第二十七話 艶から撥水へ
艶特化ワックスを施工してから、しばらくが経った。
休日恒例の洗車で、彼はこの数週間楽しんだワックスの効果を再確認していた。
愛車に近づくと、やはりボンネットの存在感が目を引く。
飴細工のような艶を放ち、淡色の白い塗装が、周囲の景色を柔らかく映し込んでいる。
雨の日には、水玉はほどほどながら、疎水性によって水滴はなめらかに滑り落ちていた。
超撥水や強撥水に慣れた目には、それは不思議で面白い光景だった。
いつも通り洗車を終え、吸水クロスで丁寧に水分を拭き上げる。
そして彼は、迷わずボンネットをターゲットにした。
普段なら、このタイミングで再施工して美しさを維持する。
しかし今日は違う。
今日は、あえてその艶と疎水性をリセットする。
理由は、次の実験のためだ。
ワックスを並べた棚へ目を向け、彼は一つの缶を手に取った。
木製の蓋に荒々しい人物が描かれた「トール」――。
撥水特化のワックスだ。
かつて超撥水に夢中になり、使い切る寸前まで減らした缶だった。
久しぶりにその存在感を確認し、蓋を開けると、鮮やかな水色が顔を覗かせる。
「久しぶりだな、君は」
固形ワックスだが、触れると意外なほど柔らかい。
彼の手は迷わず、スムーズに施工を開始した。
素の状態に戻したボンネットへ薄く塗り込み、均一に広げていく。
その動作は、過去の自分との対話のようでもあった。
所定の乾燥時間を置いた後、彼はマイクロファイバークロスで軽く拭き上げた。
曇りが消えたその下には、透明感のある強い光沢が現れる。
質感も独特で、撥水の予感を確かに感じさせる仕上がりだった。
彼はじっとボンネットを見つめた。
目の前の光景は、かつて自分がこのワックスから離れた理由へ近づくための、入口のようにも思えた。
ボンネット以外には手を加えていない。
彼の意識は、すでにこの実験に集中していた。
トールの強烈な撥水は、これまでの高耐久ワックスとは明らかに異なる。
使い切る寸前まで愛用したのに、なぜ最終的に手放したのか。
その答えは、次の雨の日にくっきりと現れるだろう。
彼はガレージの照明を落とし、静かに頷いた。
新たな実験の舞台は整った。
準備完了。
あとは雨が、あるいは彼の好奇心が、答えを教えてくれる。




