警報
俺はミレッタから預かっていた紙を差し出す。
神官は俺の眼帯を一瞬だけ値踏みするように眺めたが、すぐに興味を失ったように視線を戻すと、祭壇の裏手にある薄暗い小部屋へと俺たちを促した。
「……こちらへ」
部屋の中央には、鈍く銀色に光る台座が据えられ、その上には濁りのない巨大な水晶球が鎮座していた。
近づくだけで、空気がビリビリと肌を刺すような綴力の余波を感じる。
「水晶に両手を。心を無にし、自らの奥底にある、綴力の流れを探るのです。結果は、水晶の色と輝きによって示されます」
神官の淡々とした説明を聞きながら、俺は掌の汗をズボンで拭った。
隣でミレッタが「大丈夫、ファイなら凄いのが出るわよ」と小さく囁いてくれるが、心臓の鼓動は早まるばかりだ。
俺の属性…
「……ふぅ」
一つ、深く息を吐き、俺は意を決して冷たい水晶の表面に両手を置いた。
その瞬間、水晶の核が一段と輝く。
俺の血管を逆流するかのような激しい衝撃が全身を駆け抜ける。
「これは………」
神官から困惑の声が漏れる。
二人が見る視界の先、検査を終え、適性属性を示す水晶が、灰色に輝いていた。
「なぁ。これは何属性なんだ?」
「これは、ですね…。その…」
「ん~?なんだか歯切れ悪くな~い?」
「いやまさか、そんな、ありえない……」
神官の独り言が、静まり返った小部屋に異様に大きく響く。
彼女は背後の棚から、埃を被った分厚い古文書を引っ張り出すと、狂ったようにページを捲り始めた。
「皆さん。魔呪綴の基本属性についてはご存知ですね?」
「えぇ…」 「うん…」 「分からん」
ミレッタとリシェラは分かっていたらしい。
常識なのだろうか。分からない俺に対する二人の視線が痛い。
「ではまず、そこから。魔呪綴の基本属性は、火、水、風、土、氷、雷、天、呪、そして回復です」
「そうなのか…」
知らなかった……
「皆さん基本はこの中の一つの属性に適性属性があり、才能のない者は『基礎魔呪綴』、才能のあるものは『独自魔呪綴』を使います」
「そう、なのか……」
また、知らなかった……
「少し話がずれました。…この水晶は適性属性によって色が変わる。それは分かりますね?」
「それは、分かる」
やっと知ってる情報が出てきた。
「火は赤、水は青、風は黄緑、土は黄土色、氷は水色、雷は黄色、天は白色、呪は黒色、そして、回復は翠色です」
「?それだと、この水晶の色がないじゃない」
「これを見て下さい」
神官は先程、狂ったように捲っていた本、その中身を見せる。
そこには、今までのどれとも当てはまらない、別の属性が記されていた―
「あなたの属性は……。『綴』属性です」
「てい…?」
戸惑うリシェラの斜め前、神官が顔を上げる。
その瞳には、恐怖や驚き、その他複雑な感情が混じり合っていた。
「サンプルが少なすぎて、今なお、『基礎魔呪綴』すら解明されていない幻の属性。……いいですか、本来、魔呪綴とは、火を出す、水を出す、といった現象を指します。だが、この『綴』は違います」
神官は唾を飲み込み、一歩、俺に詰め寄った。
「これは現象ではなく、他者の魔呪綴に割り込み、強制的に書き換えてしまう……。世界に魔呪綴を『綴る』のが他属性というなら、これは世界を『綴り直す』力だ!」
興奮気味に喋る神官、その気迫に気圧されて、少し後ろに下がる。
「すっ、すみません。少々取り乱しました…」
無理やり冷静を装ったが、その瞳の奥にある感情までは隠しきれていない。
「とにかくです。あなたの属性は『綴』。ですが、この結果は公表すべきではありません。あまりに影響が大きすぎます」
神官は声を潜め、俺とリシェラ、そしてミレッタを順番に見ながら言う。
「今日のところは、形式上、適性属性無しとして処理しておきます。いいですか、外では決してその力を使おうなどと思わないで下さい。特に、他人の魔呪綴に干渉するなどは何があってもやらないで下さい」
「わ、かりました…」
俺は渋々頷く。
小部屋に、少しの沈黙が訪れる―
時間は少し遡り、中央議事堂――
「しっ、市長、それは本当ですか!?魔眼を持つ男の場所が分かったとは!?」
「えぇ、本当です。それも、どうやら今はかなり近くにいるようだ…」
顔の全貌が見えない不気味な男が口角を上げる。その姿に、同じ部屋にいる者は全員身震いした。
「そっ、それで、何か作戦はあるのですか?」
「そう、焦らないで下さい。彼らはもう袋のネズミ。逃げ場など無いのですから」
そう言うと、深くフードを被った男は背後を振り返り、待機させていた衛兵に指示を飛ばす。
「すぐに教会を包囲して下さい。合図と同時に突入、彼を確保して下さい」
時間は現在に戻り、教会――
少しの沈黙、それが俺によって破られる。
「なあ、その、サンプルが少ないって言ってたけど、俺の他にもこの属性に適性があったやつっているのか?」
俺の問いかけに、神官は少し困ったように答える。
「はい、いましたよ。かなり前ですが」
そう言うと神官は先程のページをもう一度見せてくる。
「ここの記述によると、十年前に一人、百年程前に一人、記録があるのはこの二人だけです。しかも…」
「しかも?」
「十年前の『綴』の使い手は魔族です。百年程前の使い手は…分かりませんが…」
「まぞく?」
またもや知らない情報だ。だが名前からして良いものではなさそうだが…
「はい。ですが、魔族は十年前の戦争により、そのほとんどがいなくなりました。十年前の『綴』の使い手、その者もまた死んだとされています」
神官の言葉は、まるで呪いのように重くその場に沈み込んだ。
魔族。
どうやらそれはこの世界において、恐怖と憎悪の象徴に他ならないらしい。
俺の属性のサンプルが今の所、魔族しかないという事実。
その重さに、喉の奥が乾くのを感じる。
「……つまり、俺のこの力は、人間が持ってちゃいけないものだってことか?」
俺が問いかけると、神官は答えず、ただ悲痛な面持ちで目を伏せた。
斜め後ろにいるリシェラの手が、不安げに俺の袖を掴む。
――その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンーーッ!!
突如として、部屋の空気を震わせるほど巨大な警報音が鳴り響いた。
「なっ、なんですか!?」 「なんだ!?」
神官と俺が慌てて部屋を出て、窓の外を見やる。
教会前の広場では、逃げ惑う人々の叫び声と足音が聞こえる。
「緊急警報……。一体、何が……」
神官の顔から血の気が引いていく。
警報音に重なるようにして、外から無数の重い足音が近づいてくるのが聞こえた。
バァァァン!!
教会の扉が乱暴に蹴破られ、細い鉄製の槍を構えた衛兵たちがなだれ込んでくる。
「あっ、あなたたち!ここがどこか分かって―」
「指名手配中の賞金首を捕捉! 抵抗するようならば生死は問わん! 都市の安全を最優先しろ!」
先頭に立つ隊長らしき男が、冷酷な瞳で俺を射抜いた。




