絶望から最も遠い場所
二人の小さな背中がひだまりを跳ね回るのを、俺は草の上に腰掛けたまま、ぼんやりと眺めていた。
風に揺れる青い小花を、小さな手いっぱいに抱えては、俺の膝元へと嬉しそうに運んでくる。さっきまでの密入国者じみた緊張感が嘘みたいに、ここにはただ、穏やかな時間が流れている。
「お兄ちゃん、はい!これ、いちばん大きいやつ!」
「こっちの、形が綺麗だよ!」
「……おい、そんなに一気に乗せると手元が狂うだろ」
元気いっぱいば双子の相手をしながら、俺は手渡された茎を一本ずつ編み込み始める。
指先は包帯で少し動かしづらいし、こういう繊細な作業は自信がない。だけど、じっと期待に満ちた目で手元を見つめてくる四つの瞳を見ていると、どうしても無骨な指先に力が入ってしまう。不思議と、身体の痛みも少しだけ遠のくような気がした。
一本、また一本と青い花を重ねていく。少し不恰好だけど、形になり始めた花の輪を見て、ピピとリュリュが「わあ……!」と声を揃えて小さな手を叩いた。
「すごいすごい!お兄ちゃん、じょうず!」
「本当にお花の冠だ!これ、誰にくれるの?」
「誰にって……お前たちの分だよ。二つ作るから、もっと花を持ってきてくれ」
「はーい!」
双子は嬉しそうに返事をして、また少し離れたところで花を選び始めた。
その楽しそうな笑い声を聞きながら、ふと、素朴な疑問が頭をよぎる。
村にあれだけの余所者嫌いの空気が満ちているっていうのに、この子たちの両親や大人のエルフたちは、一体どこへ行ったんだろうか。あまりにも静かすぎる。
「なぁ、ピピ、リュリュ。ちょっと気になったんだが……お前たちの母さんや村の大人たちは、今どこで何をしてるんだ?ずいぶん静かだけど」
俺が手を動かしながら何気なく尋ねると、リュリュがひょこっと顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「え?お兄ちゃん、知らないの?」
「皆、今は『贄の式』の準備でいそがしいんだよ?」
ピピが当然のことのように、花を握りしめたまま言葉を続ける。
「儀式の時はね、大人は皆、ご飯をたーくさん集めるの!」
「そうそう!だから、お母さんたちも今朝からずーっとご飯を探してるよ?」
「……『贄の式』?」
思わず、編み込みかけていた指がピタリと止まった。
聞いたことのない、どこか重苦しい響き。村の大人たちが揃って食べ物を探し、何かの準備に追われているという事実。
あのエルフたちが、そこまで血眼になって執り行おうとしている儀式。それは一体、何を目的としているのだろうか。
贄と言ったか。もしかして、余所者の俺を何かに捧げるつもりじゃ……
暗い思考の渦に引きずり込まれそうになる。
だけど、俺のそんな急な沈黙を察したのか、リュリュがタタッと駆け寄ってきて、俺の膝をぽんぽんと叩いた。
「お兄ちゃん、手が止まってるよ?」
「あ……あぁ、悪い」
慌てて首を振り、胸に浮かびかけた謎を心の隅へ追いやる。せっかく二人が連れてきてくれたひだまりだ。今は、この子たちの前で難しい顔をする時間じゃない。
俺は最後に残った数本の茎をぎゅっと結び合わせ、ようやく完成した冠を持ち上げた。少し歪だけど、青い花が密集してそれなりの形にはなっている。
「ほら、できたぞ。リュリュ、ちょっと頭を貸せ」
「わあ……っ!」
ちょこんとその小さな頭に冠を載せてやると、淡い青色の花が、彼女の美しい髪に驚くほどよく映えた。リュリュは嬉しそうに自分の頭を触りながら、ひだまりの中でくるりと一回転してみせる。
「どう?ピピ、似合う?」
「すっごく可愛い!お兄ちゃん、器用だね!」
「ありがとな」
――心が溶かされる。
この村の裏にどんな秘密があろうと、いま目の前で俺を信じて笑っているこの子たちの純粋さは本物だ。その事実が、傷ついた俺の心を優しく包み込んでくれるような気がした。
「よし、じゃあ次はもっと上手に作ってみる。とびきり綺麗なのを選んで持ってきてくれ」
「うん!いっぱい持ってきちゃう!」
「待っててね、お兄ちゃん!」
元気いっぱいにひだまりへと駆けていく二人を見送りながら、俺は包帯の巻まれた両手を温かい木漏れ日の中へと差し出した。
――黄金色の髪が木漏れ日を浴びてきらきらと揺れる様子を、俺はただ静かに目に焼き付けていた。リュリュの頭の上で揺れる青い花が、まるで彼女たちの命の輝きそのもののように見えて、胸の奥が震える。
「ファイお兄ちゃん!これ、茎がすっごく長いの見つけた!」
「ピピ、ずるい!私のだよ、それ!」
一本の長い花を巡って、二人が小さな手を伸ばし合ってじゃれ合っている。そのたわいもない小競り合いのすべてが、どうしようもなく愛おしい。
「喧嘩するな。どっちの花でも、俺がちゃんと一番綺麗に編み込んでやるから」
声をかけると、二人はすぐに顔を見合わせて「本当!?」と声を弾ませた。トトトッと小走りで戻ってきたピピが、今度は俺の膝の上に、そっと花を置いていく。さっき俺が困った顔をしたのを、子供なりに気にしてくれたのだろう。
そんな細かな優しさが、擦り切れていた俺の心を、ゆっくりと満たしていく。
「お兄ちゃん、手が痛い痛いなのに、作ってくれてありがとう」
リュリュが、俺の包帯で白く汚れた手首を、小さな、驚くほど体温の高い両手でそっと包み込んできた。
ただ生き延びるためだけに人を殺してきたこの無骨な手が、こんなにも柔らかいものに触れていいのだろうか。一瞬、鋭い罪悪感が胸を突いたけれど、彼女たちの屈託のない肌の温もりが、その硬いこわばりを優しく解きほぐしてくれるようだった。
「……これくらい、なんてことない。お前たちが喜んでくれるなら、いくらでも作る」
「やったぁ!じゃあ、明日もまたここに来ようね!」
「明日はお花でもっといっぱい、いろんなのを作ろう!」
――明日。
当たり前のように紡がれたその二文字が、俺の心にすとんと落ちる。
この村の大人たちからは決して与えられない、確かな約束がここにはあった。この子たちの笑顔を守るためなら、あの凍りつくような視線なんて、いくらでも耐えられる――本気でそう思えた。
編み上がった二つ目の冠を、待ちかねていたピピの頭にそっと乗せる。
二人の少女の頭上で、淡い青色の花々がひだまりの光を浴びて、静かに祝福するように輝いていた。
「わあ……リュリュとお揃いだ!」
「お兄ちゃん、大好き!」
二人が同時に、俺の首筋にきゅっと抱きついてくる。小さな身体の確かな重みと、幼い子供特有の甘い匂いが全身に伝わってきて、俺は自然と笑みをこぼしていた。
――この温もりを、ずっと守りたいと思えた。




