ライク・デッド
目を射る光に視界を奪われ、思わず手で顔を庇う。
急激な明かるさに目が追いつくまで数秒。
やがて輪郭を取り戻した光景に、俺は思わず足を止めた。
そこは、切り立った岩壁にぐるりと全周を囲まれた巨大な窪地だった。
まるで巨人が大地を拳で丸くくり抜いたかのように、中央に向かって地面がすり鉢状に落ち込んでいる。壁面を成す土や岩は硬く締まっており、崩れる気配はない。
底には背の低い草が一面に生い茂り、ところどころに小さな木々が力無く根を張っていた。
「……んだよ、ここは」
ゼクフィスが眩しそうに目を細めながら呟く。
森のただ中に突如として現れた異様な地形。外を覆っていたあの紫色の鬱陶しい霧も、ここには立ち込んでいない。
「窪地……ですね。上からは見えにくい構造になっています」
エサマが慎重に足元を確かめながら斜面を下り始める。俺たちもその後に続いた。
踏みつける草の感触を確かめながら、開けた底の平地を進む。周囲の岩壁が高すぎるせいか、風の音が遠く聞こえる以外は不気味なほど静かだった。
そのまま窪地の奥へと足を進めると、一部だけ木々が妙に密集している区画があった。
枝葉が太陽の光を遮り、そこだけぽっかりと暗い影を落としている。
「気をつけろ。影になっている場所は視界が悪い。魔獣が出るやもしれん」
タフノティシィが短く警告する。
俺は短剣を握り直し、慎重に木々の隙間を押し分けて中へと踏み込んだ。
――そして、全員がその場で足を止めた。
「……嘘だろ」
誰かが漏らした声が、木々の間に小さく響く。
言葉が出なかった。
薄暗い樹木に囲まれたその中心に、それはあった。
――見たこともない素材だった。
鈍い銀色の光沢を放つ硬質な金属――いや、鉄とも鋼とも違う、滑らかな質感を覆わせた巨大な構造体。
角ばった箱のような部分もあれば、太い管のようなものが複雑に絡み合い、幾重にも連結されている。その表面には、紋様や柄のような装飾すら一切見当たらない。
魔呪綴でもなければ、古代の遺跡にあるような石造りの物でもない。
精巧に、寸分の狂いもなく組み上げられた異質な塊。
「な……んですか、これは……?」
エサマの声が震えていた。
俺は無意識に息を殺し、その異物に歩み寄る。
「綴力は流れていない……」
それなのに、人の手が作ったとは思えないほど異質で、同時に気持ち悪いまでの規則正しさを感じさせる形。
――理解が追いつかない。
頭のどこかで、これが何かの道具か、仕掛けの類であることは察せられるのに、それを表す言葉を俺たちの誰一人として持っていなかった。
その静寂の中、全員がその異様な塊に気圧されて動けずにいた。
そんな中、最初に動いたのはタフノティシィだった。
タフノティシィは油断なく身体を緊張させ、手にした武器をいつでも構えられる体勢のまま、慎重な足取りで巨大な機械へと歩み寄っていく。
「タフノティシィ……!」
俺が思わず制止の声をかけるのも構わず、彼はその滑らかな金属の外郭へと手を伸ばした。そして、指の背でコツンと軽く叩いて見せる。
乾いた金属音が静まり返った木々の間に響いた。
だが、内部で何かが動く気配もなければ、光が点滅するような変化もない。ただ冷たい塊としてそこに佇んでいるだけだった。
「……何も反応はないな」
タフノティシィは警戒を解かないまま、短く息を吐く。
後ろから恐る恐る覗き込んでいたリシェラが、彼の背中に問いかける。
「ねぇ、何か分かったの……?」
「詳しいことは分からん。……だが、こんな真似ができる存在に心当たりがあるとすれば、ひとつだけだ」
タフノティシィは硬い表情のまま振り返り、重々しくその名を口にした。
「……科学王国だ」
「科学王国……?なんだそりゃ」
ゼクフィスが不機嫌そうに眉をひそめ、吐き捨てるように言った。
俺自身も聞き覚えのない言葉だったが――というより、今現在俺が知ってる国は帝国だけである。なので当然と言えば当然だが、知らなかった。同時に妙な胸騒ぎがした。それは、さっき俺が頭の中で、人の手が作ったとは思えない、と抱いた疑問に対する、直接的な答えのように思えたからだ。俺の脳裏にあった違和感を、タフノティシィが言葉にして引っ張り出してくれたのだと。
「……わたしも知らない。聞いたこともない」
ルナネアもゼクフィスの言葉に便乗するように首を横に振る。
皆が困惑と疑問の視線をタフノティシィへ向ける中、それまで沈黙を守っていたエサマが、ゆっくりと前へ出た。その表情はいつになく真剣で、どこか遠くを見るような目をしていた。
「……科学王国とは。また大層な国の名前が出ましたね」
エサマは静かに息を呑むと、俺たちの視線を受け止めながら口を開く。
「科学王国は、今私たちがいるこの国の遥か北東に位置する国家です」
エサマは金属の構造体を見上げながら、言葉を選ぶように慎重に紡ぎ出した。
「その国は、我々が知る魔呪綴とは根本から異なる……独自の科学武器や兵器、そして防衛技術の開発を徹底的に行っている国だそうです。このような、異質とも言える高度な構造物を作り出す技術を所持している国は、世界中を探しても他には存在しません」
「兵器の開発だぁ?じゃあ、こいつはその科学王国の兵器だってのか?」
ゼクフィスが忌々しそうに吐き捨てる。エサマは首を小さく横に振った。
「そこまでは分かりません。何故なら……科学王国は自国の技術や情報を外界へ漏らすことを徹底的に禁じているからです。どのような工程で作られ、どんな目的で運用されているのか、その実態は一切公にされていません。歴史書にすら断片的な噂程度しか残っていない、謎の多い国なのです」
「外界に一切情報を出さない国……」
俺は改めて、目の前に鎮座する異様な金属の塊を見つめ直した。
綴力を一切感じさせず、ただそこに規則正しく存在しているだけの異物。情報すら遮断された未知の国が持ち込んだものだとすれば、この森の奥深くに放置されている理由も、何一つとして解明できない。
静まり返った窪地の中で、全員の視線がその謎めいた機械へと注がれていた。
「ぶっ壊してみりゃ、何かしら分かるんじゃねぇか?」
静寂を破ったのは、ザラオの乱暴な一言だった。自慢の腕っぷしを誇示するように肩を回しながら、脳筋以外の何物でもない提案を口にする。
「滅茶苦茶を言わないでください。何が起きるか分からない以上、軽率な攻撃は危険すぎます」
エサマが即座に刃を収めるよう手で制した。正論だ。これほど未知の構造物を刺激して、爆発でも起きれば全員巻き込まれる。
「そうは言っても、指を咥えて眺めてるわけにもいかないがな」
タフノティシィが苦々しく唸る。
全員が異物を前に攻めあぐね、警戒と惑いに包まれた――その時だった。
金属の塊の奥、密集した木々の隙間から、ザッ……ザッ……と重苦しい足音が足元を揺らした。
「何か来るぞ……!」
タフノティシィが素早く異物から距離を取り、俺たちの立ち位置まで跳んでバックステップを踏む。
全員が一斉に武器を構え、影の奥を凝視した。
でかい金属塊の裏手から、ゆっくりと姿を現したのは――
「……テメェはッ!」
思わず息を呑む。
俺は――いや、俺たちは、その魔獣を知っていた。
一見すれば、人間のようなシルエットだ。
だが、その姿を認識した瞬間、全身の毛穴という毛穴から一斉に嫌な汗が噴き出す。
脳の深層から鳴り響く、狂おしいほどの警報。死そのものが歩いてくるような、圧迫感。
金属塊の後ろから出てきたそれは、五体が異常なまでに破壊された、落ち武者のような人型の怪物だった。
左腕は肩口から引きちぎられたように欠損し、胸の中央には風穴が空いて肋骨が剥き出しになっている。顔の右半分は削げ落ち、異質な肉芽が引きつりながら蠢いていた。本来なら生きていることすら不可能なはずの惨状。
それなのに――漂う雰囲気が、次元の違う強さを物語っている。
立っているだけで周囲の空間が歪むような重苦しい気配。今まで戦ってきた魔獣の群れなど、この化け物の足元にも及ばない。本能が絶叫していた。勝てるわけがない。触れた瞬間に死ぬ、と。
――そう、俺たちを散々苦しめ、部隊を無理やり分断へと追い込んだあの凶悪な個体――『幻生種』の魔獣だった。




