生きて、抗って、未来へ進む
「さっきの人が死んだのは、ファイが一人でカッコつけて死ぬためじゃない!命を懸けたのは、わたしたちを逃げさせるため!!」
「っ……」
「なんで……っ、なんでそこまで……」
喉の奥から、血を吐くような声が漏れる。
「なんでお前は……俺を……そこまでして助けようとするんだよ……っ!!」
問いに、ルナネアが一瞬だけ息を呑んだ。
――それまでの鬼のような激怒の表情が、嘘みたいに消える。
胸ぐらを掴んでいた手がゆっくりと解かれ、震える両手が俺の濡れた頬をそっと包み込む。
「……っ」
ぽろぽろと涙をこぼすルナネアと目が合う。
「わたしは、ファイに助けられた。……でも、ファイは違う。ファイはまだ、誰にも助けられてない」
「ぇ……」
「恐怖から逃げて……ずっと一人で戦ってきた。誰にも救われないまま、ずっと一人で傷ついてきた」
包み込まれた頬から、ルナネアの熱い体温が伝わってくる。
「わたしに、向き合うことの大切さを教えてくれたのは……ファイだから」
「……俺、が?」
思ってもみなかった言葉に、息が止まる。
「ずっと暗闇の中にいたわたしのために……ファイは逃げずに、本当の意味で向き合ってくれた。怒ってくれた。それで、生きることの大切さを、意味を……教えてくれた」
頬を包むルナネアの指先が、小さく震えている。
溢れ落ちる涙が血濡れた皮膚を伝い、熱く、痛いほどに染み込んでいく。
「わたしだって……完璧じゃないから。まだ上手に向き合えないし、弱くて、逃げたくなる時だってある……っ」
鼻声を殺し、ルナネアは涙で歪む瞳で俺をまっすぐ見つめた。
「だけど……今度は、わたしがファイに教える。本当に向き合うって意味を……届けてあげる。ファイが諦めても、わたしは絶対に諦めない!!」
「ルナ……ネア……」
「だから……お願い」
頬を包む手に、ギュッと力が入る。
「つらい時。過去の罪に押し潰されそうになった時。……思い出して。一人じゃないってこと」
「……ルナ、ネア……」
「一人で背負おうとしないで。わたしがいることを……忘れないで!!」
溢れ落ちる涙を拭おうともせず、ルナネアは喉を震わせて叫ぶ。
「死んだって、罪は消えない。楽になるのはファイだけで……残されたわたしは、また一人で絶望するだけ!そんなの、許さない!!」
その言葉がまた、「死んでラクになりたい」という薄汚い免罪符を、容赦なく砕き割る。
「死んだ人に報いることなんて、きっと誰にもできない。……でも!生きることでなら、皆の死を、無駄にしないことならできる!!」
「生きることで……罪を、償う……?」
「そう!!」
ルナネアは力強くうなずき、涙で濡れた顔で、どこまでも愚直で一途な瞳を俺に向けた。
「罪を抱えたまま、苦しくても……一緒に生きる。生きて、抗って、未来へ進む。……それが、命を繋いでくれた人たちへの、命を失くした人たちへの、唯一の答えだから!!」
耳元で響く、熱い訴え。
一人で抱え込んで勝手に完結しようとしていた俺の胸に、ルナネアの温もりと覚悟がどこまでも深く染み込んでいく。
ルナネアは、俺を逃がしてなんてくれない。
地獄に引きずり落とされても、髪を振り乱して涙を流しながら、俺の胸ぐらを掴んで「ここにいろ」と叫んでくれる。
それが、どれほど力強くて、痛くて、愛おしいことか。
その熱が、俺の醜い言い訳をひとつ残らず焼き尽くしていく。
……そうだ。
俺は、誰も理解してくれないとか、誰も助けてくれないなんて被害者ぶって、勝手に閉じこもっていただけだった。
本当はいたんだ。
向き合おうとしてくれた仲間が。言葉を交わそうと手を伸ばしてくれたやつらが、最初からいたはずだったんだ。
リシェラも、ゼクフィスも。そして、いま俺の目の前でボロボロになって叫んでいるルナネアも。
あいつらを突き放して、勝手に一人だと決めつけて、向き合う恐怖から逃げていたのは……他でもない、俺自身じゃないか。
会話を捨てたのは、仲間を捨てたのは、俺の方だったんだ。
自分の弱さが嫌で、全てを失うのが怖くて、勝手に壁を作って閉じこもって……挙げ句に、悲劇の主人公を気取って死のうとしていた。
――反吐が出るほどダサい。どこまで自分本位なんだ、俺は。
だけど、そんな最低な壁を、ルナネアは強引にぶち破ってくれた。
向き合うことを諦めないでいてくれた。
「……は」
喉の奥から、情けない声が漏れる。
視界が急激に歪んだ。
右眼から、左目から、温かいものがボロボロと溢れ出して泥に落ちる。
もう、かっこつけるのも、被害者ぶるのもやめだ。
「……ルナネア」
「……うん」
「俺……最低だった」
掠れた声で、でも今度は逃げずにルナネアの綺麗な目を見つめ返した。
「……ごめん。本当に、ごめん……」
泥だらけの手で、ルナネアの手をギュッと握り返す。
「もう……逃げない。一人で背負った気になって死ぬなんて……そんなずるいこと、絶対にしない」
心の中の不快な冷たさが、完全に消え去っていた。
罪が消えたわけじゃない。過去の失態も、死んだやつらへの責任も全部残ったままだ。
だけど、もう泥の中に閉じこもって耳を塞ぐ気なんて微塵もなかった。
「お前と一緒に生きる。罪も後悔も全部抱えて……お前と一緒に、生き残ってやる!!」




