泥の衛兵
ソフーテがローブの下から杖を取り出し、地面に向けて躍らせる。
「さぁ始めましょう。独白魔呪綴――『泥兵化生』」
ゴボリ、と執務室の床が池のように液状化した。
そこから這い出してきたのは、六体の衛兵だった。
だが、それは単なる衛兵ではない。
全身が湿った泥で形成され、顔のあるべき場所には、目鼻口はなく、のっぺらぼうな泥の面が張り付いている。
鎧の隙間からは、泥で作られた肌が見え、手には泥を凝固させた武器が握られていた。
「この者たちは死を恐れません」
ソフーテの指示に従い、六体の泥兵が、意思を持たない機械的な動きで俺を包囲する。
一人がこちらに向かい、剣を振り下ろした。
ガギィィンッ!
俺がナイフで受け止めるが、その重さは尋常ではない。土の質量に加え、人間のような筋力、ソフーテの魔呪綴師としての実力の高さが伺える。
「…っ、泥人形にしては随分と重いなッ!」
「えぇ、私の記憶を頼りに、熟練兵の動きを練り込んでありますから」
ソフーテの巧みな指示に導かれ、六体の泥兵が完璧な連携で俺を追い詰めていく。
一人が槍で足を払い、一人が逃げ道を塞ぎ、一人が頭上から剣を振り下ろす。
未来を予期する指揮者と、死を恐れない土の軍勢。
はっきり言って、かなり嫌な敵である。
俺が泥兵の剣を弾き、生じたわずかな隙。
そこに、ソフーテの杖が向けられた。
「基礎魔呪綴――『土砲』」
放たれたのは、俺への直撃弾ではない。
弾丸は俺の正面、泥兵の背中に着弾した。
「ッ!?」
衝撃を受け、泥兵が加速しながら俺の懐へとねじ込まれる。
回避のタイミングを物理的に狂わされた俺の脇腹を、泥の刃が容赦なく切り裂いた。
「ぐっ…!」
「驚きましたか? 魔呪綴は、攻撃するだけの能ではありませんよ」
ソフーテは淡々と語りながら、次々と『土砲』を放つ。
直接飛んでくるものもあれば、泥兵の加速に使われるものもある。それらを上手く使い分けながら、泥兵が異常な軌道で襲い来る。
「何度も同じ手は通用しないぞ!」
俺は痛む脇腹を抑え、吠える。
ソフーテの戦術は確かに合理的だ。魔呪綴で泥兵をアシストするという発想、それは裏を返せば、俺に飛んでくる魔呪綴と泥兵に飛んでいく魔呪綴があるということ。
つまり、攻撃と行動の起こるタイミングが完全に同期していることを意味する。
ソフーテが杖を振り、綴る。
「基礎魔呪綴――『土砲』」
俺の目の前で『土砲』が炸裂し、泥兵が高速で俺の胸元へと突き進む。
俺はあえて、正面から飛来する泥兵に向かって後ろへ下がる。
「何か作戦が?」
後ろへ後退した俺を逃がさないために泥兵たちが近付いてくる。
一人の泥兵が俺に向かって槍をつく。
激突の直前、俺はナイフを振るうのではなく、俺へと伸ばされた槍を掴み、自分の方へと引っ張る。
踏ん張りが効かず、こちらへと倒れこんできた泥兵を掴む。
加速しすぎた泥兵は、わずかな衝撃でも致命傷になり得る。
俺は掴んでいた泥兵を、そのまま力任せに前方へと突き飛ばした。制御を失った二体の泥兵が激突し、爆散して土塊へと還る。
だが、安堵する暇はなかった。
「機転は利くようですが…これならどうですか?」
ソフーテが不敵な笑みを浮かべ、地面に杖をかざす。
瞬時に地面が波打ち、ソフーテの足元の地面が再び盛り上がった。一体、二体…先ほどよりも数が多い。
「やっぱ無駄なのか…」
予想はしていたが、実際に行われると心にくるものがある。
「まだまだ行きますよ」
再び泥兵たちが動き出す。近くにいる四体が同時に襲いかかってくるのを、綴力を纏わせたナイフで対処する。
一体目の斧を躱し、足を払う。
背後からくる二体目の攻撃をしゃがんで躱し振り返りざまに首を切り飛ばす。
俺の動作が終わったのを見ると、三、四体目が飛び込んでくる。泥兵たちの剣を四、五回ナイフで弾き、片方の胴体を蹴飛ばす。
蹴飛ばした足を、横にいた泥兵に捕まれるがもう片方の足でその顔を蹴り、一回転した後、怯んだところにナイフを刺し込む。
これにて四体の泥兵が倒された。
――だが、一体倒せば二体が、二体倒せば四体が、ソフーテの手によって即座に生み出されていく。
泥兵が倒れるたびに、周囲の地面は泥沼のようになり、俺の機動力を奪っていく。
対してソフーテは、悠然と構えたまま杖一つで魔呪綴を放ち続け、着実に俺を追い詰めてくる。
「埒が明かないな」
いくら泥兵を倒したところで、供給源であるソフーテを叩かない限り、俺の体力が先に尽きる。
だが、奴に近づこうとすれば、加速した泥兵が壁となって立ち塞がる。
泥兵を倒すことに意味はない。
今の状況を打破するには、泥兵の生成そのものを止めるか、あるいは――
俺は息を整えながら、次々と泥兵を生み出すソフーテの動きを注視した。
ソフーテが泥兵を生み出す瞬間に見せる、泥沼のような地面の揺らぎ。
俺は、そこにこの無限ループを断ち切る鍵があると予測する。
脇腹の傷を庇いながら、俺は一気に後方へと下がった。
狙うは背後の分厚い扉。
「隠れても無駄ですよ」
ソフーテの声と共に、背後に『土砲』を受けた泥兵が弾丸のごとく突進してくる。
俺は扉の後ろでギリギリまで引きつけ、激突の直前に扉を閉める。
――ドォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き、俺が盾にした扉が歪む。
だが、ソフーテは攻撃を止めない。俺を扉ごと殺すつもりか、さらに次々と泥兵を加速させ、重戦車のような突撃を重ねてくる。
「重すぎだろ…」
俺は扉の影に身を潜める。
泥兵が扉に激突するたび、木片と石材が飛び散り、足元には泥沼ができている。
俺の狙いは、時間を稼ぐだけじゃない。
ソフーテに過剰なまでに『独白魔呪綴』を使わせ、ソフーテの足元にできていた、地面の歪みを限界まで広げさせること。
どれだけあの泥兵を作れるかは定かではないが、少なくとも、無条件で作り放題!なんてことはない。綴力が底を突けば魔呪綴が綴れなくなる。
かといって、ソフーテの綴力が底を突くのを待つのは得策とは言えない。
扉が完全に崩壊し、粉塵が舞い上がる。
その向こう側で、勝ちを確信したであろうソフーテの眼差しがこちらを見据えていた。
だが、ソフーテは気付いていない。自身の足元に、先ほどよりも大きな歪みが生じていることを――
「試してみる価値はあり、か」




