未来を掴め
ゾルドンとクーガが、溢れ出す泥兵の波へと突っ込んだ。
「ここは俺たちが引き受ける! ファイ、お前はあいつの首を獲れッ!」
「…任せたぞ」
「おおおおおッ! 邪魔だ、どけぇ!!」
ゾルドンの両刃斧が唸りを上げ、密集する泥兵の壁を粉砕する。
一体、二体では止まらない。ソフーテが床から湧き出させる土の軍勢に対し、ゾルドンは力任せの暴力で強引に道を維持し続けていた。
「ファイ、行けッ! 背中は俺たちが守ってやる!」
その声に応えるように、俺はソフーテの方へと踏み込む。
だが――
「基礎魔呪綴――『土砲』」
先ほどよりも速い土の塊が正面から飛んでくる――瞬間、横からの鋭い衝撃が泥弾を叩き落とした。
「…余所見をするな」
クーガは泥兵の群れを縫うように跳び、拳一本だけでファイへの射線をクリアにする。
ゾルドンが面を、クーガが点を。二人の完璧な援護があるからこそ、俺は目の前の敵だけに集中できる。
「良い仲間を持ちましたね、ファイ君」
ソフーテが静かに角を指先でなでる。
「ですが、今度はその絆ごと圧殺しましょう。独白魔呪綴――『泥兵化生』!」
一瞬で周囲の重さが増した。泥沼のようになっている床が、その大きさを増し、俺の足を掴み、動きを封じにかかる。
後方では、ゾルドンとクーガもまた、泥兵の自爆を伴う猛攻に足止めを食らっていた。
「こいつら、数で押してきやがる…!」
「…ゾルドン、無理に動くな。ファイ、あとはお前だけだ」
泥にまみれながらも、二人の鋭い視線は俺の背中に注がれている。
脳が焼けるような熱。
俺はベルトの中に指をかけ、一片を引き抜いた。
「再構築ッ!!」
鉄片が光を放ち、輝く鉄の剣へと変貌する。
地面に剣を突き立て、泥を吹く床から足を出し、俺はソフーテの喉元へ向かって大地を蹴った。
「あんたの正義は、俺たちの正義でぶち壊す」
ゾルドンの斧撃、クーガの拳撃、そして俺の再構築。
戦場に散らばった三人の意志が、今、一本の線となってソフーテの喉元へ突き進む。
「その正義…本当に届きますか?」
ソフーテの静かな問いと同時に、俺の突き出した剣の先で、紺色の髪がわずかに揺れた。
当たった――そう確信した刹那。
ソフーテは頭を少し後ろに倒した。
「なっ!?」
未来を予見していたかのような、あまりにも完璧なタイミング。
必殺の一撃は空を切り、ソフーテの喉元を掠めることすらできなかった。
次の攻撃。またしても躱される。
次の攻撃。またしても躱される。
次の攻撃。またしても――
「くそッ!」
俺が悪態をつくと、ソフーテは閉ざしていた口を開く。
「『部分未来視』…どうやら私にも運が向いてきたようですね」
ソフーテは一歩後ろへ下がると、そのままジリジリと後退を始めた。
「くっ…おいファイ! 逃げる気だぞ、あいつ!」
泥兵を斧で叩きながら、ゾルドンが叫ぶ。
「私たちの決着はもっと美しい場所でつけましょう」
ソフーテはそう言い残し、上に続く非常口へと消えていく。
「待てっ!」
俺は床を蹴り、今しがたソフーテが消えていった階段へと向かう。
背後では、ソフーテが生み出した大量の泥兵が、俺の追撃を阻もうと群がってくる。
「てめーらの相手は俺らだろうが!」
ゾルドンの咆哮。
二人がここで泥兵を引き受けてくれている今、ソフーテを追えるのは俺しかいない。
俺は肺が焼けるような呼吸を繰り返し、階段を一気に駆け上がった。
突き当たりの扉を蹴破った先。そこは、美しい景色が一望できる議事堂の屋上だった。
議事堂の屋上は、下層区の喧騒が嘘のように静まり返っている。
見下ろせば、要塞都市の美しい街並みが広がっていた。少し前までは、平和の象徴だったその景色も、今はただ、運命の決着を待つだけの無機質な箱庭に見える。
その真ん中に、ソフーテは立っていた。
紺色の髪が風に激しくなびき、右側頭部から突き出した一本の角は、日光を掻き消さんとする漆黒である。
「来ましたか」
ソフーテは振り返らずに言った。
その声は風に乗って驚くほど鮮明に届く。
「あぁ、決着をつけるためにな」
俺は一歩、また一歩と、重い足取りで屋上の平らな屋根を踏み締める。
脳の奥がズキズキと脈打ち、視界がときおり赤く明滅する。限界はとっくに過ぎている。だが、不思議と足取りは軽かった。
ヒュオォォォッ、と一際強い風が吹き抜け、俺たちの間を通り過ぎていった。
ソフーテがゆっくりとこちらを振り向く。
その目は、哀愁を帯びながらも、決して揺るがない強固な正義の色に染まっていた。
「仲間の助けもなく、満身創痍の君に何ができるんですか?…未来は、私に微笑んでいるのに」
「未来なんて、今から俺が変えてやるよ」
俺は腰のベルトに指をかけ、鉄片を強く握りしめた。
正義を背負った魔族と、青年。
二人の影が、屋上の床に長く、鋭く伸びる。
――次の瞬間、風が止まった。
静寂を切り裂いたのは、ソフーテが放った魔呪綴だった。
「基礎魔呪綴――『土砲』!」
ソフーテの杖から、散弾銃のように泥の礫が放たれる。
俺は一歩目を踏み出し、身体を捻ってそれを回避した。横顔をかすめる熱、礫が屋上の床を粉砕する轟音。
「無駄ですよ。君の動きはすべて見えています」
ソフーテは淡々と語りながら、回避した俺の次の一歩を先読みし、俺の足元へと魔呪綴を放つ。
「…っ!!」
爆ぜる足場。石の破片が頬を切り裂く。
俺はバランスを崩しかけながらも着地をする。
そして、次の魔呪綴が飛んでくるよりも早く、俺は地を這うような低空姿勢で一気に加速する。
「無駄ですよ。未来は決まっています」
ソフーテの瞳に、わずかな熱が灯る。
ソフーテは杖を構え直し、今度は俺の全身を押し潰すような広範囲の『土砲』を放った。
遮るもののない屋上。逃げ場はない。
「剣は!まだあるぞッ!!」
俺は叫びとともに、手中の鉄片を再構築する。
『土砲』が迫る。
剣を振るう。身体の大事な部分だけを庇うように。
風を、圧力を、そしてソフーテの未来視さえも置き去りにする、命を削る一歩。
視界が白く染まる。鼻から熱い血が垂れ、心臓が爆ぜそうなほど跳ね、そして、身体中から鮮血が流れる。
だが、そのおかげで――ついに捉えた。
手を伸ばせば届く距離。
激しい烈風に、ソフーテの紺色の髪が舞い、
後ろへ後退しようとするソフーテの顔が間近に迫る。
「なぁ…これがあんたの見た未来なのか?」
男が微笑む。
――今、風向きが変わる。




