死の先
スムライバが腰の剣を静かに引き抜く。それは巨剣のような威圧感こそないが、驚くほど身幅が厚く、一切の曇りがない白銀の剣身を持っていた。
彼は横に流した白髪を風になびかせながら、冷徹な視線をギルディエスに向ける。その整った容貌は、戦士というよりは彫刻のような美しさがあった。
対するギルディエスは、自身の腰からそれを取り出した。
それは、ギルディエスが最下層区のゴミ捨て場から拾い集めた高硬度の鉄を、自身の拳に合わせて、歪に打ち直してもらった代物だ。指を通す穴は荒く削られ、握り込んだ拳の先には、相手の鎧を引き裂きながら砕くための鋭い突起が溶接されている。
ギルディエスは慣れた手つきで、黒鉄の輪に指を滑り込ませた。指の関節が鉄と馴染み、拳を固めるたびにガチリと重い金属音が響く。
その拳は、もはや人の手ではない。対面する者の命を、一撃で、そして確実に刈り取るための処刑道具だった。
拳の輪郭をなぞるように並んだ肉厚な鉄の突起が、朝日の光を鈍く反射する。ギルディエスが大きな拳を深く握り込むと、鉄同士が噛み合う音が響いた。
「その鉄屑で、この俺の剣を凌げると思っているのか?」
スムライバが流した髪の隙間から、凍てつくような双眸を覗かせる。
「凌ぐ? お前こそ大丈夫なのかよ。そんなんでオレの攻撃が凌げんのかよ?」
ギルディエスが踏み出した一歩は、要塞都市の地面を粉砕し、地響きとなって辺りを揺らした。
「くたばれッ!!」
吼えるような咆哮と共に、ギルディエスの剛腕が空を叩き割る。
スムライバは眉ひとつ動かさず、最小限の動きで白銀の剣を一閃させた。
――ギィィィィィィィィンッ!!
ただの剣とは思えぬほどの重い衝突音が響き渡る。
鉄と鉄。極限まで鍛え上げられた硬度と質量が真正面から激突し、火花が吹き荒れた。
スムライバは、流れるような剣捌きでギルディエスの拳を受け流すと、再び先ほどのな
構えに戻った。
「少しはやるじゃねぇか、隊長さんよぉ!」
散った火花の向こう側。
野獣のように笑うギルディエスと、白髪をなびかせ静かに剣を構えるスムライバ。
二人の怪物の視線が、火花よりも熱く、鋭く交錯した。
だが、その均衡は、スムライバの踏み込みによって爆発的に崩れ去った。
一閃、スムライバの身体が線となってギルディエスの懐へ滑り込む。
「なかなかの強者だ。だが、もう終わらせよう」
白銀の剣が鋭く走り、ギルディエスの厚い胸板を浅く切り裂いた。だが、ギルディエスは怯むどころか、野獣のような笑みを深くする。
「かすり傷だぜぇ隊長さんッ!」
ギルディエスが綴力を纏わせた拳を叩きつける。スムライバはそれを剣の腹で受け流すが、殺人的な衝撃波までは殺しきれない。
ズドォォン! と凄まじい音が響き、スムライバの背後にあった石造りの壁が、風圧だけでへこんだ。
「面倒な…」
スムライバがわずかに顔をしかめた瞬間、ギルディエスの追撃が襲う。左右から繰り出される無慈悲な連打。一撃一撃が衝撃波を起こし、広場の建造物がまるで紙細工のように壊されていく。
スムライバは白髪の隙間から冷徹に拳の軌道を見定めると、最小限の跳躍でそれを回避し、空中で身体を捻りながら刺突を放った。
「甘ぇよ!」
ギルディエスの肩に剣先が食い込む。しかし、ギルディエスはその痛みを利用してスムライバの襟元を掴み、そのまま力任せに広場の中央へと放り投げた。
スムライバの身体が砲弾のように飛び、噴水へと激突する。石造りの彫像が粉々に砕け、大量の水飛沫が舞い上がった。
だが、スムライバはすぐさま水煙の中から飛び出し、濡れた白髪を乱すこともなく、より鋭い剣気を放ちながら突進する。
「こちらも少し、本気を出そう」
その言葉は、死神の宣告のように静かに、それでいて冷ややかに響いた。
スムライバが白銀の剣を再び構えた瞬間、空気の質が変質する。先ほどまでの激闘がまるで遊びであったかのように、スムライバの近くの空気が冷えていく。
スムライバが地を蹴った。
視認できない。圧倒的なその速度は、ギルディエスの視神経が情報を処理するよりも早く、その肉体に答えを刻みつけた。
「な、んだ!?」
防ぐ間も、避ける間もない。
鈍く輝く拳が虚空を打ち、その隙を縫うように剣閃が奔った。
左肩、右脇腹、そして大腿部。流れるような三連撃が、鋼鉄のような筋肉を易々と切り裂き、鮮血が噴水となって石畳を濡らす。
「先ほどまでの威勢はどうしたんだ?」
スムライバの加速は止まらない。
もはや白銀の弾丸と化した剣線が、縦横無尽にギルディエスを刻んでいく。精密機械が設計図をなぞるような正確無比な斬撃。回避の意志さえも無意味にする圧倒的な速度。
ギルディエスは咆哮し、棘のような拳を振り回して応戦するが、その指先すらスムライバの影を捉えられない。
重厚な破壊の拳は、虚しく空気を叩き割るばかりだ。
切り刻まれ、血飛沫が舞い、ギルディエスの巨体が何度も後方へ吹き飛ばされる。壁に激突し、肺の空気を強制的に吐き出させられながらも彼は、地面を叩きつけて強引に立ち上がり、突撃を繰り返した。
だが、その執念すらも、スムライバには取るに足らない足掻きに過ぎない。
「無駄だ。お前はここで死ぬ」
幾度目かの激突。吹き飛ばされ、朦朧とする意識の中で立ち上がろうとするギルディエスに対し、スムライバは無慈悲なまでの死へと続く直線を描き出した。
「付与魔呪綴――『氷解』」
加速するスムライバ。白銀の弾丸と化した剣が、氷を纏い、ギルディエスの肉体を四方八方から刻んでいく。切られるたび傷口がミシミシと凍り、身体が重くなっていく。
ギルディエスは叫びながら対抗するが、精密機械のようなスムライバの剣筋を捉えきれない。その間も、ギルディエスの身体は氷に蝕まれている。
戦いの衝撃で広場はもはや戦場の跡地と化していた。
息を切らすギルディエス。対して、未だに構えを崩さないスムライバ。
そして、決定的瞬間が訪れる。
ギルディエスが、勝負を決めるべく渾身の右ストレートを放った。
だが、それはスムライバが誘った隙だった。
「さらばだ」
スムライバが流れるような身のこなしで拳をかわし、最短距離の突きを放つ。
ズブッ!!
鈍く、嫌な音が大気を震わせた。
「ご、はッ…!」
あんなに騒々しかった破壊音が、嘘のように消える。
ギルディエスの強靭な胸の中央を、白銀の剣身が吸い込まれるように貫いていた。
背中まで突き抜けた剣先から、赤い雫が地面へと滴り落ちる。
ギルディエスの拳は、スムライバの眉間まであと僅かというところでピタリと止まり、カタカタと虚しく震えていた。
「終わりだ。自らの愚かさと共に、消えるがいい」
スムライバの声には、勝利の昂ぶりさえなかった。あるのはただ、事務的にゴミを処理しただけの氷のような冷ややかさ。
貫かれた胸から、力が抜けていく。
膝が笑い、意識が泥の中に沈んでいく感覚。
ドク、ドクと、命が世界にこぼれ落ちる音が、嫌に大きく耳の奥で鳴り響いた。
――だが
その絶望の淵で、ギルディエスの口角が醜く、そして猛々しく吊り上がったのを、スムライバは見逃していた。
――ドクン
心臓が、最期の警笛を鳴らす。
全身の血液が、白銀の剣身を伝って世界へと逃げ出していく。
普通であれば、それは確実な死の訪れであり、抗いようのない生命の終着点であるはずだった。
だが、その男は――ギルディエスという『不死の不良品』は、端から普通ではなかったのだ。
「は、はは」
血の泡を吹きながら、ギルディエスが笑った。
スムライバの澄ました顔が初めて微かに歪む。
胸を貫かれ、心臓を抉られている。だというのに、なぜこの男は倒れない。なぜ、その瞳には未だ、獣のような猛々しい光が宿っているのか。
「お前…狂っているのか…?」
「狂ってる? 今更かよ、隊長さんよぉ」
ギルディエスが、一歩、踏み出した。
自らの胸に突き刺さった剣を、あえて深く、さらに深く突き立てるようにして。
ズブ、ズブ、と肉が裂ける不快な音が響く。
常軌を逸したその挙動に、スムライバの脳裏に初めて恐怖という二文字がよぎった。
死ぬ? 止まる?
そんな道理、この男には通用しない。
この男はガラクタだから。
壊れているからこそ、死という名の機能停止すら受け付けない。
ギルディエスは、綴力を纏った拳を限界まで引き絞った。
溢れ出す鮮血が、黒鉄の鈍い光を真っ赤に塗りつぶしていく。
ギルディエスはニカッと笑い、今日一番の声で叫ぶ。
「死して始まるォォォォォォッ!!!!!」




