再会
――否
「まだ手札は、ある…!」
俺は貫通した左手の激痛を意識の外へ追いやり、右手で腰のユーティリティベルトを弾いた。
ポーチの中に転がっているのは、以前ギルディウスから受け取った、何の変哲もない折れた剣の欠片だ。名剣でも何でもないただの鉄屑たちだが、今の俺にはこれで十分だ。
「再構築!!」
手の中で鉄片が形を変え、一瞬で鋭利な剣へと再構築される。
そのまま、正面から槍を突き出してきた泥兵の中心日に、その刃を深々と突き立てた。
だが、引き抜かない。
俺は剣の柄を握ったまま、泥兵の体を強引に引き寄せ、迫る槍への盾にする。
グボッ! と鈍い音が響き、盾にした泥兵の背中に仲間の槍が突き刺さる。
「邪魔だ!」
俺は剣を刺したままの泥兵を、力任せに前方へ投げ飛ばした。
岩のような泥の塊が、後続の二体を巻き込み、路を切り拓く。
投げ飛ばした衝撃で剣が折れた。俺は即座にベルトから次の欠片を取り出す。
「再構築…」
右から迫る泥兵の腕を切り落とし、そのまま身体へと刃を叩き込む。
今度は刺した刃をレバーのように使い、泥兵の体を振り回して周囲をなぎ払う。
数体をまとめて土塊へ還したところで、刃が限界を迎え砕け散った。
「成る程、そういう使い方が…」
ソフーテの場違いな感心が耳に届くが、止まる気はない。
一振りの剣を維持できないなら、その場しのぎの武器で数体を道連れにし、潰れたら次を直せばいい。
取る、直す、刺して振り回す。
砕けたら、また次を取る。
再構築の瞬発的な発動を繰り返し、鉄の欠片を使い捨ての武器に変えながら、俺は最短距離を突き進む。
泥の飛沫を浴び、貫通した左手の血を撒き散らしながら。
俺はただ、再生と破壊という作業だけで、数十体の包囲網を強引に食い破る。
俺はそのままソフーテの喉を掻っ切るために駆ける。
「耐えろ俺ッ!」
指先はボロボロで、左手の痛みは感じない。
しかも、反動だろうか、再構築を繰り返した脳は焼けるように熱い。
それでも、あと数歩さえ踏み込めば、ソフーテの喉笛に手が届く――そう確信した瞬間だった。
「基礎魔呪綴――『土砲』」
ソフーテの無慈悲な声が響くと同時に、至近距離で爆発的な衝撃が弾けた。
回避も防御も間に合わない。俺の体は、木の葉のように後方へと吹き飛ばされた。
「がッ!」
情けない声を漏らしながら壁に叩きつけられ、肺の空気がすべて絞り出される。
視界が白く点滅し、感じていなかった左手の激痛が、今さらになって全身を支配し始めた。
「無茶をしますね。でもそれは、文字通り諸刃の剣ですよ」
粉塵の向こう側。ソフーテは、服の汚れひとつ気にする様子もなく、淡々と杖を振った。
すると、俺が必死の思いでなぎ倒してきたはずの泥へたちの横の地面から、再びゴボリと嫌な音が漏れ出す。
十体、二十体……。
消滅させたはずの泥兵が、まるで最初からそこにいたかのように、再びその姿を現した。それも、さっきよりも一回り大きく、禍々しい姿で。
「うそ、だろ……」
膝をつき、肩で息をしながら俺は絶句した。
ベルトの欠片はもう残り少ない。綴力も、意識を保つための気力も、すべて使い果たしてこぎ着けたチャンスだった。
それを、ソフーテは指先一つの動作で無に帰したのだ。
包囲網は、先ほどよりもさらに強固に、残酷に俺を取り囲む。
ソフーテの表情には、怒りも、焦りもない。
「さぁ、続きを始めましょうか」
泥兵たちの武器が一斉に、俺へと向けられる。
逃げ場はない。武器もない。
――負けるのか。
今度こそ、本当に。
積み上げてきた理屈も、命懸けの再構築も、全てがこの圧倒的な絶望の前に、ただの無駄なあがきとして飲み込まれていく。
絶望が喉元までせり上がり、意識が暗転しかけた、その時だった。
――ドォォォォォォォォォォン!!!
鼓膜を震わせる爆音と共に、ソフーテが陣取っていた近くの床が内側から激しく爆ぜた。
「何事ですか!?」
余裕を崩さなかったソフーテが驚愕に顔を歪める。
床を突き破り、凄まじい勢いで跳ね上がってきたのは――俺が先ほど深く突き刺した、あの扉だった。
いや、扉だけじゃない。
もうもうと立ち込める粉塵の中から、聞き慣れた、そして今はとんでもなく頼もしい野太い声が響き渡る。
「たく、上はえらい騒ぎじゃねぇか! 扉が刺さってるのを見た時は目を疑ったぜ!」
両刃斧を担ぎ、豪快に笑いながら這い上がってきたのは、ゾルドンだ。
そしてその背後、鋭い眼光を崩さずに静かに戦場を見据える男。
「…遅くなった」
クーガだ。
床を割って現れた二人は、立ち昇る瓦礫の煙を切り裂き、そのまま淀みない動作で泥兵の群れへと突っ込んだ。
「オラァッ! 泥遊びなら外でやってな!」
ゾルドンの両刃斧が唸りを上げ、一振りで三体の泥兵を土塊へと粉砕する。重戦車の如き踏み込みに、強固だったはずの包囲網が紙細工のように散っていく。
「基礎魔呪綴――『土砲』!」
同時に、クーガの拳が唸る。
ソイルの攻撃を最小限の動きで受け流し、次々と泥兵の急所を正確に貫いていく。その姿は、満身創痍の俺を庇う、揺るぎない壁そのものだった。
「くっ、増援ですか…」
ソフーテの顔から余裕が消え、焦りという醜い感情が張り付く。必死に壊れかけている杖を振り、地面から泥兵を生成する。
おそらくこの二人は、俺が床に突き立てた扉を目印として利用したのだ。
俺が死に物狂いで放ったあの一撃は、ソフーテの起点を潰すだけでなく、こちらに向かってきてくれた仲間たちへの道を拓く一撃になっていた。
「ゾルドン…クーガ…ッ」
震える声でその名を呼ぶ。
俺を囲もうとしていた泥兵たちの包囲網は、突如現れた男たちによって無惨に崩れていた。
「まさか市長ともあろう御方が魔族だとはな」
ゾルドンが両刃斧を構え直す。
クーガが音もなく前へ出る。
「よぉファイ。愚痴は後で聞いてやる。今はこいつらを倒すんだろ?」
ゾルドンが勇ましく、こちらを見て言う。
ソフーテの、終わらない絶望という盤面は今、物理的な破壊と、参戦した戦友たちによって完全に粉砕された。
「あぁ、そうだな。」
俺は口端の血を拭い、ベルトの中にある、鉄片を握りしめた。
――ここからが、本当の反撃だ。




