第十二話 満腹の帰路、課題の確信
いつもとは違う至福のひと時を過ごした彼は、会計を済ませ、店を出た。
鉛色の雲が垂れ込める外は、相変わらず雨だった。
しかし、静かだった店内とのギャップのせいか、雨脚は少し弱まり、シトシトと降る雨音さえ聞こえてくるようだった。
駐車場へ向かう途中、彼は周りに目をやる。
彼の愛車と同じように丁寧に綺麗に保たれた車が何台かある一方で、一切水を弾かず、雨に濡れたボディに水膜がべったりと張り付いた車も少なからずあった。
そんな中、彼は贔屓目だと自覚しつつも、やはり自分の車が一番だと満足する。
もちろん、彼と同じように手間をかけて車を綺麗に保っているオーナーたちに対しては、深くリスペクトしている。
彼らの愛車もまた、それぞれのオーナーにとっての『最高の状態』なのだろう。
彼は満足しつつ、愛車に乗り込んだ。
雨粒で濡れたドアハンドルを握る感触ですら、丁寧に磨き上げられたボディが、彼に確かな満足感を与えてくれる。
行きと同じ道順なら、山道を通るのが最短だった。
しかし彼は、海岸線沿いの遠回りなルートで帰ることにした。
行きに見た荒々しい海を、もう少し長く眺めていたい。
それは、雨の日ならではの気分だった。
愛車は、海岸線特有の横風と、再び強くなった雨脚をまともに受け始めた。
小雨になったはずの雨は、最短ルートである山道への分かれ道を過ぎ、海沿いへ向かったあたりから、まるで降ることを思い出したかのように勢いを増したのだ。
山道では、木々の葉が天然の屋根となり、フロントガラスに当たる雨粒は細かかった。
そのため、行きに感じた「わずかな違和感」は、気のせいだと思っていた。
しかし、遮るものがない海沿いの道で、強まった雨を浴びる。
ワイパーが動いて水を掻き集め、ガラスの端へ戻る際、通常ならすぐに勢いよく流れていくはずの水滴のまとまりが、わずかに膜になりかけていることに、彼は気がついた。
一般のドライバーであれば、こんな些細な変化は気にしない。
しかし彼は、『最高の状態』から少しだけ性能が落ちたというその変化に、確信を持って気がついた。
それは、彼の基準から見れば明確な性能の低下だった。
とはいえ、しっかりと撥水加工されたガラスの大部分は、大雨の中でも視界に大きな悪影響が出るほどではない。
だからこそ、その性能低下は、すぐにどうにかしなければならない耐えがたい状態ではなかった。
むしろ、愛車を『最高の状態』に戻すための、具体的な次の目標ができたことに、彼は静かな喜びを感じていた。
そんな些細な発見をしつつも、彼は雨という条件のドライブを、いつもより少し長く楽しんでから帰宅した。




