繋がれた光、深淵の幕切れ
声と同時に、地下通路の鉄が鳴動する。
金髪女が鎖を振りかぶった瞬間、その真横から壁を突き破るように太いパイプが爆ぜるように伸びた。
――ガァンッ!
「っ……!」
黒鎖を捉えていた腕が力ずくで跳ね飛ばされる。初めて驚愕に目を見開く金髪女。
だが、それは序章に過ぎない。
四方八方から、歪んだ金属の巨躯が生き物のように牙を剥く。
縦横無尽、予測不能な軌道を描いて襲い来るパイプの濁流。
「あらぁ……?」
金髪女は呟きながら血のナイフをばら撒き、迫る鉄柱を粉砕する。
だが、切っても砕いても、無数の鉄が身体を打ち叩き、退路を削ぐ。
圧倒的な質量の連続打撃に、自慢の黒鎖を振るう隙すら与えられない。苛立ちに凶悪な顔を歪める金髪女。
そして――逃げ場を失ったその全身を、上下左右から伸びた太いパイプが完全に噛み砕き、強固に縫い付けた。
「嵌められたわぁ」
もがく金髪女。完全に動きが止まった。
――勝機は、今。
「これで……仕留めるッ!!」
解き放つのは、魔獣から掠め取り、身体の奥底に残されていた――これが最後の一撃となる白銀の極光。
「――刻めぇぇぇ!!」
閃光が一瞬で地下を包み込み、一直線に金髪女の胸元へ穿たれる。
「なめないでほしいわぁ」
寸前、無理やり拘束を強引に引きちぎった彼女の右腕が、庇うように光の軌道上に割り込んだ。
――ドドドォォォンッッ!!!
光の奔流が炸裂する。
眩い余光が収まった時、そこには、肩口から肉ごと消し飛ばされ、鮮血を撒き散らす金髪女がいた。
「浅かった……!!」
心臓を抜くはずだった極光は、腕一本と引き換えに凌がれてしまった。
完全に手応えはあった。だが、あの土壇場で腕を差し出し、急所を外すバケモノじみた反応速度。最後の一撃を使い果たした俺の体には、もう叩き込める大きな札は残っていない。
「あらぁ……万事休すってやつかしらぁ?」
片腕を肩口から失い、大量の鮮血を撒き散らしながらも、金髪女は狂気の笑みを消していなかった。
俺の限界と手詰まりを即座に見抜き、ゆらり、と一歩踏み込んでくる。死線が肉薄する。
――その瞬間だった。
ズズズンッ!!と頭上の天井が不自然に振動した。
「そこッ!独自魔呪綴――『水土抱擁』!!」
上空から響く凛とした声とともに、天井が一気に崩落する。
落ちてきたのは刀を構えたルナネア。
バシャアアッ!!
金髪女の足元から出てきた泥がその足を呑み込み、一瞬でガチガチの岩盤のように固まる。再び完全に動きを奪われた金髪女。
「あなた、大丈夫!?」
「リシェラ!!」
見上げれば、大穴の縁にリシェラの姿が見えた。
「あらぁ、さっきの人たちだわぁ」
足枷を嵌められた金髪女が、失った右肩から溢れ出る血を暴走させる。
鮮血が蠢き、一瞬でルナネアの背丈すら優に超える巨大な血の質量兵器へと姿を変えた。
――ドゴォンッ!!
放たれた血の巨兵が、空間ごと圧殺するように風を切り裂く。
「くっ……!?」
あまりに規格外な質量と速度。
ルナネアは即座に刀で受け流そうと試みるが、すべてを殺し尽くす圧倒的な衝撃を殺しきれない。
――ザシュッ!!
「いッ……!」
強烈な打撃とともに刃が弾かれ、ルナネアの左肩へと深い斬撃が刻み込まれる。鮮血が舞い、ルナネアの体が力なく地下の汚水へと叩きつけられる。
「ルナネアッ!!」
叩きつけられた彼女の元へ駆け出そうとした、その瞬間。
「邪魔よぉ」
金髪女が残った左腕を振るう。ルナネアに向けて一斉に解き放たれる数多の血のナイフ群。
速い。俺が間に合うよりも早く、動けないルナネアを無慈悲に穿つ殺意の弾幕。
「間に合わ――」
絶望が胸を焼いた、その刹那。
――バリバリバリッッッ!!!
頭上の崩落口から、暗闇を裂いて奔る苛烈な稲妻。
雷光とともに降り立ったのは、長い緑髪の男――ゼクフィスだった。
「よぉ、さっきぶりだなぁ。シャルヴィエラ!!」
ドバババババババババンッッ!!
ゼクフィスの放った激しい稲妻の刃が、飛来する血のナイフをことごとく空中で打ち落としていく。
「生きてたのねぇ」
予期せぬ助っ人の復帰に、金髪女の瞳が掠かに揺れる。
だが、ゼクフィスは追撃の手を緩めない。足場を泥で固められ、右腕を失った金髪女へ向けて、落雷のような踏み込みで肉薄する。
「そこだッ!!」
「威勢はいいわねぇ!」
金髪女は声を大きくしながら左手で黒鎖を振るい、迎撃を試みる。だが、極光で右腕を吹き飛ばされ、すでに重傷を負った身。かつての圧倒的な威圧感は削がれ、ゼクフィスの放つ稲妻の突進を止め切ることができない。
「これでどうかしらぁ」
鎖では防ぎ切れないと悟った金髪女は、断ち切られた右肩の激痛を力でねじ伏せ、全身の傷口から噴き出す鮮血を一気に暴走させた。
ドバアアッ!!
噴出する大量の血液が残った左手に収束し、凝縮され、禍々しい巨大な血の超兵器へと形を変える。それを左手一本で固く握り締め、ゼクフィスの稲妻へ真っ向から叩きつける。
――バチバチバチッ!ドゴォォォンッッ!!!
雷光と血の爆炎が激突し、地下通路の空間そのものが激しく揺れ動いた。
数合間、激しい打ち合いが続く。
「ゼクフィス!上がれッ!!」
爆炎と火花が散る猛攻の最中、俺の叫びが地下に響き渡る。
「あぁ?何でテメェが……まぁいい、説明は後だ!」
ゼクフィスは舌打ちをしながら、迷わず踏み込みを打ち切り、跳躍。崩れ落ちた天井の大穴へと駆け上がった。
「あらぁ……?どういうことかしらぁ……?」
手応えの消えた空間で、金髪女が不思議そうに首を傾げる。
煙の晴れ渡る暗がりの中、地下に立っているのは自分ただ一人。周囲を見回しても、誰の姿もない。
「……?」
その瞬間、手負いのルナネアをしっかりと抱え、リシェラとゼクフィスの待つ地上へと飛び移った俺と、金髪女の目が真っ直ぐに交錯する。
「お前の負けだ」
バケモノを見下ろす。
勝ちを確信していた金髪女の瞳が、再び驚きに染まる。
「あらぁ……これってもしかして、ウチを殺すための――」
その言葉を遮るように、俺と、金髪女の背後に立つ漆黒の男の声が重なった。
「「――罠だ」」
金髪女が振り返る、その視線の先。
金髪女の少し後ろで、ヴレイヴァが全身の狂暴な綴力を極限を超えて練り上げ、巨大な漆黒の渦を完成させていた。
「敗北を刻むがいい、愚族よ!独自魔呪綴――『漆黒無法死界炎』ッッ!!!」
放たれたのは、先ほどを遥かに凌ぐ超高密度の無差別爆炎ドリル。
足場を固められ、右腕を失い、疲弊しきった金髪女には、避ける術も防ぐ術も残されていない。
――ドバオオオオオオオンッッッ!!!!!
漆黒の炎が、金髪の魔族を呑み込み、地下空間ごと跡形もなく焼き尽くした。
爆炎が巻き上がり、黒煙が空へと溶けていく。
――やがて、轟音が遠ざかり、静寂が地下の空洞を包み込む。
誰も言葉を発しない。ただ、全員の荒い呼吸と、熱風の音だけが響いていた。
熱風が頬を撫でる中、消え去った炎の底を見下ろしながら、俺はポツリと呟く。
「お前は他人に――俺たちに関心がなさすぎたんだよ」
圧倒的な力に慢心し、下等だと見下し、適当に遊んでいた人間たちの泥臭い足掻き。
仲間を信頼し、死線を潜り抜けて繋ぎ止めたこの一手こそが、あのバケモノの喉元を喰いちぎったのだ。
――こうして、幾多の死線を越えた死闘の果てに、恐怖と絶望の象徴であった『神子屠殺典』洗礼の章――『死導赦』シャルヴィエラ・デス・ペラードとの凄絶なる戦いは、完全なる幕を閉じた。




