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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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神子屠殺典(しんしとさつてん)

 ――いつかのどこか。あるいは、決して表には出ない裏舞台。


「あらぁ、三人しかいないのぉ?」


 明かりがついてもなお暗い部屋で、額から二本の角を生やした、金髪の女が声を出す。その声は、部屋の広さとは裏腹に、よく響いた。


「やぁシャルヴィエラ。久しいね!」


 部屋の静かさをぶち壊すように声を出したのは、暗がりの椅子にその体重をどかっと預けている男だ。

 男の服は、ここが戦場になれば、およそ不釣り合いな、首元のボタンを外したシャツとスラックスという、気怠げに着崩した役人のような衣服だった。


 表情を隠すように目を覆う長い紫の前髪とは対照的に、後ろ髪は長いツインテールとして結ばれ、男の背で静かに揺れている。

 だが、やはり一番目立つのは、その額の真ん中から禍々しく上へと伸びる角である。


「誰かと思えば、快感さんじゃなぁい」


「あははは、僕の名前は快感さんじゃないだ」


「あらぁ?そうだったかしらぁ?」


「そうさそうさ、これで二百八十二回目。いい加減覚えてもらえないと、流石の僕も悲しくなるってもんだ」


「そうなのねぇ。善処するわぁ」


「思ってないね?」


「どうかしらぁ」


 金髪の女――シャルヴィエラがとぼけるように横を向く。


「クヒヒヒ、本当に他人に興味がないよね、シャルヴィエラ」


 シャルヴィエラが横を向くと、そこにはピンク髪を短く切り揃えた背の低い女が、音もなく立っていた。

 右側頭部から下へと伸びる角よりも異様な姿に、空気の温度が一段下がったかのような錯覚さえ覚える。


「でもまさかあなたが来るなんて、アタチちょっと驚いちゃった」


「ウチも驚いたわぁ。まさか目ん玉ちゃんが来るなんてぇ」


「クヒヒヒ、アタチはたまたま近くにいたから」


 女は、頭に着けている眼球の一つを愛おしそうに撫でながら、シャルヴィエラに、焦点の合わない視線を向けた。


「ねぇシャルヴィエラ、このおめめ、今のアタチのイチオシなの。どう思う?」


「綺麗な緑でいいと思うわぁ」


「クヒヒヒ、あなたならそう言ってくれると思ったの。やっぱ分かってるね、シャルヴィエラ」


 女は嬉しそうに言うと、頭に着けているそれを取り外し、それをシャルヴィエラの手に乗せる。


「あらぁ、貰っていいのぉ?」


「もともと別のおめめを狙ってたの。だからこれはあげちゃう。アタチの優しさだよ~?」


 そんな不気味な光景を、椅子に座った男が、顔にかかる紫の前髪の隙間から、赤と青の目で見ている。


「相変わらずとんでもない会話をしてるね、フリルラ」


「もしかしてシルスカ、あなたも欲しいの!?あなたも遂におめめの良さが分か――」


「いやいや、遠慮しとくよ。僕に目玉を食べたり、着けたりする趣味は無いからね」


「はぁ、欲しくなったらいつでも言ってね?数十個とかだったらいつでもあげるから」


「あははは、そんなことはないと思うけどね!」


 男――シルスカが気怠げにスラックスのポケットに手を突っ込み、椅子の背もたれに体重を預け直す。


「そんなことよりさ」


 男は首元のボタンが緩んだシャツを軽く引っ張りながら、部屋のさらに奥の暗闇へと視線を向けた。


「三人しかいないってことは、他はまだ来てないわけだ。……というか、そもそも僕たちは何でこんなところに呼ばれたんだろうね?」


「 ウチはただぁ、ここに来てねっ、て言われただけだからぁ」


 シャルヴィエラが他人事のように指を弄ぶ。


「アタチも知らなーい」


 小柄な女――フリルラが小首を傾げ、焦点の合わない目をギョロリと動かした、その時だった。


 コツン、と静かに、しかし重く響く足音が部屋の外から近づいてくる。

 扉が静かに開かれ、一人の老人が入室してきた。

 ツンツンとした黒髪を綺麗にオールバックに整え、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその佇まいは、まるで洗練された執事か、あるいは熟練の武官を思わせる。


 衣服の隙間から覗く肌や額の角には、過去の苛烈な戦いを生きて潜り抜けてきたことを物語る無数の傷跡。そして、衣服の上からでもはっきりと分かるほど、その肉体は無駄なく頑強に鍛え上げられ、凄まじい威圧感を放っていた。


 老人は三人の歪な幹部たちを見渡すと、表情一つ変えずに、低く厳かな声で告げる。


「すみません。少々遅れました」


 老人は衣服の乱れを静かに整えながら、部屋の奥へと歩みを進める。


「早速ですが、本題に入りたいと――」


「待った待った」


 そそくさと話し始めようとする老人にシルスカが待ったをかける。


「どうかされましたか?」


「どうもこうもないさ、まだ三人しかいないぞ?」


「他の方々は欠席です」


 老人が淡々と告げる。


「あらぁ、そんなこともあるのねぇ」


「はい、声はかけたのですが……。皆さん忙しいとのことでしたので」


「初めてじゃないか?三人しかいないなんて」


「アタチが知る限りは初めてかも」


「そうねぇ」


 シルスカの疑問に各々が回答する。


「疑問もなくなったと思うので、そろそろ本題に入りましょう」


 老人が懐から一枚の書面を取り出し、机の上に滑らせた。


「実はですね、少々不都合な報告が入りました。要塞都市に潜伏させていた者、ソフーテ・マスツアですが……」


 老人は一度言葉を区切り、三人の顔を見つめる。


「死亡が確認されました」


「誰かしらぁ?」


 シャルヴィエラがいつのまにか座っていた椅子に、頭を預けて声を漏らす。


「クヒヒヒ、アタチ訃報って大好き」


 フリルラが髪を弄りながら、他人事のように笑った。


「ソフーテ・マスツアだとッ!?」


 そんな二人に比べ、シルスカの反応は大きい。


「あらぁ、あなたの知り合いなのぉ?」


「あぁ、彼の『独自魔呪綴オリジナルスペル』はよく覚えているよ。泥の軍団を作り出す、というなんとも素晴らしい魔呪綴スペルだった。あの魔呪綴スペルがあれば、人間共を皆殺しにして最ッ高の快感カタルシスが得られただろうに。惜しいことをしたよ」


 シルスカが残念そうに言う。


「元気出してぇ」


「思ってないね?」


「どうかしらぁ」


「そもそも、シャルヴィエラは何で知らないんだ?」


「どういう意味ぃ?」


 シャルヴィエラがよく分からないという風に首を傾げる。


「ソフーテ・マスツアは君の末端だろ?」


「あらぁ、そうだったかしらぁ?」


「自分の部下ぐらい把握しといて欲しいもんだね。……それで、ただ死んだだけで呼んだわけじゃないんだろ?」


 シルスカが目線を老人へと送る。


「はい、死因については現在調査中ですが、ただの政敵に暗殺されたわけではなさそうです。要塞都市は今も厳重に情報封鎖を行っているようで、詳しいことはまだ」


「ただの暗殺じゃないって、もしかして組織の存在がバレたのかい?」


 シルスカが椅子の背もたれに体重を預け直しながら、老人に問いかける。


「その可能性は否定できません。あそこは例の都市国家の内政を探るために、我々が用意した一番近い窓口でしたからね。ソフーテが消されたとなると、今後はあの大都市の情報が一切入ってこなくなります」


「それは大変ねぇ」


 シャルヴィエラが他人事のように言いながらも、少しだけ視線を鋭くした。


「もしかして、情報収集のために直接乗り込む気だったりするのかい?」


 シルスカが髪を指で弄りながら、楽しそうに笑みを浮かべる。


「その通りです」


「そんなに重要だっけ、あの都市国家……確か、ユラカディピア……だったっけ?」


「はい、あそこには我々が求めているモノがあるそうです」


「我々の求めるモノってなにー?」


 途中から静観を貫いていたフリルラがここで口を開く。


「あの方からの命令でそれは教えられません」


「ちぇー、ケチなの。じゃあ、アタチがそこに行って直接確かめる! ついでに、ソフーテとかいうやつを殺した強い人のおめめもくり抜いちゃおーっと!」


 フリルラが身を乗り出して無邪気に声を弾ませるが、老人は首を横に振った。


「いえ、フリルラ。あなたを派遣することはできません。あそこは都市以上国家未満とも言われる、国で最大の勢力を持つ都市国家。今のあなたが乗り込めば、大騒ぎになって情報収集どころではなくなります」


「えぇー、つまんないの……」


 フリルラが不満げに頬を膨らませて椅子の背もたれに深く沈み込む。


「僕は快感カタルシスのない任務はやらないことにしてるんだ。つまり、適任は……」


 シルスカが薄笑いを浮かべながら、金髪の女へと視線を向けた。


「そうですね、今回の任務はシャルヴィエラ、あなたに行っていただきます。元々ソフーテはあなたの末端。下の者の失態は上の者の失態です。違いますか?」


「 めんどくさいわぁ」


 シャルヴィエラは気怠げに髪を掻くが、老人の眼光は鋭いままだった。


「それに、これはただの情報収集ではありません。我々は、ソフーテを葬った犯人がユラカディピアの内部にいるのではないかと睨んでいます。シャルヴィエラ、現地でその犯人の排除と、諜報活動をお願いします」


「まぁやることもないからぁ。ウチがやってきてあげるわぁ」


 シャルヴィエラが面倒くさそうに言う。


「ありがとうございます。では早急に、都市国家ユラカディピアへお向かい下さい」


「分かったわぁ」


 それだけ言うと、シャルヴィエラは席を立ち、出口へと向かう。


「皆さん、本日はありがとうございました。これで要件は終わりです」


 老人がペコリと頭を下げる。


 少し間を空け、二人の魔族が出口から出ていく。


 静まり返った室内で、老人は静かに書類を伏せた。


 ――都市国家ユラカディピアを巻き込む、新たなる屠殺の幕が、静かに上がろうとしていた。

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