一手
思考の海を狂おしい速度で泳ぐ。
何かあるはずだ。ルナネアの足止め、ヴレイヴァの最大火力、そして俺が『絶綴掠頁』で極光を不発に追い込み続けてきた今の状況。
点と点が、脳内で目まぐるしく交差する。
――ハッ、と電撃が走った。
「……そうだ。まだ、手はある……!」
血を吐き散らした口元を手の甲で強引に拭い、急ぎ傍らの黒マントへ視線を飛ばす。
「ヴレイヴァ!」
「なんだ、ファイ・ニアス。遺言なら短めにしておけ」
「お前、さっきの極大技で火属性も使ってたよな。……普通の、燃焼させるだけの炎も使えるか?」
「我が刻むのは深淵を焼き尽くす滅びの熱量。物を燃やし尽くすなど、赤子の手をひねるより容易い」
「よし、なら作戦が組み立った。聞いてくれ」
息を荒らげながら二人に叫ぶと、ルナネアが怪我を負った身体を少し揺らしながら、切迫した眼差しを向けてくる。
「どんな作戦……!?わたし、何すればいい!?」
「ルナネアは、まず魔獣の足元を固めてる岩盤の固定を解いてくれ。……そして、やつを少しずつ歩かせる」
「……?歩かせる……?」
ルナネアが驚きに目を丸くした。一瞬、正気を疑うような表情を浮かべたが、俺の眼差しに一切の冗談がないことを察したらしく、すぐ真剣な顔つきに戻る。
「……うん。どうやって歩かせればいい?」
「魔獣が歩くであろうコースの木々を、お前の刀で限界まで伐採してほしいんだ。……そして、やつに不発続きで警戒されている今の隙を突いて、基礎魔呪綴の『土砲』を細かく顔面に叩き込み続けてくれ。威力を出す必要はない。苛立たせて、伐採したコースへ誘導するんだ」
「木を倒して……『土砲』で誘導……?」
ルナネアは小首を傾げ、不思議そうに大樹と魔獣を見比べる。何のためにそんなことをするのか、意図が完全には掴みきれていない様子だ。
「なんで木を伐採するのか……うまく出来れば、その理由がわかるはずだ。――うまく出来ればな」
口元を歪めてそう告げると、ルナネアは深呼吸をひとつ挟み、力強く頷いた。
「わかった……!よく分からないけど、わたし、ファイを信じる」
「相変わらず無茶な要求を突きつけるものだ。だが、いいだろう……。愚者が魅せる最後の足掻き、この我を楽しませてみせよ」
ヴレイヴァが不敵にマントを翻し、妖しく片目を光らせる。
「よし――作戦開始だッ!!」
合図と同時に、ルナネアが弾丸のような速度で弾け飛んだ。
「解除……っ!」
魔獣の足を拘束していた固い岩盤がボロボロと土に還っていく。自由を取り戻した魔獣は咆哮を上げるが、度重なる極光の不発と頭部への重傷によって極めて慎重になっていた。大技の溜めに入ることすら警戒し、血走った眼孔でこちらの出線を探っている。
「ここ……ッ!!」
ルナネアのしなやかな身のこなしが山林を駆け巡る。
彼女は鋭い刀閃で周囲の巨木を次々と切り倒し、魔獣を誘導するための道を瞬く間に切り開いていく。
さらに、足を止めかけた魔獣の顔面に向けて――
「基礎魔呪綴――『土砲』!!」
ポン、ポンと放たれる小規模な土塊が、魔獣の潰れた顔面を小突き始める。
ダメージこそ皆無だが、執拗な嫌がらせのような衝撃に、魔獣の凶暴な本能がじわじわと苛立ちを募らせていく。
『ギ、ガァッ……!グガァァァッ!!』
苛立ちに任せ、巨躯を揺らしながらゆっくりと踏み出し始める魔獣。
ルナネアの狙い通り、伐採された木々の導線へと、やつの巨大な足音が確実に引き寄せられていく。
ズ……ン……、ズ……ン……。
『ギ、ガガガッ……!』
「来てる!凄く怒ってこっち歩いてくる!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ルナネアが叫ぶ。
顔面に『土砲』を小突かれまくった魔獣は、苛立ち全開で倒木ルートをノロノロと突き進んできている。
「バッチリだ!そのまま引っ張ってくれ!」
「うんっ!『土砲』!!」
『グガアァァッ!?』
顔面にベチッと土塊を食らい、魔獣が鬱陶しそうに巨大な前足を振り回す。
何度も技を潰された警戒感からか、大技は使わずにじりじりと距離を詰めてくるだけだ。
「……自ら死地へ歩み寄るとは、哀れな羊だな」
「ヴレイヴァ、かっこつけてないで準備だ!言った通り普通の炎だぞ!?」
「我を誰と心得る」
「ファイ、もうすぐ指定の場所に入る!次どうする!?」
ルナネアが着地し、俺の隣へ滑り込んでくる。伐採した倒木が転がる、まさにその真上へ――魔獣の巨大な足が踏み込まれた。
「ルナネア、ありがとな!」
「ファイ!?」
お礼を口にするのと同時に、吐き気を力任せに押し殺し、地を強く蹴り飛ばす。狙うは魔獣の足元――大量の倒木が重なり合う、あの巨大な足の真下だ!
ズ……ンッ!!ズ……ンッ!!
俺の接近に気づいた魔獣が、地響きを立てて泥を踏み荒らす。
一歩ごとに周囲の木々が激しく揺れ、砕けた枝や葉が上空から雨のように降り注ぐ。息が詰まるほどの強烈な圧迫感が、鼓膜を揺らす重低音とともに全身へ叩きつけられてくる。
「ほう……」
「ヴレイヴァ、合図したら魔呪綴だからなっ!!」
『グ、ガアァァァッ!?』
正面から突進してきた俺を潰そうと、魔獣が苛立ちに任せて巨大な前足を叩きつけてきた。
ズガァンッッ!!
頭上から迫る圧死の影。強烈な踏み付けが直撃した地面が激しく爆ぜ、地面が壁のように跳ね上がる。
だが、俺の狙いはやつと正面からやり合うことじゃない。
ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ――!!
紙一重で叩きつけを滑り込みでかわし、爆風を背中に浴びながら、山積みになった倒木の隙間――魔獣の巨大な腹の真下へと勢いよく飛び込む。
――パンッ!!
滑り込んだ勢いのまま、両手を勢いよく地面――ルナネアが切り倒した大樹の切り株へと強く叩きつける。
「これのために……木を倒させたんだよッ!!」
そう、俺の狙いはただの誘導でも火の粉の準備でもない。
ルナネアに伐採させたことで無数に生まれ、大地のエネルギーを残したまま静かに眠る、この巨大な切り株たちだ。
両手を通して、己の内に秘められた異能を切り株へと一気に叩きつける。
「――再構築ッッッ!!!」
――ゴ、ガガガガガガガガッッッ!!!!
直後、地に伏していた切り株が脈動を始めた。
失われた幹や枝葉の記憶を強引に呼び覚まされ、異能の力で急速に元の姿を取り戻していく巨大な樹木が、圧縮されたバネが弾けるような凄まじい速度で上空へと再構築を開始する。
ズガガガガァンッッ!!!!
『グ、アァァァァァァァァッ!?!?』
下から一気に爆発的伸長を遂げた極太の木が、覆いかぶさっていた魔獣の分厚い下腹部へと容赦なく刺さった。
生身の肉を抉り、骨を砕き、強靭な皮膚を強引に突き抜けていく。
槍のように鋭利に伸び上がった大樹が魔獣の巨体を貫き、天へと跳ね上げるようにその巨躯を穿つ。
大樹を縫い付けられ、激痛に叫び声をあげる魔獣。
その真下、穿たれた大樹の陰から、血吐く顔を上げて叫ぶ。
「今だ、ヴレイヴァ!!」




