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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
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未来を掴め

 ゾルドンとクーガが、溢れ出す泥兵の波へと突っ込んだ。


「ここは俺たちが引き受ける! ファイ、お前はあいつの首を獲れッ!」


「…任せたぞ」


「おおおおおッ! 邪魔だ、どけぇ!!」


 ゾルドンの両刃斧が唸りを上げ、密集する泥兵の壁を粉砕する。

 一体、二体では止まらない。ソフーテが床から湧き出させる土の軍勢に対し、ゾルドンは力任せの暴力で強引に道を維持し続けていた。


「ファイ、行けッ! 背中は俺たちが守ってやる!」


 その声に応えるように、俺はソフーテの方へと踏み込む。

 だが――


基礎魔呪綴オリジナルスペル――『土砲ソイル』」


 先ほどよりも速い土の塊が正面から飛んでくる――瞬間、横からの鋭い衝撃が泥弾を叩き落とした。


「…余所見をするな」


 クーガは泥兵の群れを縫うように跳び、拳一本だけでファイへの射線をクリアにする。

 ゾルドンが面を、クーガが点を。二人の完璧な援護があるからこそ、俺は目の前の敵だけに集中できる。


「良い仲間を持ちましたね、ファイ君」


 ソフーテが静かに角を指先でなでる。

 

「ですが、今度はその絆ごと圧殺しましょう。独白魔呪綴オリジナルスペル――『泥兵化生でいへいけしょう』!」


 一瞬で周囲の重さが増した。泥沼のようになっている床が、その大きさを増し、俺の足を掴み、動きを封じにかかる。

 後方では、ゾルドンとクーガもまた、泥兵の自爆を伴う猛攻に足止めを食らっていた。


「こいつら、数で押してきやがる…!」


「…ゾルドン、無理に動くな。ファイ、あとはお前だけだ」


 泥にまみれながらも、二人の鋭い視線は俺の背中に注がれている。

 脳が焼けるような熱。

 俺はベルトの中に指をかけ、一片を引き抜いた。


再構築リビルドッ!!」


 鉄片が光を放ち、輝く鉄の剣へと変貌する。

 地面に剣を突き立て、泥を吹く床から足を出し、俺はソフーテの喉元へ向かって大地を蹴った。


「あんたの正義は、俺たちの正義でぶち壊す」


 ゾルドンの斧撃、クーガの拳撃、そして俺の再構築リビルド

 戦場に散らばった三人の意志が、今、一本の線となってソフーテの喉元へ突き進む。


「その正義…本当に届きますか?」


 ソフーテの静かな問いと同時に、俺の突き出した剣の先で、紺色の髪がわずかに揺れた。


 当たった――そう確信した刹那。


 ソフーテは頭を少し後ろに倒した。


「なっ!?」


 未来を予見していたかのような、あまりにも完璧なタイミング。

 必殺の一撃は空を切り、ソフーテの喉元を掠めることすらできなかった。


 次の攻撃。またしても躱される。

 次の攻撃。またしても躱される。

 次の攻撃。またしても――


「くそッ!」


 俺が悪態をつくと、ソフーテは閉ざしていた口を開く。


「『部分未来視パートビジョン』…どうやら私にも運が向いてきたようですね」


 ソフーテは一歩後ろへ下がると、そのままジリジリと後退を始めた。


「くっ…おいファイ! 逃げる気だぞ、あいつ!」


 泥兵を斧で叩きながら、ゾルドンが叫ぶ。


「私たちの決着はもっと美しい場所でつけましょう」


 ソフーテはそう言い残し、上に続く非常口へと消えていく。


「待てっ!」


 俺は床を蹴り、今しがたソフーテが消えていった階段へと向かう。

 背後では、ソフーテが生み出した大量の泥兵が、俺の追撃を阻もうと群がってくる。


「てめーらの相手は俺らだろうが!」


 ゾルドンの咆哮。

 二人がここで泥兵を引き受けてくれている今、ソフーテを追えるのは俺しかいない。


 俺は肺が焼けるような呼吸を繰り返し、階段を一気に駆け上がった。

 突き当たりの扉を蹴破った先。そこは、美しい景色が一望できる議事堂の屋上だった。



 議事堂の屋上は、下層区の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 見下ろせば、要塞都市の美しい街並みが広がっていた。少し前までは、平和の象徴だったその景色も、今はただ、運命の決着を待つだけの無機質な箱庭に見える。


 その真ん中に、ソフーテは立っていた。

 紺色の髪が風に激しくなびき、右側頭部から突き出した一本の角は、日光を掻き消さんとする漆黒である。


「来ましたか」


 ソフーテは振り返らずに言った。

 その声は風に乗って驚くほど鮮明に届く。

 

「あぁ、決着をつけるためにな」


 俺は一歩、また一歩と、重い足取りで屋上の平らな屋根を踏み締める。

 脳の奥がズキズキと脈打ち、視界がときおり赤く明滅する。限界はとっくに過ぎている。だが、不思議と足取りは軽かった。


 ヒュオォォォッ、と一際強い風が吹き抜け、俺たちの間を通り過ぎていった。

 ソフーテがゆっくりとこちらを振り向く。


 その目は、哀愁を帯びながらも、決して揺るがない強固な正義の色に染まっていた。


「仲間の助けもなく、満身創痍の君に何ができるんですか?…未来は、私に微笑んでいるのに」


「未来なんて、今から俺が変えてやるよ」


 俺は腰のベルトに指をかけ、鉄片を強く握りしめた。

 

 正義を背負った魔族と、青年。

 二人の影が、屋上の床に長く、鋭く伸びる。



 ――次の瞬間、風が止まった。



 静寂を切り裂いたのは、ソフーテが放った魔呪綴スペルだった。


基礎魔呪綴ベーススペル――『土砲ソイル』!」


 ソフーテの杖から、散弾銃のように泥の礫が放たれる。

 俺は一歩目を踏み出し、身体を捻ってそれを回避した。横顔をかすめる熱、礫が屋上の床を粉砕する轟音。


「無駄ですよ。君の動きはすべて見えています」


 ソフーテは淡々と語りながら、回避した俺の次の一歩を先読みし、俺の足元へと魔呪綴スペルを放つ。


「…っ!!」


 爆ぜる足場。石の破片が頬を切り裂く。

 俺はバランスを崩しかけながらも着地をする。

 そして、次の魔呪綴スペルが飛んでくるよりも早く、俺は地を這うような低空姿勢で一気に加速する。


「無駄ですよ。未来は決まっています」


 ソフーテの瞳に、わずかな熱が灯る。

 ソフーテは杖を構え直し、今度は俺の全身を押し潰すような広範囲の『土砲ソイル』を放った。

 遮るもののない屋上。逃げ場はない。


「剣は!まだあるぞッ!!」


 俺は叫びとともに、手中の鉄片を再構築リビルドする。


 『土砲ソイル』が迫る。

 剣を振るう。身体の大事な部分だけを庇うように。

 風を、圧力を、そしてソフーテの未来視ビジョンさえも置き去りにする、命を削る一歩。


 視界が白く染まる。鼻から熱い血が垂れ、心臓が爆ぜそうなほど跳ね、そして、身体中から鮮血が流れる。


 だが、そのおかげで――ついに捉えた。

 手を伸ばせば届く距離。

 激しい烈風に、ソフーテの紺色の髪が舞い、  

 後ろへ後退しようとするソフーテの顔が間近に迫る。


「なぁ…これがあんたの見た未来なのか?」


 男が微笑む。


 ――今、風向きが変わる。

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