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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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理想郷

 見本のような美しい所作で一礼を挟み、メラリカは滑るような足取りで案内を始める。俺はその斜め後ろを、まだ少し重い身体に鞭を打ちながらついていった。


 しばらく、石畳の街路を歩く。

 通りには見事な彫刻が施された店が並び、行き交う人々は誰もが穏やかな笑みを浮かべて談笑している。


 だが、歩みを進めるうちに、俺はある違和感に気がついた。


「なぁ、メラリカ」


 俺は歩調を緩め、隣を歩く紺色の髪の少女に声をかける。


「はい、何でしょうか、ファイ様」


「この街、歩いてみて分かったけど……随分と広いな。もしかして、いくつかの街に分かれてたりするのか?」


 メラリカは待ってましたとばかりに、流れるような所作で頷いた。


「お気づきになりましたか。お察しの通り、このユカラディピアは広大な土地を有しており、大きく四つの区画に分かれております。今私たちがいるのは『第三区画』。そして、ここから暫く移動したところにあるのが『第二区画』、『第一区画』、さらに、内側に行くと、ユカラディピアの心臓部である『中央区画』がございます」


「四つの区画、か……」


 頭の中で、言われた構造を叩き込んでいく。案内されているこの場所は、まだ都市国家――理想郷の外縁に過ぎないというわけだ。だが、彼女の解説はそれだけに留まらなかった。


「さらに、ユカラディピアには街だけがあるわけではございません。ここから少し平原を進んだ先には、エルフたちが暮らす静かな村や、湖に浮かぶ小さな島。他にも、いくつかの異なる種族がそれぞれのコミュニティを形成する村々が点在しております」


「人間だけじゃなくて、他の種族の村まであるのか……」


 完全に隔絶された安全圏の中に、一つの世界が丸ごと収まっているかのような歪なスケール感。その広大さに圧倒されそうになるのを、俺は奥歯を噛み締めて抑えた。


 調べるべき範囲が広すぎる。泥水を啜るような地獄から俺を切り捨て、置いていった二人――リシェラ、ゼクフィス。


 二人に追いつき、もう一度巡り合うためには、この美しすぎる理想郷を完全に把握し、動くための足がかりにするしかない。

 だからこそ、今一番確かめなければならないことがある。


「メラリカ。もう一つ、聞いていいか」


「何なりとお尋ねください」


「俺がここに運び込まれた時……いや、最近でもいい。俺の他に、外から負傷者が運び込まれてきたりはしなかったか? 例えば……そう、二人組とか」


 探るような俺の視線を、メラリカはいつもの濁りのない純粋な瞳で受け止める。

 彼女は、困ったようにほんの少しだけ首を傾げた。


「いいえ。ここ最近で外の脅威から保護され、この第三区画へ運び込まれたのは、ファイ様、貴方お一人だけでございます」


「……そう、か」


「はい。少なくとも、この区画の医療施設やウガダ様のお屋敷に、他の負傷者が滞在しているという記録はないはずです」


 きっぱりとした、だが残酷なまでの事実。

 リシェラたちは、少なくともこの区画には運び込まれていない。

 胸の奥が、冷たい拒絶感でヒリつく。生きて別の区画にいるのか、それともまだ、あの森の中にいるのか。


 だが、確信が持てない以上、絶望している暇はない。いないのなら、この広い世界のどこかから見つけ出すだけだ。


「……分かった。教えてくれてありがとな」


「いいえ、お役に立てたのでしたら幸いです。それで、この後は街の案内で宜しいですか?」


 完璧な無表情を浮かべるメラリカを追いながら、俺はさらに鋭く街の景色を睨み据える。


 四つの区画に、異なる種族の村。


 大丈夫。大丈夫だ。俺はもう、大丈夫なんだ。だから必ず、お前たちのところへ行く。


 俺は焦る自分の胸を無理やり落ち着かせ歩き出す。


 ――リシェラ、そしてゼクフィス。


 二人に追いつき、もう一度巡り合うためには、この美しすぎる理想郷を完全に把握し、動くための足がかりにするしかない。


 俺は隣を歩くメラリカを見た。


「一先ず、今日はこの第三区画とやらを案内してくれ」


「かしこまりました。では、のんびりと街を巡りましょう」


 完璧な仕草で頷くメイドの案内に従い、俺は白い石畳を踏み締めて歩き出す。



 ――歩いた。

 とにかく、自分の足で、自分の目で、この見知らぬ場所の正体を暴くために。

 通りには見事な彫刻が施された店が並び、行き交う人々は誰もが穏やかな笑みを浮かべて談笑している。一見すると、どこまでも平和で豊かな都市国家だ。


 だが、俺の目的は観光なんかじゃない。


 どこかに、リシェラたちの痕跡はないか……?


 元々は、俺の賞金やリシェラの母親の手がかりを見つけるために来たのだ。それなのに今俺は何をしている?


 全てがうまくいかないことに苛立ちを覚えながらも、俺は進む。


 すれ違う住人たちの顔を一人一人鋭く睨み据え、何気ないふりをして路地裏や建物の隙間に視線を走らせる。


「ファイ様、あちらに見えますのが……」


 流れるような所作で街の施設を解説してくれるメラリカの言葉に適当に相槌を打ちながら、俺はすれ違う商人や住人たちの会話に必死に耳を澄ませた。


 外の世界から来た二人組の噂。あるいは、最近どこかの区画で保護された負傷者の話。


 どんなに小さな噂話でもいい、リシェラたちに繋がる情報が落ちていないかと神経を尖らせる。


 ――しかし、何も引っかからない。


 聞こえてくるのは、今日の天気の良さや、果物の実り、他愛のない世間話ばかり。誰もが幸福に満ち足りた顔で、よそ者である俺にも親切に微笑みかけてくる。


 だが、そののどかさこそが、俺の焦りをジリジリと燃え上がらせていく。

 手がかりが、文字通り皆無なのだ。

 どれだけ探っても、この街の綺麗すぎる表面しか見えてこない。


 ウガダの言っていた通り、本当にこの広大な世界のどこか別の場所を探すしかないのか。

 結局、何一つとして収穫のないまま、数時間が経過した。

 日が大きく西に傾き始め、街並みがオレンジ色に染まっていく。


「ファイ様、一先ず今日はこれくらいにして、お屋敷へ帰りましょうか。まだお身体も万全ではございませんし」


「……え?あ、あぁ、そうだな」


 これ以上ただ歩き回っても埒があかない。

 悔しさを滲ませながらも、俺はメラリカの提案に従うことにした。ウガダの屋敷へと戻る、人通りの少ない細い道へと足を踏み入れる。


 ――だが、その選択が、この理想郷の本当の顔を最悪な形で暴く引き金になるとは、この時の俺は知る由もなかった。


「……ッ」


 不意に、鼻腔を突いた強烈な刺激。

 思わず足が止まる。

 脳の奥が沸騰するような、嫌悪感。


 ――嗅いだだけで胃袋がひっくり返りそうになる臭い。


 肌を突き刺す凍えるような霧、飛び散る鮮血、そして肉が腐りかけた――あの地獄の森や要塞都市で嗅いだ死臭、そのものだった。


「ファイ様? どうかされましたか?」


 不思議そうに小首を傾げるメラリカを無視し、俺は弾かれたように駆け出す。


「あっ、ファイ様! そちらは立ち入り禁止となっております!」


 背後から鋭い制止の声が飛んでくるが、そんなものに構っていられるか。

 まだ完全に病み上がりの重い身体に鞭を打ち、俺はただがむしゃらに疾走する。

 

 匂いの発信源は、表通りの喧騒から完全に隔離された、街の最外縁。


 まるで陽の光を拒絶するように作られた細い未舗装の路地へと、俺は身体を滑り込ませた。


「ファイ様、お待ちください! 戻りましょう、さあ!」


 滑るような足取りで追ってくるメラリカの気配が、すぐ後ろまで迫る。

 だが、その焦るような声が、余計に俺の生存本能を激しく刺激する。


 ――何かがある。

 この美しすぎる理想郷が、絶対に俺たち余所者に見せたくない何かが、この先にある。


 肺が焼けるように熱い。足元がもつれ、白い石畳から泥に汚れた土の地面へと切り替わる。


「待って下さいファイ様!ウガダ様とのお約束をお忘れですか! 穏やかに過ごすと言っていたではありませんか!」


 突き当たりに見えたのは、街中の美しい彫刻とは無縁の、薄暗く巨大な鉄の扉だった。

 理想郷から出た廃棄物をすべて集めて処理するような、どす黒い澱みの溜まるゴミ処理場。


「ここからだ……」


「開けてはなりません! ファイ様、お願いですから――っ!」


 メラリカの声も無視して、錆びついた鉄扉を両手で無理やり押し開き、俺は目の前の光景に飛び込んだ。


 そして――


「お、おえっ、何だよ……これ……」


 喉の奥から、乾いた嗚咽が引き千切られるように漏れ出た。


 脳の理解が、目の前の凄惨な現実に追いつくことを完全に拒絶する。

 

 そこには、巨大な穴があった。


 その穴の中、文字通り山のように積み上げられていたのは、無数の人間の死体だった――

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