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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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幻憶の森

 賑やかだった始まりの街が、背後で少しずつ小さくなっていく。

 踏み固められた街道を進む俺たちの影を、昇り始めた太陽が長く引き延ばしていた。

 

 だが、俺の心は朝の爽やかさとは程遠い、どんよりとした頭痛に支配されている。原因は、数歩前を我が物顔で歩く、あの白い和服の男だ。


「――ゼクフィス。いい加減、理由わけを話してくれ」


 我慢の限界を迎え、前を歩く背中に声をぶつけた。


「あまりにも唐突すぎるんだが……。何で俺たちの旅路についてくる気になったんだ?」


 ゼクフィスは歩調を緩めることなく、ただ、面倒くさそうに首だけをこちらに回した。

 うっすらと積もった砂埃の向こう側で、その野獣じみた双眸が、面白がるように細められる。


「あぁ?テメェのお守りみたいなもんだろ 」


「なに勝手なことを……」


「まぁ実際は、外に出たかっただけだ。俺は生まれてからずっと最下層区したにいたんだ

。外のやつらと戦いたいって思うのは普通だろ?」


 ゼクフィスはニヤリと、口元を歪めた。


「ゼクフィスは強い人と戦いたいの?」


 リシェラが率直な疑問を述べる。


「そうだ。俺は強くなりたい」


「因みに何でだ?」


「もっと上の景色が見てぇんだよ」


 成る程、ゼクフィスらしい回答である。


「で、質問タイムは終わったか?なら、疾く、行くぞ」


「分かったよ……」


 初めての外の世界に興奮しているようなゼクフィスを正面に捉え、俺は深くため息を漏らした。


「でも、ゼクフィスが来てくれて、私は少し心強いかも……」


 隣を歩くリシェラが、はにかむような、だけどどこか緊張の抜けない声で呟く。


 そのリシェラは、いつもの服よりも冒険に向いているような、白、黒、灰色をメインとした、袖の長い服を着ている。


 高台での決意、そして「母親を探す」という、彼女が自ら選び取った未来への重みが、その小さな背中に宿っているようである。


「リシェラは歓迎してくれてんぞ? テメェも見習えよ、ファイ」


「はいはい」


 俺が適当にあしらうが、意に返さずゼクフィスは進む。


「一人で突っ走ってったりしないといいんだけどな……」


「きっと大丈夫よ」


 言葉とは裏腹に、リシェラが困ったように眉を下げて笑う。


 心の底では、どこかゼクフィスに対して心配があるのだろう。


 その無垢な笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥で、昨夜のクーガの冷徹な警告が、楔のように脳へと突き刺さった。「もし旅の途中で、リィに指一本でも傷をつけてみろ。……その時は、世界の果てまでお前を追い詰めて、俺がこの手でその首を叩き落としてやる」だったか。


「……あぁ、分かってるさ、クーガ」


 俺は拳を強く握りしめた。

 俺自身の記憶を探す旅でもあるが、今の俺には、隣に立つリシェラを、五体満足以上の状態で送り届けるという、命より重い約束がある。 

 たとえどんな脅威が道を塞ごうとも、盾になってでも守り抜く。その覚悟の炎が、胸の奥で静かに、だけど烈々と燃え盛っていた。


「おい、いつまで神妙な顔してんだよファイ。疾く、歩け。置いてくぞ」


 ゼクフィスの声に意識を引き戻される。


 気づけば、街道の先には、二つの看板が見えた。俺はその看板を見ながら、ミレッタから貰った地図を開く。


「……それより、これからどうやってユカラディピアを目指すんだ? まともに街道を進むだけじゃ、かなりの日数がかかるはずだ」


 俺の問いに、ゼクフィスは待ってましたと言わんばかりにこちらへと振り向く。


 本当テンション高いなこいつ。


「街道? そんなとこ、俺が選ぶわけねぇだろ。最短距離で、疾く、駆け抜ける。――要するに、『幻憶の森』を突っ切る」


「っ……『幻憶の森』って……」


 幻憶の森。通称、呪いの森。

 街を出る前に聞いた名である。

 確か、足を踏み入れる度に何か特殊な呪属性の魔呪綴スペルが森全体にかかる場所らしい。


「お前正気か?何でわざわざそんな危ない道を――」


「ファイ。……ゼクフィスの言う通り、ここはあの森を進むしかないと思う」


 俺の言葉を遮るように、リシェラが真剣な面持ちで一歩前に出た。彼女は旅の前にしっかりと調べていたのか、小さな指をあごに当て、頭の中の地図を広げるように、奥に広がる広大な森を見据えて喋る。


「どういうことだ、リシェラ?」


「この先の『幻憶の森』はね、ユカラディピアへ向かう境界を遮るように、信じられないくらい大きく広がっているの。もしあの森を避けて迂回しようとしたら……ここから険しい山脈を大きくぐるっと回り込まなくちゃいけなくなるわ」


 リシェラは困ったように眉を下げ、だけど現実をファイに突きつけるように言葉を続ける。


「そうなると、ユカラディピアに着くまでに、今の何倍もの、それこそ何週間っていう凄い遠回りになっちゃうの」


「何週間も、遠回りに……」


 リシェラの口から語られた過酷な地理的現実に、俺は言葉を詰まらせた。

 これからのことを考えると、危険だからという理由だけで何週間もの遠回りを選択することは、今の俺たちにはできなかった。


「聞いたかファイ? リシェラの方がよっぽど旅の現実ってやつが見えてんじゃねぇのか?」


 ゼクフィスが、勝ち誇ったように少し笑みを浮かべる。


「というわけだ。腹を括りな。疾く、行くぞ」


 ゼクフィスが、まるで地獄の案内人のように、一歩を踏み出す。


 リシェラもまた、己の衣服の裾をぎゅっと握りしめ、ファイの足を引き留めてしまったかもしれないという申し訳なさと、それでも進むという覚悟を決めた瞳でその後に続いた。


 遮るもののない乾いた風が、俺たちの頬を激しく叩く。



 ――同刻、要塞都市の路地裏


「あの、これで良かったんですか?ミルトリア様」


 首脳の一人である男が震える声で、誰もいない空中に問いかける。


『そうね。お姉さんの言った通りに出来てて偉いわ』


 その声は周りには聞こえず、ただ、男の脳にのみ直接送られている。


「言われた通りに内部情報も教えました。それに、ファイ・ニアスと市長のことも、街の者たちに伝えました。ですから、家族のためにも、どうか、どうかもうこれで最後に!」


 男が必死の形相で、その場にいない女に懇願する。


『そうね。貴方は頑張ってくれたし、これで最後でいいわよ』


「ほ、本当ですか!?」


『本当よ。お姉さん、嘘はつかないの』


「や、やっとだ……!やっと自由に――」


 全身で喜びを表現し、男は天を仰いだ。肩の荷が下りた安心感から、その瞳からは涙さえ零れ落ちている。


 だが、男の脳内に響く女の声は、どこまでも楽しげであった。


『そうね。じゃあ――あの世でも元気でね』


「へ……?」


 男が呆気にとられた声を漏らした、次の瞬間だった。


「あ」


 短い悲鳴すら、声にならなかった。

 男の身体から、突如として現実のものとは思えないほど禍々しい、深紅の業火が噴き上がった。


「ぎゃああああああああああーーーっ!?」


 路地裏の闇を、一瞬にして白日のごとく照らし出す烈火。男の身体は瞬く間に炎の繭に包まれ、のたうち回る。


 男の意識が恐怖と激痛で消し飛ぶ直前まで、その残酷な女の声は、鼓膜の裏で笑っていた。

 容赦のない炎は、男の絶叫も、その絶望も、すべてを飲み込んでいく。



 その日、要塞都市では、不可解な火災により、ある男の妻と子供が命を落とし、さらに別の路地裏では、身元不明の謎の焼死体が発見されることとなる。

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