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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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裁判

 押し開かれた扉の向こうに広がっていたのは、天井がやけに高い、すり鉢のような奇妙な巨大空間だった。


 上へ、上へと段々畑のように高くなっていく壁際に沿って、複数の人間が等間隔に並んで座っている。全員がその高い場所から、一斉に、俺のことを見下ろしている。


 向けられた視線はどれも尖っていて、針のようにチクチクと俺の肌を刺す。あまりの不気味な熱気と、わけの分からない威圧感に気圧され、まともに息を吸うことさえできない。


「前へ進め」


 背中を小突かれ、そのすり鉢の、一番深い底にあたる平らな石床の上まで引きずり出された。


 周囲をぐるりと見渡す。俺のいる場所だけがぽつんと低く、四方八方から見下ろされる形になっている。その構造自体が、俺を精神的に押し潰そうとしているかのようで酷く不快だ。


 俺を囲むように配置された、一段高い場所。

 そこに並ぶ豪華な椅子にふんぞり返っているのは、仕立ての良い、見るからに高そうな服を着た奴らだった。貴族か、あるいはこの街の偉い人間たちなのだろう。


 誰も彼もが、肥え太った身体に金や銀の飾りをジャラジャラとこれ見よがしにぶら下げ、退屈そうに、あるいは心底汚いものを見るような目でこちらを睨みつけている。その目つきには、俺を同じ人間として扱う意思など微塵もなさそうだ。


 そして、その中心。

 周りの椅子よりも一段と高くて派手な玉座に、その男は座っていた。

 窓からの光を浴びてぎらぎらと輝く、見事な赤白色の髪。


 人形のように整った顔立ちには、他者を見下すことを当然とする、傲慢な笑みが張りついている。


 身に纏うのは、血のように深い赤色のマントと、一国の王か何かなのかと思わせるような、刺繍だらけの白い法衣。彼こそが、この場を支配し、俺をどうにでもできる絶対的な権力者なのだと、本能が告げていた。


「ずいぶんと待たせてくれたようだな!」


 赤白色の髪を少し伸ばした男が、怒り心頭な口調で声を発した。

 その一言で、ざわついていた空間が、嘘のように水を打ったような静寂に包まれる。


 男は組んでいた長い脚をゆっくりと組み替え、肘掛けに頬杖をつきながら、俺の血塗られたボロ布の姿を、品定めするように冷たくねめつけた。


「随分とみっともない姿だが、仕方ない!これより、罪人ファイ・ニアスに対する審判を執り行う!」


 男の拒絶を許さない宣告が、高い天井へと反響していく。


「お待ちしておりました、レリガ様。しかしまさか、これほど醜悪な男だったとは」


 レリガと呼ばれた男の斜め後ろから、白髪混じりの恰幅のいい貴族が、わざとらしく鼻を鳴らして声を上げた。


「本当に。神聖なる我らが理想郷に、このようなドブネズミを足踏みさせるなど、それ自体が不愉快極まりない」


「そこの罪人。レリガ様の前だぞ、さっさと膝をつけ」


「早急に死刑にしましょう」


 口々に投げかけられる罵声。

 一段高い場所から見下ろす貴族たちの目は、娯楽映画の悪役でも眺めるかのように歪んでいる。


「聞こえなかったのか?頭が高いと言っているんだよ、罪人」


「これだから身分の低い泥棒風情は困る。礼儀のいろはも知らんとはな」


「ザラオ、手伝ってやるんだ!」


 レリガが顎で小さく指示を出すと、俺の右にいた金髪の衛兵――ザラオが、待ってましたとばかりに俺の膝の裏を容赦なく蹴りつけた。


「っ……!」


 乾きかけていた生傷が再び激痛を上げ、俺は冷たい石床の上に無理やり膝を突かされる。手枷が擦れてジャラリと虚しい金属音を引きずった。


「よし、それでいい!身の程に合った姿勢だ!」


 レリガは満足そうに口元を歪め、指先で机をトントンと叩いた。


「ファイ・ニアスと言ったか!お前が犯した罪、言い逃れができるとは思わないことだな!理想郷での旅人への執拗な迷惑行為、ユカラディピアでは十分な大罪だぞ!」


「……っ、お、れは……」


 カサカサに乾いた喉から、絞り出すようにして声を返す。


 違う。俺はやってない。


「俺は、やってない!リシェラたちが忘れてて!俺はそれを思い出して欲――」


「もういい!」


 俺の必死の弁明を、レリガは一瞥すら流さずに一喝した。


「旅人たちの名など知らない!どこの馬の骨とも分からぬ余所者だろうが、我らが理想郷に足を踏み入れたからには庇護すべき哀れな羊なのだ!それを、貴様のような不浄な化け物が脅かしたことが問題なのだ!」


 レリガの怒号が響く。同時に、周囲の貴族たちから、嘲笑と激しい罵声が一斉に沸き起こった。


 怒りが、怒りが募る。


「それなら俺だって庇護すべき対象じゃないのか!何で俺の話は聞かないんだ!!」


 怒りのまま叫ぶと同時、世界に沈黙が訪れる。


 俺は息を荒くし、胸を激しく上下させながら、必死にレリガを睨みつけた。奇跡を、ほんの僅かなまともな対話を期待して。


「ぷっ」


 数秒の沈黙の後、一人の貴族によってそれが破られる。


「ふふふふ」


「はははは」


「ぷくくく」


 その笑いは一人から二人、二人から三人と、次々と伝播し、場を呑み込んだ。


「何を、何を言ってるのだ、あの男は。ははははは」


「庇護すべき対象。ぷくくく」


 誰も信じてくれない。俺の言葉なんて、最初からこの部屋の空気すら震わせていない。ここにいる全員が、最初から俺を悪者だと決めつけて、この茶番を楽しんでいる。


「頼む!聞いてくれ!聞いて、ください……!」


 冷たい床に必死で這いつくばりながら、声を張り上げる。


「あいつらはおかしかった!あれだ……森の呪いかもしれないんだ!だから――」


「黙るんだ!不条理な戯言をこれ以上並べるな!」


 レリガが、不快そうに顔を顰めて言い放つ。


「おかしかった、だと?お前が旅人たちにしつこくつきまとい、その尊厳を踏みにじった不審な行為の数々は、すでに衛兵の報告で上がっている!彼らが恐怖に怯え、お前を拒絶した事実を知っても、まだそんな白々しい嘘を重ねるか!」


「そんなの俺は知らない!俺は二人を助けるために――」


「知らぬ、で済めば衛兵はいらんのだよ!」


 レリガが、小さく鼻で笑う。

 その細められた美しい瞳の奥には、愉悦の光がはっきりと灯っていた。

 最初から、俺が何を言おうが関係ない。この男はただ、俺という獲物が絶望し、足掻く姿を特等席で楽しんでいるだけだ。


「さて、ファイ・ニアス。最後に一つだけ、我が慈悲を与えてやろう!」


 レリガは肘掛けから身体を起こし、上体をこちらへ傾けた。


「その狂人ぶり。貴様は一体、我らがユカラディピアで何を企んでいた!すべて白状するならば、苦しまずに死ねる刑を選んでやってもいい!」


「……だから、俺は……っ」


 ギリ、と奥歯が軋む。

 何もかもがあいつらの都合のいい筋書き通りに進み、存在しない罪の泥だけが全身に塗りたくられていく。二人が俺を忘れたことも、ここでは俺が、旅人を脅迫した犯罪者になるための材料でしかなかった。


「何も、企んでない……。俺はただ、あいつらを信じて、一緒に歩んでいただけなのに……」


「どこまでも白を切るか!これ以上の問答は時間の無駄だな!」


 レリガはあからさまに興を削がれたように背もたれに深く身体を預け、微笑んだ。


「ならば、もうよい!お前にかける言葉は残されていない!」


 そこまで言うと、レリガ一度言葉を区切る。

 そして、再び肺に酸素を取り込むと、今日一番の声でその場の全員に告げる。


「罪人、ファイ・ニアスを死刑とする!」

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