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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
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蹂躙

 北塔の激闘が終わりを迎える頃、ギルディエスの部下たちが展開する西塔エリアには、また別の重い空気が立ち込めていた。


 鍛冶屋などのある通りを歩き回ってたギルディエスの部下たちの前に一人の赤髪の男がゆっくりと現れた。

 男は後ろでお団子風に結んだ髪を揺らすと肩に担いだ大太刀を地面に下し、不敵な笑みを浮かべて口を開く。


「さっきの爆発はお前らか。随分と面倒なことをしてくれたな」


「お前は誰だ」


 ギルディエスの部下の一人が問う。


「俺様はアルキリア・パナース。要塞都市衛兵団三番隊隊長、アルキリア・パナースだ!」


 アルキリアが名乗った瞬間、空気の重さが変わった。

 ギルディエスの部下たちは武器を構えるが、アルキリアから放たれる殺気だけで手が震える。


「よりによって隊長かよッ!」


「構うな、やれッ!」


 部下たちが一斉に斬りかかる。しかし、アルキリアは一歩も動かない。

 アルキリアは大太刀を軽く横に振った。


 ドゴォォォンッ!


 鋭い音が響き、最前列にいた三人が一気に吹き飛んだ。

 アルキリアの剣は速すぎて、部下たちの目では捉えることすら不可能だった。


「なんだ今の!?何も見えなかったぞ!」


 部下たちは混乱に陥り、各々が暴走気味に戦い始める。

 火や氷の塊がアルキリアに襲いかかるが、アルキリアはそれを鼻で笑いながら、すべて大太刀で叩き落とした。


「この程度か。都市に牙を向く連中だというから期待したが、時間の無駄だったな」


 アルキリアは冷酷な足取りで前に出る。

 部下たちが死に物狂いで剣を突き出すが、アルキリアは最小限の動きですべてをかわし、逆に部下たちの身体を次々と切り裂いていく。


 通りの綺麗な地面が、部下たちの血で赤く染まっていく。

 戦いが開始して間もなく、部下たちはアルキリアという化け物に対して、自分たちがどれほど無力かを思い知らされていた。


「俺様と次に戦いたいやつはどいつだ?」


 アルキリアが血のついた大太刀を振り払い、残った部下たちを睨みつける。

 逃げ場のない絶望が通りを支配した。

 その時、戦場の後ろから、アルキリア・パナースの殺気を押し返すような、重苦しい足音が聞こえてきた。

 一人の男が死地へ歩みでる。


「お、おい、オコー」


 誰かが小さな声で男― オコーに、前に出るのを止めるように促す。今の惨状を見た上で進んで前に出るなど自殺行為でしかない。


 オコーは、仲間たちの血で汚れた地面を見て、顔をゆがめる。

 オコーの額からは、滝のような冷や汗が流れていた。アルキリアが放つ殺気に、オコーの身体は勝手に震え出している。


「ここは俺が時間を稼ぐ。お前たちは早く逃げろ」


 オコーはすれ違いざまに仲間に震える声でそう伝えると、無理やり武器である斧を構えて前に出た。

 アルキリアは、そんなオコーの姿をじっと眺める。その目には、オコーの恐怖がはっきりと見えていた。


「へぇ、勇敢だな」


 アルキリアは余裕たっぷりに笑い、大太刀を軽く回した。

 アルキリアにとっては、オコーがどれだけ覚悟を決めていようと、関係はなかった。


「一応名前を聞いとく」


「オコー、ただのオコーだ」


 それだけ聞き届けると、アルキリアが静かに一歩踏み出す。

 オコーは冷や汗を拭う暇もなく、アルキリアの動きに集中した。死をも覚悟する大太刀、それを無理やり奮い立たせた勇気と共にアルキリアに向かって走り出す。


「うおおおぉぉぉッ!」


 オコーが叫びながら斧を振り下ろす。

 しかし、アルキリア・パナースはその一撃を、まるで羽虫を払うかのように、大太刀で軽く弾き飛ばした。


「遅いよ、お前」


 アルキリアの言葉が、オコーの耳に冷たく響いた。

 アルキリアはまだ本気すら出していない。

 オコーとアルキリア、二人の間の圧倒的な力の差は、誰の目にも明らかだった。


 弾き飛ばされた衝撃で、オコーの腕は痺れ、感覚が消失しかけていた。

 それでもオコーは止まらない。仲間に背を向けさせる時間を、一秒でも長く稼ぐ。その一念だけが、恐怖で凍りついた身体を突き動かしていた。


「どりゃあぁああぁあッ!」


 無謀な突撃。オコーは斧を振り回し、アル

キリアの懐へ強引に潜り込もうとする。

 アルキリアは、その必死な形相を愉しむように薄笑いを浮かべた。


「諦めろって」


 アルキリア・パナースの大太刀が、銀色の閃光となって空を裂く。

 

 ――ドシュッ!


 生々しい切断音が響き、宙を鮮血が舞った。

 数瞬遅れて、重い衝撃と共に、オコーの右腕が肩口から地面へと転がり落ちる。


「あ、ああぁあぁぁぁぁあああぁぁ!!」


 激痛がオコーの脳を焼き、傷口から溢れ出した血が地面を高速で赤く染め上げる。

 あまりの苦痛に膝をつきそうになるが、オコーは残った左手で自分の服を掴み、無理やり立ち上がった。

 片腕を失い、顔面を蒼白にしながらも、オコーはアルキリアを睨みつける。


「まだだ…まだ、終わってねぇぞ!」


 傷口から血を流しながら、オコーは一歩、また一歩と踏み出す。

 その姿には、弱者なりの、泥臭く執念深い意志が宿っていた。

 余裕を崩さなかったアルキリアの眉が、わずかに動く。


「腕一本ぶった切っても、まだ向かってくるのか」


 アルキリアの大太刀が、武器を持たないオコーの首筋を狙って振られる。

 死を覚悟し、オコーが静かに目を閉じたその瞬間だった。


「「基礎魔呪綴ベーススペル!『火炎ファイアー』!」」 「「基礎魔呪綴ベーススペル!『氷礫アイス!』」」


 複数の声が重なり、十数発の火球と氷の礫がアルキリアの顔面を正確に襲う。

 アルキリアは舌打ちしながら大太刀を振り回し、それらを叩き落として後退した。


「お前ら、なんで…」


 オコーが掠れた声で後ろを振り返ると、逃げたと思っていた仲間たちがそこにいた。

 バラバラに戦っていた先ほどとは違う。仲間の絆をそこには感じた。


「悪いなオコー。俺たちがそんな簡単に逃げられるわけねぇだろ」


「足止めなら全員でやった方が効率がいい。そうだろ?」


 仲間たちの言葉に、オコーの目から熱いものが溢れそうになる。

 オコーは、仲間たちが自分を見捨てていなかったことを、ここで初めて知った。


「無駄だ。死人が増えるだけだぞ」


 アルキリアは冷たく言い放つが、その表情からは愉快さが消え始めている。

 仲間たちは一人の合図で同時に動き出した。

 近距離武器を持つ数人が、アルキリアの視界を遮るように突撃する。アルキリアが大太刀でそれらを弾き飛ばした瞬間、その影から別の仲間が低空で滑り込み、アルキリアの足元を狙って剣を振るった。


「小賢しいやつらだな」


 アルキリアは跳躍してそれをかわすが、空中に逃げた先には、すでに準備を終えた魔呪綴師まじゅつしたちが待ち構えていた。


 多方向に配置された仲間たちが、呼吸を合わせて巨大な魔呪綴スペルを放つ。

 だが、数多の魔呪綴スペル、その全てを見切ったかのようにアルキリアは大太刀を振るった。一回につき数個の火球や氷の礫が消し飛ぶ。


 これにて万策尽きる。オコーたちにはもうなす術がないと、アルキリアはそう思っていた。

 しかし――


「今だ! オコー、合わせろッ!」


 仲間の叫びに、オコーは残った左腕に全ての力を込めた。

 仲間たちが作った一瞬の隙。アルキリアの意識が、魔呪綴スペルにより一時的にオコーからそれる。

 その隙を突くようにオコーは血まみれの体を引きずりながら、咆哮と共にアルキリアの懐へと踏み込んだ。


「行けえぇぇぇぇえええぇえッ!!」


 地面を蹴り、アルキリアの懐へと潜り込む。

 アルキリアの瞳が、驚愕にわずかだけ見開かれた。

 

 ザシュッ!


 鈍い手応え。オコーの放った渾身の一撃が、アルキリアの脇腹を切り裂いた。

 衛兵の綺麗な服が破れ、鎧の隙間から鮮やかな赤が滲み出す。


「やったか!?」


 誰かが叫んだが、その希望は一瞬で打ち砕かれる。

 アルキリアの表情に確かな怒りが宿った。


「俺様に傷をつけるか」


 アルキリアは脇腹の傷など気にも留めず、足でオコーの腹部を容赦なく蹴り飛ばした。


「ぐっ!」


 肺の空気がすべて絞り出されるような衝撃。オコーの身体は木の葉のように宙を舞い、数メートル先の地面に叩きつけられた。

 オコーは激しく血を吐き、そのままぴくりとも動かなくなる。


「オコーッ!!」


 仲間たちの悲鳴が響く中、アルキリアは自分の脇腹についた血を指で拭い、それを忌々しそうに眺めた。


「お前らみたいな雑魚共にしてはよくやったんじゃないか?」


 アルキリアが放つ殺気が、先ほどまでの比ではないほど膨れ上がる。

 もはや遊びは終わりだった。アルキリアは大太刀を構え直し、トドメを刺すべく、動けないオコーと仲間たちに向かって死の歩みを進めた。

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