足掻き
『ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』
鼓膜をぶち破らんばかりの咆哮とともに、圧倒的な光の濁流が天へと穿たれた。
安堵する隙など一瞬たりとも与えられない。
天を突いた極大の光線が、上空で狂ったように明滅したかと思うと――無数の光の群れへと爆ぜて散った。
――シューッ、シューッ、シューッッッ!!
流星群なんて美しい生易しいもんじゃない。
無数に分裂した死の光弾が、歪んだ軌道を描きながら、俺たちの頭上へ狂乱の豪雨となって降り注ぐ。
「くそッ!!」
考えるより先に、地面を転がった。
一歩前にいた場所へ、光弾の一撃が突き刺さる。
ズガァァァンッ!!
爆風と激しい衝撃波が背中を叩きつけ、体が吹き飛ばされる。頭上から降り注ぐ熱線、跳ね上がる土塊、焦熱の嵐。狂いそうな脳に鞭を打ち、必死で四つん這いになりながら、必死に地を這って次なる光をかわし続ける。
「独自魔呪綴――『水土抱擁』ッ!!」
悲鳴に近いルナネアの声が響いた。
視界の奥で、ルナネアが必死に綴り、地表から土の壁を何重にも立ち上げているのが見えた。
上空から降り注ぐ光弾が土壁を次々と打ち砕き、強烈な穿孔音とともに激しい火花が散る。
ルナネアはその破壊される壁の影を間一髪で縫うように立ち回り、間欠泉のように吹き上がる土の破片を盾にしながら猛火を凌いでいた。
「見苦しいな、愚獣!!」
対してヴレイヴァは、黒マントを夜風にはためかせ、光の雨の中を疾走していた。
落ちてくる光弾の軌道を紙一重で見切り、跳躍し、滑り込み、地を滑るように駆け抜けていく。降り注ぐ光の余波でマントの裾が焦げ、火の粉が舞い散るが、ヴレイヴァの足取りは一切緩まない。
――だが、この雨は止まない。
命を削り、ひたすら極光を打ち上げ続ける魔獣の狂気。
掠れる視界の中、膝を土色に染めながら、必死に頭上の魔獣を見上げ続ける。
全員、かわし続けることで手一杯だ。
俺の腕は重く痺れ、極光の概念を奪った反動で脳が焼き切れるような熱を帯びている。
――だが、耐えろ。
――耐えて、見極めろ。
命を薪にして放たれるこの狂乱の攻撃に、永久なんてものがあるはずがない。
降り注ぐ極光の雨を必死にかわし続ける。ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひた――
――ふっ、と。
降り注いでいた熱線の豪雨が、嘘のように途絶えた。
鼓膜を叩き続けていた爆音が去り、耳の奥で嫌なキーンという高音が響く。
激しい焦熱の残滓と、焦げ付いた土と肉の臭いが鼻腔を刺した。
「……止んだ、のか……?」
腕の痺れに耐えながら、顔を持ち上げる。荒い息を吐きながら奥を見やれば、ボロボロになった土壁の影からルナネアが肩を上下させて立ち上がり、ヴレイヴァも焦げたマントを忌々しそうに払っていた。
ゆらり、と風が吹き抜け、視界を覆っていた濃密な煙幕を洗っていく。
その向こう側。晴れ渡っていく視界の中心に――魔獣はいた。
『ギ………………ガ…………っ』
掠れた、糸の切れるような声。
――魔獣は、倒れてはいなかった。
否――倒れることすら許されていなかった。
再構築によって生え上がり、体内を貫いた幾本もの巨樹。それが完璧な杭となって魔獣の四肢と胴体を縫い付け、巨躯を宙に繋ぎ止めていたのだ。
内側から燃え上がった業火によって、その巨体は炭化し、皮膚の亀裂からは黒い煙が細く棚引いている。
あんなにも猛威を振るっていた巨躯は、今や巨大な焦げた彫像へと変わり果てていた。
『グ………………ア………………』
潰れた頭部、その奥に残された唯一の眼光が、ゆっくりと光を失っていく。
――生命の灯火が、完全に潰える音。
ズ……ン、と。
体内の熱が完全に冷め破裂した内臓の破片が幾つか地上へ落ちたのを最後に、魔獣は完全に沈黙した。
天を衝く大樹たちに貫かれ、血と焦土の夜空に磔にされた姿で。
ピクリとも動かなくなった巨躯を見上げ、肺胞に溜まった熱い空気を、ゆっくりと吐き出す。
「……終わった、な」
膝の力を抜き、ぬかるんだ地面の上へとそのまま腰を落とす。
――勝ったんだ。俺たちの、勝利だ。
「ファイっ……!」
へたり込んだ俺の耳に、駆け寄ってくる足音が届いた。
「ファイ!大丈夫……!?怪我、してない……!?」
息を切らせながら滑り込んできたルナネアが、汚れた俺の顔を覗き込んでくる。その美しい瞳には、ぽろぽろと涙が溢れている。
「あぁ……大丈夫だ。かすり傷が少しだけだよ」
腕に力を込め、重い身体をどうにか引きずり起こす。
膝を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ルナネアこそ、怪我は……?ヴレイヴァも、無事か?」
「わたしは大丈夫……!『水土抱擁』でなんとか防いだから」
「この我に怪我を心配するなど万年早い。だが……マントの裾が焦げたのは不覚だな」
ヴレイヴァは忌々しそうに裾を指で摘まんでみせたが、その片目には確かに安堵の色が浮かんでいるようだ。
生きている。三人とも、ちゃんと生きているんだ。
「……よかった。本当に……よかった……」
互いの無事を確認した瞬間、胸の奥から熱い塊が込み上げてきた。
勝ち取ったんだ。あの絶望的な怪物を相手に、生きて勝利を掴んだ。
ルナネアと顔を見合わせ、二人同時にへにゃりと口元を緩める。
「勝った……わたしたち、勝ったんだ……っ」
「あぁ……勝った。俺たちの勝ちだ」
小さく拳を握りしめて笑い合った――その直後。
――ふっ、と。
全身の緊張が一気に解けた瞬間、強烈な目眩が脳灼くような熱とともに襲いかかってきた。
「あっ――」
脚の感覚が完全に消え去る。地側に引っ張られるように、俺は再び膝から地面へと崩れ落ちた。
「ファイ!?!?」
「つ、疲れたけだ、安心してくれ……」
地面に手をつき、荒い息を吐きながら二人に手を振る。
今度の崩落は、死の恐怖からじゃない。極光を奪い続けた負荷と、限界を超えて再構築を連発した反動。そして何より――圧倒的な安堵が、全身の力を奪い去ったからだろう。
見上げれば、樹木に磔となった魔獣の残骸が、静かに夜の闇へ溶け込んでいく。
「……本気で死ぬかと思った……」
少し、笑みが溢れる。
「笑いごとじゃない……!」
ルナネアが泣き笑いのような表情で俺の肩を抱えてくれる。ヴレイヴァも「やれやれ」と鼻を鳴らしながら、静かに傍らに腰を下ろした。
静寂を取り戻した山林で、俺たちはしばらくの間、ただ夜風を全身に浴びながら勝利の余韻に浸っていた。
――数分の後。
呼吸が整い、少しだけ動くようになった身体を起こす。
「……行こう」
俺の呟きに、ルナネアは静かに頷いた。
戦いは終わった。だが、俺たちにはまだ、果たさなければならない大切な役目が残っている。
焦土と化した島を歩き、俺とルナネアは静かに作業を始めた。
ヴレイヴァは俺たちについてはくるものの、興味なさそうに辺りを見回している。
俺たちは、魔獣の猛威によって命を落とした長老たち。そして、最後まで俺を信じてくれたルカーパの遺体を、一遺体ずつ丁寧に集めていく。
ルナネアが綴った『水土抱擁』の柔らかい土を使い、元々は社があったところの近くに小さな墓標をいくつも並べて造った。
土を被せ、石を置き、花を添える。
作業がすべて終わる頃には、東の空がほの暗く白み始めていた。
新しく出来上がったルカーパの墓の前に跪く。ひんやりとした墓石にそっと手を触れ、目を閉じた。
……ルカーパ。約束するよ。
胸の奥で、静かに、だが決して揺らぐことのない誓いを紡ぐ。
お前が命を懸けて繋いでくれたこの命だ。俺が必ず、ルナネアを守る。
――いや、それは間違いかもしれない。
俺にそんな力はない。
だから――
「必ずルナネアと、助け合うよ」
かっこがつかない約束かもしれない。でも、今はそれでいい。俺一人で全て背負うことなんて出来ないのだから。
――返事の代わりに、朝露を含んだ爽やかな風が、撫でるように頬を吹き抜けていった。
目を開けると、隣で祈りを捧げていたルナネアが、少しすっきりとした顔で俺を見つめていた。その瞳には、悲しみだけでなく、前を向く小さな光が宿っている。
「行こうか」
「うん。行こう」
朝日が差し込む焦土の中、俺たちは新しい一歩を踏み出した。




