3-7 女王のお悩み
それから数日の間、放課後になるとベル先輩が中庭にやってきて、ぼくの自主練につきあってくれた。
「しっかしいつまで経っても上達しないわね。それともあたしのそばに少しでも長くいたくて手を抜いているのかしら。甘えたいお年頃なの? おばかさん」
「茶化すのやめてくださいよ。こちとら真剣にやっているんですから」
「あらこんなところに生ゴミ」
「……ぐえ、踏まないでっ! もうヘトヘトで立てないんです!」
「ちっとはマシになってきたかも。ご褒美にちゅーしてあげよっか」
「またそういう冗談ばっかり」
「女の子同士、恥ずかしがることないじゃん」
「ぼく男ですってば。ていうか女の子同士だって恥ずかしいと思いますよ」
などなど。
あっというまに噂が広まってクラスメイトに冷やかされるわオーサは不機嫌になるわハニービーがぼくの所有権とやらを主張して荒縄で拘束しようとするわ(なんで?)で、ベル先輩にぐるぐると振り回されてしまう。
なのに――。
「あれ、今日は来なかったな」
次の日も、その次の日も、先輩は中庭に姿を見せなくて。
校舎で見かけたときに遠くから手を振ってみたのだけど、気づかなかったのか素通り。
ちょっとだけ、不安になる。
「オーサは散歩に出るにゃ。発情期の虫けらがイチャつく姿を見ておると滅ぼしたくなるゆえ」
「う、うん。今日も遅くなるかもだからそのまま寮に戻っていいからね」
というわけで今日もひとり、飛行魔法の練習に励む。
さすがに毎日ぼくの練習につきあってくれるわけがないし、建国祭だって近いから、ベル先輩だってそろそろ飛行魔法レースに向けて鍛錬を重ねているはずだ。
頭ではそんなふうに納得しているのだけど、なんだかもやもやして――たった数日会わなかっただけなのに、おかしいなって思ってしまう。
「しまった、やる気が出ないぞ。でも先輩来ないから練習しませんでしたなんて言おうものなら、それこそビンタの一発でもお見舞いされかねないし」
「なにをブツブツ言っているんだい、クラウンくん」
いつのまにやら、カイトがそばにきていた。
珍しい。いつもは放課後になると、家の手伝いで帰っちゃうのに。
「噂は聞いているよ。ベル嬢とうまくやっているじゃないか」
「そう……なのかな?」
「すくなくとも俺よりは。ビンタされたの、見ていただろ」
げ、バレていたか。
だけどカイトは、彼女にフラれたことを気にしているそぶりはない。
ふたりはどういう間柄なのだろう。気にならないといえば嘘になる。
向こうも察したのか、
「うちが商家なのは君も知っているよな。ベル嬢は昔からのお得意さまでね、お抱えの職人に特注の箒を作らせていたりで、俺とは幼なじみ」
「てことは、彼女って小さいころからすごかったの?」
「俺がマンマの足にしがみついていたころから、最速の玉座にふんぞりかえっていたさ」
へえ……。才能があるって羨ましいな。
なんて思うのだけど、カイトは続けて「でも」と言う。
「残念ながらベル嬢って一芸タイプでね、飛行魔法以外はからっきし」
「誰にも負けない特技があるならいいじゃん」
「普通はそう思うよな。俺も地味なタイプだからよく思うよ」
カイトは魔法使いよりも騎士や英雄に憧れていて、だから身体強化系の魔法を覚えたくて学園に入ったのに――索敵とかの後方支援に特化した術式ばかりに適正があって、悩んでいると聞いたことがある。
欲しいものが手に入らない。派手な魔法がまぶしく見える。
ぼくらは同じ人間なのかもしれない。
「とはいえベル嬢からしてみれば、飛行魔法しか、ない。レースで優勝することだけが彼女のすべてになっている。それはそれで、もったいないと思わないか」
「ガードナーもそうだけど、真面目すぎて前しか見えなくなっちゃうのかも」
「あいつも余裕なくてピリピリしているよな。正直そういうの苦手でさ俺、世の中には面白いものがいっぱいあるから、たまには気晴らししようぜってベル嬢を誘ったわけだ」
「ふーん、君ってけっこういいやつだね。でもそれがなんで、ビンタ?」
「俺はいったいどこで間違えたんだろうな。ベッドのうえで天に昇る気持ちを味わってみようぜって言っただけなのに、まさかあんなに怒るとは」
「あはは……。カイトはカイトで、自分を見直したほうがいいよ」
軽薄なところさえ直せば、きっとモテるだろうに。
ぼくはそこでちょっと考えてから、
「ベル先輩って、言うほどピリピリしているようには見えなかったけど」
「そりゃ君には心を開いているからだろ。ここ数年はタイムが伸び悩んでいるみたいだし、フラれた身分で言うのも変だけど、彼女の力になってあげてくれないか」
「ぼくにできることなんてあるかなあ。でも、考えてみる。箒をもらったり空を飛ぶコツを教えてもらったりしたから、その借りだって返さなくちゃだし」
そうだ。いつもは彼女が来てくれたのだから。
今日はぼくから――会いに行こう。




