極光 貫く
「まさか……貴様、何をした……!?」
血の気を失った長老の一人が、震える指先を俺へと突きつけた。その声は激怒というよりも、底なしの恐怖に震えている。
「……この島に入る直前……札を剥がしたのかッ!?」
「札……?」
地面に顔を擦り付けたまま、俺は途切れる意識の中で呆然と呟いた。
何を言われているのか、一瞬理解が追いつかない。札……だと?
記憶の糸を必死に手繰り寄せる。脳裏に浮かんだのは、この孤島へ上陸した際の、あの混迷を極めた状況だ。
追手に追い詰められ、誰もが余裕を無くしていたあの極限状態。だが、俺は札のようなものには一切触れていない。
そして、村の者たちも知らないとなると――
メラリカ……?まさか、あいつが……!
確証はない。ただの推測だ。だが、もしあいつが裏で手を引いていて、意図的にその、札とやらを解いていたのだとしたら――俺たち全員、最初から踊らされていたのか?
「し、知らない……っ!俺じゃない……っ!」
「知るかそんな言い訳ッ!貴様がこの島に災厄を持ち込んだのだ!!」
長老の一人が狂乱しながら俺の頭を踏みつける。思考が絶望で真っ白に染まりかけた、まさにその瞬間だった。
ゴォオオオオオンッ―――――――――ッ!!!!
鼓膜を直接打ち砕くような爆音が、夜の社を爆破した。
「ひぁああっ!?」
木々に囲まれた境内が一瞬にして吹き飛び、粉砕された巨大な石祠の欠片が弾丸となって全方位へ飛散する。
「一体何事だ!」
ここまで比較的落ち着いていた村長が言う。
「『口』だけではない?」
長老たちの悲鳴が狂乱へと変わる。
社を破壊して飛び出してきたのは、巨大な白い魔獣の顔。
白しかない巨大な一つ目がギロリと動く。
だが、絶望はそれだけでは終わらなかった。
グラグラグラグラッ……!!
島全体が、まるで巨大な生物の背に乗っているかのように激しく鳴動し始めた。社の奥――遥か遠く、この島の反対側にあたる海岸線から、地鳴りのような重低音が響き渡る。
「あっちを見るんだ!!」
村長が指差した島の反対側の夜空。そこから、禍々しく巨大な白い胴体が、島を丸ごと包み込むようにしてゆっくりと、ゆっくりと現れ始めた。
「何故こうなる……!」
村長が信じられないように呟く。
――す、と大気が冷え込む。
音が消えた。狂乱も、悲鳴も、波の音すらも。
静寂の中、魔獣の目から、それが放たれた。
美しく、恐ろしい、屈折する極光。
幾重にも折れ曲がり、空間をパキパキと跳ね回るその一閃が、境内の暗闇を無機質に照らし出す。
光る。
――ズシュッ。
長老が一人、首を失って倒れた。
血が噴き出す間もなく、切り口が焼き尽くされている。
光る。
――ドスッ。
逃げようと背を向けた男の胸を、折れ曲がった光線が容易く背後から貫いた。
崩れ落ちる音だけが、やけに重く響く。
あまりにも淡々と。
まるで作業のように、命が削られていく。
叫ぶ猶予すら与えられない理不尽な死の連鎖。不気味なまでの静けさが、境内の空気を狂気で満たしていく。
「そ、村長――」
俺は動かない首を必死に持ち上げ、目の前に立つ村長へ声をかけようとした。
助けを呼ぶためか、警告するためか。
自分でも分からないまま伸ばそうとした、その言葉の半ば――
――ジュシュッ。
乾いた音が、俺の鼻先で弾けた。
「……ぇ?」
視界の真ん中。俺の目と鼻の先、わずかの距離。
あり得ない角度でカクンと屈折した一条の極光が、目の前にいた村長の顔面を、寸分の狂いもなくまっすぐに貫通――否、消し去った。
音すらなかった。
穿つとか打つなんていう生易しい刺激じゃない。
村長の首から上が、光の通り道に沿ってただ削ぎ取られて消えたのだ。
光の熱量に一瞬遅れて、膨大な圧力が弾ける。
――ジュッ、と湿った肉の焼ける匂い。
次の瞬間、首の断面から行き場を失った熱い赤黒い血が、生々しい噴水となって夜空へ吹き上がった。
ドサッ。
首から上を完全に失った肉塊が、俺の目と鼻の先で無造作に倒れ込む。
地面に激突した胴体から跳ね上がった血と、ドロリとした不快な温もりが、泥にまみれた俺の顔面へ豪快に降り注いだ。
「あ……っ……」
熱い。
顔にこびりつく血が、あまりにも熱い。
視界が赤く染まる。
さっきまで偉そうに正論を叩きつけ、この村の絶対者として俺を見下ろしていた男が。
何の溜めもなく、ドラマチックな最期すら許されず、ただの切り口の開いた肉の塊として俺の目の前に転がっている。
パキッ。
頭上で、空間が跳ねるような不快な硬質音が響いた。
パキッ、パキパキッ。
頭上で幾重にも重なる、可逆性を無視した空間の屈折音。
見上げることすらできない。首を動かそうとするだけで、視覚が、次はお前の番だと、強烈な死の幻覚を脳裏に焼き付けてくる。
――光る。
ピシッ。
「な――」
声の主は、村長のすぐ隣で呆然と立ち尽くしていた長老の一人だった。
何が起きたかを認識するよりも早く、彼の右肩から左肋骨にかけて、斜めに一条の澄んだ極光線が通り抜ける。
スッ……と、切断面がずれた。
「……っ!?」
悲鳴すら切断された。
上半身がズルリと地面へ落ちて、激しい音を立てる。下半身だけが数秒間、意味もなく直立を保った後、切り口から湯気を立てる赤黒い液体を噴き出しながら泥の中に倒れ込んだ。
光る。
パシッ。
「助け――」
別の長老が伸ばした腕ごと、胸の中央を直撃。
心臓のあった場所が巨大で綺麗な空洞となり、光の熱で焼き切れた血管から血すら出ないまま、彼は目を見開いて後方へバタリと倒れた。
また、光る――




