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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
18/26

決戦前夜

 修行の二日目が終わった次の日。


 昼間は自分の部屋で、ひたすら反復トレーニングに明け暮れた。昨日掴んだ感覚を、意識せずとも引き出せるまで叩き込む。身体をきしませる筋肉痛は、今や心地よい馴染みへと変わっていた。

 そして、夜。

 アジトの奥まった一室に、俺たちは集まっていた。


「これを見ろ」


 部屋の中央に置かれた古びた木製テーブル。その上に、ギルディエスが大きな紙を広げた。

 描かれているのは、この街の構造図である。


「こんなのどこで手に入れたんだ?」


 俺が聞くと、ギルディエスは自慢そうにニカッと笑い、口を開く。


「街に来たやつが捨てたのを拾ったのさ」


「話がそれてるぞ。疾く、本題に入れ」


「っと、そうだな」


 ゼクフィスの指摘もあり、話は本題に入る。

 ギルディエスは指先で地図を叩いた。


「オレらがこの都市をぶっ潰す上で、障害となるのはおそらく四人だ」


「隊長どもか?」


「あぁそうだ。要塞都市の衛兵を束ねる、一番隊から五番隊までの隊長格。どいつもこいつもめんどくせーやつらだぜ」


 ギルディエスは地図の上に、二つの地点を印すように指を置いた。


「中央議事堂を守る一番隊と二番隊。この辺りの主力は、オレとゼクフィスが引き受ける。ファイ、お前はその隙に換気口でも使って中に入れ」


「分かった」


「三番隊、四番隊はオレの部下どもに任せる。こいつらも確かに厄介は厄介だが、一番隊と二番隊ほどでもないしな」


「おい、五番隊はどうすんだよ」


 ゼクフィスが眉を寄せながら疑問を口にする。それに対し、ギルディエスは事も無げに答えた。


「五番隊長は死んだ。ファイが仲間と殺したからな」


 そう、先ほど知った事実なのだが、あの大男― バグゴズは五番隊長だったそうだ。


「そういえば、何でそんな情報を知ってるんだ?」


「腕利きの情報屋から聞いた話だ。追加で言うと、明日、中央議事堂で定例会議がある。だから隊長格の連中は、全員そこで市長の護衛に駆り出されるはずだ」


 さらりと言ってのけたギルディエスの言葉に、俺の思考が止まる。

 定例会議。そんな情報を、この男はどこから

仕入れてきたのか。


 腕利きの情報屋?

 この要塞都市の最下層区に潜みながら、上層の動きを完璧に把握している謎の存在。

 ギルディエスという男の底知れなさと、その背後に透けて見える何者かの影に、背筋に冷たいものが走った。


「なぁ、その情報屋は何者なんだ? 仲間か?」


 問いかけた俺を、ギルディエスは感情の読めない瞳で一瞥する。


「それを知る必要はねぇよ。ただ、あいつの情報はこれまで一度も外れたことがねぇ。それだけは確かだ」


 追求を拒むような声。

 俺はそれ以上聞くのを諦め、視線を地図に戻した。

 その直後、アジトの薄暗い入り口から、場違いなほどに明るい声が響いた。


「あら、ちゃんとお姉さんの教えた通りに説明出来てるじゃない。偉い偉い!」


 一同の視線が入り口に集まる。

 そこに立っていたのは、燃えるような赤い長髪を揺らす、深くスリットの入った紅い長衣を纏った女だった。頭のてっぺんから、くるんと丸まったアホ毛が飛び出しており、彼女が動くたびにコミカルに跳ねている。

 だが、その軽快な見た目に反して、纏っている空気はどこか底知れない。


「…こいつが、例の情報屋だ」


 ギルディエスは吐き捨てるように言い、ひどく面倒そうに額を押さえた。

 ギルディエスがここまで露骨に嫌な顔をするのは珍しい。


「こいつが情報屋…」


 とても信じられないと思っている俺の横で、ギルディエスが重いため息をついて答えた。


「あぁ、能力だけは本物だ。でもな、こいつは情報を与える対価として、金や物じゃなく面白さを要求してきやがる。この作戦を話す前にも一時間もくだらねぇ世間話に付き合わされた。…ふざけやがって」


「あら、楽しそうに聞いてくれてたじゃない」


「どこがだよ!」


 ギルディエスの眉間の皺がさらに深くなる。

 赤髪の女は、ギルディエスの怒りを飄々と受け流し、俺の方へ向き直った。


「こんにちは坊や。お姉さんはミルトリア・ベルチャネス。よろしくね」


「よろしく」


 俺が短く応じると、赤髪の女― ミルトリアは続ける。


「今聞いた通り、お姉さんは面白いことが大好きなの。だからね、君たちが地獄に叩き落とされるのも、奇跡的に勝利するのも、どっちでもいいのよ。ただ、お姉さんをワクワクさせてさえくれればね」


 

 アホ毛をぴょこぴょこと揺らしながら、ミルトリアは不敵に笑う。

 挨拶して数秒で、協力者ではあるが、味方ではない宣言をされる。

 

 俺たちがこの都市の絶対的な秩序を壊そうとしているのも彼女にとってはただの娯楽に過ぎないのだ。


 イカれている。


「よく分からないが、善処するよ」


 俺があしらうように答えると、ミルトリアは愉快そうにクスッと笑った。


「面白い坊や…。せいぜい、お姉さんを楽しませてちょうだいね」


 ミルトリアはそう言い残すと、深いスリットの入った紅い長衣を翻し、部屋から消えていった。

 去り際、ミルトリアの頭のアホ毛が満足げに一度だけピョコンと跳ねた。


「いいかファイ、ミルトリアの情報に間違いはねぇが、あの女自身は決して信用するな」


 ギルディエスが苦々しく吐き捨てる。


「おい」


 そこへ、ゼクフィスが苛立ちを隠そうともせずに話しかけてくる。言いたいことは分かるだろ?とでも言いたげである。


「あぁそうだな、今は作戦だ」


 ゼクフィスの顔を一瞥すると、ギルディエスが脳を即座に切り替える。


「各隊の割り振りまでは話したよな。じゃああとは、最下層区ここから上にあがる方法だ。これは意外と簡単で、最下層区ここにはでっけー石の塔が四本ある。それぞれ、この都市の東西南北に繋がってんだ。オレが南、ゼクフィスが北、オレの部下共が西。…そしてファイ、お前が東だ」


「了解」 「分かった」


 オレとゼクフィスの声が重なる。


「あと、それから…」


 ―そこからは細かい注意事項などを話し合い、作戦の穴を潰していった。



「一先ずはこんなもんか…。何か言いたいことがあるやつは…いなそうだな。よし、解散だ!」


 ギルディエスの力強い号令とともに、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。

 ゼクフィスは椅子から立ち上がると、無造作に髪を掻き上げ、あくびを一つ。


「ファイ、テメェはさっさと寝ておけ。明日の朝、遅れりゃ置いていくからな」


「言われなくても。お前こそ、寝坊して遅れるなよ」


 俺が言い返すと、ゼクフィスは鼻で笑って、俺より一足先に部屋を出ていった。

 ギルディエスもまた、地図を無造作に丸めて自分の部屋へと向かう。

 俺は誰とも言葉を交わさず、独り自室へと戻った。


 最下層区の湿った空気が漂う、狭い部屋。

 リシェラたちが今、要塞都市のどのあたりに潜んでいるのか、俺は何も知らない。

 謎の情報屋ミルトリアがもたらした情報だけを頼りに、それぞれが異なる場所で明日、命を賭ける。


 ―潜入から先は、本当に俺一人だ。


 本当に俺一人で市長を倒せるのだろうか。


 俺はベッドに腰掛け、そのまま仰向けにボスっと布団に倒れ込んだ。


 大丈夫、きっと上手く行くさ。


 俺は自分に暗示をかけて、深く、深く眠りについた。

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