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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
一章 要塞都市の怪物
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弱者の覚悟

 ギルディエスの言葉は、俺が心のどこかで求めていたものだった。この不条理な世界。一泡吹かせてやりたいという思いは、俺の中に確かにあった。

 だが、差し出されたその手を見つめるほどに、脳裏にはこの街で出会った仲間達の顔が浮かぶ。


 ――リシェラや、ミレッタ達の顔だ。


 もし俺がギルディエスと手を組み、明確に反乱を始めれば、それは単なる賞金首の逃走劇じゃなくなる。戦争だ。そうなれば、俺を匿ってくれたあの場所も、皆も、戦火に巻き込まれることになるんじゃないのか?


 俺が行動を起こせば、皆の平穏が壊れる。そう思うと、伸ばしかけた指先が、石のように重く強張った。


「悪いが、すぐには頷けないな」


「あ?」


「俺に関わったせいで、もう十二分に迷惑をかけてる人達がいるんだ。俺が反乱なんて始めたら皆がどんな目で見られるか…。最悪、賞金首を匿った罪で処刑される」


 振り絞るような俺の言葉に、ギルディエスは鼻で笑った。だがその瞳は、俺を冷笑しているのではなく、冷徹な現実を突きつけようとしていた。


「おめでてぇな、ファイ。いいか、お前がここで何もしないことを選んだとしても、上の連中はお前を匿った奴らを絶対に見逃さねぇ。リシェラだか何だか知らねぇが、お前との繋がりがバレた瞬間に、そいつらは共犯者として処刑台行きだ」


「っ……!」


「今さら「皆のために何もしない」なんて選択肢は、もう残ってねぇんだよ。お前ができる唯一の恩返しは、追手がそいつらに指一本触れられねぇほど、オレらで上の連中を完膚なきまでに叩きのめして、お前の正体を知る連中を消し去ること。…違うか?」


 ギルディエスの言葉が、逃げ道を塞ぐように俺の胸に突き刺さる。

 そうだ。中途半端な情けは、皆を余計に窮地へ追い込むだけだ。俺がやるべきなのは、立ち止まることじゃない。こんな俺を助けてくれた皆が平和に生きれるように、敵対者を排除することだ。


 俺は固く閉じていた目を開き、目の前の分厚い手を、今度こそ強く握り返した。


「協力する。その代わり、俺の仲間は全員助ける」


「はっ、言い返事じゃねぇか」


 ギルディエスがニカッと笑い、俺の肩を砕かんばかりに叩いた。その強烈な重みに耐えながら、俺は一歩踏み出す。だが、全身を襲う疲労感は隠せなかった。


「だが、今のままじゃあいつらをぶっ潰す前に、お前の体がぶっ壊れちまうなぁ」


 ギルディエスはそう言うと、人気がなくなった溜まり場の奥、暗がりに向かって声をかけた。


「おい、いつまで見てんだ。出てこい、ゼクフィス」


 返事はない。だが、暗がりから一人の男が歩み出てきた。


「見ていたわけじゃない。評価していただけだ」


 現れたのは、薄い緑髪を長く伸ばした、顔の整った青年だった。男― ゼクフィスは俺の全身を品定めするように見る。


「なぁゼクフィス、あと二日間の間にこいつを鍛えられるか?」


 命令系じゃない…

 あのギルディエスが、ゼクフィスには敬語こそ使わないものの、一目置いているのが分かった。


「あぁん?何で俺がこんなやつの面倒を」


 誰が聞いても分かるように苛立ちを露にしながらゼクフィスが答える。

 ゼクフィスは俺の目の前まで歩み寄ると、鼻先で小さく息を吐いた。


「こいつの動きは無駄が多すぎる。筋はいいみてぇだがあと二日でどうできんだよ。く、諦めろ」


「お前しか適任がいねぇんだよ!頼む!」


 ギルディエスが顔の前で手を合わせる。

 そのギルディエスの様子にゼクフィスが少し驚いたような表情をする。


「マジで言ってんのかよ」


 ゼクフィスは苛立ちを隠そうともせず、乱暴に頭を掻いた。


「テメェがそこまで言うってことは、それだけの価値がこいつにあるって本気で信じてるわけだ」


 ゼクフィスは大きなため息をつくと、ようやく俺の方へ、射貫くような冷たい視線を向けた。


「いいぜ。テメェの顔に免じて、二日間だけは見てやるよ。だがな」


 ゼクフィスは俺の目の前まで歩み寄ると、逃げ場を塞ぐような威圧感で言い放った。


「俺はギルディエスみたいに甘くねぇ。弱音上げた瞬間、く、終了だ。分かったな?」


 俺はゼクフィスの威圧感を肌でひしひしと感じながらも、こくりと頷く。


「ゼクフィス! 恩に着るぜ!」


「うるせぇ。テメェはあっちで寝てろ」


 ゼクフィスはギルディエスを邪険に追い払うと、顎でアジトの奥を示した。


「おい、ファイとか言ったか?ボサッとしてんじゃねぇよ。少し休んだら、く、修行だ」


 俺はゼクフィスの後を追った。



 ――まさか、回復属性の魔呪綴スペルをここで受けられるとは…

 俺は驚きを隠せなかった。こんな劣悪な場所で、回復属性の魔呪綴スペルの使い手がギルディエスの仲間にいるなんて思いもしなかったからだ。


 案内されたのは、アジトのさらに奥にある、清潔に保たれた一室だった。そこには柔和な笑みを浮かべた一人の優男が待っていた。


「おい。こいつを最短で動けるようにしろ」


 ゼクフィスがぶっきらぼうに投げかけると、優男は「はいはい、分かっていますよ」と苦笑しながら俺の前に手をかざした。


 淡い光が俺の全身を包み込む。

 落下の衝撃とギルディエスとの戦闘で鉛のように重かった身体に、みるみるうちに力が戻っていくのが分かった。


「終わったか。なら、く、立て」


 回復が終わるや否や、ゼクフィスが部屋を出ていく。余韻に浸る暇さえ与えてくれない。

 俺達はアジトを出て、下層区の底― ここでは最下層区と呼ばれてるらしい、を歩く。岩が上部分を覆ってるせいで少し暗い。


「なぁゼクフィス。ここは何で上に岩があるんだ?要塞都市にそんなとこはなかった気がするけど…」


 ゼクフィスが足を止め、振り返る。その瞳には、困惑の色が宿っていた。多分「なに言ってんだこいつ」と思っている。


「テメェはそんなことも知らねぇのか?どんな生き方してきたんだよ…」


 ゼクフィスは愚痴をこぼすと、面倒くさそうに再び口を開いた。


「今から俺が説明してやる。この都市の造りを脳ミソに刻み込め。

まず第一に、ここは巨大な円だ。一番外側をぐるりと囲んでるのが『外郭』。敵が侵入できねぇようにする鉄の壁だよ。で、その中心にふんぞり返ってるのが『街』だ。連中は『街』と『外郭』を繋ぐ巨大な『橋』を通ってしか出入りはできねぇ。

逆に言えば、あそこさえ落とせば中枢は完全に孤立する。

だがな、俺達が今立ってるのは、そのずっと下だ。上の『街』を支えているのは俺らがいるこの地下空間の最下層区にある柱だ。

上層の連中は、自分たちがこのドブの上に浮かんでるってことを忘れてやがる」


「じゃあ俺はどこから降ってきたんだ?」


「あぁ?んなこと知らねぇよ。だがまぁおそらく、『街』と『外郭』の間から落ちたんだろ。『橋』の下は円形の池みたになってるからな」


「何となくは分かった。ありがとう」


 そこからは特に会話を交わすことなく歩いた。



「よし、ここでいいか」


 ゼクフィスの足が止まった。それと同時に、ゼクフィスは地面に落ちているゴミを一つ拾うと、こちらを見た。


「今から、これを俺が適当に放り投げる。これが地面に着くまでに真っ二つにしてみろ。もしできたらその時点で今日の修行は終了だ。勿論俺はお前の妨害をする。…ほら、く、構えろ」


 ゼクフィスが、不敵な笑みを浮かべた。

 一瞬の油断も許されない、命がけの二日間が幕を開けた。

  丨   ―上層区―   丨

 外郭 橋 ―下層区― 橋 外郭

  丨    柱 柱    丨

  丨 水 ―最下層― 水 丨



説目が分かりにくかったので付け足しです。

横から見た要塞都市の断面図です。

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