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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
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諦めない理由

 アルキリアが、一歩、また一歩と死の足音を響かせる。

 オコーは激しく血を吐き、視界はもう流れ出る血と汗で真っ赤に染まっていた。

 

「ここまでか…」


 オコーは薄れゆく意識の端でふと、数日前にファイと飯を食った時の光景が浮かんだ。

 美味そうに飯を食らいながら、「俺はもっと強くなって、迷惑をかけるだけじゃない人間になりたいんだ」と微笑んでいた、バカみたいに真っ直ぐなファイの顔。


「アイツだって…今ごろどっかで……死ぬ気で頑張ってんだ…」


 自分だけがここで、情けなく地面を舐めて終わるのか。

 右腕を失った。仲間もボロボロだ。それでも、自分だけはファイに笑われるような終わり方はしたくなかった。


 アルキリアが、トドメの一撃を放つべく大太刀を高く振り上げる。

 その瞬間、オコーは残った左腕で血に濡れた地面を強く掴み、喉が裂けるほどの咆哮を上げた。


「ファイだって頑張ってんだッ! 俺が、

ここでうずくまってられるかぁぁぁッ!!」


 死に瀕したネズミが獅子を噛むような、凄まじい執念の叫び。

 振り下ろされようとしたアルキリアの刃が、わずかに揺らいだ。


「ねぇ。あなた、今『ファイ』って言った?」


 戦場の喧騒を切り裂く、凛とした可愛らしい声。

 

 アルキリアが反射的に、近くの店の屋根を仰ぎ見る。

 そこには、一人の銀灰色の髪を持つ、美しい女の姿があった。

 空のような明るい青色を基調とした、華麗で荘厳な服を纏った女― リシェラはアルキリアとオコーを交互に眺める。


「何だお前、こいつらの仲間か?」


 アルキリアが大太刀を動かすのを止める。


「誰、だ…?」


 とても美しく、計り知れない雰囲気を纏った女の登場に、オコーは呆然と呟く。


「あなた、ファイの友達?」


 リシェラの問いかけにオコーの口は固まる。


「友達……」


 向こうがどう思っているかは分からないが、少なくともオコーにとってファイは希望だった。



 生まれてすぐ最下層区に捨てられたオコーにとって、人生は絶望そのものだった。

 外の世界が見たい。それは最下層区に住む者なら誰しもが思うことである。おそらく、自分たちのボスであるギルディエスもそう思っているとオコーは考えている。


 だがそれは、最下層区に住む者にとっては夢のまた夢である。そんな時に現れたのがファイ・ニアスという青年だった。

 ファイは上の連中に追われ、挙げ句には最下層区に落とされたと言っていた。

 最下層区に来た者は誰もが上に登るのを諦める、オコーはそう思っていた。


 しかし、ファイは諦めていなかった。

 それどころか、彼はこの最下層区を統べるギルディエスと協力し、最下層区を閉じ込める都市そのものの転覆を、企てていたのだ。

 都市の転覆。その計画を聞いた時、オコーは背筋に雷が走るような感銘を受けた。


 自分の力などでは到底不可能な、夢のまた夢。自分たちが諦め、ただ受け入れていた絶望を、この青年は打ち破ろうとしていた。


 その行動がオコーの魂に再び火をつけた。



「俺は…」


 考えがまとまりオコーの口が開く。


「俺は、ファイの仲間だ!」 


 血反吐を吐きながら、しかしその瞳に確かな光を宿してオコーが叫んだ。

 その言葉を聞いた瞬間、リシェラの頬が、驚きにわずかばかり動いた。


「ふふっ」


 リシェラは、嬉しそうに少し笑う。


「そう。ファイの仲間…」


 リシェラが指先を天に掲げる。


独自魔呪綴オリジナルスペル――『天界の杭ヘブンズ・ステイク』!!」


 青空が割れた。

 降り注いだのは、光輝く複数の杭。それは物理的な質量を伴い、アルキリアめがけて降り注ぐ。


「お前ッ!」


 アルキリアはそれらギリギリで躱しながら後ろに後退する。その後アルキリアは歯を食いしばり、顔を真っ赤にしてリシェラを睨みつけた。


「おい、女ッ! お前正気か!? 何でこんなやつらを助ける! お前はこいつらの仲間じゃねえだろ!」


 その問いに、リシェラは微笑みを浮かべたまま、当然のことのように言い放つ。


「仲間? 確かにこの人たちとは今日初めて会ったわ。…でもね」


 リシェラはオコーを一瞥し、自慢そうに述べる。


「私の仲間の仲間は、私の仲間でしょ? 助ける理由なんてそれで十分じゃない」


 リシェラはそう言い放つと、屋根から下へ降り、ボロボロになっていたギルディエスの部下たちへ視線を向け、凛とした声で宣言した。


「皆、聞いて。私もファイの仲間よ。だから、ここは協力しましょう!!」


 その言葉に、オコーだけでなく満身創痍だった部下たちにも衝撃が走る。仲間が自分たち以外にもいるという事実は、死を待つだけだった彼らの魂に、爆発的な活力を与えた。


「上等だ! 野郎ども、あの人に続けッ! 援護しろォ!」


 誰かの怒号に応え、動ける者たちが一斉に魔呪綴スペルを放つ。アルキリアがそれらを煩わしそうに大太刀で叩き伏せる中、リシェラは優雅に、かつ冷徹に指先を躍らせた。


「逃がさないわよ。独自魔呪綴オリジナルスペル――『天界の杭ヘブンズ・ステイク』!」


 放たれた数多の光の杭を、アルキリアは大太刀で弾き飛ばす。だが、リシェラは止まらない。二本、三本と、連射される光の質量をアルキリアは次々と弾く。


「そんな攻撃、いくら続けようが無駄だ! 皆殺しにしてやる!付与魔呪綴アタッチスペル――『炎妖武舞えんようぶぶ』!!」


 アルキリアが咆哮を上げながら大太刀を一度振るう。大太刀が妖しい炎を纏い、光る杭に触れると、その杭から連鎖するように、近くにあった杭や魔呪綴スペルが全て爆散した。


「えっ!?」


「俺様に本気を出させてしまったなァ!」


 アルキリアが自信満々に叫ぶ。

 驚きながらも、リシェラは攻撃の手を緩めない。


「無駄、無駄、無駄!!」


 だが、その全てが大太刀の妖しい炎と共に爆散してしまう。


「だんだん、精度が落ちてきたぞ!!」


 アルキリアがリシェラを見て笑う。

 実際、先ほどに比べるとリシェラの攻撃の精度は目に見えて落ちてきている。


「くッ!やはりキツイかッ!」


 その声を合図にするようにリシェラが少し後ろに下がる。そのままゆっくりゆっくりと後退していく。

 その様子を見たアルキリアは今日一番の笑みを浮かべ、リシェラたちの方へ詰め寄る。


「逃がすかよ!」


 走り出して僅か一秒、アルキリアは異変に気づいた。

 何故なら、リシェラが外したはずの杭は消滅せず、絶妙な角度で地面に突き刺さり、いつの間にかアルキリアを囲む檻の起点となっていたのだ。


「逃げてる? ううん、これは準備よ!」


 リシェラが声を上げた瞬間、配置された全ての杭が共鳴し、杭同士の内側に爆発的なエネルギーが発生する。

 アルキリアが異変に気づき逃れようとした時にはもう既に手遅れだった。


「やば―」


 逃げ場を失ったアルキリアが、逃げ場のない光の脅威に呻き声を上げた。


「今よ! !」


「応ッ!!」


 リシェラと部下たちが完璧に作り出した隙を、オコーは逃さなかった。彼は全霊を込めて踏み込み、杭のエネルギーが切れた瞬間に、アルキリアの胸元へと肉薄する。


「これが俺たちの力だあぁぁぁぁ!!」


 オコーの左手での渾身の一撃が、光の檻の中で身動きを封じられたアルキリアの喉元に突き刺さった。


「ごふっ…!」


 アルキリアが自身の首を抑えながら後ろへ下がる。その目には怒りや驚き、あらゆる感情が渦巻いていた。


「俺、様、がッ!こ、ん…ごはッ!」


 喋ろうとするが、喉から垂れる赤い生命線がそれを許さない。

 アルキリアは自身の喉を切り裂いた男を睨むと、死に体で大太刀を振り上げる。


「お前、だけはッ!」


「まずいッ!オコー!」


 誰かが叫ぶのが聞こえたが、今のオコーはそれどころではない。腕が取れ、既に限界を超えた身体。それを無理やり動かした代償がここで訪れる。

 目の前で大太刀を振り上げる男と目が合いながらも、身体は石像のように重く、動く気配がこれっぽっちもない。


 ――死


 その一文字がオコーの脳内を横切る。そのままオコーの身体は大太刀の錆へとな――


独自魔呪綴オリジナルスペル――『天界の杭ヘブンズ・ステイク』!!」


 その未来を、アルキリアの胸に刺さった一本の光る杭が否定した。


「……」


 声すら出せず、アルキリアの身体が地面に倒れる。その瞳には以前までの輝きはない。

 死んでいた。


「勝ったのか……」


 誰かが呟く。だが次第にそれは大きな歓声へと変わる。


「やったッ!」「俺生きてるよ!」「ありがとう皆!」


 各々が喜びを口にする。オコーもそれに参加しようとするが、身体が動かない。安心したからだろうか。少し眠くなってきた。今は少し、眠りにつこう。

 そうしてオコーはゆっくりと目を閉じた。

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