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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
7/24

警報

 俺はミレッタから預かっていた紙を差し出す。

 神官は俺の眼帯を一瞬だけ値踏みするように眺めたが、すぐに興味を失ったように視線を戻すと、祭壇の裏手にある薄暗い小部屋へと俺たちを促した。


「……こちらへ」


 部屋の中央には、鈍く銀色に光る台座が据えられ、その上には濁りのない巨大な水晶球が鎮座していた。

 近づくだけで、空気がビリビリと肌を刺すような綴力グラフィーの余波を感じる。


「水晶に両手を。心を無にし、自らの奥底にある、綴力グラフィーの流れを探るのです。結果は、水晶の色と輝きによって示されます」


 神官の淡々とした説明を聞きながら、俺は掌の汗をズボンで拭った。

 隣でミレッタが「大丈夫、ファイなら凄いのが出るわよ」と小さく囁いてくれるが、心臓の鼓動は早まるばかりだ。

 俺の属性…


「……ふぅ」


 一つ、深く息を吐き、俺は意を決して冷たい水晶の表面に両手を置いた。

 その瞬間、水晶の核が一段と輝く。

 俺の血管を逆流するかのような激しい衝撃が全身を駆け抜ける。


「これは………」


 神官から困惑の声が漏れる。

 二人が見る視界の先、検査を終え、適性属性を示す水晶が、灰色に輝いていた。


「なぁ。これは何属性なんだ?」


「これは、ですね…。その…」


「ん~?なんだか歯切れ悪くな~い?」


「いやまさか、そんな、ありえない……」


 神官の独り言が、静まり返った小部屋に異様に大きく響く。

 彼女は背後の棚から、埃を被った分厚い古文書を引っ張り出すと、狂ったようにページを捲り始めた。


「皆さん。魔呪綴スペルの基本属性についてはご存知ですね?」


「えぇ…」 「うん…」 「分からん」


 ミレッタとリシェラは分かっていたらしい。

 常識なのだろうか。分からない俺に対する二人の視線が痛い。


「ではまず、そこから。魔呪綴スペルの基本属性は、火、水、風、土、氷、雷、天、呪、そして回復です」


「そうなのか…」


 知らなかった……


「皆さん基本はこの中の一つの属性に適性属性があり、才能のない者は『基礎魔呪綴ベーススペル』、才能のあるものは『独自魔呪綴オリジナルスペル』を使います」


「そう、なのか……」


 また、知らなかった……


「少し話がずれました。…この水晶は適性属性によって色が変わる。それは分かりますね?」


「それは、分かる」


 やっと知ってる情報が出てきた。


「火は赤、水は青、風は黄緑、土は黄土色、氷は水色、雷は黄色、天は白色、呪は黒色、そして、回復は翠色です」


「?それだと、この水晶の色がないじゃない」


「これを見て下さい」


 神官は先程、狂ったように捲っていた本、その中身を見せる。

 そこには、今までのどれとも当てはまらない、別の属性が記されていた―


「あなたの属性は……。『綴』属性です」



「てい…?」


戸惑うリシェラの斜め前、神官が顔を上げる。 

 その瞳には、恐怖や驚き、その他複雑な感情が混じり合っていた。


「サンプルが少なすぎて、今なお、『基礎魔呪綴ベーススペル』すら解明されていない幻の属性。……いいですか、本来、魔呪綴スペルとは、火を出す、水を出す、といった現象を指します。だが、この『綴』は違います」


 神官は唾を飲み込み、一歩、俺に詰め寄った。


「これは現象ではなく、他者の魔呪綴スペルに割り込み、強制的に書き換えてしまう……。世界に魔呪綴スペルを『綴る』のが他属性というなら、これは世界を『綴り直す』力だ!」


 興奮気味に喋る神官、その気迫に気圧されて、少し後ろに下がる。


「すっ、すみません。少々取り乱しました…」


 無理やり冷静を装ったが、その瞳の奥にある感情までは隠しきれていない。


「とにかくです。あなたの属性は『綴』。ですが、この結果は公表すべきではありません。あまりに影響が大きすぎます」


 神官は声を潜め、俺とリシェラ、そしてミレッタを順番に見ながら言う。


「今日のところは、形式上、適性属性無しとして処理しておきます。いいですか、外では決してその力を使おうなどと思わないで下さい。特に、他人の魔呪綴スペルに干渉するなどは何があってもやらないで下さい」


「わ、かりました…」


 俺は渋々頷く。


 小部屋に、少しの沈黙が訪れる―



 時間は少し遡り、中央議事堂――


「しっ、市長、それは本当ですか!?魔眼を持つ男の場所が分かったとは!?」


「えぇ、本当です。それも、どうやら今はかなり近くにいるようだ…」


 顔の全貌が見えない不気味な男が口角を上げる。その姿に、同じ部屋にいる者は全員身震いした。


「そっ、それで、何か作戦はあるのですか?」


「そう、焦らないで下さい。彼らはもう袋のネズミ。逃げ場など無いのですから」


 そう言うと、深くフードを被った男は背後を振り返り、待機させていた衛兵に指示を飛ばす。


「すぐに教会を包囲して下さい。合図と同時に突入、彼を確保して下さい」



 時間は現在に戻り、教会――


 少しの沈黙、それが俺によって破られる。


「なあ、その、サンプルが少ないって言ってたけど、俺の他にもこの属性に適性があったやつっているのか?」


 俺の問いかけに、神官は少し困ったように答える。


「はい、いましたよ。かなり前ですが」


 そう言うと神官は先程のページをもう一度見せてくる。


「ここの記述によると、十年前に一人、百年程前に一人、記録があるのはこの二人だけです。しかも…」


「しかも?」


「十年前の『綴』の使い手は魔族です。百年程前の使い手は…分かりませんが…」


「まぞく?」


 またもや知らない情報だ。だが名前からして良いものではなさそうだが…


「はい。ですが、魔族は十年前の戦争により、そのほとんどがいなくなりました。十年前の『綴』の使い手、その者もまた死んだとされています」


 神官の言葉は、まるで呪いのように重くその場に沈み込んだ。


 魔族。

 どうやらそれはこの世界において、恐怖と憎悪の象徴に他ならないらしい。

 俺の属性のサンプルが今の所、魔族しかないという事実。 

 その重さに、喉の奥が乾くのを感じる。


「……つまり、俺のこの力は、人間が持ってちゃいけないものだってことか?」


 俺が問いかけると、神官は答えず、ただ悲痛な面持ちで目を伏せた。

 斜め後ろにいるリシェラの手が、不安げに俺の袖を掴む。

 ――その時だった。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンーーッ!!


 突如として、部屋の空気を震わせるほど巨大な警報音が鳴り響いた。


「なっ、なんですか!?」 「なんだ!?」


 神官と俺が慌てて部屋を出て、窓の外を見やる。

 教会前の広場では、逃げ惑う人々の叫び声と足音が聞こえる。


「緊急警報……。一体、何が……」


 神官の顔から血の気が引いていく。

 警報音に重なるようにして、外から無数の重い足音が近づいてくるのが聞こえた。


 バァァァン!!


 教会の扉が乱暴に蹴破られ、細い鉄製の槍を構えた衛兵たちがなだれ込んでくる。


「あっ、あなたたち!ここがどこか分かって―」


「指名手配中の賞金首を捕捉! 抵抗するようならば生死は問わん! 都市の安全を最優先しろ!」


 先頭に立つ隊長らしき男が、冷酷な瞳で俺を射抜いた。

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