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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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光と影

「お前……なんでここに――」


 思わず呆れ混じりに問い詰もうと口を開きかけた、その時。


「余計な口を叩いている暇はあるのか?愚者――いや、ファイ・ニアスよ」


 ヴレイヴァは低く笑い、前髪の隙間から覗く片目で、俺たちの前方に視線を向けた。


「ッ……!」


 ハッとして正面へ視線を戻す。

 相殺の爆発に一瞬動揺していた魔獣が、猛然と正気に戻っていた。その巨大な眼を血走らせ、二度も攻撃を阻まれた怒りを滾らせながら、三度目となる極光の収束を口内に開始している。


 今度は先ほど以上の溜め。確実に潰すという、狂暴なまでの殺意。


「どうする……」


 一瞬、俺の頭の中で、俺が前に出てルナネアを守りつつ、ヴレイヴァとどうにか攻めるという思考が反射的に浮かび上がり――すぐにそれを打ち消した。


 ――待て。違う。


 胸の奥で、過去の失態と苦い教訓が鮮明に蘇る。


 俺ひとりの意思だけが、いつだって正しいわけじゃない。仲間を信じず、自分で勝手に抱え込んで独走することが、どれほど悲劇を生むか。俺はそれを、痛いほど学んだはずだ。


 すぐ隣に立つルナネアへと視線を飛ばす。


「ルナネア!」


「うんっ、」


「……お前は何ができる!?」


 投げ捨てたかのような突然の問いに、ルナネアは一瞬目を丸くした。けれど、俺がルナネアを、守る対象ではなく、共に戦う対等な仲間として頼っているのだと悟ったようで、その瞳に確固たる強い光が宿る。


「昔、狩りをしてたから刀が少し。あとは、水と土の魔呪綴《スペル》が使える」


「動きを止めたりは……?」


「出来る」


 ルナネアがコクリと頷く。


「そうだな、じゃあ……」


 刹那の思考。


「まずは足を止めよう」


 一瞬で答えがでる。思考のギアが噛み合い、一閃のように作戦が脳内に組み上がっていく。


「ルナネアが魔獣の動きを封じて姿勢を崩す。俺がもう一度『絶綴掠頁《ディスペレージ》』でやつの口元の極光を強奪・無効化する――その隙に」


 俺は横に立つ黒いマントの男へと視線を切った。


「ヴレイヴァ、無防備になったあいつの首元に、お前の最大火力を叩き込む。出来るか?」


「無論だ。それにしても、我に指示を出すとは、随分と生意気になったものだな」


 ヴレイヴァはマントをバサリと翻し、口元を歪めて不敵に笑う。


「だが、悪くない策略だ。――漆黒の導き、貴様等に見せてやるとしよう……!!」


 三人の視線が、同時に前方の巨大な脅威へと突き刺さる。

 一瞬の作戦立案。迷いは、もう、微塵もなかった。


「――行くぞッ!!」


 合図と同時に、俺たちは泥を蹴る。

 真っ先に地を駆けたのはルナネアだ。手傷を負っているとは思えぬほどしなやかで速い跳躍。魔獣の足元を目指し、まっすぐ肉薄していく。


 当然、魔獣の怒りは眼前のルナネアへと向けられた。

 収束していた極大の極光が、容赦なく彼女の小さな身体を狙って解き放たれようとする――が。


「打たせるかよ……ッ!!基礎魔呪綴《ベーススペル》――『絶綴掠頁《ディスペレージ》』!!」


 カチリ、と脳内で歯車が噛み合う音。

 解き放たれる直前だった世界を白く染めるほどの光線が、掠め取られ、俺の中へと虚しく吸い込まれて消滅した。


『……ッ!?』


 またしても攻撃を無効化され、激しい困惑に魔獣の動作が一瞬だけ狂う。


 その隙を、ルナネアは見逃さない。


 魔獣の巨体の真下、前足の目と鼻の先まで潜り込んだルナネアは、今までの鬱憤を晴らすように魔呪綴《スペル》を綴る。


「独自魔呪綴《オリジナルスペル》!!『水土抱擁《すいどほうよう》』!!」


 ――ドババババァンッ!!


 ルナネアの叫びに応ずるように、魔獣の足元から突如として大量の水を含んだ土が噴き上がった。


 泥流は生き物のように前足へと絡みつき、次の瞬間、水分の結合速度が一気に急変する。泥が一瞬にして密度を増し、巨大な岩石結晶となってカチカチに硬化した。


『グッ……!?ガァッ……!?』


 両の前足を分厚い岩盤でがっちりと地面へ固定され、魔獣が初めて驚愕の声をあげる。巨体を力任せに揺すって逃れようとするが、ビクともしない。完璧に動きが止まった。


 無防備に晒された、巨大な首元。

 再び魔獣が極光を放とうとする。


「基礎魔呪綴《ベーススペル》――『絶綴掠頁《ディスペレージ》』!!」


 再び極光が消える。


 ――その時、少し隆起した地面の上に立つ漆黒の影が、バサァッと豪快にマントを翻した。


「貴様等の足掻き、実に見事であったぞ。だが、宴の終わりを告げるのは、常に真打ちの役割と決まっている」


 ヴレイヴァは月を仰ぎ見るようなポーズを決め、前髪の隙間から妖しく片目を光らせる。胸の前で掲げた指先に、常軌を逸した密度の禍々しい綴力《グラフィー》が集約されていく。


「見よ!我が刻む深淵の裁きを……!独自魔呪綴《オリジナルスペル》――『漆黒無法死界炎《ダークネスワールドフォールンインフェルノ》』!!」


 それは、狂暴な魔呪綴《スペル》だった。

 世界を腐蝕させ侵食する禍々しい呪属性。

 そして、全てを焼き尽くす高熱の火属性。


 ヴレイヴァの指先を中心に、異なる二つの威力が狂おしく渦を巻き、混ざり合っていく。


 ――ギギギギギギギッッ……!!


 大気を強引に削り取るような、耳障りな尖った異音が木々の生い茂る島に響き渡る。


 凝縮された漆黒の呪属性は、恐ろしい回転力を伴う一本の巨大なドリルへと形を変えていった。


 さらにそこへ、猛烈な大気の歪みとともに解き放たれた火属性の猛火が加わる。


 炎は渦を巻くドリルへと吸い込まれるようにグワーンッと凄まじい勢いで巻きつき、回転に巻き込まれるごとにその色を禍々しく変えていく。周囲の水分を一瞬で蒸発させるほどの凄まじい熱量を孕みながら、ドリルの炎はさらにその密度を限界まで増していった。


「深淵の炎に焼かれ、塵へと還るがいい!!」


 ヴレイヴァが掲げた指先を、鋭く前方へと振り下ろす。

 瞬間、極大の漆黒炎ドリルは空間そのものを穿つように破砕音を上げ、視認すら困難な超速度で撃ち出された。


 一直線に突き進むその先。


 狙いは――足止めされ、無防備に晒された魔獣の顔面に鎮座する、あの不気味で巨大なひとつ目。その白い眼球だ。


 迫り来る圧倒的な死の気配に、逃げ場を失った魔獣が恐怖で白目を大きく見開く。


 次の瞬間、漆黒のドリル炎が、吸い込まれるように白目の中心へと容赦なく突き刺さる。


 ――ズガァァァンッッ!!!!


 回転するドリルが、分厚い角膜を強引に穿ち、内部の肉へと深く食い込む。

 そして遅れて、巻きついていた火属性の超高熱が、魔獣の眼球の内部で一気に臨界点を突破した。

 ――ドカアァァァァァンッッ!!!!


 天地を揺るがすような、腹の底を激しく突き上げる凄まじい爆発音が世界に轟き渡る。

 喰い込んだドリルと熱量が内側から炸裂し、魔獣の頭部全体が極大の黒炎と衝撃波に包み込まれた。激しい爆風が巻き起こり、弾け飛んだ黒煙が視界を覆い尽くす。


『アァァァァァァァァァッッ……!?』


 絶叫。激痛に耐かねた魔獣が、悲鳴とも怒号ともつかない叫びを上げ、岩盤に固定された脚を無理やりのけぞらせるように暴れ狂った。


 ――やったか……!?


 短剣を強く握り直し、巻き上がる黒煙の向こう側を凝視する。

 ルナネアも息を呑み、傷ついた身体を強張らせて爆心地を見つめていた。


 ……だが、煙が風に煽られて薄れていくにつれ、期待は打ち砕かれる。

 黒煙を強密に振り払うように、魔獣が猛然と巨大な頭部を振った。


『ガ……ァッ……!ギ、ガガガガガッ……!!』


 ひとつ目は爆破によって無惨に焼き焦げ、体液の残滓を撒き散らしながら半ば潰れている。 

 間違いなく重傷、致命傷に届きうるほどの大ダメージだ。


 だが――倒れていない。


 膝を突くことすらなく、魔獣はその巨躯を威圧的に立ち躍らせている。


 絶命に至らなかったことで、死の恐怖と痛みがやつの本能を完全に狂わせたのかもしれない。潰れかけた血走った眼光から凄まじい殺意を撒き散らし、狂暴性を限界突破させた魔獣が、俺たちを睨みつけ返していた。

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