06話 交渉する女子高生
王が住まう城は中央に位置しており、三つの塔が連なる国一番の巨大建造物。レンガ造りのそれは他の建造物と違って歴史と格式を感じさせる。
その一室に、私は招かれていた。
「あのお方が――」
「――普通の女の子よ」
「可愛い」
扉の外から聞こえてくるのは、侍女たちのこそこそ話。ここに来るまでも、ずいぶん奇異の目を向けられた。途切れ途切れに聞こえてくる会話によると、商人であることを期待する声や、姿格好から警戒する者がほとんどであった。
緊張してきた。
砂糖菓子をつまんで紅茶をすする。待つように言われて15分は経った。室内は異様に広いのに長テーブルとソファーが二つあるだけ。調度品が壁に掛けられていたりするが、客間にしても贅沢すぎる使い方だ。
「ヒマリ様、お待たせいたしました。こちらが王宮付き錬金術師のアーリア・オルテッド様です」
案内役の侍女が入室すると共に頭を下げて招き入れたのは、ひとりの女性だった。肉付きのいい身体は、そのメリハリを隠す白の衣服を押しのけ主張する。
というか、聞いていたのは首席補佐官だったはず。なぜに錬金術師が。
「アリーアだ。まあかけてくれ、面倒な挨拶は省こう。君がヘルハウンドを子犬に変えたという客人だね?」
言いながら自分でついだ紅茶を雑に飲むアーリアは、少しこぼして熱がった。近くで見ると服装に乱れがあり、奇妙な片側の丸眼鏡をかけたままでいた。
「たしかにここに来る途中で、ヘルハウンドには遭遇しましたけど」
「ふぅん。浄化については語る気はないと」
「!?」
小さな声で、かつ聞こえるように言った。
この人、明らかになにかを知って探りを入れている。途端に緊張感が増してきた。この人がマッドサイエンティストだったら、このまま帰ることも出来ずに培養槽とかにつっこまれて実験されるかもしれない。
「ああすまない。なにも疑っているのではない。むしろ期待していてね。たとえば魔獣を解放することが出来る者とか……。客人は数年ぶりになるものだから」
なにかを引き出そうとする話し方に警戒せざるを得ない。
「そ、そんなに誰も来ない国なんですか? あっ、すいません。どうもこの土地には疎くて。私、行商人です。ヘルハウンドを倒せたのはたまたまで」
とっさに嘘をついてしまった。
正直に聖女です、魔獣を倒せますと言ってしまうと、やはり培養槽にぶちこまれて培養液漬けにされるかもしれない。
もしくは魔獣狩りを強制されることも考えられる。というかそちらの方が現実的か。
「そうか。それは願ってもない事実だ。早速商談を、と言いたいところだが、緊張を解くためにもこの大陸について説明しよう」
いわく、大陸には魔族が幅をきかせており、その領土の大半をおさえているらしかった。各国は首都を残してほとんどを奪われるも、現状は一時の安寧を得ていた。そのため各国のあらゆる連携をほとんど途切れており、生存のための商取引がわずかな交友となっていた。
そこにきて見知らぬ人物の来訪、それが私というわけだ。
「へ、へー。結構シビアな環境なんですね」
「ここ南方はヘルハウンドを放し飼いにすることでけん制するにとどめているみたいでね。完全に舐められているの。ペロペロに。舐めるといえば、あの犬はその剣で倒したのか? 商人には過ぎる代物に見えるけど」
前のめりになって腰に下げた私の聖剣を見つめるアーリアは、立ち上がり、横に腰掛けて手を伸ばしながら触っていいか聞いてきた。
「持ち物に召喚のスクロールがありまして、それでなんとか。これはその、盗賊とか怖いじゃないですか。なので護身用というか、お守りみたいな意味合いで腰にぶら下げているだけなんです。ほら、折れているんですよこれ。あ、どうぞ」
興味津々のご様子だったので、素直に手渡す。アーリアは鞘をじっくりと見つめすぎて、丸眼鏡に触れそうな距離まで迫っている。時折、カチャカチャと眼鏡のふちと聖剣をぶつけながら調べているが、さすがに距離が近すぎる。
この道具に執着する感じ、既視感がある。錬金術師ってこういう性格の人ばかりなのかな?
やはり核心に触れないでおいたのは正解だったかもしれない。
そこで、ゴホンと扉のそばから咳払いが聞こえる。案内役の侍女だ。
「女の子が外をひとりで出歩けるとは思えないんだけども……ま、いっか。それで、我々はあなたと商取引がしたいのだけど、なにを取り扱っている? 商人がここに来たということは、当然売りたいものがあるんだろう? 生計を立てるためにも」
向かいの席に戻るかと思われたが、アーリアはそのまま商談を開始した。真横で深くソファーに腰掛け、紅茶をがぶがぶ飲んでは聖剣に穴が開きそうなほどみつめている。
商談という割には砕けすぎた雰囲気に、調子が狂う。
「え、あの、商品ですか……そうですよね、私商人ですもんね」
まずい。
とっさについた嘘が速攻でバレそうな状況になってしまった。ないよ商品なんて。薬草の一つでも拾って高級品ですって言えば、いやこの人は騙せなさそう。どうしよ。
「まさか、なにもないとは言わないよね? もしかして、商人ではないとか? たとえばそう、使命を負ってこの大陸にやってきたとか」
疑いのまなざしは次第に強いものとなる。落ち着いた声音と表情を保ちつつも、アリにいたずらを仕掛ける猫のような、圧倒的な優位性がその態度からあふれていた。
「あ、ああありますよもちろん。ほらこれ、種です。いいですよー? これはいいものです。新鮮取れたてですからね。焙煎直火焼きとかイケます」
テンパって後半は意味がわからなくなってしまった。出自がバレて磔、即火あぶりコースとかないよね?
ジャンヌ的な最後が脳裏に浮かび、戦慄する。
しかし、反応は思いも寄らないものだった。
「おー!? 種子売りかっ。ありがたい、これはありがたいよ。品種は? かぼちゃかウリ科の種子だとうれしいんだけど。ふむふむ、きゃべつと、じゃがいもにきゅうりか。買わせてもらいます」
小さな袋を三つ手渡すと、アーリアは一粒ずつつまみあげて外観だけでそれがなんの種なのかを言い当てた。手を上げて扉に控えている侍女に指示を出すと、しばらくして金貨が積まれた台を引いて戻ってきた。
「こんなに、いいんですか? これって大金なのでは」
「ハハハ。適正価格だよ、多少の色はつけてあるが。それより疑って悪かったよ。種子を取り扱っているならすぐ言ってくれればいい宿を手配したのに。昨夜はどこに?」
「オルテッド様! 大変です! 畑の収穫量が想定の半分にも届きません! 日照りが続いたことによる影響が大きかったかと。このままでは冬を越すことすら難しくなるかもしれません」
そこにひとりの女騎士がノックもなしに入室してきた。慌てた様子でアーリアに近づき、事の重大さを、垂れる汗も気にせずに訴える。
「なに!? 在庫はまだあるはずだが?」
「先月のヘルハウンド投擲事件で火災が発生したじゃないですか。その際に食料庫だけが全焼しまして」
「……」
ヘルハウンド投擲事件ってなに? どういう状況なのそれ。壁越しに投げ込まれたとかかな。
顔をしかめて熟考していたその錬金術師は、こちらを見て一瞬、口角を上げた。
「ヒマリさんはどう思う? あなたのおかげで種子は手に入ったけれど、今日植えたところで実が成るのは数ヶ月後だ。なにか打開策がなければ私たちは飢えてしまう。そう、たとえば魔法とか」
「え。魔法って言われても、そんな都合のいい魔法あるわけ……」
あった。
アイリの家にあった水晶で鑑定した際に判明した魔法。その中に『豊穣の雨』という表示があった。意味からして雨を降らせる魔法だろう。しかし、普通の雨ではたいしてこの状況を打開するには至らない。
そもそも魔法を使えることが知られても大丈夫なのだろうか。現時点ではただの商人でなんとか通せている。街中を散策したときにも、魔法使いがそこら中にいるという世界ではないようだし。バレてしまったらやはり火あぶりコースなのでは。
「どうだい? ここで恩を売るのは商人としても悪くない話だと思うけれど」
「たしかにそうですね。私、やってみます。いやあの、ちょうどいい魔法のスクロールがあったような気がするので」
「本当ですかっ! ありがとうございます」
深々と頭を下げる女騎士の後ろで、アーリアは微笑んでいた。
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