05話 ここは安全
広場には人々が行き交い、少なからず活気がある。果実や穀物の入ったかごを持つ者や、木材を加工した家具を売る露天商に、水をくみ上げ運ぶ人。
住人達は「昨日ヘルハウンドが討伐されたらしい」と口々に噂している。
「魔族が黙っていないぞ」
「一匹くらいいなくなっても気づきやしねえよ」
あきらかに私がやったやつだ。面倒ごとに発展しないといいけれど。
アイリの家もある家屋が密集している区画と違って、このあたりは見晴らしがいい。建物の高さに制限をかけているのだろうか。
私たちは朝食を済ませた後、街にくり出していた。散歩したいというわがままにアイリが付き合ってくれたのだ。
「んー、にぎやか。平和でいい国じゃん」
「はい。国を囲む石壁には特殊な素材を組み込んでいますので、魔獣の類いは近づかないんですよ。大抵の国が同様の措置を講じているはずですが、そういえばヒマリさんはどちらの出身で?」
治安がいいって意味で言ったのだけれど、この世界では魔獣の脅威が排除できるかどうかが重要なのか。共通の敵を前にして人々は結束する、みたいな?
それよりも質問の返答、どうしよう。正直に異世界から強制的に転移されてきました、って言ってしまおうか。
平凡な女子高生ってことを知られるのは問題ないけれど、あと聖女だってこともバレかけているけれど、人類を救うための使命を負っているってことだけは知られたくないかも。
食後の紅茶を楽しみながらマリーの手記をてきとーにめくっていて見つけたあるページ。
そこには、マリーが別の大陸からこの大陸に重大な責務を負っておくられてきたことが記されていた。
世界をその手中に収めんとする魔族に対抗するための最終手段である、幻獣。彼らに助力を乞うことができるのは、聖剣の振るうことが出来る者であるということ。
「正直に言っちゃうけど、記憶喪失なの。学友のマリーも私を置いてどこかに行っちゃったし。アイリこそ、あんなところでなにしてたの?」
「記憶喪失!? それはなにかとご不便もお有りでしょう。お手伝いできることがあればなんでも言ってくださいね。マリーさんは手記にあった方ですよね。ご学友でしたか。そうですか」
「ん?」
顔を伏せるアイリはどことなく嬉しそう。
のぞき込むと、なんでもありませんと笑顔を作った。
「……すいません、わたしは薬草採取をしていました。錬金術師として独り立ちするのが夢なんです。お店とかもっちゃったりして、研究所とか建てて、掘り出した設計図で失われた魔道具を作りたいんです。まだ見習いなので、簡単なポーションを作って売ることしか出来てませんけどね。なので、近くの林まで出ていたんです。へへ、なんだか夢を語るって恥ずかしいです」
頬を染めながら口を隠して話すが、その表情はやりがいと希望に満ちている。
本当になにかを作るのが好きなのね。
「素敵。でも、魔獣には気をつけないと。ひとりで外にいると危ないよ、って、私に言われたくはないよね」
「お気遣い感謝します。ヒマリさんは本当にお優しい。それで、あの……気になっていたことがあって」
もじもじとしてうつむき頬を染めるアイリ。
「どうしたの? 一宿一飯の恩もあるから、私に手伝えることがあれば言って」
「なんでもですか? ありがとうございます! ここでは人目につきますので、こちらに」
「いや、なんでもとは言ってないけど……なにをする気?」
怖がらなくても大丈夫ですよ、と言いながらもそれ以上の詳細は述べずに前を歩くその子の背に恐怖を感じる。
営業していない、幕が下ろされた露店の間に来たところでアイリは振り返った。
「わたし、あの……実は、興味があるのです」
ひざをつき合わせ、前で組まれた手はしきりに動いている。相変わらずうつむきがちだが、その顔を先ほどよりも紅潮していた。
もどかしい、はやく触れたいと言わんばかりに。
「きょ、興味ってまさか」
私が通っていた女子校にもそちらの子は普通にいた。だから抵抗があるわけではないが、自分がモテるなんて思いもよらなかったため、動揺してしまう。
目の前の少女は同い年くらいの可愛い系。たぬき系の、少しおっとりした感じと出るところが出ている体型は、なんとも庇護欲をかき立てられる。礼儀正しい立ち振る舞いの中にも、無防備で警戒心が薄いところがあり、いたずらしたくなる。
好きな子に意地悪する男子ってこんな気持ちなのかな。
「よ、よろしいですか? やさしくするので」
「ここ、こうゆうのは適切な順序があると思うの。まずは手をつないで公園デートとかしないと、いきなりこうゆうのは」
街の雑踏がかすかに聞こえる露店の隙間で、じりじりと歩み寄られる。もう後ろには木の柱しかなく、逃げ場がなくなっていた。
やさしくするという事は、攻める気なのか。もしかして経験者?
視線は下の方に集中しており、ついには手が伸びてきた。
「もう我慢できません! そのバッグ、見せてください!」
「え? バッグって……、これが見たかったの……?」
ショルダーバッグに顔を近づけ細部まで確認しては優しくなで回し、金具の部分やつなぎ目に指を這わせ、ぶつぶつとその造りについて独り言を続けるその少女に、私は呆然とするしかなかった。
バッグのことだったのかー。
「寝ている間にでも勝手に見てくれてよかったのに」
律儀でいい子だ。
「はああ……スーハー。すごいですよヒマリさん。このバッグはすごい。一級品、いえ、それ以上です」
さすがに慎んでいるのか顔を埋めこそはしないが、極限まで近づけてそれの香りを楽しむように嗅いでいる。
たしかに革製品は独特のにおいとかもするけれど。子犬のときもそうだったが、この子は匂いフェチなのかもしれない。
「ただのバッグじゃないの?」
「違いスー、ますよハー。おそらくは名のある錬金術師の傑作です。大傑作。外観はあえて質素なものにしていますが、だからこそ性能の高さを隠したいという意図を感じます。ぜひ、中を見せてください」
隠す必要もないので手渡すと、慣れた手つきで手を突っ込み、ついで頭も突っ込んだ。
頭は入れなくてもいいのでは。
特に気にしたことはなかったけれど、考えてみればたしかに異様な部分もあった。
まずは重量だ。マリーの手記は片手で持つにはつらい重さだが、バッグに入れている間はそれを感じることはなかった。
「やハーり、予スーくは的中しました。これは無限バッグですよ。底なしに入ると噂の、古書に記載されていたものを見たことはありましたが、まさか実在するなんて」
目をキラキラ輝かせている。錬金術師として何か思うところがあるのだろうか。
それにしても、嗅ぐか話すのかどちらかにしなよ。
昨日使用した騎士を召喚するスクロールがそうであったように、このバッグもどの国においても国宝級の品物となるほどの逸品であるらしかった。
「あのー、オルテッドの娘さん? はあ。こんなところにいらっしゃいましたか。首席補佐官がそちらの客人をお待ちです。こんな暗がりで、おふたりはなにを?」
そこに、ひとりの従女が駆け寄ってきて早口でそう述べた。オルテッドって、たしかアイリの名字だ。
「スハー、ハッ! もうそんな時間になっていましたか。すいません、先方にはすぐ向かうとお伝えください。ヒマリさんにも謝ります、今朝方に王宮に顔を出すよう呼びつけられていたのでした。ヘルハウンドを倒した事が噂になっていたようで、ただでさえ客人なんていない土地なので」
ショルダーバッグを自身の布きれで一通り拭いてから、アイリはそれを返却した。
「そうだったんだ。わかった。ちょっと不安だけど、アイリと一緒なら――」
「すいません、それが、これからわたしも外せない用がありまして、工房に向かわないといけないんです」
「あぁ、そっか。錬金術師はなにかと忙しそうだもんね。街の案内に付き合ってくれてありがとう。研究とかするの?」
「今日は鍛冶屋でクワを造らないといけなくて。互いに用が済んだら夕食にしませんか? また手料理を振る舞わせてください。そして、その、食後にまたバッグについて詳しく調べましょう? ヒマリさんの役に立つ情報だと思うので。家で待ってますね」
好きだなホントに。
あげたい、ところだけれど、私も余裕はない。それにバッグについてよく知る必要はあるし、文字通り無限なら、このバッグ一つで輸送タンカーよりも運ぶことが出来るということだ。
だとすれば、使い方次第では、くっくっく。
「お店の手伝いか、偉いね。おいしい料理楽しみにしてるから」
「はいっ」
手を振ってアイリと別れ、私は侍女の後に続いた。




