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ぼくの猫は破壊神 〜魔法学園の落ちこぼれ、最強の使い魔を復活させて成り上がる〜  作者: 芹沢政信
三章 校舎の地下に危険なダンジョンがあるという話
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3-8 勝者と敗者

 カイトの話だと、ベル先輩は市街区と居住区の境界を流れる川辺を周回して、飛行魔法レースの練習に励んでいるという。

 ぼくもちょうど低速ながら飛べるようになったので、会うついでに成果を見せようと箒でへろへろと向かう。

 で、空があかね色に染まりかけてきたころ、澄んだ水面のうえをびゅっと駆け抜けていく彼女を見つける。


「おーい、ベル先輩-! 差し入れを持ってきましたけど-!」


 本当はオーサに買っておいたマカロンを、会いに行くなら口実が必要かなというのと、あとはベル先輩のご機嫌取りのために流用してしまう。

 ところが彼女、ぼくをチラリと一瞥しただけでかっ飛んでいく。

 桃色がかった二つ結びをなびかせる様は、なるほど流星のように煌めいて見えた。

 

「ねーねー、なんで無視するのさー!」

「いらないならこのマカロン、自分で食べちゃいますけどー!」 

「ぼくなにか、怒らせるようなことしちゃいましたー?」


 ルート上で待ち伏せして、通りすぎるたびに声をかけてみるものの……気づいているはずなのに返事すらしてくれない。

 つい最近までうざいくらいベタベタしてきたくせに、こうもそっけなくされると戸惑ってしまう。

 ぼくがしょんぼりしていると、ようやく彼女が近づいてきてひとこと、


「集中できないから」

「すみません……。練習の邪魔しちゃって」


 そのまま水面のうえで並んで、箒で飛びながら話をする。

 ベル先輩はいきなり、


「貴方、自分の正体を隠していたでしょ」


 ぼくはきょとんとする。

 そういえば……いつも貴方とかおばかさんと呼ばれていたから、ベル先輩にきちんと名乗ったことはなかったかもしれない。


「もしかして、スラムの人間が嫌いなんですか?」

「ち・が・う・わ・よ! そもそもあたし、別に貴方のこと嫌いになったわけじゃないし。でもあいつの親友だっていう話だから」

「カイトのこと?」

「それも違うってば。同じスラムの生まれなんでしょ、貴方とガードナー」


 彼女に言われて、はっと気づく。

 飛行魔法レース。前回は三位入賞。今年はハクラム師の形見を借りて出場。

 学園内外の下馬評では、ベルに次いで優勝候補。

 ぼくの親友は、彼女にとって最大の競争相手となりうるのだ。

 

「で、今日はあたしの偵察に来たのかしら」

「変な疑いをかけるのはやめてほしいなあ。最初に中庭で絡んできたの、先輩のほうじゃん。ガードナーがレースに出ることだって最近知ったくらいなのにさ」

「ごめん、今のはただの冗談。本気で疑っていたわけじゃないの」


 ぼくが差し入れのマカロンを渡すと、彼女は一口でぱくりと食べる。

 相変わらず豪快な調子だけど、今日はやけに余裕がなさそうに見えて、


「どうしてそこまで、ガードナーを警戒するんですか? 去年のチャンピオンはベル先輩なんだし、また蹴散らしてやればいいじゃないですか」

「無理よ。今年はたぶん勝てないから」


 まさか弱音を吐くなんて思っていなかったので、驚いてしまう。

 ぼくがまじまじと見つめたからか、彼女はぷいと顔を背ける。


「笑っちゃうわよね、空を飛ぶことなら誰にも負けないって思っていたのに。でも……上には上がいた。彼こそ、ガードナーこそ正真正銘の天才だわ」

「天才ってみんな簡単に言いますけど、あいつだって実はすごく努力していますよ」

「あたしだってそうよ。片手で数えられるくらいの歳の頃からね」


 なのに、あっさりと追い抜かれてしまうかもしれない。

 ぽつりと呟いたベル先輩の声は、今にも消えてしまいそうなほどに震えていた。


「お願いだから、気を悪くしないでね。自分でもピリピリしている、競争相手を意識しすぎているって理解しているの。でもあいつの親友に見られているって思うとうまく飛べなくなりそうで、そんな自分がイヤで余計に落ちこんじゃうしで、だから――ごめん」

「謝らなくていいですよ。先輩の気持ち、なんとなくわかりましたから」


 そんなつもりはなかったのに、逆に気を使わせたみたいでモヤモヤしてしまう。

 ぼくの親友とベル先輩は敵同士、それはどうしたって変えられない。

 だからせめてレースが終わるまでは、会わないほうがいいのかもしれない。

 なにもしないことが一番いいだなんて……こんな皮肉な話があるだろうか?

 


 ◇



 寮の自室に戻ると、ガードナーとオーサが顔をつきあわせていた。

 いったい何事かと思っていると、ふたりはぼくを見て、


「なんだそのふぬけた面は。出直してこい」

「ついにフラれたか。よしよし、オーサがなぐさめてやるにゃ」

「……普段は無視しあっているくせに、こういうときだけ息を合わせないでほしいな」


 ぼくは呆れて、自分のベッドに腰かける。

 ガードナーとオーサは、盤上遊戯ボードゲームで対戦しているらしい。

 ちょっと前に生徒の間で流行った〈クランヴィルの戦い〉だ。

 例によってぼくの親友はこのゲームがクソ強くて、寮内のトーナメントでグレイソン先輩を打ち負かして優勝……したのだけど、見た感じ今はかなりの劣勢だ。


「ルールさえ覚えてしまえば、ざっとこんなもんにゃ。はよ降参せい」

「バカめ。負けを認めるのはお前のほうだ」


 ガードナーは熟考したあと〈獣騎兵〉を左に動かすものの、オーサの〈飛竜〉にあっさり取られてしまう。

 さすがの天才も破壊神には手が出ないと見えて、ぼくはぷぷっと吹きだした。


「笑ったなお前。言いたいことがあるなら言ってみろ」

「ごめん、正直ちょっとだけ気分がスッとしたよ。今日は君のせいで散々だったし」 


 それを聞いたガードナーは「どういう意味だそれ」と、けげんな顔をする。

 場の空気が話せと強要してきたので、ぼくはベル先輩とのやりとりを打ち明ける。

 すると横で聞いていた猫サマが、魔法で駒を動かしながらこう呟いた。


「力を競いあえば必ず勝者と敗者にわかれるゆえ、こればかりは仕方あるまい。たとえばこのように――ほい、詰みにゃ」

「待てよ、まだ逆転の一手があるはずだ。……俺からしたら知らねえよそんなの。まさかお前、本番で手を抜いてくれなんて頼むつもりじゃねえだろうな」


 無言で首を横に振る。

 それが正しいことじゃないってことくらい、ぼくにだってわかる。


「考えてもみろよ。俺たちは生まれてからずっと負け続けてきて、あの女はずっと勝ち続けてきた。そろそろ下々のものに玉座を譲るべきだろうが」


 ガードナーは盤上に視線を戻したあと、いさぎよく降参を告げる。

 そして手に持っていた駒をぽいと放り投げて、こう言った。


「少なくとも俺は一度負けたくらいで折れたりはしない。次は勝つ、それだけだ」

 

 親友の言葉はいちいち正しくて、ぼくはなにも言えなくなってしまう。

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