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ロスト・リビルダー ―忘却の罪―  作者: げこきち
二章 永劫の理想郷
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不審者


「不審者……今は頼むから俺を信じてくれ」


 苦い記憶が頭を過りながらも、短剣を滑らかに構え直す。

 視線の先では、金髪女が底知れぬ笑みを浮かべたまま、鎖をゆらりと揺らしている。


「あらぁ……急に飛び出してきたと思ったら、随分と可愛らしい助っ人さんねぇ」


「可愛らしいかどうか、試してみるか?」


 強がりを叩きつけ、一気に間合いを詰める。

 無駄を削ぎ落とした踏み込み。短剣の鋭利な切っ先を、金髪女の喉元へ一直線に走らせる――


 ――ガァンッ!!


「くっ……!」


 だが、手応えがない。

 金髪女は姿勢すら一切崩すことなく、片手の鎖の束だけで俺の必死の一撃を軽々と弾き飛ばしてみせた。

 手に伝わる激しい痺れと、圧倒的な質量の壁。俺の運動能力や技術も決して低くはないはずだ。だが、バケモノじみた強さを持つ金髪女の前では、文字通り格が違いすぎる。


「口ほどでもないじゃないのぉ」


 反撃の黒鎖が、残像すら残さず俺の胴体へとしなる。


 ドカァンッ!!


「ぐはっ……!?」


 間一髪で短剣の腹を交差させて受け止めたものの、殺人的な衝撃波に叩きつけられ、身体が激しく飛ぶ。

 再び身体を持ち上げた時、追撃として放たれる数多の血の結晶弾が見えた。死角なし、退路なし。体勢を崩された全身に、死の予感が一瞬でまとわりつく。


 次の行動を一瞬で考えようとした、その時――


「一人で行かないっ!」


 激しい声とともに飛来したのは、見覚えのある黒髪。

 それが俺の目の前へ下り立つ。


 ドババババババンッッ!!


 飛んでくる血のナイフ群が、黒髪の女――ルナネアの刀によって叩き落とされる。


「無理しないっ!」


 無茶した俺を心配するようにルナネアが振り向く。


「悪い、少し先走った……」


 締まらない会話をしていると、目の前の金髪女が動いたのが目に入る。


「ルナネア!前だ!」


 金髪女が再び鎖を投げる、その刹那。


「基礎魔呪綴《ベーススペル》――『火炎《ファイアー》』」


 側面――金髪女の完全な死角から放たれた、凄まじい火炎の渦。

 視界を焼き尽くすほどの灼熱だ。だが、金髪女は顔すら向けない。ハエでも払うように鎖を一閃させ、膨れ上がった火炎を爆風ごと真っ二つに切り裂いて見せた。


「あらぁ……いい『火炎《ファイアー》』ねぇ」


 炎の残光を切り裂いて現れたのは、見慣れた男――ヴレイヴァだ。


「我《われ》の攻撃をいなすとは……中々実力があるようだな」


 豪快しながら、俺の前に立ち塞がるヴレイヴァ。


「助かった」


 頼もしい仲間が揃った。……揃ったんだが、俺の頭の中は色々と追いついていない。

 

「……あれは、角……?」


 金髪女の頭部から生える、異質で禍々しい二本の突起。

 あれは飾りの類なんかじゃない。全身から溢れ出る狂気的な綴力《グラフィー》の質感といい、間違いなく本物の――魔族の角だ。


 なんでこんな場所に魔族がいる?

 一体何を企んでる?


 仲間が合流した安心感なんて一瞬で吹き飛ぶ。


 いや、今は――


「ルナネア、あれは魔族だ。油断するな」


「うん。気をつける」


 ルナネアが刀を鋭く構え直し応える。


「魔族か!我が穿つのにふさわしいな!」


 ヴレイヴァが禍々しい綴力《グラフィー》を極限まで練り上げ始める。あの構えは――やる気だ。


「リシェラ!今は頼むから俺たちを信じてくれ!」


 背後のリシェラへ叫びながら、短剣を握り直して一気に駆け出す。


「……ッ!分かったわ!独自魔呪綴《オリジナルスペル》!!『天界の杭(ヘブンズ・ステイク)』!!」


 リシェラの凛とした叫びとともに、光を放つ杭が出来上がる。


「行くぞ、ルナネア!」


「任せて!」


 リシェラを背後に、俺とルナネアが左右から同時に肉薄する。

 俺の短剣が金髪女の死角を穿ち、ルナネアの刀が風を切り裂いて喉元へ肉薄。そして、リシェラの魔呪綴《スペル》が正面から迫る。


「あらぁ、いいチームワークねぇ」


 金髪女が嘲笑い、両手の黒鎖を何度も振る。 

 俺とルナネア、そしてリシェラの同時攻撃を強引にはじき返してくる。だが、これで十分だ。あいつの意識は完全に俺たちに向いた。


「今だ、離れろッ!!」


 俺とルナネア、そしてリシェラが一瞬で後方へ飛び退く。

 その直後――リシェラの前へ出たヴレイヴァが叫ぶ。


「喰らうがいい!独自魔呪綴《オリジナルスペル》――『漆黒無法死界炎《ダークネスワールドフォールンインフェルノ》』ッッ!!」


 放たれたのは、空間ごと焼き尽くすような漆黒の無差別爆炎ドリル。

 超高密度に圧縮された黒炎が激しく回転し、大気を穿ちながら金髪女へ向かって着弾する!


 ――ドバオオオオオンッッ!!!


「あらぁ……?」


 鎖で防ごうとした金髪女の腕ごと、黒炎のドリルが強烈に押し込む。

 金髪女の身体が激しく吹き飛び、背後の石壁へ激突。炸裂した漆黒の爆風が、一帯を覆い尽くした。


「効いた……!」


 煙が上がり、確実に手応えがあったことを確信する。あのバケモノにダメージを与えたんだ。

 一瞬、安堵の空気が流れた。


 ――だが、直後。


 メキメキメキッ……と、不穏な亀裂の音が響く。


「なっ……!?」


 苛烈な攻撃の余波に、足元が耐え切れなくなった。


 ガガガガッ、と一気に亀裂が広がる。


「地盤が……崩れるッ!?」


「ファイ!?」


 ルナネアの声が遠ざかる。

 脚に力を入れようとした瞬間にはもう遅く、俺の足元が豪快に崩落した。


「やらかし――」


 無重力感とともに、身体が暗闇の底へと投げ出される。

 視線の先――同じく体勢を崩し下へと落とされる金髪女の姿が見えた――


 ――ドゴォォォンッ!!


 凄まじい衝撃とともに叩きつけられる。

 全身を襲う激痛に耐えながら何とか体を起こすと、ツンと鼻を突く湿った匂いと水音が広がっていた。


「ここは……」


 頭上の崩れた天井から、わずかに光が差し込んでいる。

 見覚えのある、暗く湿った地下通路――いつか見たことのある、下水道と似ている。


「あらぁ……急に落ちたと思ったら、二人きりになっちゃったわねぇ」


 煙の立ち込める暗がりの中、ゆっくりと立ち上がる影。

 身体中の傷から血を流しながらも、金髪女は不気味な笑みを崩していなかった。その赤い瞳が、俺を射抜く。


「さっきはいいのをくれたわねぇ。とってもいい連携だと思うわぁ」


「それはありがたいこ――」


 言葉が終わるより早く、殺意を孕んだ黒鎖が真っ直ぐ俺の喉元へとしなる。


 ――ガツンッ!


「っ……!」


 間一髪で体を捻り、短剣で受け流す。腕が痺れるが足は止めない。

 上の仲間たちと分断された今、金髪女と正面からやり合っても勝ち目はない。今はただ、踵を返し、湿った地下通路を全力で駆け出すしかない。


「逃げられると思ってるのかしらぁ?」


 背後から響く、愉悦に満ちた足音と金属の擦れる不快な音。

 放たれる鎖を死に物狂いで前転し、壁を蹴り、滑り込んで回避していく。一瞬でも足を取られれば、即死。脳のシグナルが限界まで加速する。


「どこか……どこかに抜け道は――」


 水飛沫を上げて曲がり角を曲がった、その瞬間。


「なっ……!?」


 脚がピタリと止まる。

 視界を塞ぐのは石壁。そして――複雑に絡み合い、網の目のように這い回る、無数の太い金属パイプ群。


 ――行き止まりだ。


「あらぁ、行き止まりだわぁ」


 ゆっくりと曲がり角から姿を現す金髪女。黒鎖をジャラリと鳴らし、狂気に満ちた笑みを深めていく。


 いや、待て。


 一面を覆う無数のパイプ。複雑に交差し、地下の暗闇に張り巡らされた金属の群れ。

 脳裏に一筋の電撃が走る。


 ……いける。再構築《リビルド》を使えば――


 この作戦は、金髪女に察知されたら一発で終わりだ。あいつほどのバケモノ相手に、二度目の騙し討ちは通じない。初見の初動で完全にハメて仕留め切らなければ、俺に勝機は万に一つもない。


「観念したのかしらぁ?」


 黒鎖をジャラジャラと揺らし、確実な殺意を孕んで歩み寄ってくる金髪女。


 初見で叩き込む……一撃離脱の賭けだ。


 俺は深く息を吐き出すと、身体の奥底から暴れ狂う力を引っ張り上げた。


「――刻めッ!!」


 戦闘前、ヴレイヴァに試しでもらった『火炎《ファイアー》』がパイプ群を粉砕する。凄まじい金属音が地下に響き、破片が弾け飛ぶ。

 隠れない。躊躇わない。崩れた残骸を跳ね除け、パイプ群の切れ目まで一直線に駆け抜ける。


 ――ここが金髪女の死に場だ。


 パイプの終端で急停止。勢いを殺さず、踵を返して振り返る。


「さようならぁ、眼帯さん」


 追いかけてきた金髪女が、粉砕されたパイプ群など意に介さず俺の正面へ突っ込んでくる。


 ――ここだ。


「――再構築《リビルド》」

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