極光 掠める
「嘘だろ……今ので、死なないのか……?」
思わず短剣を握る手に一層の力が籠もる。眼球を直接破壊され、半ば潰れてなお立ち塞がるその圧倒的な生命力に、背筋を冷たい汗が伝わるのが分かる。
「我の魔呪綴に耐えるとはな。中々見所がある魔獣だ」
ヴレイヴァはマントを揺らし、不敵な笑みを崩してはいない。だが、その声にはわずかな硬さが混じっている。
「悠長に感心してる場合か!来るぞ……ッ!」
俺の怒声に応じるように、魔獣が咆哮を上げる。
潰れた眼球から体液を撒き散らしながら、魔獣は残された本能の全てを殺意へと変えていた。激痛に狂い、溜めの時間すら削るようにして、その口内へ再び禍々しい極光の熱量を猛烈に集約させていく。
「くそっ……!もう一度『絶綴掠頁』で掠め取る」
魔呪綴が発動する――まさに、その瞬間。
「な……っ!?」
突如、激しい吐き気が胃の底から一気に込み上げてくる。
視界が強烈にグラりと歪み、喉の奥を焼くような激痛とともに、口から赤黒い血が盛大に吐き出される。膝が折れ、砕けた葉の混ざる地面へガクりと片膝を突く。
「な……んだ、これ……っ!?」
体中を刺すような激痛と、猛烈な倦怠感。
記憶を無理やり抉り出し、立て続けに『絶綴掠頁』を行使した代償か?
干上がっていた脳の回路に膨大な情報を急激に流し込んだことで、身体が限界を超えて悲鳴を上げているのか?
「使い……すぎたのか……魔呪綴が……ッ!」
視界が赤く染まる。
目の前では、魔獣の口元で過密に凝縮された極光が、今や臨界点を迎えようとしていた。
「避けろ、ファイ・ニアスッ!!」
山中の高台から、ヴレイヴァの切迫した叫びが響く。
だが、身体が動かない。金縛りに遭ったかのように足が地面に張り付き、死の光束が目の前まで迫ってくる。白い閃光が視界の全てを塗りつぶし、熱線が頬の皮膚を焼き焦がす――
「まず――」
死を覚悟した、その刹那。
「ファイっ!!」
横合いから、泥と木々を切り裂く旋風のように小さな影が飛び込んできた。
魔獣の足元を固定し、そのまま全速力で駆け戻ってきていたルナネアだ。
ルナネアはためらうことなく俺の身体へ全力で抱きつき、その反動を利用して地面を強く滑り抜ける。
――ドゴォォォォォォンッッ!!!!
直後、俺たちが一瞬前までいた場所を、極大の極光ビームが貫通した。
大地が抉れる。すさまじい熱風と衝撃波が、もつれ合って倒れ込んだ俺とルナネアの背中を猛烈に叩きつける。
「大丈夫……!?ファイっ!」
耳を刺す破砕音と熱風の嵐の中、俺の上に覆いかぶさるように倒れ込んだルナネアが、切迫した声で顔を覗き込んできた。その瞳には、自分の怪我も忘れた深い心配の色が浮かんでいる。
「あ、あぁ……なんとか、な。……ルナネアこそ、無事か……?」
「わたしは平気。それより……」
掠れた声で返すと、ルナネアは安堵の息を吐きつつも、すぐに表情を引き締めた。
その直後――
「とうッ!」
高台から豪快に跳躍してきた漆黒のマントが、俺たちのすぐ脇へと着地した。着地の衝撃で落ち葉を散らしながら、ヴレイヴァが前髪を押し上げて立ち上がる。
「悠長に話している時ではない。来るぞ、極光が!」
「ヴレイヴァ……!」
ヴレイヴァの言葉の通り、爆煙の向こう側から地鳴りのような唸り声が響いていた。
潰れた眼球から激しい体液を撒き散らし、脚を岩盤に固められた状態のまま、魔獣は狂ったように極光を口内に放出しようとしている。
溜めの時間すら存在しない、暴走した本能による連続照射。
先ほど俺たちの横を削り取ったばかりの極光の残光が冷めやらぬうちに、再び世界を白く染め上げる死の閃光が放たれようとしていた。
新たに『絶綴掠頁』で奪う余裕はない。
吐き気と激痛で体内の綴力は支離滅裂だ。だが――
「奪うのが無理なら……さっき溜め込んだやつを、解放する……ッ!」
強奪し、ストックされていた膨大な極光の熱量。身体が悲鳴を上げ、頭が痛むが、歯を食いしばって前に踏み出しす。
「ルナネア、ヴレイヴァ!俺の背中に隠れろッ!!」
『ガアァァァァァッッ!!!!』
魔獣の口元から、世界を蒸発させる極大の極光が一直線に解き放たれる。
迫り来る圧倒的な死の光束を前に、俺は『絶綴掠頁』に溜め込まれた熱量を一気に解き放った。
「――刻め……!!」
俺の目の前の空間から、絶大なる純白の極光が爆発的に湧き上がる。
奪っていた魔獣自身の極大攻撃。それがそっくりそのまま、目の前から一直線に解き放たれた。
――ドゴォォォォォォンッッ!!!!
正面から激突する、二つの巨大な極光。
空間を歪めるほどの凄まじい衝撃波と無数の閃光が木々の生い茂る山内に吹き荒れ、互いの絶大な威力が真っ向から拮抗する。
やがて耐えきれなくなったエネルギーが天地を揺るがす大爆発を起こし、猛烈な爆風となって大気を強烈に弾き飛ばす。
相殺の爆風が激しく吹き荒れる中、爆ぜた光の残滓を押し破るようにして、魔獣がまたしても口内を光らせる。
潰れた目から狂乱の体液を撒き散らし、四度目となる極光を放とうと、休む間もなく光線を収束させていく。
「くそっ、まだ打ってくる気か……!」
もしだ、もし仮に俺の極光が、取り込んだ数だけしか出せないとしたら――あの時かすめ取り、溜め込んでいた極光の残りは、あと一発分だ。
躊躇している暇はない。残る熱量の全てを解き放つべく、前に突き出した手に意識を集中させる。
「――刻めッ!!」
前方の空間から、おそらく、本日最後となる純白の極光が爆発的に放たれた。
魔獣が放つ直前、無防備に最大出力の光を溜め込んでいたその顔面――すでに削れ、潰れかけていたひとつ目の眼球へ向けて、極大の光束が一直線に突き刺さる。
――ズガアァァァァァンッッ!!!!
『ガ、アァァァァァァァァッッ……!?』
直撃。
至近距離からの正面衝突に、魔獣の巨大な頭部が跳ね上がる。喰らった衝撃で、溜まりかけていた極光が暴発し、凄まじい衝撃波が撒き散らされた。
絶叫を上げ、グラグラと大きく体勢を崩す魔獣。
だが――胸中に安堵はない。
「やっぱ死なないか……」
今の直撃でも、魔獣を完全に仕留め切れた感触はない。
自身の身体は限界を迎えて吐血し、魔呪綴を新しく綴り、掠め取る余裕もない。
思考を高速で回転させる。
この土壇場で、次の一手をどう繋ぐか。俺たちの持ち札で、あの狂暴な肉塊を今度こそ完全に沈める方法は――




