表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
PR
29/59

本物の怪物

 やはり、か。


 そう考えた理由は、ミレッタがかつて漏らした言葉だった。

 「全部を見透かすような目」

 あの時はただの比喩だと思っていた。だが、今は違う。

 会議の筈なのに、周囲に他のお偉いさんがいないことも、衛兵たちが「あえて」ここを空けているかのような不自然な静寂も。まるで、この対峙そのものが最初から予約されていたかのような――


 そして、俺がミレッタと買い物をしていたあの何気ない日常ですら、最短ルートでこの扉の前に立つ俺の姿すら、この男には「見えて」いたのではないか。

 偶然にしては、あまりにも出来過ぎている。


「あんたには、俺の正体も、俺がここに来る未来も見えていた。そうだろ?」


 市長の瞳の揺らぎが収まり、今度は深い、底知れない光が宿る。

 市長はゆっくりと唇をわななかせ、吐息をつくように漏らした。


「…驚きましたよ。君が、その真実にまで辿り着くとは」


「だがその異能も万能じゃない。全てが見えているなら、俺が目覚める前に見つけられるからな」


「――えぇ、そうです。私の異能――天寵てんちょう部分未来視パートビジョン』。これは、私にとって重要な未来が稀に見える、というものです。ですが、全てが見えるというわけではない」


「てんちょう?」


 予想は当たっていたらしいが、よく分からない単語が出てきた。天寵…恐らくは異能の呼び方だろう。


「これ以上は教えませんよ。時間は有限ですから。次は私が聞く番です」


 そう言うと市長は改まったように、一度深呼吸をすると、俺に問いかける。


「君は一体…何者なんですか?」


 市長の問いは、低く、そして澄んでいた。

 そこには先程までの感情も、剥き出しの恐怖もない。ただ、目の前の異常な存在を正確に定義しようとする、統治者としての冷やかなな知性だけがあった。


「俺は…」


 俺は言葉に詰まった。

 自分が何者か、そんな根源的な問いに対する答えを、俺は持ち合わせていない。そんなことは俺が一番知りたいのだから。


「答えられない…あるいは、君自身も把握していない、といったところですか」


 市長は俺の沈黙を責めることもなく、ゆっくりと机の縁を指先でなぞった。


「君が宿しているその力……。一般的な『天寵てんちょう』の枠には収まらない。恐らくは『神玄しんげん』です。それにその右眼。さらには賞金首ともきた。君を一般人だと思う方が無理がありますよ」


 市長は一度言葉を切り、深く、静かに俺を見つめた。


「先に言っておきますが、君には私が怪物に見えるかも知れません。でも、私にしてみれば君の方がよっぽど怪物ですよ」


「…?」


 そう言うと市長は自身の顔を覆うフードを取った。朝の日の中で、市長の素顔が白日の下に晒される。

 一見すれば、端整な顔立ちの中年男性だ。だが、その頭部を見て、俺は思わず息を呑んだ。


 市長の右側頭部、紺色の髪を分けるようにして、一本の黒い角が、螺旋を描きながら天に向かって伸びていた。

 ただの装飾ではない。それは肉を突き破り、市長の骨格の一部として強固に存在している、生々しい異形の証だった。


「人間じゃなかったのか…」


 俺の視線が角に注がれているのを、市長は隠そうともせず、むしろ誇らしげにさえ見える笑みを浮かべていた。


「君たちが忌み嫌い、魔族と呼ぶものが私ですよ」


 市長は自分の角を指先でなぞった。


「醜いと思いますか?」


「いいや」


 市長は少し驚いたようにこちらを見る。


「そうですか……。では、重ねるようで悪いですが、最後に私の話を聞いてはくれませんか?」


「…話?」


「えぇ。君には話しておきたくて」


 そう前置くと、市長は話を始めた――



「私はかつて、魔族の国、その端の村に住んでいました。その時の私は愚かで無力、戦いなんていざ知らず。妻と子と共に楽しい日々を送り、いずれは息子が嫁を連れてきて孫ができる。そう考えていました。でもそれは、ある人間たちによって壊された――」


 市長の瞳に、夕闇のような深い影が落ちる。


「ちょうど十年前でしょうか。村は焼かれ、我々魔族は虐殺された。私の妻もその時の襲撃に巻き込まれて大火傷を負い、今もまだ眠っています」


 市長の声が怒りに震える。


「私と息子は出かけていました。その日の夕飯に使う山菜を採りに行っていたんです。今でも覚えていますよ。珍しい山菜が取れて私たちは舞い上がっていました。早く母さんに見せようよ、と嬉しそうに言う息子の姿が何とも可愛らしくて……。――でも、次に息子が見た母親は笑顔ではありませんでした。全身が焼け爛れ、呼吸すらままならない、そんな姿になった母親を見て息子は何て思ったでしょうか……」


 まるで世界に自分しかいないかのように市長は語る。


「私は妻を助けることにしました。息子に村の復興と看病を任せ、滅んだ国を背に旅に出ました。そこからも紆余曲折あり、今君の前にいます」


 俺は市長を射抜くように見た。


「俺の同情を誘ってるのか?」


「いえ。そんなつもりはありません。ただ私は

救いようのない絶望の中で考え続けたのです。……正義とは何かと。君はどう思いますか?」


 市長の視線が今までよりも格段に真剣味を帯びる。


 正義とは何か。それは俺にも分からないものである。今自分が行っている行動ですら他人から見れば正義だとは思わない。

 都市の転覆。普通に考えればそれは大罪である。だが、今の俺にとっては仲間や自分を守るための都合のいい正義なのだ。

 もっとも、こうなった原因はほとんど俺にあるのだが。


 数秒の思考の後、俺は口を開く。


「今の俺は…その答えを持ち合わせていない」


 回答にならない回答だった。中身が無さ過ぎて自分でも驚いている。


 市長は力なく、だがどこか慈しむような笑みを浮かべた。


「その回答は、若さゆえの残酷さでしょうか。……ですが、私たちに言葉を重ねる時間はもう残されていないようです」


 市長がゆっくりと顔を上げると、先ほどまでの悲劇を語る者としての哀愁が霧散し、瞳には魔族としての鋭い光が宿った。


「少々長話がすぎましたね。もうじき下層区したで戦っていた者たちがくるでしょう…。君か、私の味方が…」


 市長は一歩も動かず、ただそこに佇んでいた。

 フードを下ろし、剥き出しになった一本の角。その異形を隠そうともせず、市長はただ静かに、俺という存在を視界に収めている。


「…ですが、その前に終わらせましょう。言葉で届かぬのなら、私の正義を君に刻み込むことでしか、私たちは交われない」


 同時に、室内の空気がバキバキと悲鳴を上げ始める。それは物理的な質量となって、俺の肌をじりじりと焼き焦がすようなプレッシャーに変わった。


「……っ!」


 思わず一歩、足が後ろに下がる。

 中央議事堂での頂上決戦が始まる前、市長は最後にもう一度だけ、俺を冷徹に見据えた。


「…君の名前を聞いておきましょう」


「ファイ。ファイ・ニアスだ。あんたは?」


 淡い光を宿した瞳で、市長は自らの名を口にした。


「――私は『神子屠殺典しんしとさつてん』末端、ソフーテ・マスツア」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ