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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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失くしたもの

 ――バァン! と、古びた木製の扉が大きな音を立てて開く。


「ゼクフィスッ!!」


 部屋へと踏み込んだ俺の目に飛び込んできたのは、あろうことか、部屋の床で淡々と腕立て伏せをこなしているゼクフィスの姿だった。


 これだけの戦いの翌日だというのに、息一つ乱さず、いつもの服――確か、和服というらしいものの袖をまくって己の肉体を追い込んでいる。


 ゼクフィスは突然の俺の乱入にも動きを止めず、そのまま規定の回数をきっちりこなしてから、ゆっくりと上体を起こした。

 タオルで軽く汗を拭い、呆れたような視線をこちらへ向けて声を出す。


「テメェ、いきなり入ってきてなんだ?」


「無事か?」


「あぁ?何寝ぼけたこと言ってんだテメェ」


 ゼクフィスはいつもの調子で、淡々と言い放つ。

 相変わらず口は悪いが、その五体にはどこにも大きな傷は見当たらない。


「いや、無事ならいいんだ。お前も昨日、ソフーテ戦の後は姿が見えなかったから、心配したんだ」


 俺がホッと胸をな下ろすと、ゼクフィスはまくっていた袖を無造作に戻しながら、鼻で笑った。


「俺がそんな簡単に殺られるわけねぇだろ」


「そう、だよな」


「ギルディエスたちも無事なのか?」


 激闘の最中、それぞれ異なる場所で戦っていた仲間たちの顔が浮かぶ。

 俺の問いに、ゼクフィスは汗を拭ったタオルを机に放り投げ、顎で部屋の扉を指し示した。


「ギルディエスなら、この宿の一階にある談話室だ。市長が死んで最下層区の処遇を話し合ってるんだとよ。オコーも、その手伝いに駆り出されているはずだ」


「そっか……。みんな無事なんだな」


 クーガは行ってしまったが、ギルディエスもオコーも、そして目の前のゼクフィスも生きている。その事実に、俺の胸に小さく灯っていた不安の霧が、少しだけ晴れていくような気がした。


「分かった。じゃあ、ギルディエスたちのところに行ってくる」


「分かったら、疾く、失せろ。俺はこの後用事があんだよ」


 どこまでもマイペースなゼクフィスに苦笑いしながら、俺は部屋の扉を閉めた。

 後ろを付いてきていたリシェラが、「もう、次は走らないでよ?」とため息をつきながらも、どこか安心したように微笑んでいる。


「もう少しだけいいか?」


 俺はリシェラの了承を得て、歩きだした。



 階段を下り、宿の一階。


「入っていいか?」


 奥にある広めの談話室の扉をノックすると、「入っていいぞ」と応答があった。

 扉を開けると、そこにはゼクフィスの言葉通り、ギルディエスの姿があった。


「ですから 、今回の件はどうにかして―」


「おぉ、ファイじゃねぇか!」


 偉そうな人の話を、ソファーに座りながら退屈そうに聞いていたギルディエスが、俺の姿に気づいて勢いよく顔を上げる。

 その傍らで、同じように話を聞いていたオコーも、目を丸くしてこちらを見た。


「会議中だったのか。悪い、出直す」


 そう言って俺が扉を閉めようとすると、ギルディエスが「待て待て待て!」と慌ててソファーから立ち上がり、俺の肩をガシッと掴んで部屋の中へと引きずり込んだ。


「出直す必要なんて全くねぇよ! むしろ一番いいところに来てくれたよ、ファイ!」


「おい、ギルディエス……?」


 困惑する俺を余所に、ギルディエスは対面に座るいかにも地位の高さそうな、仕立ての良い服を着た男に向き直る。そして、これ見よがしにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「おい、お偉いさん。さっきから最下層区の処遇についてあーだこーだ難癖をつけてくれてるが……目の前にいるこいつが誰だか分かって言ってるのか?」


 ギルディエスは俺の背中をバンバンと豪快に叩く。


「こいつがあの魔族の市長を、単独でブッ倒した要塞都市の英雄様、ファイ・ニアスだぞ? 最下層区の連中をこれ以上不当に扱うってなら、街を救ったコイツが黙ってないと思うが……そこんとこどーよ?」


「なっ……、う、うむ……」


 ギルディエスに凄まれ、偉そうな男は引きつった顔で俺を見上げ、完全に気圧されて言葉を詰まらせた。完全に俺のことを政治の交渉材料に使いやがったな、コイツ。


 そんなギルディエスの調子の良い立ち回りを横で見ながら、オコーが呆れたように小さくため息をつく。


「ボス、ファイは病み上がりですから、あんまり無茶な巻き込み方をさせない方が……」


 オコーがギルディエスに言う。


「でもファイ。お前が無事で良かったよ」


 オコーは優しく微笑み、俺の体調を気遣うようにそっと手を伸ばしてきた。


「あぁ、オコーも無事でよかった。昨日会えなかったから心配して―」


 そこまで言いかけて、俺の視線はオコーの腕へと固定された。不自然で、奇妙な違和感を覚えたからだ。


「……オコー、その腕、どうしたんだ? 昨日の戦いで何か―」


「いや、なんでもねぇよ。ちょっと怪我しただけだ。とりあえず、その話は後だ」


 オコーは俺の言葉を遮るようにして、はぐらかすように笑った。

 これ以上語る気がないのは明白だった。


「……分かったよ。後でちゃんと聞かせてくれよ」


 俺が渋々承諾して引き下がると、ギルディエスが再びニヤニヤしながら「よし、話がまとまったところで!」と、お偉いさんへの追撃を再開した。



 部屋の中では、ギルディエスと仕立ての良い服を着た男による、最下層区の権利や今後の治安維持についての議論が続けられた。


「ですから、特例措置としての予算を―」


「いやいや、そもそも今回の功績を考えればだな―」


 二人の間で専門的な用語や数字が飛び交う。

 一応、街の英雄としてその場に立たされている手前、俺も静かに話を聞いてはいたが……正直、内容は右の耳から左の耳へとそのまま通り抜けていった。


 丸一日眠っていたせいか、それとも別の要因か。

 目の前で繰り広げられる「大人の話し合い」は、今の俺の頭には驚くほど何一つとして入ってこなかった。



 俺が来てから数分後、ギルディエスがパンッと勢いよく手を叩いてソファーから立ち上がった。

 対面に座るお偉いさんは、完全にギルディエスのペースに巻き込まれて疲れ果てた顔をしている。


「あ、悪いな。オレはお偉いさんとちょっと残務処理に行ってくるわ。ファイ、マジで助かったぜ!」


「あぁ……。またな、ギルディエス」


 ギルディエスはお偉いさんの肩を親しげに組みながら、嵐のように談話室を出て行ってしまった。


 バタン、と重い扉が閉まり、静寂が戻る。

 部屋に残されたのは、俺と、リシェラと、退屈そうに頭を掻いているオコーの三人だけだ。


「……ふぅ」


 俺は大きく息を吐き出し、すぐに立ち上がり、オコーの正面に立った。


「オコー。さっきの続き、教えてくれ」


「ん? だから、その話は後で―」


「その右腕……何があったんだ?」


 俺はオコーの言葉を遮り、隠すように引かれていた彼の右袖を、すがるように掴んだ。

スカスカとした布の感触。


 そこにあるはずのオコーの右腕は――肩口から先が、綺麗に失われていた。


「そ、んな……」


 頭が真っ白になる。

五体満足で筋トレしていたゼクフィスとは違う。オコーは、俺たちのために戦って、取り返しのつかないものを失っていた。


「やっぱりお前には隠し通せねぇか」


 オコーは残された左手でバツが悪そうにハゲ頭を掻くと、いつものように、男らしく頼もしい声でニカッと笑ってみせた。


「気にすんなってファイ。お前のせいじゃねぇよ。隊長格のやつとやった時にしくじっちまったんだ。でも、命があっただけ儲けもんだろ?」


「儲けもんなわけないだろ……っ! お前、腕が……!」


「いいんだよ。お前が命がけで市長をぶっ倒してくれたんだ。この腕一本で街が救われて、仲間が全員生きてるなら、俺にとっちゃ安い買い物さ」


 オコーはそう言って、俺の肩を左手でドンと小突いた。

 自分のことなんて少しも悔やまず、ただ俺の無事を心から喜んでくれている。その優しさが、今の俺の胸に痛烈なほどの苦しさと、ソフーテへの複雑な感情を沸き上がらせた。


「オコー……、お前……」


「そんな暗い顔すんなよ。 英雄がそんなツラしてたら、街の奴らが不安になるぜ?」


 そう言って笑うオコーに、俺は何て言えばいいか分からなかった。

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