第二十九話 求めるもの
予報通り、次の週末は朝から雨だった。
彼はいつもよりゆっくり朝食を済ませる。
元々、洗車の予定はなかった週末だ。
むしろ、この雨こそが、ボンネットに施工したトールの性能を試す絶好の機会となった。
ガレージへ向かい、彼は艶特化ワックスとは違う、透明感のある強い光沢を纏ったボンネットを確認する。
シャッターを開けると、湿った風と共に細かな雨粒が吹き込み、ボンネットの上に散った。
その粒は張り付くことなく、わずかな傾斜に沿って、ゆっくりと動き出す。
「流石はトール。この撥水力だ」
その光景に、彼は思わず声を上げた。
水滴はボンネットに張り付かず、滑るように転がり落ちていく。
しかし、違和感もあった。
彼は以前、ある自動車メーカーが研究していた「濡れない塗装」の存在を知っていた。
あれは究極の撥水だが、艶を完全に失う。
もし、完璧な撥水を前にしても、自分は心から惹かれるのだろうか。
「何か違う」
彼はそう感じながら、車を発進させた。
目的地は特に決めていない。
ただ、トールの撥水の真価を確かめたいだけだ。
フロントガラスの撥水性が弱っていることもあり、雨粒の動きは視界に残る。
彼はまず、風を受けやすい海沿いの道へ向かった。
運転席からでは、ボンネット上の水の動きまでは分からない。
そのため、彼の視線はワイパーが水を掻き分けるフロントガラスと、その向こうの景色に集中していた。
速度を上げると、フロントガラスの水玉が丸く弾かれ、風圧で勢いよく消えていく。
海沿いの大きな駐車場に車を停め、彼は外へ出てボンネットを確認した。
そこに残っていたのは、数えるほどの微細な水玉だけだった。
走行中に、水はほとんど流れ落ちたのだ。
トールの撥水は、間違いなく最高レベルである。
「……でも、何か違うんだ」
最高性能を前にしても、満たされない感覚があった。
彼は、この漠然とした飢餓感が、トールを使わなくなった理由なのではないかと自問する。
ボトルキャップ式のエナジードリンクを一口飲み、再び車を発進させた。
海沿いを離れ、今度は展望台のある山道へ向かう。
違う道を走れば、何か気づくことがあるかもしれない。
そう思いながら、彼は愛車を進めるのだった。




