表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

996/1000

996 35〈遠征隊〉


 今回の遠征は、地底という過酷な環境下ということもあり、慎重に物資を選定しなければいけなかった。移動の大部分はコケアリが築いた坑道を利用することになるが、それでも気圧や湿度、温度の変動が激しく、未知の生態系が潜む過酷な環境は、通常なら帰還すら叶わない場所だった。


 カグヤと相談しながら物資のリストを作成し、必要なものをひとつずつ選び取っていく。食料や医療品、予備弾薬など、どれも膨大な量になる。地底では補給が期待できないので、すべてを自前で持ち込む必要があった。


 本来なら、これまで利用することのなかった携帯トイレなども用意する必要があったが、どうやら坑道のいくつかの地点に旧文明の地下街への入り口があり、まだ生きた設備が残されているようだった。


 この遠征に備えてコケアリが事前に安全確認を行っていたこともあり、変異体を恐れずに利用できるようだった。


 我々が身につけるスキンスーツには、人体から排出される水分を吸収し、冷却と加温を行いながらスーツ内で循環させる機能が備わっていた。それは地底の極端な温度変化に対して有効というだけでなく、緊急時には飲料水として再利用できる利点もある。


 理論上は排尿だけでなく排便の処理も可能だったが、衛生面を考えれば中継点の設備を使えるのはありがたい。これらの地下街を一時的な拠点として利用することで、スキンスーツを衛生的に保つことができそうだった。


 ちなみに、〈廃墟の街〉の傭兵たちの中には、このスキンスーツを過信し、ほとんど脱がずに生活している者たちもいる。結果として、彼らは近づくことすら躊躇われるほど(くさ)い存在になっていた。悪臭を思い出すだけで、思わず顔をしかめてしまう。とにかく臭いのだ。しかし、少なくとも今回の遠征では、その心配をしなくて済みそうだった。


 それに加えて、地底に棲む生物を刺激しないための対策も必要になってくる。地底を徘徊する変異体の多くは、地上の生物とは異なる感覚器官を持つ可能性が高い。


 たとえば、前回の戦闘で遭遇し、のちに解剖が行われたサソリ型の変異体には、振動や微弱な電位差を感知する能力が備わっていた。そのため、装備の発するノイズを極限まで抑える必要があった。


 物資を運搬するために使われるコンテナボックスや、生命維持装置には発熱を分散する多層冷却材、ブーツには足裏の圧力を均一化するインソール、ライフルには金属同士の接触音を抑える樹脂コーティング──一見すれば些細な調整だが、生死を分ける要素になり得るため、対策は怠らない。


 医療品も極めて重要になってくる。地底の微生物は未知であり、既存の抗生物質が効かない可能性が高い。そのため、広域抗菌薬の運び手になるナノマシンや、組織再生を促す〈バイオジェル〉、神経毒に対抗するための拮抗剤(きっこうざい)など、通常の戦地では過剰とされる装備まで積み込む必要があった。


 もちろん、〈オートドクター〉も数を揃えることになる。これらの医薬品には使用期限と保存環境に厳しい制約があり、コンテナには温度を自律制御する小型環境維持装置が組み込まれることになる。これだけでも相当なコストになるが、命に関わるため、惜しみなく使う。


 さらに、照明機材にも注意が必要だった。強い光は一部の生物を刺激し、逆に完全な暗闇ではこちら側の認識が著しく低下する。全員が暗視装置を装備することになるが、仮拠点に設置する照明を用意する必要があった。そこで、波長を可変できる低出力の分散光源を選択した。岩肌に吸収されやすく、遠方からはほとんど視認できないものだった。


 それ以外にも食料や各種装備など、物資は相当な量になる。それを運ぶのは、コケアリが使役する黒蟻たちだ。


 黒蟻は大小さまざまな個体が存在する。小型犬ほどの体長のものから、ピックアップトラック並みの巨体を持つものまで。今回の遠征で荷運びを担うのは、ロバほどの体長を持つ中型の黒蟻たちだ。


 彼女たちは驚くほど力強く、どんな地形でも安定して荷物を運ぶことができた。コンテナボックスを背中に固定すれば、百キロ単位の荷物すら軽々と運搬してくれる。


 その身体構造を近くで観察すると、関節は滑らかに屈伸し、外骨格の隙間からは湿った膜が覗き、内部で筋繊維に似た組織が収縮しているのが見える。呼吸に相当する動作は確認できないが、やはり昆虫由来の変異体ということもあり、腹部の節が周期的に膨張し、内部でガス交換のような反応が起きているのが推測できた。


 黒蟻たちは音もなく動き、ただ命令に従って荷を運ぶ。大きな昆虫ということもあり、その姿を見慣れるには時間が必要だが、彼女たちから感じる無垢な従順さは、ある意味では人間よりも優れているとさえ思える。


 物資が用意されていくにつれて、拠点の空気は次第に緊張に包まれていった。準備という行為そのものが、これから踏み込む領域の異質さを浮き彫りにしていたからなのかもしれない。


 どれだけ装備を整えても、未知に対する不安は消えない。むしろ、必要な装備が増えるほどに、それでも足りない何かがあるのではないかという感覚だけが増していくようでもある。


 それでも遠征のために必要となる物資は、管理AIの支援もあり、製造設備を備えた各拠点で迅速に用意されていった。


 それらの物資は、空間転移装置を使って事前に〈第七区画・資源回収場〉に転送されることになる。そこで作業用ドロイドによってコケアリの砦に運ばれる。そこからは黒蟻たちが運搬を担当し、最終的には黒蟻たちが荷を背負い、地底へと続く坑道を進むことになる。


 物資が揃っていく一方で、遠征に参加する人員の選定も慎重に進められていた。残念ながら、拠点を管理する立場にある者たちは、ほとんどが参加を見送らざるを得なかった。


 たとえば、製薬工場のある第五十二区画の〈鳥籠〉での騒動以来、暫定的な管理者として共同体を統括してきたイーサンは、現在では〈諜報部門〉の指揮官としても他勢力の監視を続けていて、拠点を離れることができない。彼の不在は、組織の安全保障そのものを揺るがしかねなかった。


 ヤトの一族の戦士長として、父親とともに一族を率いてきたヌゥモ・ヴェイも同様だ。各拠点に配属された戦士たちを指揮し、警備体制を維持する責任がある以上、遠征に参加することは不可能だった。荒廃し、危険に満ちた世界で、彼の存在は組織にとって動かせない要の柱のようなものだった。


 資源回収場の実質的な責任者として活動していたワスダもまた、残念ながら任務に参加することはできなかった。そもそも異種族との関わりをもつことに慎重なこともあり、彼は遠征に同行すること自体に消極的だった。


 各拠点が万全な状態で機能を維持するための人員を残しながらも、遠征隊には欠けてはならない能力を持つ者を選ぶ必要があった。


 管理AIが提示した人員候補には、戦闘能力だけでなく、心理的耐性や長期隔離環境における認知の安定性、過去の戦闘ログや生体情報から抽出された健康データなどが数値化されていた。


 最終的には、突出した戦闘能力を持つ者ではなく、協調性があり互いに補完し合うことが可能な人員が選出された。集団で活動する能力が欠ければ、遠征そのものが崩壊する危険性があったからだ。


 この選定の過程で浮かび上がったのは、この〝寄せ集めの集団〟が、すでにひとつの組織のように機能していたという事実だった。


 各拠点に配置された人員を含め、個人の意思や感情は尊重されているようでいて、最終的には全体の生存を優先する構造に組み込まれていた。誰かが抜ければ、その空白は致命的な欠損となる。だからこそ、無理に動かせない者は選択から排除され、動ける者だけが選定リストに組み込まれることになった。


 そこで理想的な部隊として、ミスズとナミが指揮するアルファ小隊が同行することになった。ヤトの戦士で編成された部隊は身体能力に秀でていて、異種族との戦いにも慣れていた。それに加えて、〈深淵の娘〉であるハクとの相性も悪くない。問題は、ジュジュの存在だった。


 戦闘能力を持たない昆虫種族ということもあり、危険な遠征に連れていくべきではなかった。けれど、ジュジュはハクのそばを離れようとしなかった。


 前回のように輸送機に忍び込む可能性も高く、同行を拒めばかえって不用意な危険を招く。そこで最初から同行を前提にして、ジュジュの安全をどう確保するかを考えるほうが現実的だと判断した。


 ジュジュの存在は、合理性の枠組みから外れていた。役割もなく、戦力にもならない個体が遠征隊に加わることは、本来であれば許容されないことだった。しかし、この世界では合理性だけでは測れない〝結びつき〟が生存に影響を与えることがある。


 ハクの精神状態や、ジュジュという種族が持つ精神集合に由来する驚異的な意識の伝達方法など、これから遭遇するかもしれない未知の力に対する影響を考慮すれば、ジュジュを同行させることにも意味はあるように思えてくる。


 遠征に向けて選ばれた仲間たちは、いずれもこの崩壊した世界で生き残るために必要な戦闘能力とスキルを持ち合わせていて、自らの役割も理解していた。


 そして忘れてはいけないのが、機械人形たちの存在だった。乱暴な言い方かもしれないが、機械人形は替えが利く戦力だった。損耗しても、部品さえあれば修理できる。この危険な世界では、それは何よりも大きな利点だった。


 戦闘用機械人形〈ラプトル〉に加え、偵察ドローンも遠征隊に組み込まれた。地底の狭い坑道や、未知の生態系が潜む暗闇を先行して調査するには、彼らの存在が不可欠だった。


 その部隊を指揮するのは、特殊な人工知能を搭載した機械になるが、戦闘能力に秀でたトゥエルブやテンタシオンではなく、衛生兵としての役割を持つイレブンだった。


 戦闘能力に秀でた機体は他にいくらでもいるが、コケアリの部隊が同行することもあり、それほど神経質になる必要はなかった。今回の遠征で最も恐ろしいのは戦闘そのものではなく、負傷や感染、未知の病原体、そして地底環境がもたらす精神的なストレスだった。


 イレブンは、そうした不測の事態に対応することができた。医療用ナノマシンの投与、止血、骨折の固定、毒素の中和、生命維持装置の管理など──生半可な知識では到底追いつけない速度と精度で処置を行うことができた。


 本来なら、戦闘部隊を率いるのはトゥエルブの役目だ。彼は戦闘アルゴリズムの最適化に特化し、テンタシオンは殲滅戦において無類の強さを発揮する。けれど今回は違う。


 地底遠征は、ただの戦闘任務ではない。未知の環境へ踏み込み、帰還することそのものが目的だ。だからこそ、戦闘よりも生存を優先する必要があった。


 イレブンは戦闘能力こそ他の機体に劣るかもしれないが、仲間を生かすための能力においては誰よりも優れている。そして何より──彼女は仲間を守るという行為に対して、他の機械人形にはない独自の判断基準を持っていた。


 それが高度な人工知能だけが持つ〝揺らぎ〟によるものなのか、あるいは設計者が意図的に残した余白の影響なのかは分からない。いずれにしても、イレブンが部隊にいるだけで遠征の成功率が確実に上がることだけは理解していた。


 こうして人間と異種族、そして機械人形──それぞれが異なる役割を持ち、それぞれが互いに助け合うことのできる遠征隊が編成されることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍情報です。応援よろしくお願いします!
画像クリック or タップで販売ページにアクセスできます。

41pRtQ6uAES.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち1〉 書籍情報

418IqmXBLML.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち2〉 書籍情報

513Yh3qFmpL.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち3〉 書籍情報
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ