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04話 才能はある錬金術師


 しっとりした風が肌をなでる。草木は乾いていて水たまりも見当たらないため、昨夜あたりに雨が降ったのかもしれない。

 そのおかげか、消火活動は円滑に進んだ。鎧に全身を包んだ大柄の女性が大盾と長柄武器を背に固定したまま、革袋で火を消す様はなんとも異様だ。

 脱げばいいのにと思うけれど、中には誰もいないのかもしれないし、そもそも肉体とかはなさそうだった。

 

 作業を淡々と進めていた騎士は入念に確認した後にこちらへ戻ってきた。しかし、その身体が光に包まれ、輪郭がとらえにくくなっているのは気のせいだろうか。


「ナイトちゃんおつかれー。疲れた? 影が薄くなってるっていうか、身体がうすくなっちゃってるけど。ごめんね全部してもらって。水、飲む? その革袋からでるやつだけど」


「ん、そろそろ時間みたいです」


 ペラペラとマリーの手記をめくるアイリが、視線を落としたままぼそりと言った。


「え? 時間ってまさか」

「はい。召喚のスクロールですから時間的な制約もあります。でも、ずいぶん長かったですね。この記述によると、ショルダーバッグに入ってある『一時の透過』とあわせていずれも国宝級のアイテムらしいので、性能の高さには納得ですが」


 ふむふむとうなずきながら熟読している少女の横で立ち上がり、私は全力で命の恩人に向かって走っていた。


「ナイトちゃーん! 消えないで! あなたのおかげで私っ……。ありがとー!!」


 まばゆい光は白銀の全身鎧と交わり、天に召されるように光の粒となって消えた。


「ヒマリさん……そこまであの騎士を大切に思っていたのですね。すみませんでいた、てっきりご存じなのかと」

「う、ううう。こんなことってないよ。ずっと一緒だと思ったのに。ハグすることすらできないお別れなんて。あんまりだよ。うう…………ずっと守ってもらおうと思ってたのに」


「ヒマリさん……」


 つられて涙ぐんでいたその瞳は、じっとりとしたものに変わっていた。

 視線が痛い、ビシビシくる。


「冗談だって。信頼できる仲間を失って悲しいのは本当なの。剣の使い方とかも教わりたかったんだけど」

「もうなくなっちゃいましたけど、スクロールには引用元の記載がありましたよ? なので、原本や同じスクロールが見つかればまた会えますよ」


「ほんとっ!? よかった。ちゃんとお礼を伝えられなかったし、また会いたい」

「そうですね。ふふ。あの、ヒマリさん。よければモンドニに来ませんか? わたしが住んでる国です。剣術に心得がある者もいますので、教えてもらえるよう頼んでみます」


 優しく手をとられ、歩く。

 その背は小さいが、とても頼もしく見えた。もしかしたら、この子のほうが年上かもしれない。こんな世界で生きていれば、自然とそうなるのかな。


「アイリ、ありがと」

「こちらこそ」




 翌朝。

 暖かい日差しが小窓から差し込む屋根裏部屋で目を覚ました。小鳥がちゅんちゅんとさえずる先には、二階建ての家屋が所狭しと並んでいる。その奥には石造りの壁。7メートルぐらいで、この国を囲んでいる。

 想像していたよりこぢんまりとした印象で、国というより小規模の町といった感じだ。


 部屋の隅にあるテーブルには水が張った桶があり、下に聖剣とショルダーバッグが置いてある。


「ヒマリさーん、朝食の用意が出来ましたよー」


 階下からいい匂いと声が届いた。

 二階建ての木造家屋に、アイリはひとりで住んでいる。先に起きて用意してくれるなんて、とてもいい子だ。

  

「はーい、いまいくー」


 ベットのとなり半分は、まだ少し暖かい。女の子ならちょうどふたりが横になれる広さの。もしかして、ここで一緒に寝たのかな。

 

 昨日はあの後、三十分ほど歩いてモンドニに到着した。この世界に飛ばされた直後に視認できなかったのは、木々に囲まれていたから見えなかったのかもしれない。

 アイリの友人ということで簡素な手続きだけで中に入れてもらい、その足で家に向かった。

「ヒマリさーん? まだ起きてないんですかー?」

「急かさないでよぉ。この階段、怖いんだから」

 

 きしむ木製の階段を一段ずつ注意して降りる。勾配がかなり急、もはや垂直に近く、一枚一枚の木板も狭い上に離れている。足を伸ばしてようやくつく間隔。

 軽く汗をかいて辿り着いた二階は紙の束が積み重なって山となっている部屋で、真ん中に広い机があった。このフロアを丸々勉強部屋にしているのかな。


 そのまま一階に下りようとしたところで、机の上で光り輝く水晶を見つけた。引きつけられるような、不思議な雰囲気を纏ったそれに触れてみると、目を細めてしまうほどの発光とともに、地図が貼り付けられた壁に文字列が映し出された。



 ====


 レベル 表示できません

 

 体力   413/500

 攻撃力  160/160

 耐久力  570/570 

 魔力   190/998

 魔力(攻撃)750/750

 魔力(耐久)740/740

 知力    65/65 


 魔法     『言語理解』『治癒』『蘇生』『転移(――)』『表示できません』『表

 固有魔法

 ≪純潔の乙女≫ 『天光の柱』『聖域』『豊穣の雨』『天啓』『神の使者』『表示で




 なお、直前に習得、忘却または破棄があった場合――


 ====



「鑑定の水晶? 調整中って書いてある。修理を頼まれたのかな」 


 強いのか弱いのかはわからないけれど、たぶんこれが使える魔法の一覧だ。一応覚えておこう、きっと役に立つ。


 それにしても、魔力値がここまで減っているのはなぜだろう。

 聖剣って消費量がひどいのかな。だとしたら運用方法には細心の注意が必要かもしれない。

「ん? 違う! マリーの転移魔法が原因かっ」


 そりゃそうだよね。別の世界? に精神なのか魂なのかを送って、善良かつ無垢な少女と入れ替わる魔法なんて、大技に決まっている。

 納得したところで階段に手をかける。


 待って? ってことは、私もこの『転移』を使えば私の身体を乗っ取っているマリーから奪還できる?

 やってみる価値はある。まさに妙案。馬鹿めまだ見ぬマリーよ、私はお前を凌駕する。くっくっく。

 

 目をつむり、頭の中で『転移』を念じる。


「……」


 転移してよ。


 ぴくりともしない。

 ふと、水晶にもう一度手を置いてその表示を確認すると、先ほどは読み飛ばしていた部分があったことに気づいた。


『転移(破棄済み)』


 あぁ……。


『直前に習得、忘却または破棄があった場合、反映までに時間がかかる場合がありますのでご了承ください』 


 ああぁ……。


「だよねー。落ち着いて考えればだれでも思いつくわ。私でもそうするよマリー」


 窓から空を見上げる。

 

 あなたは今、なにをしていますか? 受験勉強をやらされているのでしょうか。それとも、世界観が違いすぎて混乱していますか? 

 自室の、机の隣にあるラックの二番目の引き出しにお年玉を貯めた金がそこそこあるので使ってください。私も好きにさせてもらいます。


「ヒマリさーん? 冷めちゃいますよー?」

 いつまでも待たせるわけにはいかないので、恐る恐るきしむ急階段を降りて、料理が並ぶ席に着いた。


「わぁ、おいしい」

「ふふ。こんなものしか作れませんが。喜んでいただけてよかったです」


 皿に盛られたスクランブルエッグと緑色の野菜を煮たものに、三種類ぐらいの野菜が入ったスープを平らげた。料理といえばインスタント麺をゆでるだけの私にとっては、この味付けは賞賛に値する。美味だ。


「たまごおいしいー」

「おかわりありますよ? 身体の調子はどうですか? 昨日は夕食を食べた後にすぐ眠られていましたけど。よかったらもう一本どうぞ、魔力回復ポーション。朝用に調整したものですので、眠くはなりませんよ」


 コトリ、とテーブルに置かれたガラス瓶の中には緑色のどろっとした液体が入っている。

 

 まあ昨夜も飲んだようだし、好意を無下にするのはよくない。コルクを抜いて一気に飲み干した。


「!?」

 

 まずい。あまりにも。

 雑草をすりつぶしてそのまま水に溶かしたかのような味。


 見た目通り。身体に良さそうだけれど、進んで飲みたくはならない。


「もう一本いきます? わたしの見立てだと、ヒマリさんの魔力値はかなり上限が高いと思うんです。慣れない聖剣の制御にも相当の魔力を消費したようですから、あと一本はいっといたほうがいいかもです。よろしければ二階に鑑定の水晶がありますので、上限まで回復できたかどうかを確――」


「大丈夫! もう充分。ありがとう」


「そ、そうですか? 市販の魔力回復ポーションより高品質ですよ? そもそも、錬金術師協会が卸しているポーションは大量生産を維持するために材料がよくないんです。効率化を追求するあまりに安全管理を怠っているとの指摘もありますし。加えてずっと店で陳列できるよう保存料も入ってますから、もう言わなくてもわかりますよね? それに比べてわたしの作ったポーションは賞味期限こそ短いですが、その分効果は保証します。元気になった気がしたとかじゃなく、実際に元気になる商品作りに励んでるんですよわたしはっ」


 賞味期限、味の保証はしているのだ。消費期限と間違っている気もするけれど。

 

 しれっと私のポケットに数本のポーションをすりこませるアイリは、早口で大手の商品と自作品の違いを語り続けた。

 よくよく見ると、台所のとなりにうずたかく積まれた木箱がある。そこには緑色のポーションがぎっしりと入っていた。



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