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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
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適性属性検査


「………」


 沈黙が訪れる。僅か三秒程のそれが、永遠のように感じた。

 次に口を開いたのは青い目の男だった。


「いえ、こちらこそすみません。少々考え事をしていました」


「え?」


 その、予想していなかった返答に少し驚く。  

 こちらが一方的にぶつかったというのに、男の態度はあまりに理性的で、穏やかだった。


 だが、その丁寧な口調とは裏腹に、向けられる青い瞳には一切の温度がない。

 男は細い指先で自身のフードを僅かに整えると、改めて俺の顔を正面から見据えた。


「失礼。……見ない顔ですが、あなたはこの街の方ですか?」


 心臓の鼓動が、一段と速くなる。

 男の声はどこまでも静かで、まるで世間話でもしているかのような軽やかさだ。

 しかし、その瞳の奥には、獲物の毛並みの一本一本まで数え上げるような、逃げ場のない鋭さが潜んでいた。


「いえ……。五日前から、下層区の宿屋で働いて、います…」


 俺は精一杯、声を震わせないように答えた。

 嘘ではない。だが、その前の記憶がないという事実は、この男の前では致命的な隙になる気がした。


「左様ですか」


 男の視線が、俺の漆黒のレザーベスト、そして右眼を覆う眼帯へと、ゆっくりと這うように移動する。

 

「……ファイ! 何してるの、急がないとだよ~!」


 男の奥、ミレッタが強張った表情で近づいてきて、俺の腕を掴んだ。

 彼女の指先が、服越しにも分かるほど細かく震えている。


「おっと、お連れ様を待たせてしまったようだ。……邪魔をしてすみませんでしたね。お気をつけて」


 これ以上会話をするとボロが出そうなので、ミレッタに手を引かれ、足早にその場を去る。


「最後に…」


「っ…!」


「最近この辺りの路地裏で、不審者が出たらしいんですよ。何でも、不思議な眼を持っているとか…。何か知っていますか?」


「いえ、知り、ません…」


「………左様ですか…。引き止めてすみません」


 すれ違いざまに、男はそれだけ言うと、流れるような動作で、俺の横を通り過ぎた。

 すれ違う瞬間、微かに冷たい風が吹いたような錯覚に陥る。

 俺は、男の背中が雑踏に消えるまで、一歩も動くことができなかった……



「なぁ、あいつ…」


 昼休憩の終了に間に合うために走りながら、俺はさっきの男についてミレッタに聞く。

 ミレッタの手が服越しでも分かる程震えていたのだ。何か知っているはずである。


 少し間を置き、ミレッタが閉ざしてた口を開く。


「市長だよ、市長。この町のね」


「市長?」


 どうりで高級そうな身なりであったわけだ。

 確かに市長という情報も重要だが、いま重要なのはそこではない。俺は気になっていたこと、その核心に触れる。


「なんで、さっきあんなに震えていたんだ?」


「っ…!」


 再び沈黙が訪れる。だがそれは先程よりも短い間を置き、破られる。


「あの市長、不気味なんだよね……。人前でフードはとらないし、全部を見透かすような目、それにあの、異様なまでの落ち着き……。そして――」


 言葉が止まる。


「そして?」


「ううん…。なんでもない…」


 店に着くまで俺たちは、それ以上の会話をしなかった。



 宿屋兼酒屋の『琥珀のまどろみ』に戻る。しばらくすると、夜の忙しさが俺たちの沈黙を上書きしていった。

 市長と遭遇した時のあの冷たい感覚を忘れるように、俺は無心で皿を運び、客の注文を捌いた。


「ふぅ~。今日もお疲れ様~、ファイ。助かったわ~」


 最後の一皿を片付け終えた時、ミレッタが少し晴れやかな顔で声をかけてきた。

 どうやらミレッタも、仕事の忙しさで少しは落ち着きを取り戻したらしい。


「そっちもお疲れ様。そういえば、明日は…」


「えぇ! 明日は待ちに待った休日よ! 店長も、明日は店を閉めて皆でゆっくりしとけって言ってたわ!」


 厨房の奥から、リシェラがひょこっと顔を出して微笑む。


「確かに、ファイは街に来てから、ず~っと働き詰めだったからね~。確か、明日はみんなで、ファイの『適性属性検査』に行くんだっけ?」


「属性検査……。俺が、どんな魔呪綴スペルの素養があるか調べるやつだったっけか」


 この世界では、誰もが生まれ持った魔呪綴スペルの属性を知ることで、進むべき道を決める。

 記憶を失っている俺にとって、それは自分が何者であったかを知るための、小さな一歩になるだろう。


「ファイなら、ニ、三属性に適性があったりして!明日が楽しみね!」


 リシェラの無邪気な言葉に、俺は少しだけ口角を上げた。



「ほら~。早くいくよ~」


 ミレッタの元気な声が、朝の清々しい空気に溶けていく。

 俺は少し急ぎ足で彼女の後に続き、宿屋兼酒屋の『琥珀のまどろみ』を後にした。


 休日の中央広場は、いつも以上に活気に溢れていた。

 石造りの道を叩く馬車の音、道端の露店から漂う香ばしい焼きたてパンの匂い、そして行き交う人々の笑い声。

 そのどれもが、この要塞都市の平和を象徴しているようで、俺の胸の奥にある、原因の分からない焦燥感を一時だけ忘れさせてくれた。


「あれ見てよファイ! 美味しそうなアイス屋さんが出てるわよ。属性検査が済んだら、お祝いに買ってよね!」


 悪戯っぽくリシェラが言う。


「属性が凄かったらな。っていうか、リシェラ。口元にソースがついてるぞ」


「えっ!? 嘘、どこ!? 」


 慌てて頬を赤くしながらハンカチを取り出す彼女の姿に、俺は思わず笑みをこぼした。


「所で、リシェラの属性は何だったんだ?」


「え?えっと、私は『天』よ。ほら、ファイと最初にあった時の」


「光を出す釘みたいなあれか。懐かしいな。

まだ六日前だけど…」


 そんな他愛ない会話をしながら、俺たちは緩やかな坂道を上っていく。

 坂の頂上に見えるのは、街の中でも、首脳会議などが行われる、中央議事堂に次ぐ大きさである教会だ。

 白亜の壁に反射する朝日が眩しくて、俺は思わず目を細めた。


 だが、教会に近づくにつれて、周囲の空気は少しずつ重厚なものへと変わっていく。

 立ち並ぶ街灯は魔呪綴スペルによる精密な細工が施され、行き交う人々の身なりも、下層区とは明らかに違う。


 ここは、この街の中心に近い場所なのだ。

 ふと、昨日の市長の青い瞳が脳裏をよぎる。

 あの男も、この街の中心に深く関わっているのだろうか。

 いや、今は考えるだけ無駄だ。

 俺は市長のことを考えるのをやめ、重厚な教会の門をくぐった。



 高い天井に反響する自分たちの足音を聞きながら、俺は今日、自分の人生が大きく変わるような予感を拭いきることができなかった。


「ここが…」


 教会の中に入り、俺がまず驚いたのは、外の騒音が嘘のように消え去った静けさと、天井を埋め尽くす極彩色のステンドグラスだった。

 高い窓から差し込む陽光が、宙を舞う微かな塵を宝石のように輝かせている。


 その圧倒的な美しさに圧倒されていると、奥の祭壇近くから、純白の法衣を纏った、一人の女神官が、こちらへと歩み寄ってきた。


「本日、適性属性検査を受けに来た者ですね。受付票をこちらに」


 感情を削ぎ落としたような、冷ややかな声だった。

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