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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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これから


「……ごめんなさい、ファイ」


 不意に、後ろから消え入りそうな声が響いた。

 振り返ると、リシェラが痛ましそうにオコーの右肩を見つめながら、きゅっと唇を噛み締めていた。


「リシェラ……?」


「ミレッタがね……必死に、何度も魔呪綴スペルを使ってくれたの。自分の綴力グラフィーが空っぽになって倒れちゃうくらい、何度も、何度も……っ。でも、肩口から先を完全に消し飛ばされちゃってて……ミレッタの力でも、生やすことまでは、できなかったの……」


 リシェラは自分のことのように悔しそうに声を震わせ、俺に向かって頭を下げた。


「私がもっと上手く立ち回れていれば……オコーの腕も、守れたかもしれないのにっ……」


「勘弁してくれよリシェラさん」


 謝るリシェラを見て、オコーが困ったように残された左手でハゲ頭を掻いた。


「何で謝るんだよ。二人には感謝しかねぇよ。それに、ミレッタさんが止血して傷口を塞いでくれなきゃ、俺は今頃、あの世だったっての。それに、あんな大傷を完璧に治せるのなんて、世界中探しても『臓愛ぞうあいすす聖女せいじょ』ただ一人だろ?」


 オコーはわざと大袈裟に肩をすくめてみせる。


「だからさ、ファイもリシェラさんも、そんなお通夜みたいな顔すんなって。腕が一本なかろうが、俺は俺だ。また何かあれば手伝ってやるよ!」


 そう言って笑うオコーの力強い言葉は、今の俺の胸に温かく、そしてそれ以上に、重く、深く突き刺さった。


 リシェラたちとオコーが知り合いという事実に言及出きるほど、俺の気持ちは落ち着いてはいなかった。


 だが一先ず、俺は皆の安全を確認できたことで、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩むのを感じた。

 命があった。それだけでも最悪の事態は免れたのだ。


 だが、オコーの失われた右腕と、リシェラの痛々しい表情が脳裏に焼き付いて離れない。胸の奥に沈殿物のように溜まった重苦しい空気を吐き出すために、少し外の空気に当たりたくなった。


「リシェラ。ちょっと外、歩いてくる」


「え? あ、うん……」


 リシェラが心配そうに、俺の顔を見てきた。 

 いつもの優しい目が、今は酷く痛々しい。


「大丈夫。ちょっと頭を冷やしたいだけだから。オコーのことも、ありがとな」


「ううん、私は何も……。あんまり遠くへは行かないでね? 」


「分かってる。すぐ戻るよ」


 リシェラに小さく手を振って、静かに談話室を後にした。



 宿の外に出ると、突き抜けるような青空から眩しい朝の光が降り注いでいた。爽やかな空気が満ちていて、街はこれから動き出す活気に満ちている。


 だけど、オコーの笑い声とリシェラの悲しい顔が頭の中でぐるぐると回って、どうしても足取りが重い。


 あてもなく歩いているうちに、少し離れた場所にある、ひっそりとした公園のような場所に辿り着いた。朝露に濡れた緑が広がっていて、まだ誰もいない。

 木陰のベンチにどさりと腰掛け、俺は大きくため息をついた。


「強くなければ、誰も守れない。俺がもっと、皆を守れるように早く動けていれば……!」


 自分の不甲斐なさに胸が苦しくなり、拳をぎゅっと握りしめた、その時だった。


「…何しけた面してやがる、ファイ」


 不意に、背後から低く、落ち着いた声が鼓膜を震わせた。

 全身の肌に、ピリリと静電気のようなものを感じた気がする。この気配は――


「クーガ……」


 俺が振り返ると、そこには朝の光を浴びながら、相変わらずラフな格好のクーガが立っていた。


「どうしたんだ?」


「…どうしたも何もねえよ。お前の抜けたツラが、遠くからでもよく見えたもんでな」


 クーガは吐き捨てるように言うと、ゆっくりと俺の目の前まで歩み寄ってきた。その目は相変わらず、すべてを見透かすように冷え切っている。


「お前、今まで何してたんだよ」


 俺の問いかけに、クーガはふっと視線を外した。


「…ただの散歩だ」


「散歩って……お前な」


 相変わらず掴みどころのない奴だ。だが、その足取りにも纏う空気にも、一切の隙がない。 

 ただの散歩でこれほどの気配を放つ男がいるだろうか。


「…そんなことより、ファイ」


 クーガがジロリと俺を睨みつけてきた。


「…お前、この後どうするつもりだ?」


「この後……?」


 オコーの腕があんなことになり、頭を冷やしにきたばかりだ。その先のことなんて、今の俺にはまだ白紙に等しかった。


「……まだ、何も考えてない。これからどうするべきか、正直迷ってる」


「…だろうな。なら、自分探しの旅にでも出ればいい」


「自分探しの旅……?」


 唐突なクーガの提案に、俺は思わず眉をひそめた。


「…お前、自分の記憶を戻したいだろ。それに、あの賞金首の件についても、いつまでも放っておくわけにはいかない。だったら、いつまでもこんなとこにいるのは愚策だ」


 クーガはそう言うと、人差し指でどこか遠くの方を指差した。


「…まずは、ここから一番近い大都市――『都市国家ユカラディピア』にでも行ってみろ。あそこなら情報も人も集まる。お前の失くした記憶や、賞金の謎を探る手がかりくらいは、あるかもしれない」


「ユカラディピア……」


「…行くか行かないかはお前次第だ。じゃあな」


 それだけを言い残すと、クーガは来た時と同じように音もなく立ち去ろうとする。


「待てよ」


「…何だ?」


「何で急にそんな話をしてきたんだ?」


 いつもクーガらしくない態度に、俺は疑問を覚える。


「…ただ、お前には諦めて欲しくなかっただけだ」


 振り返らずに冷たく答え、次こそクーガは立ち去ってしまった。


 俺はそんなクーガを一瞥すると、ベンチに座ったまま、『都市国家ユカラディピア』という言葉を頭の中で反芻する。自分の記憶、そして俺に懸けられた賞金の謎。確かに、このままここにいても何も変わらない。進むしかないんだ。


 ――カサリ。


「……?」


 不意に、すぐ後ろの木立ちから微かな音が聞こえ、俺はハッとして振り返った。

 生い茂る木々の影、その太い幹の裏側で、一瞬だけ不自然に木陰が揺れたような気がした。


 だが、目を凝らしてみてもそこには誰もいない。ただの風の悪戯だろうか。


 俺は小さく首を振ると、リシェラたちがいる宿への帰路を歩きながら、ユカラディピアへの旅路について、本格的に思考を巡らせ始めた。


 宿への帰り道、俺の頭の中はクーガの言葉のことで一杯だった。失われた記憶、そして俺の首に懸けられた賞金。その謎を解くためには、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。それは分かっている。


 だけど、腕を失ってもなお、俺たちを気遣ってくれたオコーや、今も心を痛めているリシェラたちのことを思うと、どうしても割り切れない重さが胸に残り続けていた。


 宿の談話室に戻ると、リシェラがまだそこに残っていた。俺の姿を見つけると、彼女はハッとしたように顔を上げ、小さく肩を揺らす。


「あ……ファイ。おかえりなさい」


「ただいま。……リシェラ、その、さっきは急に出て行って悪かった。それから、色々と振り回しちゃってごめん」


 俺が頭を下げると、リシェラは慌てて両手を振った。


「ううん! 謝らないで。ファイが一番辛いのは分かってるから……。私こそ、何もできなくてごめんなさい」


「リシェラが気にするようなことじゃない。……そうだ、もしよかったら、この後少し街を歩かないか? ずっとここに籠っているのも息が詰まるしな」


 少しでもリシェラの暗い表情を晴らしたくて、俺はそう提案した。リシェラは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「うん……!行きましょう!」


 活気を取り戻した街は、露店が立ち並び、多くの人々で行き交っていた。


 リシェラの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。美味しいものの匂いや賑やかな物売りの声に包まれていると、宿の中の重苦しい空気が少しずつ遠のいていくようだった。リシェラも、並べられた小物を興味深そうに眺めたりして、心なしかさっきより元気を取り戻したように見える。


「あ~!お二人さ~ん! こんなところでデート~?」


 不意に横から声をかけられ振り返ると、そこにはミレッタが立っていた。買い出しの帰りなのか、両手にいくつかの荷物を抱えている。

 昨日会った時とは違く、いつものふんわりとした調子に戻っていて、俺は少しホッとした。


「ちょっと息抜きをしていたところだ。ミレッタの方はもう体調は大丈夫か?」


「ふふ~ん、アタシを誰だと思ってるのよ! ちょっと休めばこれくらいへっちゃら。それよりファイ、リシェラちゃんをあんまり連れ回して疲れさせちゃダメだからね~?」


「分かってるよ」


「そう?じゃあ、アタシはこれの仕分けがあるから先に戻るね~。リシェラちゃん、また後でね!」


 ミレッタは嵐のように手を振ると、軽快な足取りで歩いていった。その背中を見送りながら、俺とリシェラは自然と顔を見合わせて小さな笑みをこぼした。


 ミレッタと別れた後、俺たちは少し開けた高台へと足を伸ばした。ここからは、活気ある街並みが一望できる。


 爽やかな風が、リシェラの綺麗な髪を優しく揺らした。

 しばらく無言で景色を眺めていたが、リシェラがそっと、呟くように言葉を紡ぐ。


「……ねぇ、ファイ」


「ん? どうかしたか?」


 振り返ると、リシェラはどこか遠くを見つめるような、寂しげで、だけど何かを覚悟したような瞳で、俺をまっすぐに見つめていた。


「ファイは……『都市国家ユカラディピア』に行くの?」


 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 クーガとあの公園で話したはずの地名が、何故リシェラの口から出たのか。


 驚きに固まる俺を前に、リシェラは真剣な瞳で俺を見ていた。

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