表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
PR
31/55

歪み

 粉塵が完全に晴れる前に、俺は動いた。


 粉塵の中で、原型のなくなった分厚い扉の断片を手に、突撃する。


「扉の断片…?」


 ソフーテが呟く。

 一瞬思考を巡らせたソフーテ。だが、ソフーテは即座に迎撃の『土砲ソイル』を放つ。 

 俺は綴力グラフィーを纏わせたナイフでそれらをミスなく弾く。

 ドン! と重い衝撃が腕を伝うが、止まらない。


 その間にソフーテは、突撃で粉砕された二体を補充するように、四体の泥兵が壁となって立ち塞がった。


基礎魔呪綴ベーススペル――『土砲ソイル』!」


 ソフーテの杖が振られ、四体の泥兵が、同時に加速する。


「もう!見切ったッ!」


 俺は泥兵たちを、傷を負いながらも躱す。

 俺を仕留めきれなかった泥兵たちが、勢いのまま俺の後方へと虚しく通り過ぎていく。


 残る数十体。

 俺は地面すれすれまで上体を反らし、左右から迫る斧のなぎ払いを紙一重で躱す。

 そのまま、スライディングの勢いで正面の泥兵の股を抜け、背後へ。


「一、二…三!」


 すれ違いざま、綴力グラフィーを纏わせたナイフを、左右の泥兵の膝裏、そして正面の泥兵の足首へと、僅か一秒の間に突き立てた。


 ゴボッ! と湿った音。

 泥兵たちは、一瞬にしてバランスを崩す。


 ソフーテとの距離、あと四歩。


「逃げるなよ。ソフーテ」


 俺の前に、泥兵たちがソフーテを庇う壁となって立ち塞がった。


「邪魔だ…」


 俺は泥で重い地面を強く蹴った。

 狙うは泥兵の肩。

 嫌な湿った感触を足裏に感じながら、俺は泥兵たちの攻撃の隙を見て跳ぶと、泥兵を足場に、ソフーテの頭上へと向かって大きく跳躍した。


「自ら退路を断ちましたか」


「あぁ、前に活路が見えたからな」


 ソフーテが杖を振り、空中の俺へ向けて最後の一撃を放とうとする。

 同時に、ソフーテは足元から新たな泥兵を作り出そうとした。

 ――だが、それこそが奴の致命的なミスだ。


 過剰なまでの新たな泥兵の生成。ソフーテの足元には、先ほどよりもひどい歪みができている。


 俺は空中で、ナイフをソフーテへと投げつけ、ソフーテが魔呪綴スペルを綴るのを止める。


 そして、もう片方の手に持った扉の断片を、投げ飛ばすように構える。


「そんな物で何が――」


 そこまで言ったところで、何かに勘づいたソフーテが目を見開く。


「――もう遅いぞ」


 そう言うと俺は、ここまで温存しておいた異能――ソフーテ曰く、『神玄しんげん』という呼び方をするらしいものを発動する。


再構築リビルドッ!!」


 俺は再構築リビルドを発動すると同時に、扉を投げる。

 急速に再構築される巨大な扉が、物理法則に従い、ギロチンのごとく落下した。


「まさかッ!」


 ソフーテが自身の失敗を嘆く。

 そして、咄嗟に『独白魔呪綴オリジナルスペル』を綴るのを止めようとするが、間に合わない。

 俺に再構築された扉は、過剰な使用によって限界まで歪んでいたソフーテの足元へと、垂直に突き刺さった。


 ドォォォォォン!!!


 轟音と共に、扉が地面を割って深々と刺さる。

 それは、単に地面に刺さっただけじゃない。  

 ソフーテが泥兵を生み出そうとしていた、まさにその歪みの核心に、巨大な異物が物理的に割り込んだのだ。


 グチュグチュッ! と、制御を失った、ソフーテの『独白魔呪綴オリジナルスペル』が暴走する音が響く。


 ソフーテの足元にあった泥沼が、扉という巨大な質量攻撃によって、その役割を放棄し、泥を吹き出しながら消滅し始めた。


 どうやら、俺の推測は正しかったらしい。

 あの地面の歪み。あそこに綴力グラフィーを流し込み、魔呪綴スペルを綴っていたようだ。


 泥沼が弾けたことにより、泥兵たちが消滅し、『独白魔呪綴オリジナルスペル』の起点を物理的に潰されたソフーテは今、無防備な空白を晒している。


「ッ!しまっ――」


 ソフーテが慌てて距離を取ろうとするが、俺の跳躍はまだ終わっていない。

 着地の寸前、落下の勢いを利用し、ソフーテに蹴りを打つ。

 狙うは、その忌々しい面だ。


「歯ぁ食いしばれよ!」


 全力の蹴りがソフーテの顔面を襲う。

 だが、ソフーテも魔呪綴師まじゅつしとしての矜持か、咄嗟に杖を横に寝かせ、腕を交差させてガードの体勢を取った。


 ドォォッ! と、肉と木材がぶつかり合う鈍い衝撃。


「くっ、重いッ!?」


 ガードの上からでも関係ない。

 今の俺の蹴りには、落下による威力上昇と、綴力グラフィーによる威力上昇という二段構えの強化が入ってる。


 ミシミシと杖が悲鳴を上げ、ソフーテの体が宙に浮いた。

 ガードした腕ごと、その体が紙屑のように後方へと弾き飛ばされる。


 背後の壁に激突し、ソフーテが崩れ落ちる。


「気絶、したの――」


 そう確信しかけた俺の目の前で、ソフーテの指先がピクリと動いた。

 ソフーテが無理やり上半身を押し上げる。


「はっ、あ…」


 ソフーテの口端から一筋の血が流れる。

 だが、その眼光はまだ死んでいない。致命傷には至っておらず、むしろその痛みすらも綴力グラフィーの出力を上げるための薪にしているような、不気味な執念が宿っていた。


 ソフーテは手のひらを背後の壁にベタリと密着させた。


「素晴らしい、威力でしたよ。ですが、まだ終わりません…」


 ソフーテの全身から、これまでにない禍々しい綴力グラフィーが吹き出した。


独白魔呪綴オリジナルスペル!!『泥兵化生でいへいけしょう』!!」


「っ!?」


 俺の直下、逃げ場のない足下の地面が突如として激しく波打つ。

 そこを発生源として、泥を滴らせた新たな泥兵が、俺を殺そうと一気に這い出してきた。


 回避不能、防御も間に合わない超至近距離からの生成。

 ソフーテは血に濡れた口元を歪め、不気味な笑みを浮かべた。

 地面から現れた泥兵の槍が、俺の心臓へと槍を突く。


「くそッ…!」


 咄嗟に左手を出して致命傷は防ぐが、泥の槍が、俺の左手を深々と貫通した。


 熱い鉄を押し当てられたような激痛が走る。

 俺は貫かれた左手の痛みも顧みず、突き刺さった槍を無理やり引き抜きながら、後ろへと大きく飛び退いた。

 どくどくと溢れ出す鮮血が、泥塗れの地面を赤く染めていく。


「流石の君も、これには反応しきれなかったようですね」


 壁を背にしたソフーテが、口端の血を拭いもせずに狂ったように言う。


 ソフーテの周囲では、さらに数十体の泥兵が地を割って這い出し、俺を仕留めるための包囲網を形成し始めていた。


 視界が、じわりと熱に滲む。

 

 数体どころじゃない。

 十、二十……。部屋を埋め尽くさんとするほどの数の、泥の軍勢が、感情のない顔で一斉に武器を構える。


「さようなら。ファイ・ニアス君」


 ソフーテが死を宣告するように、細い右手をゆっくりと振り下ろす。


 ――負けるのか。


 圧倒的な数の暴力が、満身創痍の俺を飲み込もうと一歩踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ