48.腹黒王子
審問会④
マリアの口からライアの名が出た瞬間、大講堂は露骨に困惑した。
彼女自身が社交界で大きな力を持つわけではないが、ここには彼女の一人息子アルフォンスがいる。
「ライア様って……」
「え、殿下の母君だよな?」
「どういうこと?」
「やはり中位の妾などその程度のものなのだろう」
「いいえ、きっとなにか魂胆があるのよ。女の社交はそれほど甘くないわ」
生徒たちでさえ意見は二分する。
単純に頭が悪くてマリアに通行証を都合したのか。
わざと王都に病を入れようと計画してのことだったのか。
元老院、および領主たちは後者で考えているようだった。
シェリエルは喧騒の合間にリヒトに合図し、マリアを地下牢へと戻すよう指示を出す。
立ち位置を変えながら自然にアルフォンスの方を見れば、彼はしっかり感情を隠して王太子の顔で立っていた。
すでに覚悟は決まっていたらしい。
「皆、静粛に」
チャールズの制止にも生徒たちは不満を漏らす。まさか、王太子の母君だからと見逃すつもりか、と。
けれど元老院たちも困った様子で審問官のカルロスを見るだけだった。
母親の不祥事でアルフォンスが廃嫡されれば、本人が平気で不祥事を起こしそうなユリウスの王位継承が濃厚になる。能力は高くとも思想に問題があることはこの審問会でも明らかだった。
「アルフォンス、構わないよね?」
「ああ」
どちらかというとユリウスの方が落ち込んでいて、アルフォンスはサッパリとした様子。
まだ拗ねているのかしら……
シェリエルは学院に戻る前のことを思い出す。
◆◆
ヘレンの病状が安定せず、ガーランドに移そうかという頃。
「先生は騎士団を連れて離宮に向かってください」
「……どうしても?」
「そんな顔してもいけませんからね!」
「しかし、通行証は彼女の正当な権利だ。特にガーランドは宝石商も多く、いまも交易を残している貴族は多い」
「御託はもうたくさんです。何をしたいのかは知りませんけれど、どうせ碌なことを考えていないのでしょう? 先生のお遊びでこれ以上厄介な事になったら怒りますよ」
「もう怒ってるよ」
「本当に怒ったらこんなものじゃないんですから」
「分かった。分かったよ。けど、短期間の拘束しか出来ないと承知しているんだろうね? 一度拘束すれば警戒を高め、自棄になってとんでもないことをするかもしれないよ」
「親の仇でしょう! こういう時こそご自慢の悪知恵を使って何がなんでも処刑まで持って行くんですよ」
「こわ……」
「はい?」
というようなやり取りの間にヘレンは更に病状を悪化させていた。
少し熱の上がってきたシェリエルはイライラして、のらりくらりとライアの拘束を嫌がるユリウスを叱り付け、結果、雨に濡れた子犬みたいな顔のユリウスが渋々、嫌々、騎士団に向かうのを見送ったのである。
ユリウスはというと、本当に心底嫌だなと思ってせめてもの抵抗にゆっくり騎士団に向かった。転移すれば一瞬なのに、わざわざオウェンスに馬車をひかせて夜の王都を眺めながら。
……ずいぶんゆっくりしてしまったが、ここらへんが潮時だろう。
騎士団に到着するとそのまま騎士団長室に向かった。すでに学院から知らせを受けて摘発屋を動かしているはずなので、先触れも出していない。
「こんばんは」
「ヒィあ! ゆ、ウス殿下!」
当然、騎士団長は突然現れたユリウスに飛び上がるほど驚いた。ユリウスはこれを愉快に思うことで少しばかり気持ちを慰める。
「騎士を集めてほしい。これからライアを拘束しに行く」
「ら、ライア様を?」
「ああ」
「罪状は」
「特にない……」
「え」
「ね。私もおかしいと思っているんだ。アレは何も悪くないのに…… いや、悪いか。ハハ、懸命に生きているだけなのにね。まあ、某ベリアルドの姫君が御立腹なんだよ。彼女は怠惰だからね。最小限の労力で最大の利を得たいのにその労力を無駄にされて大層腹を立てている。人生、努力が実らないことなど珍しくもないのに。彼女このまま挫折を知らずにいて大丈夫だろうか」
「何のお話をされているのです?」
「さあ?」
ユリウスは控えめにシェリエルの愚痴を言って、ハァ、と大きく溜息を吐いた。
けれど、良く持った方だとも思っている。これが例えばロランスの娘ならば早々にライアを糾弾していただろう。
……やはりベリアルドは倫理観が薄くて助かるな。
そう思う反面、シェリエルが自身に傾倒するよう扱ってきた成果も感じている。大切に、丁寧に扱ってきた。
あの日、初めてシェリエルの前に立ったとき、彼女は泣いていた。
ベリアルドは幼子でもよほどの事がなければ泣かないし、それまでノアを通じて観察していても彼女は一度も泣いたことがなかった。
それで、彼女の執着が“魔法”にあるのだと見当を付けた。
シェリエルが魔法を使えるように洗礼を手伝い、魔術を教えれば彼女が縋る相手は自分しかいなくなる。
そう思って、教師として側にいた。
けれど、シェリエルはまた泣いた。大事にしてくれないと子どもみたいに癇癪を起こして、それから大人みたいにユリウスを突き放した。
あの冷え冷えとする目はユリウスの閉じた心にも良く響いた。
彼女の執着を得るのは簡単ではない。師として上に立ち、困ったときには手を貸し、付かず離れず、便利で、絶対的な存在に——
それを後悔したのはここ最近のことだ。
「儘ならないね……」
「……?」
「君には自身より優先すべきモノがあるかい?」
「え、ええ。国王陛下です。それに妻と子ども、この国の民…… ですが」
「ふふ、豊かな人生だ」
「殿下は……」
騎士団長は恐る恐る、躊躇いがちに言う。
「役割…… かな」
ユリウスは微かに口角を上げて右眉をクッと寄せた。
離宮に到着したユリウスと騎士団の面々は門衛も素通りして隊列を進める。
王の妾よりも廃嫡された王子の方が身分は高い。妾は王族として籍を得るわけではないので、そうなると互いに王族付きの野良貴族として魔力量で判断されるのだ。
後ろ盾やら何やらでアルフォンスが出てくると面倒なことになるが、アルフォンスはすでにユリウスの手中にある。
ユリウスはそこらへんのメイドを捕まえてライアのところに案内させると、国を傾けるほどの美麗な笑みを携えてドアを開けさせた。
「やあ、邪魔するよ」
「……ゆ、ユリウスッ……」
彼女は予期していたらしく正装で長椅子に腰掛けていたが、それでも顔は醜く引き攣って声も震えていた。
そして、視線を少しずらしてユリウスの後ろに控える騎士団長の姿を確認すると、フッと肩の力を抜く。
どうやらこのユリウスが暗殺を目論んで此処に来たのだと思っていたらしい。
「少し話を聞きたい。ご同行願えるかな?」
「ここではいけないの? もう深夜よ? 話がしたいなら日を改めて——」
「手間をかけさせるな」
穏やかだが冷たく低い声だった。
思った以上に苛立っている。久しぶりに見たライアはあの頃より年をとり、貴族らしい小皺が粉っぽい肌に刻まれていた。
少女のような笑顔はない。けれど笑うと庇護欲を唆るだろうと思われる独特の隙がある。泣いて縋られると無碍にするのが憚れるような、ひ弱な女らしい顔だ。
ユリウスはこれが吐き気を催すほど嫌いだった。
シェリエル曰くアレルギー。
けれどもう身体を震わせるほど幼くもないし、顔に出すほど愚かでもない。ついでに持ち前の性格の悪さもある。
特別優しい声音に変えて、慈悲を思わせる儚い微笑みで言葉を続けた。
「私もこんなことはしたくない。分かって欲しい、早く学院に戻らないと私が叱られるんだ。アレらは人の事情をさっぱり無視するからね。君が強情で手間取ったと言っても無能扱いされるのは私なんだ、察してくれ」
「悪魔め……」
「おや。聞いたかい、騎士団長。これは不敬罪だ、連行しろ」
「あ…… え。その。殿下に不敬罪は…… 適用されませんが」
「はは、そうだった。君に廃嫡されたんだったね。やるじゃないか」
ライアは目に涙を溜めてギュッとドレスの布を握りしめていた。ライアにとっては復讐の仄めかしで、それなのにユリウスは冗談でも言うみたいに笑っている。
ユリウスがおもむろに片手を上げると、そのゆっくりした動作が終わる前にユリウスの手にファイルの束が渡された。
気配なく控えていたオウェンスが彼の求める資料を用意していたのだ。
ユリウスは十を超えるファイルを「んー……」と吟味し、「これでいいか」と言ってバサッとライアの目の前に放り投げた。
テーブルに落ちたファイルからは少し中の紙が飛び出している。ライアは警戒しつつもそのファイルを手に取り、中の紙に目を通した。
「な、なッ…… なによこれ!」
「ははは、興味あるだろう?」
それはコンラッドとライアの関係を証明する証拠が記された資料だった。
証人の一覧は伏せられているが、コンラッドがガーランドの公費を横領し、それがライアに流れていたこと。ふたりが密会していたと証明する通行記録。屋敷の権利からコンラッドにたどり着くまでの関係図。そのほか、言い逃れできない証拠が簡潔に纏められている。
「まさか、コンラッド様は……」
「ああ、表向き療養としているけど実際には騎士団の牢にいるよ。付いてくる気になったかい?」
「ある、アルフォンスは、このことを……?」
「さあ? 知られたく無い? ならどうするべきか分かるよね? ここにアルフォンスを呼んでも良いが……」
「行くわよッ! 行けばいいんでしょう!」
「助かるよ、礼は言わないけど」
呆気なく終わってしまったが、今はこれより大事なことがある。もうシェリエルは学院に戻っているだろうし、ノロノロ騎士団に向かったせいでずいぶん時間を消費してしまった。
「……——」
「ん?」
「覚えてなさい…… 必ず化けの皮を剥がしてやるから」
「おやおや…… 本当にそんな…… ふふ、ありきたりな台詞を吐く人間がいたとは」
「余裕ぶっていられるのも今のうちによ。もう遅いんだから…… もう。うふふふ、そうよ。こんなことをしても無駄よ。あなたが悪魔だと証明されればッ!」
「ハハ…… ははは、あー…… はは。楽しみにしているよ」
室内には気味の悪い笑い声がふたつ響いていた。
狂気を孕んだ女の声と、狂気しかない男の声。
それから騎士団に護送を任せてユリウスは学院へと向かった。
途中で馬車が襲撃でもされて彼女が逃げ延びれば面白いのに、と思っていたが、あいにくユリウスの期待に応えてくれる者はいなかった。
ライアの手足となり、策を与えた者たちはもうみんな牢の中にいる。
◆◆
「——マリア・バルカンに通行証を渡したのはライアで間違いない。先ほど騎士団と共に彼女の身柄を拘束した」
ユリウスがそう発すると、またも大きく講堂が揺れる。アルフォンスは眉ひとつ動かさず、粛々とユリウスの声に耳を傾けながら真っ直ぐに前を見つめている。
「彼女にどういった意図があったのかはこれから騎士団が明らかにするだろう。これは罪人としての逮捕ではなく、参考人としての拘束である。事が明らかになるまでこの件に関して不用意な発言は慎むように」
シェリエルは「意外と気配りが出来るのね」とユリウスに生暖かい視線を送った。
ライアの罪が確定すればアルフォンスも信用を失うことになる。親の罪とは言え、アルフォンスはいまだライアの思想を色濃く受け継いだとされているからだ。
まだ彼の評価は変わり始めたというくらいで、確かなものでは無い。それがあってライアの糾弾を避けていたシェリエルは、アルフォンスに申し訳なく思い…… はしなかったが、早急に手を打つべきだとは思った。
ユリウスを王宮に取られるのは避けたかったので。
アルフォンスならどんな苦境に立たされようが、たぶん大丈夫だろうと思って。
ユリウスが有無を言わせぬ声音と表情でライアの拘束を宣言し、この騒動の元凶については区切りが付いたように思えた。
けれど、これにより元老院が政治的な思考に戻ってしまったらしい。大人が正気を取り戻したのだ。
「学院側の状況は良く分かった。ではガーランドからも話を聞くとしよう」
やっぱり……?
と、シェリエルは肩を落とす。このままやり過ごせれば一番良かったが、そこまで思い通りにはいかなかった。
今日この壇上にガーランドに続く鏡は用意されていない。
生徒たちはコンラッドの姿がないことに気づき、続いて舞台袖から出て来た小柄な少年に注目した。
「ガーランド領領主コンラッド・ガーランドが息子、フェルミン・ガーランドと申します。どうぞお見知りおきを」
フェルミンはまず椅子に戻ったアルフォンスに礼をし、舞台奥の鏡に向き直ると元老院や各領主に丁寧にお辞儀した。
「まだ入学前…… ではないか?」
「ああ、たしかガーランドの御子息は来年ご入学予定だったはずだ」
生徒たちの視線を一身に受けたフェルミンはグッと拳を握って表情からは力を抜いた。
対話の際に相手の視線が集まるのは顔であり、そこに力が入ると緊張や怖気を悟られ付け込まれる。と、アロンから指導されたから。
まだ領内の貴族も纏められていないのに、こんな大勢の、それも元老院や各領主の前に立つなど予想だにしなかった。
心臓は痛いほどに鳴り続けているが、少しでも彼らに報いたくてこうして舞台に上がったのである。
「フェルミン様、今回学院の研究を受け入れたのは君の判断だね?」
「はい」
「もちろん、領地の決定に許可を出したのは我々だ。しかしその決定が君の独断であった場合、その判断が妥当であったか今一度評価し直す必要がある」
「私の独断でアルバラ研究室の申し出を受け入れました」
「成功の確証はあったのかな?」
「確証…… とは言えません。けれど、恥ずかしながらすでにガーランドは父の方針の影響で病が蔓延しておりました。貴族にも病人が出ています。加えて父が療養で執務を離れ、情報や技術の収集も困難な状況だったのです」
「ふむ。そこで、発案者であるアルバラ研究室から直に提案を受け、飛び付いたと」
「はい」
カルロスの言い様は肯定的でありながら少し棘を含んでいた。少女を検体に差し出すだけで国民の溜飲を下げようとすることに、元老院としては引っかかりがあるのだろう。
ベリアルドにお膳立てされたこの状況は国の要としては不甲斐ない。ま、次の標的が未就学児というのはさらに情けない話であるが。
「そこに個人的な感情は無かったと言えるかな? 少し前に母君と姉君がガーランドから離籍しているだろう。その助けとなったのがベリアルドであることは周知の事実。母と姉に諭され、良く吟味せず言われるままに受け入れたのではないか。そう考える者も少なくない」
生徒の一部にはイザベラが離籍したことを知らない者もいて、今日ここですべての生徒が知ることになった。
「たしかに母と姉から助言はありました。しかしふたりはベリアルドの助力により事業に成功しております。女性が事業を興すことがどれだけ特異なことであるかは私よりも皆様の方が良くご存知でしょう。先の通信の魔導具に始まり、さまざまな技術革新や政策に加えて、他者の事業までも成立させてしまう才を信じない方が不自然です。それこそ、負の感情が無ければこの提案を拒絶したりはしないでしょう」
シェリエルはフェルミンの答弁を聞きながら「褒め過ぎでは?」と舞台袖のアロンを見た。
フェルミンにここまでシェリエルへの信望はないはずで…… 受け答えの仕方を教えるようには言ったがここまで思想を植え付けろとは言ってない。
とは思いつつも、筋は通っているので元老院は納得したようだった。
そもそも研究として領地に干渉することは先に元老院に話を通していて、領地の承認があれば優先度の高い順から回っていく予定になっていた。
すなわち、これはフェルミンの動揺を誘うイチャモンなのだ。
「では管理体制について問おう。まだ未就学の君が病人を一箇所に集め、それを適切に管理できたかであるが」
「先に提出した資料はすでにお目通しいただいているかと存じます」
「ふむ。問題は無さそうであるな。実際にどうだったかはさておき……」
カルロスは何枚か紙を捲り、最後の一枚で手を止めた。
「なるほど。よろしい。フェルミン・ガーランド、ご足労感謝する」
フェルミンはスッとお辞儀をして、顔を上げる間際にシェリエルを横目で見た。シェリエルは労わるように会釈して、凛々しく退場して行くフェルミンを見送る。
提出した資料には最後にガーランドの上位貴族数十名の署名と印が記してあった。
魔力を含むインクで記す家門の印章は、契約書や宣誓の書において最上級の効力を持つ。
それは個々がその資料にある内容を保証するという宣言であり、なにか問題があれば責任を取るという誓いである。
フェルミンはまだ正式に叙爵していないにも拘らず、ガーランドの主要貴族が彼の後ろ盾となったと証明しているのだ。
領内での派閥を纏めるのも時間の問題だろう。元老院はそう判断して、これ以上フェルミンを虐めるのはやめにした。
目まぐるしい審問会は他に槍玉に上げる人物が見つからず、終わりの気配を見せていた。
カルロスは一度自席に戻り、通信の魔道具を使いながら意見をまとめる。
「諸君、ご苦労だった。元老院は此度の審問を終える」
ワァー! と生徒たちから歓声があがる。
途中、ディディエに乗っ取られた審問会もやっとカルロスの手に戻り、大人たちも心なしか安堵していた。
「シェリエル嬢、引き続き今後の対策をよろしく頼む。なにか策があると言っていたな」
「はい。時間もありませんし、このまま続けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……ここでか?」
王宮に場所を移すと思っていたカルロスは面食らって一度鏡を見た。鏡の向こうでも同様に「生徒たちに聞かせて良いものか」と悩んでいるが、ユリウスが「構わないよ」と勝手に許可を出す。
「では、これから王都に公布を出していただきます。王の承認はチャールズ様に。草案はこちらで仕上げておりますので元老院の皆様には確認をお願いします。賢者様方には魔術士団を率いて王都に魔導具を設置していただきます。これを“国営放送”とし、夜明けと共にチャールズ様にスピーチをしていただきたく存じます。公布の書に問題がなければそれをここにいる生徒に印刷してもらい、夜明けまでに平民、貴族問わず王都全体に行き渡るよう配布してもらいます。これを“新聞”と言います」
「待て待て待て。情報量が多すぎる」
「時間がありませんので、各自速やかにご対応いただきますようお願い申し上げます」
「丁寧に言えば良いというものではないのだが?」
シェリエルは勢いに任せて国の重鎮たちにまで指示を出し、時間を理由にすべての権力を手駒にした。
新聞として配る文書は貴族用と平民用で分けてあった。平民も買い物や商売で使う程度の簡単な字は読めるので(簡単な単語の羅列なら読める)、前世でいう子ども用の絵本くらい簡単な言葉で書いている。貴族にはもう少し詳細に。
それでも無数に人がいる王都で一度に情報を共有することができないので、シェリエルはインターネットを再現しようと考え、「さすがに無理か」と諦めて国営放送のテレビもどきを作ることにした。
鏡の魔導具があれば印を合わせれば受信できるし、平民街にはいくつか大きな鏡を置いて放送を垂れ流す。
ダンスの練習で大鏡を使うので足りなければ貴族に出させれば良い。魔術士団も使えばすぐに準備できるだろう。
「すでに賢者様には作業に入っていただいております」
王宮からそのまま学院に来てくれた賢者は特にやる事がないので別室に案内して魔導具制作に取り掛かって貰っていた。審問の間にいくつか完成したとジゼルとシャマルから進捗の報告も受けている。
「其方、こうなると確信があって準備を?」
「はい、そうですが……」
シェリエルはなぜそんな当たり前のことを聞くのかと首を傾げた。もし元老院が体裁に囚われた頑固頭で問答無用に処罰すると踏んでいれば、元老院に父を召喚し混乱に乗じて他国に逃げるくらいしただろう。
けれどまだ望みがあったのでここまでやった。
地道に利を配り有用性を示して来た成果であり、皆の頑張りを信じてのことだ。
そして、シェリエル自身は主にこの感染拡大をどう収束させるかを考えて動いていた。
「シェリエル嬢、猶予は……?」
「日が昇る前、民が本格的に動き出すまでです」
「そんな……」
「すべての公布と魔導具、その運用方法は随時各領地に共有致します。必要があれば各々の判断でお使いください」
「……徹夜じゃ」
誰かが言った。
まあ、この事態に呑気に寝ていられる者はここには居ないだろう。
騒めきのなかチャールズが席を立つ。
「よろしい! では我々は王宮に戻りましょう。学院はゴルハルト卿にお任せします」
「あ、あの私は……」
これまで何故自分が呼ばれたのか分からないと言いだけに座っていた祭司マティアが手を上げる。
「マティア様には神殿の特別医療区域を作って頂きます。お兄様」
「ハ〜ィ、マティア様は僕が指導しますよ〜。資料はあるけどマティア様が神殿の指揮をすることになるので、一度で確実に理解してください」
「ひ、ぇ……」
マティアは自身が呼ばれた理由を知ってヘナヘナ背もたれに抱きついた。
こうして長いようで短い審問会はそのまま感染拡大対策に移行する。
教師たちは声を張り、寮に戻るよう生徒に指示を出す。文書に許可が降りればすぐに彼らに印刷して貰わなくてはいけない。
ベリアルドからはいまも続々と物資が届いている。プラントン伯爵からは紙が。文官棟やベリアルドの貴族からは印刷の魔導具が。
セルジオは今ごろ地味で楽しくない転送作業でブツブツ文句を言っている頃だろう。
「シェリエル、そろそろ治療しなさい。君の魔力ならそろそろ発症してもおかしくない」
「はい……」
向こうでディディエが青ざめたマティアの腕をしっかり押さえて次々に指示を出している。
「ここはディディエに任せて部屋に戻ろう」
「や、えと……」
「いいから来なさい」
ユリウスはシェリエルの腰に手を回すとすぐさま転移した。





