不審者
「不審者……今は頼むから俺を信じてくれ」
苦い記憶が頭を過りながらも、短剣を滑らかに構え直す。
視線の先では、金髪女が底知れぬ笑みを浮かべたまま、鎖をゆらりと揺らしている。
「あらぁ……急に飛び出してきたと思ったら、随分と可愛らしい助っ人さんねぇ」
「可愛らしいかどうか、試してみるか?」
強がりを叩きつけ、一気に間合いを詰める。
無駄を削ぎ落とした踏み込み。短剣の鋭利な切っ先を、金髪女の喉元へ一直線に走らせる――
――ガァンッ!!
「くっ……!」
だが、手応えがない。
金髪女は姿勢すら一切崩すことなく、片手の鎖の束だけで俺の必死の一撃を軽々と弾き飛ばしてみせた。
手に伝わる激しい痺れと、圧倒的な質量の壁。俺の運動能力や技術も決して低くはないはずだ。だが、バケモノじみた強さを持つ金髪女の前では、文字通り格が違いすぎる。
「口ほどでもないじゃないのぉ」
反撃の黒鎖が、残像すら残さず俺の胴体へとしなる。
ドカァンッ!!
「ぐはっ……!?」
間一髪で短剣の腹を交差させて受け止めたものの、殺人的な衝撃波に叩きつけられ、身体が激しく飛ぶ。
再び身体を持ち上げた時、追撃として放たれる数多の血の結晶弾が見えた。死角なし、退路なし。体勢を崩された全身に、死の予感が一瞬でまとわりつく。
次の行動を一瞬で考えようとした、その時――
「一人で行かないっ!」
激しい声とともに飛来したのは、見覚えのある黒髪。
それが俺の目の前へ下り立つ。
ドババババババンッッ!!
飛んでくる血のナイフ群が、黒髪の女――ルナネアの刀によって叩き落とされる。
「無理しないっ!」
無茶した俺を心配するようにルナネアが振り向く。
「悪い、少し先走った……」
締まらない会話をしていると、目の前の金髪女が動いたのが目に入る。
「ルナネア!前だ!」
金髪女が再び鎖を投げる、その刹那。
「基礎魔呪綴――『火炎』」
側面――金髪女の完全な死角から放たれた、凄まじい火炎の渦。
視界を焼き尽くすほどの灼熱だ。だが、金髪女は顔すら向けない。ハエでも払うように鎖を一閃させ、膨れ上がった火炎を爆風ごと真っ二つに切り裂いて見せた。
「あらぁ……いい『火炎』ねぇ」
炎の残光を切り裂いて現れたのは、見慣れた男――ヴレイヴァだ。
「我の攻撃をいなすとは……中々実力があるようだな」
豪快しながら、俺の前に立ち塞がるヴレイヴァ。
「助かった」
頼もしい仲間が揃った。……揃ったんだが、俺の頭の中は色々と追いついていない。
「……あれは、角……?」
金髪女の頭部から生える、異質で禍々しい二本の突起。
あれは飾りの類なんかじゃない。全身から溢れ出る狂気的な綴力の質感といい、間違いなく本物の――魔族の角だ。
なんでこんな場所に魔族がいる?
一体何を企んでる?
仲間が合流した安心感なんて一瞬で吹き飛ぶ。
いや、今は――
「ルナネア、あれは魔族だ。油断するな」
「うん。気をつける」
ルナネアが刀を鋭く構え直し応える。
「魔族か!我が穿つのにふさわしいな!」
ヴレイヴァが禍々しい綴力を極限まで練り上げ始める。あの構えは――やる気だ。
「リシェラ!今は頼むから俺たちを信じてくれ!」
背後のリシェラへ叫びながら、短剣を握り直して一気に駆け出す。
「……ッ!分かったわ!独自魔呪綴!!『天界の杭』!!」
リシェラの凛とした叫びとともに、光を放つ杭が出来上がる。
「行くぞ、ルナネア!」
「任せて!」
リシェラを背後に、俺とルナネアが左右から同時に肉薄する。
俺の短剣が金髪女の死角を穿ち、ルナネアの刀が風を切り裂いて喉元へ肉薄。そして、リシェラの魔呪綴が正面から迫る。
「あらぁ、いいチームワークねぇ」
金髪女が嘲笑い、両手の黒鎖を何度も振る。
俺とルナネア、そしてリシェラの同時攻撃を強引にはじき返してくる。だが、これで十分だ。あいつの意識は完全に俺たちに向いた。
「今だ、離れろッ!!」
俺とルナネア、そしてリシェラが一瞬で後方へ飛び退く。
その直後――リシェラの前へ出たヴレイヴァが叫ぶ。
「喰らうがいい!独自魔呪綴――『漆黒無法死界炎』ッッ!!」
放たれたのは、空間ごと焼き尽くすような漆黒の無差別爆炎ドリル。
超高密度に圧縮された黒炎が激しく回転し、大気を穿ちながら金髪女へ向かって着弾する!
――ドバオオオオオンッッ!!!
「あらぁ……?」
鎖で防ごうとした金髪女の腕ごと、黒炎のドリルが強烈に押し込む。
金髪女の身体が激しく吹き飛び、背後の石壁へ激突。炸裂した漆黒の爆風が、一帯を覆い尽くした。
「効いた……!」
煙が上がり、確実に手応えがあったことを確信する。あのバケモノにダメージを与えたんだ。
一瞬、安堵の空気が流れた。
――だが、直後。
メキメキメキッ……と、不穏な亀裂の音が響く。
「なっ……!?」
苛烈な攻撃の余波に、足元が耐え切れなくなった。
ガガガガッ、と一気に亀裂が広がる。
「地盤が……崩れるッ!?」
「ファイ!?」
ルナネアの声が遠ざかる。
脚に力を入れようとした瞬間にはもう遅く、俺の足元が豪快に崩落した。
「やらかし――」
無重力感とともに、身体が暗闇の底へと投げ出される。
視線の先――同じく体勢を崩し下へと落とされる金髪女の姿が見えた――
――ドゴォォォンッ!!
凄まじい衝撃とともに叩きつけられる。
全身を襲う激痛に耐えながら何とか体を起こすと、ツンと鼻を突く湿った匂いと水音が広がっていた。
「ここは……」
頭上の崩れた天井から、わずかに光が差し込んでいる。
見覚えのある、暗く湿った地下通路――いつか見たことのある、下水道と似ている。
「あらぁ……急に落ちたと思ったら、二人きりになっちゃったわねぇ」
煙の立ち込める暗がりの中、ゆっくりと立ち上がる影。
身体中の傷から血を流しながらも、金髪女は不気味な笑みを崩していなかった。その赤い瞳が、俺を射抜く。
「さっきはいいのをくれたわねぇ。とってもいい連携だと思うわぁ」
「それはありがたいこ――」
言葉が終わるより早く、殺意を孕んだ黒鎖が真っ直ぐ俺の喉元へとしなる。
――ガツンッ!
「っ……!」
間一髪で体を捻り、短剣で受け流す。腕が痺れるが足は止めない。
上の仲間たちと分断された今、金髪女と正面からやり合っても勝ち目はない。今はただ、踵を返し、湿った地下通路を全力で駆け出すしかない。
「逃げられると思ってるのかしらぁ?」
背後から響く、愉悦に満ちた足音と金属の擦れる不快な音。
放たれる鎖を死に物狂いで前転し、壁を蹴り、滑り込んで回避していく。一瞬でも足を取られれば、即死。脳のシグナルが限界まで加速する。
「どこか……どこかに抜け道は――」
水飛沫を上げて曲がり角を曲がった、その瞬間。
「なっ……!?」
脚がピタリと止まる。
視界を塞ぐのは石壁。そして――複雑に絡み合い、網の目のように這い回る、無数の太い金属パイプ群。
――行き止まりだ。
「あらぁ、行き止まりだわぁ」
ゆっくりと曲がり角から姿を現す金髪女。黒鎖をジャラリと鳴らし、狂気に満ちた笑みを深めていく。
いや、待て。
一面を覆う無数のパイプ。複雑に交差し、地下の暗闇に張り巡らされた金属の群れ。
脳裏に一筋の電撃が走る。
……いける。再構築を使えば――
この作戦は、金髪女に察知されたら一発で終わりだ。あいつほどのバケモノ相手に、二度目の騙し討ちは通じない。初見の初動で完全にハメて仕留め切らなければ、俺に勝機は万に一つもない。
「観念したのかしらぁ?」
黒鎖をジャラジャラと揺らし、確実な殺意を孕んで歩み寄ってくる金髪女。
初見で叩き込む……一撃離脱の賭けだ。
俺は深く息を吐き出すと、身体の奥底から暴れ狂う力を引っ張り上げた。
「――刻めッ!!」
戦闘前、ヴレイヴァに試しでもらった『火炎』がパイプ群を粉砕する。凄まじい金属音が地下に響き、破片が弾け飛ぶ。
隠れない。躊躇わない。崩れた残骸を跳ね除け、パイプ群の切れ目まで一直線に駆け抜ける。
――ここが金髪女の死に場だ。
パイプの終端で急停止。勢いを殺さず、踵を返して振り返る。
「さようならぁ、眼帯さん」
追いかけてきた金髪女が、粉砕されたパイプ群など意に介さず俺の正面へ突っ込んでくる。
――ここだ。
「――再構築」




