせる景観をつくり出していた。


 この一帯には旧文明期以前の廃墟が密集していたが、変異体の巣になる危険性や構造物の崩落による安全性の問題から、多くは解体され、資源として再利用された。それでも、すべてが取り壊されたわけではなく、今も多くの建物が立ち並んでいた。


 残された建物は、ヤトの戦士と機械人形の混成部隊によって徹底的に調査され、内部の危険物や変異体が排除されたのち、再利用可能な資材だけが回収され、建物そのものは封鎖された。


 廃墟には悪鬼が住むといわれているが、あながち間違いではないのだろう。風が抜けるたびに低い共鳴音が響き、忘れられた地区そのものが朽ちた楽器のように、物悲しい音を漏らしていた。


 それらの建物にはハクの糸が張り巡らされていて、他にはない独特な景観をつくり出していた。建物の外壁や窓枠、錆びついた鉄骨の間に糸が幾重にも張り巡らされている。淡い銀白色の糸は日の光を受けると微かに輝き、巨大な蜘蛛が地区全体を包み込んだかのような錯覚を与える。


 糸は振動を高精度で伝達し、接触した対象を識別する感覚器としても機能していた。その糸の特性に目を付けたペパーミントの提案により、ハクに協力してもらいながら特殊な装置が開発されることになった。


 それは張力の変化を感知し、拠点中枢の管理AIへと転送し、侵入者の規模や進行方向が解析される仕組みになっていた。糸の一部は電荷を帯びていて、特定の周波数で振動することで接触した生体の神経系に干渉する可能性すら示唆されていたが、残念ながらそこまでの解明には至っていなかった。


 ハクの糸によって形作られる特異な景観は、〈廃墟の街〉でも恐れられる大蜘蛛の変異体の巣を思わせる。汚染地帯にある〈深淵の娘〉たちの棲み処でもなければ見られない光景ということもあり、恐怖の対象になっていた。


 そのため、この地区は他勢力から〈ホワイトネスト〉と呼ばれ、恐怖と忌避の対象になっていた。命知らずの略奪者でさえ、この糸の迷路を前にすれば足を止める。糸に触れれば最後、絡みつかれ、身動きが取れなくなる。鋼鉄のワイヤーを凌駕する強度を持つ糸は、戦闘車両でさえ動けなくするほどだ。


 複雑に張り巡らされた数千本以上の糸が、廃墟の通りに白い薄布のように重なり、光を反射しては淡く揺れ、風が吹くたびに振動を伝えてくる。その光の反射に思わず目を細めたあと、拠点を囲む壁へと視線を移した。


 壁は高さ五メートル、厚さ三十センチほどの簡素なものだったが、旧文明期の建材で構築されていて、表面は自己修復機能を持つナノマテリアルで覆われていた。ひび割れや損傷が生じても数分から数時間で自動的に修復されるため、単純な砲撃やミサイルでは破壊することはほぼ不可能だった。


 もっとも、これまで壁が攻撃されたことは一度もない。ハクの糸が張り巡らされた地区を突破しようと試みる者はいたが、偵察ドローンすら役に立たないため、侵入者の多くは捕らえられるか飢え死にするまで彷徨い歩くことになる。


 警備強化の一環で、壁面には監視カメラや動体センサーなどが埋め込まれていて、周辺一帯を常時監視している。異常を検知すれば内部に格納された迎撃機構が展開される仕組みだが、それが実際に稼働した例はない。過剰な装備にも思えるかもしれないが、その前段階で侵入が阻止されているにすぎないので、警戒は怠らない。


 安心して生活できる壁の内側と異なり、周辺一帯には危険な地区が広がっている。風が吹くたび、汚染物質にまみれた砂埃が舞い上がり、遠くで変異体の鳴き声が木霊する。その中にあっても、ハクの糸と壁の存在が、この地区を異様な静寂の中へと閉じ込めていた。


 視線を遠くに向けると、廃墟の影のなかで何かが蠢くのが見える。形状は判然としない。ただ壁の内側にいる限り、それが近づいてくることはないという確信だけがあった。


 この拠点は、文明崩壊後の世界において、安全地帯と呼べる数少ない場所のひとつだった。けれど同時に、その安全は恐怖と旧文明の技術によって辛うじて保たれているにすぎないということも理解できた。


 壁沿いに歩いていると、監視所としての役割を与えられた高い建物を見ることができた。拠点の外縁に点在する廃墟のうち、状態の良好な建造物は外壁の補強が行われ、監視所として運用されている。


 建物屋上には高度な警戒システムが設置されていて、変異体や侵入者に対処するため、機械人形が配備されていた。


 以前までは、〈廃墟の街〉で回収した機体や、略奪者の拠点から鹵獲してきた旧式の警備用ドロイド、暴徒鎮圧用の〈アサルトロイド〉が配備されていたが、今ではより高性能な〈ラプトル〉が主力となっていた。


 これが可能になったのは、〈第七区画・資源回収場〉からの資材調達が容易になったからだ。空間転移装置によって毎日のように高純度の鋼材が補給されることで、我々は旧文明の技術を再現し、戦力を増強することができていた。


 その恩恵は、拠点の外周に最も顕著にあらわれている。拠点を囲むように──要所ごとに配置された〈自律型多脚榴弾砲〉。


 蜘蛛のような多脚を持つ砲台は、どのような地形にも対応し、監視ドローンのシステムと同期して周囲を監視している。脚部には機体固定のための特殊構造を備えていて、コンクリートや鉄骨に食い込み、反動を完全に吸収する。照準はドローンから送られるリアルタイムの地形データによって補正され、視界外の敵すら正確に捕捉することができる。


 電磁加速によって弾体が射出され、炸裂後は高温の破片と衝撃波が周囲を徹底的に破壊する。瓦礫の影に潜むものも、地下に逃げ込むものも、曳火(えいか)の爆風から逃れることは難しい。これまで侵入を許していた変異体――ゾンビを思わせる〈人擬き〉にも対応できるようになっていた。


 弾体となる特殊砲弾は拠点内で無制限に製造できるため、砲弾不足の心配はない。むしろ問題は、過剰な火力によって廃墟や地形そのものに被害が出てしまい、次の侵入経路を生み出してしまうことだった。そのため、砲撃の強度や範囲は管理AIによって常に制御されていた。


 目的の場所が近づいてくると、霧が立ち込めるようになる。これまでも朝露などでハクの巣に靄がかかる光景は目にしてきたが、この霧は冷たく、身体を包み込んでいくようにまとわりついてくる。


 異星植物〈霧の悪夢〉のために用意された土地が関係しているのかもしれない。ただの霧ではなく、微細な胞子や揮発性化合物を含んでいるのか、光を不規則に散乱させ、距離感覚を狂わせる。


 幸いなことに人体への影響は確認されていないが、〈アスィミラ〉の気分ひとつで危険な神経毒に変わる可能性もあるので、長時間の滞在は避けていた。


 糸に覆われた建物群が、霧の中で白く浮かび上がる。その光景は美しくもあり、同時に得体の知れない恐怖を呼び起こす。糸の一本一本が霧の水分を吸着し、微細に震えることで周囲の振動を増幅しているようにも見えた。


 侵入者が踏み入れば、そのわずかな動きすら拡散され、外周のセンサー網へと伝達される。自然と人工物、天然の要害と防衛設備が混ざり合い、この場所は静かな要塞へと変質していた。


 頭上では監視ドローンが静かに旋回し、地上では〈ラプトル〉が巡回し、遠くでは多脚榴弾砲がわずかに姿勢を変える。それらのすべてを覆い隠すように、この場所には奇妙な静寂が横たわっていた。


 やがて、ヒマワリにも似た植物の群落が見えてきた。遠目にはヒマワリ畑を思わせるが、これらの植物は地球由来のものではない。


 花弁に相当する器官は青紫色の燐光を放ち、呼吸するようにその縁がわずかに揺れ動いている。その揺らぎは風によるものではなく、自ら気流を生み出しているようにも見えた。葉状の器官は極端に薄く、半透明の膜構造を持ち、内部を走る微細な管が光を運ぶように明滅している。


 その淡い光は霧の中で揺らぎ、まるで無数の生き物の眼がこちらを見返しているかのようにも見える。その発光は規則的ではなく、わずかな遅延を伴って連鎖する。


 植物同士が化学的な信号――ある種のネットワークを介して同期し、群落全体がひとつの巨大な発光体として振る舞っている。視界の端で光が遅れて追従するその挙動は、植物というより、緩慢な知覚を持つ器官のような印象を与える。


 けれどその規模は想像していたよりも広範囲に広がっていて、頭上に張り巡らされたハクの糸にまでツル状の器官が絡みついていた。銀白の糸と青紫の植物が混ざり合う光景は、自然にない異様な美しさを帯びている。


 その奇妙な器官は支えを求めているのではなく、糸の表面を覆うように広がり、接触部では微細な繊維が侵入しているのが見えた。ハクの糸が持つ高分子構造を分解し、栄養源として取り込んでいるのか、それとも利用しているのか判別がつかない。いずれにせよ、両者は拮抗するのではなく、奇妙な共存関係を築きつつあった。


 青紫の燐光は幻想的だが、昆虫が光に引き寄せられるように、この植物は燐光を利用して周囲の生物を引き込む特性がある。安全性は確認されているはずなのに、足を踏み入れる瞬間、無意識に身体が強張るのはその特性を知るためだろう。


 足元には植物の根が絡み合い、湿り気を帯びていたが、以前のように汚染物質は検出されない。異星植物が土壌中の重金属や有機毒素を吸収、分解して無害化しているのだろう。


 拠点外周に設けられたこの土地は、本来、異星植物の研究と調査のために確保されたものだったが、今では研究区画というより、未知の生態系が静かに息づく領域になりつつある。〈アスィミラ〉の子株は、この土地を、そして空気を、ゆっくりと別の世界へ変えようとしていた。


 文明崩壊後の世界で、環境を浄化する存在は貴重だ。しかし同時に──その浄化が、別の支配へと繋がる可能性も否定できない。


 青紫の光に照らされた霧の中を歩きながら、私はこの植物群がもたらす恩恵と、その奥に潜む得体の知れない危うさを感じていた。

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