44.有識者会議
有識者を集めた会議室は不穏な緊張感が漂い始めていた。
緊急招集には慣れているものの、学院の研究者は欠席で、賢者も口数が少なく、結構な時間が経つのにまだ何も始まらない。
さすがになにかおかしいぞ、という空気になって鏡の向こうの領主たちも「これは何の会議でしょうか」「なにか進展が?」と騒ぎ始める。
賢者たちは珍しく冷や汗を浮かべてコクリと頷き合った。
これ以上は場が持たない。あとは野となれ山となれ。
心をひとつにして議長である宰相チャールズに合図を送れば、チャールズも緊張気味に首を縦に振る。
「では、これより臨時有識者会議を始めたいと思います。領主各位、お揃いでしょうか。えー、まず。賢者様から報告があるとのことですが……」
もう後戻りはできない。始まってしまえば「よし」と言われるまでこの場を持たせなければならないのだ。
賢者と呼ばれる彼らでも流石に心臓がヒリつく思いだった。
研究一筋の彼らにとって政治的な駆け引きなんて畑違いで、しかもこの発表が今後の流れを左右することくらい彼らもよく理解している。
緊張とはまた違う大きな重圧を感じて、手に汗握ってノロノロと発表を始めた。
「ええ…… 先日から話にあった疫病に対する新たな魔法が完成した」
「おお! 素晴らしい!」
「思ったよりも早いな、これならば今回の最厄期は被害を最小限に抑えられるやも」
「厄災規模で終わりそうですな!」
明るくなった会議室に反して賢者たちはドッ、と背中に汗をかいた。
いま正に最厄通常運転に数字が追い付きそうな事が起こっているのに、これ以上期待値を上げては後で大変なことになる。
「ま…… まずは疫病についての説明から始めよう」
都度報告していた疫病の仕組みをまた一から説明する。
もちろんこれは時間稼ぎである。
まだ理解が浅い者は真剣に聞いているが、鏡の向こうのロランス侯爵などは別の資料を読んでいるようだし、元老院ゴルハルトはムッと眉を寄せて姿のない研究者たちの空席を睨みつけていた。
賢者はそうしたまばらな意識の集まりを知りながら、病が三種に分かれること、そしてそれぞれに適した治療方法があり、それも完全ではないので公衆衛生に力を入れるべきだと話す。
たまに「どこまで話したかの?」と老人スキルを発揮しながらなんとかダラダラと話を続けるのである。
「賢者様、失礼ながらもう夜も深いのです。我々を招集したということは、なにか朝一番に公布すべきことがあるのでは?」
「議論が必要なのでしょう? 早く始めてしまいましょう」
「チッ……」
「ん? なにか?」
「ゥオホン、なんでも」
少し前までしょうもない法案のために何日もぐだぐだと無益な話し合いをしていたというのに……
ここ最近は事前に資料を用意して共通認識を持って臨むのが普通になっていて、会議の質が格段に上がっている。
印刷の魔導具によってほぼ同時に全員に論文が配布できるようになったからだ。
しかも、以前はある程度纏まったら領主に通信か書で報せ、返答を得てまた会議で話し合うなどしていたが、いまではこの場ですべて話し合えてしまう。
通信、印刷、書の形式、すべてシェリエルがもたらしたものだが、今回はそれは仇となった。
「お、ホホ…… では新しい魔術の仕組みを」
「術式は秘匿事項では?」
「問題ない、仕組みを説明しても真似できるものではないゆえ」
「であれば、聞いても意味が無いかと」
「それはそう」
え、どうしよう……
賢者らしく知恵を絞ったがこうも正論で返されてはぐうの音も出ない。理論の説明なら半日くらい喋れると思っていたのに、それを封じられて完全に詰んでしまった。
だがここで諦めるわけにはいかない。
「我々はこの革新をただの発明で終わらせとうはない。どの部分がシェリエルの才によるものか理解せねば運用が出来ん…… と思うのだが」
「たしかに一理ある。ベリアルドの才によるものであれば、それきりの魔導具で終わるだろう」
「そう、そう! そうなのだ! 疫病の概念が一新されたことと、対策、魔導具の運用ついてはそれぞれ切り分けて考える必要がある。仕組みを理解することでより一層この発見の偉大さを皆も知ることになるだろう」
賢者たちはたまに交代しながらこれまでの常識とシェリエルがどんな奇跡を起こしたかを熱く語った。
そうして授業二コマ分ほど経った頃。
不意に領主の鏡から「少しよろしいでしょうか」と声がかかる。
宰相チャールズが一旦賢者の話を止めてそちらに話を振った。
「いま…… 学院で疫病が出たとの報せを受けたのですが」
「何、学院にだと!?」
「どういうことだ、ゴルハルト卿!」
「いや、私も聞いておりませんな。教師に確認してみましょう」
賢者たちは額に手をあててクタ、と背もたれに身を預けた。
「ここまでかの……」
「よう持った方じゃろ」
もう会議室は大変な騒ぎになって、元老院は「研究者たちを呼べ」と叫び、子が学院にいる領主たちは各々学院に通信を繋げと補佐官に指示を出している。
「シェリエルに合わせる顔がない……」
「ガッカリするかのお……」
「ん、待て。通信じゃ」
「わ! シェリエルじゃ! 繋げ繋げ!」
賢者の持つ魔導具にはシェリエルからの着信印が発現し、彼らは混乱に乗じてコソコソ隅に集まると印に魔力を込めた。
『賢者様、ありがとうございました。お陰様で準備が整いました』
「シェリエル〜! 早かったの!」
「夜明けまで持たせられなんだ」
『いえ、充分です。兄がずいぶん張り切ってくれたのでこれから報告に上がろうかと』
「そうかそうか、待っておるぞ!」
「あやつも生意気言うだけのことはあるの」
『いまから転移で向かいますので』
プツ、と切れた魔道具を賢者たちは無言で見つめた。安堵八割、心配二割。
役目を終えたとは言え、ここからが本番である。長く国の頭脳として生きてきた自分たちでさえもこのような有様であるのに、まだ十五になったばかりの彼女が矢面に立たされることを考えると、自然と表情は暗くなる。
魔導具の仕様を理解しているからこそ、即時解決が見込めないことは良く理解していた。
この疫病の拡散が無かったことには出来ないし、これからさらに酷くなると想像出来てしまっているのだ。
賢者たちは騒つく会議室に見つめながら黙って席に着いた。
あとは毅然とした態度でいることが唯一自分たちにできることだと思って。
◆
「シェリエル・ベリアルド様が会議への参加をご希望です」
「!?」
補佐官の声にパッと全員の視線が扉に向かう。
彼女は悠々と会議室に入ってきたかと思うと、前方で足を止めて丁寧な挨拶の言葉を述べる。
チャールズは席に着かないシェリエルを見てだいたいを把握した。
賢者が語った疫病の詳細に、いま報せが入った学院の感染者。それから間もなく彼女が現れたということは、いま学院は大変な事態に陥っているのだろう。
ゴクリと唾を飲み込んで議長としてシェリエルに問う。
「シェリエル嬢、何事ですか」
「学院で感染者が出た件について、ご報告に参りました」
「貴女がいらしたということは…… ガーランドでの課外授業が関係しているのですね」
「はい」
これまでシェリエルの発明に歓喜していた者たちは反射的に怒りを露わにした。
いくら素晴らしい研究でも、自ら病を広げれば元も子もない。病の仕組みが解明され、穢れに関係なく人に伝染ると知ったいまでは「なんてことをしてくれたんだ」という感情が先に立つ。
「シェリエル嬢、学院の状況をご説明いただけますか」
「はい。まず学院ですが、現在完全封鎖しております。ですが、市街地にも感染が広まっている恐れがあるので、朝一番に王都に何かしら宣言する必要があるでしょう」
「王都の貴族に病人が出るということか!」
シェリエルに向かう視線は厳しかった。
彼女は政治的に利用価値があるため尊重されて来ただけで、祭司や大祭司のように敬われ信仰を集めているわけではない。
いや、祭司であっても不利益をもたらせば非難される。以前公開裁判で断罪されたゲルルトが良い例だろう。
「わたくしに責任があることは重々承知しております」
「どうするつもりだ!」
「申してみよ!」
「まさかベリアルドが国家転覆を謀って疫病の研究をしていたわけではあるまいな!」
「この責任どう考える!」
方々から飛ぶ黒い野次もシェリエルは一切表情を変えず、少し目を伏せて聞き入っていた。チャールズが「静粛に!」と場を収めると、騒音の切れ目にシェリエルがゆっくり瞼を上げる。
「わたくしたちアルバラ研究室はここ数日、ガーランドに赴き疫病および治療法の研究を進めて参りました。そこにある女生徒が紛れ込み、学院に持ち帰った次第であります」
「なんと……」
「一体どういう管理体制を」
「アルバラはどうした」
「静粛に」
「……」
「学外に出ていた生徒も全員送還済みであり、全生徒の感染検査は終了。隔離、治療、経過観察、待機と分け、職員含め完全に学院は封鎖したので、これ以上学院から病が広がることが無い状態にはなっています」
シェリエルの落ち着いた低い声に会議室は生唾を飲み込んで黙り込んだ。問いただしたいことはたくさんあったが、この短時間であの巨大な箱庭を掌握してしまっていることに言葉が出ないのだ。
それがどれほどのことであるか、理解できない者はこの場にいない。
もちろん、アルバラをはじめとする大人の指導があることは分かっていて、けれど学院で教職に就いているディディエの存在が脳裏にチラついた。
国を動かすほどの才を持つと言われるベリアルドの呪い持ちがこの事態を掌握したのだ。
そこに善意は無い。あるのは彼らの生き方のみ。
類い稀な才を前にして、吉と出るか凶と出るか、ほとんど博打みたいな気持ちで聞いている。
「——事実確認の場が必要であることは理解しております。責任の所在をはっきりさせる必要もありましょう」
「自ら審問を望むと?」
「はい」
シェリエルは流石と言うべきか、大人たちの心理を良く理解しているようだった。
そも、国政に学生が関与するなど異例の事態である。
ベリアルドの“才”があるからこそ取り込み、ベリアルドの“呪い”があるからこそ信用できない。
表裏一体の彼らの性質はこういった場面で極めて扱いが難しい。
しかし、結局のところ疫病に最も詳しいのは彼らであるため、まずは審問により害が無いことを証明し、その上で解決に向けて策を出させ、結果も加味して最終的に責任の所在を決めることになるだろう。
シェリエルはそれが分かっていて、最速で解決に向かうよう動いているように見えた。
「ではその女子生徒とガーランドからも聴取し、明日の夜にアルバラ研究室の関係者を審問にかけたいと思います。異論は」
「はい。僭越ながらひとつご提案がございます。先ほども申しました通り、本日民が動き始める前に触れを出すべき事態です。よって、これから学院にて全生徒の前で審問会を開いてはいかがでしょうか」
「学院で? 全員を一度に聴取するのは構いませんが、生徒まで……? それならば当事者を王宮に招くべきでは? 学院に元老院を向かわせるのは危険過ぎます」
「その点はご安心を。感染者は隔離し館内も清め消毒しております。学院の生徒全員が当事者となったいま、一方的に決定事項を伝えただけでは生徒に疑心を招きかねません。平常時でしたらそれが当然の事ではありますが、この折に不要な穢れを呼ぶことは避けたいのです」
チャールズは筋が通っているように思えて即答しかけ、寸前で飲み込んで元老院の反応を確認した。
「ゴルハルト卿、学院のことですので卿にもご意見を伺いたい」
「うむ。私も学院での審問に賛成である。彼らにも経緯を知る権利があり、なにより生徒にとって得難い経験となるだろう」
「では、他の皆様も異論はありませんか」
渋い顔でジッと机を見ている者が目立つ。安全と言われても疫病が発生した学院へ赴く気にはなれないし、何か仕掛けがあるのではと警戒しているのだ。
しかし、それが一番早い解決方法だと分かっている。一度に全員の審問を行うということは公開裁判に近い形になり、それぞれの証言を擦り合わせる必要が無く、その場で責任の所在をハッキリさせられる。
すなわち、アルバラ研究室は功績をあげる機会を逃すことになり、シェリエルにとっては不利な提案でもあった。
「全員で行く必要は無いだろう」
「ええ、対面での審問は必須ですが、代表者が赴き他は通信で決を取るのが良いかと」
多少揉めはしたが、結局一番ベリアルドに不信感を抱く者とゴルハルト、それにチャールズが向かうことになった。
シェリエルはすべて想定内と言いたげにその決定にお礼を言い、もう準備は整っているからと全員を転移で運ぶと言う。
「シェリエル、わしらも行こう。アウグストから詳細は聞いておる。少しは役に立てるだろう」
「ありがとうございます」
シェリエルは淡白な表情から一転、ほろっと頬を緩めて賢者に親しみのこもった笑みを向けた。それに賢者たちは疲れを忘れたかのように威厳のある笑みで応える。
どんなことになっても自分達だけは彼女の味方でいなければと思うような、そんな微笑みだったのだ。
かくして王宮に集まった国の重鎮たちは二分されることになる。
◆
ちょうどその頃、ガーランドに転移させられたアロンは挨拶もそこそこに早速作業に没頭していた。
情報はすっかり集まっていて、数字も大まかには纏められていた。ガーランドほどの大領地ともなれば補佐官も優秀で、通信事業を取り入れたことで僻地とも連携出来ているようだった。
しかし、アロンは久しぶりに目にした旧書式に目の奥がチカチカして、本来の速度を取り戻したのはついさっきのこと。
何をどう纏めるかざっくり方針を決めると、まっさらな紙に文字を書き連ねて行く。
ガーランド大神殿の現状、マリアが訪れる前からどう変化したか。それから神殿外——ガーランド全土の感染状況、感染源やその経路も追えるだけ追って簡潔にすべての情報を記して行く。
こういった作業はゲルニカでもやっていたので慣れていると言えば慣れているが、今年移籍してきたエドガーの方がもっと早く上手く纏められるだろうなと思って少し悔しく思う。
「フェルミン様、時間がないので説明しながらで構いませんか」
「は、はい! もちろんです!」
アロンはさっきシェリエルに叩き込まれたシナリオに沿って書を纏めながら、フェルミンに今後の流れとどう受け答えすべきかを説明する。
そうなると、今度は中位のアロンに圧倒的な能力の差を見せつけられたフェルミンが、憧れと悔しさで心臓に火を灯すのである。





