第一区画の敵
爆炎が巻き上がり、黒煙が夜空へと溶けていく。
熱風が立ち込め、静まり返った崩落跡を冷やしていく中、俺たちはゆっくりと大穴の底を見下ろしていた。
煙がゆっくりと晴れていく。
だが、そこにあるはずの金髪の魔族の姿は、どこにも残っていなかった。
「……跡形もなく爆散したようだな。我が極炎に焼かれ、塵一つ残らず消滅したか」
腕を組み、満足げに鼻を鳴らすヴレイヴァ。
本当に消滅したのか、あるいはあの土壇場で逃げ果せたのか……確証はない。だが、とてつもない圧迫感を放っていた殺気が、完全に消え失せたことだけは確かだった。
……とりあえず、最大の脅威は去った、と考えていいはずだ。
体の奥底から一気に緊張が抜け、ずっしりとした疲労感が押し寄せる。
安堵の息を吐き出した、その瞬間だった。
「――おい、眼帯」
トゲのある声とともに、ゼクフィスが俺の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで突っかかってきた。長い緑髪を揺らし、その瞳にはあからさまな警戒の色が宿っている。
「テメェ……何でここにいんだ?いったい何のつもりだ?疾く、答えろ」
「ゼクフィス、落ち着いてくれ」
「あぁ?落ち着けるかよ。そもそもテメェは何者なんだ?この前会った時の狂人ぶりは何なんだ?」
詰問するゼクフィスの鋭い視線が突き刺さる。
俺は息を整えながら、まっすぐにゼクフィスの目を見返す。
「……お前たちを探しにきたんだ」
「あぁ?」
「信じられないかもしれないが……俺とお前、それにリシェラは、仲間……だったんだ。少なくとも俺はそう思ってた。今お前は忘れてるかもしれない。だけど……いずれ、思い出してほしい」
前に伝えたのと同じ言葉を、同じだけど少し違う言葉を、誤魔化さずストレートにぶつける。
だが、ゼクフィスは呆れたように片眉を跳ね上げた。
「……テメェ、またその狂言かよ。都合のいい妄想も大概に――」
「この人は、悪い人じゃないと思うの!」
ゼクフィスの言葉を遮るように、澄んだ声が割り込んだ。
リシェラだ。彼女は俺とゼクフィスの間にすっと入ると、小さな両手を広げて俺を庇うように立ち塞がった。
「リシェラ……?」
「さっきも……あの魔族と戦っている時、この人は命懸けで私を助けてくれたわ。自分の身を危険に晒してまで……だから、絶対に悪人なんかじゃない!」
まっすぐな瞳でゼクフィスを見つめ、言い切るリシェラ。
その背中に、胸の奥が温かいもので満たされていく。
「リシェラ……」
「……チッ、リシェラがそこまで言うなら、今は一旦引いてやるよ」
ゼクフィスは舌打ちをひとつ漏らし、掴みかからんばかりだった手を渋々引いた。
だが、その眼光は依然として鋭い。
「だがな、勘違いするなよ。次にテメェが少しでも怪しい真似をしてみろ……そのときは迷わず殺す」
忠告を吐き捨て、背を向けるゼクフィス。
厳しい言葉ではあったが、一先ず刃を収めてくれたことに胸を撫で下ろす。庇ってくれたリシェラに深く感謝しようとした、その時だった。
「――おい!こっちから大きな崩落音が聞こえたぞ!」
「急げ! 第一区画の避難誘導は済んだ! 現場を確認しろ!」
静寂を破り、甲冑の擦れる金属音と荒々しい怒号が近づいてくる。
やってきたのは、第一区画で住民の避難にあたっていたであろう衛兵たちだった。
「なっ……なんだこの惨状は!?」
松明を掲げた先陣の衛兵が、大穴の開いた地下通路と崩れた家々を見上げ、息をのむ。
そして、煙が漂う崩落の渦中――その中心に立つ俺たちの姿を捉えた瞬間、顔色を一変させた。
「おい!お前たち何者だッ!?第一区画で暴れていたやつか!?」
一斉に抜かれる数多の剣や槍。
過剰なまでの警戒と殺気が、収まったばかりの現場に再び張り詰める。
「俺たちは決して――」
俺が釈明しようと手を掲げた瞬間、一歩前へ躍り出た男がいた。
「無礼者が!この我を、有象無象の暴徒と同列に扱うか!」
ヴレイヴァだ。腕を組み、豪快な高笑いを響かせながら衛兵たちを一圧する。
「安心するが良い、カス共!街を脅かしていた元凶は、我の解き放ちし『漆黒無法死界炎』により、微塵も残さず滅び去った」
「だ、ダーク?何だって……!?」
「あいつ正気じゃないぞ!!」
ドヤ顔で誇らしげに語るヴレイヴァのせいで、衛兵たちの警戒レベルは限界突破。むしろ完全に不審者グループの親玉扱いになり、事態はますますややこしい方向へと転がり始めている。
「待て……!どこかで見た顔だと思ったら、あいつ……指名手配犯だぞ!」
松明を頭上に掲げた衛兵のひとりが、俺の顔を指さして叫んだ。
「何……?捕縛令が出ている、あの逃亡中の犯人だと?」
「そうだ!間違いない、あの眼帯!先日第一区画で大騒ぎを起こして捕まったやつだ!!」
衛兵たちの顔つきが一変する。
先ほどまでの不審者に対する警戒から、一気に罪人を捕らえる鋭い敵意へと跳ね上がった。
「知られてたか……」
思わず苦い唾を飲み込む。
よりにもよって、こんな土壇場で逃避行の咎が跳ね返ってくるとは。
「全員、武器を構えろ!逃亡犯とその一味だ!街を破壊したのもこいつらの仕業に違いない!」
「囲め!抵抗するなら容赦するなッ!!」
ガチャンッ!と甲冑を響かせ、槍の穂先が一斉に俺たちへ向けられる。
怒号とともに、衛兵たちがじりじりと距離を詰め、包囲網を縮めてきた。
「こいつら、マジかよ」
ゼクフィスが胸くそ悪そうに髪をかき揚げ、ハッと鼻で笑う。
「おい眼帯。テメェ、この前のやつで追われてんじゃねぇか」
「まぁな」
「案ずるなファイ・ニアスよ!我の力をもってすれば、このような雑兵の群れなど一息で葬りさってやろう!」
「煽るなヴレイヴァ!余計に話がこじれる!」
漆黒の炎をその手に宿そうとするヴレイヴァを慌てて制するが、衛兵たちの殺気はすでに限界突破していた。
一歩退けば、後ろは崩落した巨大な大穴。
じりじりと狭まる包囲網。
相手は街の治安を守る衛兵だ。手を出せば正真正銘の犯罪者として追われることになる。だが、こちらは激闘を終えたばかりだ。それに、傷を負ったルナネアだっている。
戦うことも、この包囲を突破して逃げ切ることも不可能な状況。
嫌な汗が頬を伝い、喉がヒリつくような緊張感が場を支配していく。
「待って下さい!話を聞いて下さい!」
張り詰めた空気を切り裂くように、リシェラがすっと前へ踏み出した。
「リシェラ、危ない!」
制止しようとする俺を顧みず、彼女はお構いなしに衛兵たちの真正面へと進み出る。
その華奢な身体に似合わない強い眼差しを向けながら、両手を広げて言葉を紡いだ。
「私たちは街を襲う敵ではありません!ここにいる人たちは、街を脅かしていた本当のバケモノから、この場所を守ってくれたんです!」
「何を戯言を……!騙されるな!逃亡犯の仲間の戯言だッ!」
「そうはいかんぞ、お嬢ちゃん!まずは確保だ!」
必死の説得も虚しく、殺気立った衛兵たちには一切届かない。
それどころか、罪人を庇うリシェラごとまとめて拘束しようと、一人の衛兵が容赦なく槍を構え直した。
「話を聞く耳を持たないか……ならば、力づくで排除する!」
ジャキンッ、と金属音が跳ね上がり、衛兵が一歩踏み込む。
「リシェラ!!」
刺突の動作に入ったその瞬間――
「――その娘の言うとおりだよん」
怒号と怒涛の殺気を一瞬で凍りつかせる、ふざけた声が響いた。




