43.白衣の死神、白衣の天使
「ね、なんだと思う?」
「戦争とか?」
「帝国? だったらもっとドンパチ聞こえない?」
「たしかに」
「二年のマリア・バルカンがなにかしたらしいよ」
机で通信の魔導具を弄っていた友人が寝台に寝転がる三人にパッと振り返った。
ぶつぶつ漏れ聞こえていた誰かの声はいつのまにか止んでいる。それでみんな彼の情報収集がひと段落したのだと分かって、ひとりがガバッと上半身を起こす。
彼が今夜の少年Bである。
「え、なにそれくわしく。あの子がどうかしたの」
「お前彼女のこと好きだろ? 顔に出てるぜ」
「はぁあ? いや、たしかに可愛いし、優しいし、癒しだし、いいなっては思うけど。ちょっとアレじゃん。アルフォンス殿下といろいろあったし」
「あー、わかる。手出しづらいよね」
「その前はオリバー様だっけ? そういや、シルバに上がったロバートも一時期噂あったよね」
「ね。だからそういうのじゃ無いの。怖いもん……て、それより! マリアちゃん何したの!」
「いや必死じゃん……」
三人はダハハと笑って、情報を寄越した友人も「それ以上は知らん」と切り捨てる。
「でもさあ、お前、昨日二年のテーブルで飯食ってたろ?」
「あー、見た。先輩面してんなーって思ってたけどあれマリアちゃん狙いだった?」
「ちが、あれは、べつに。ただ…… その——」
突然の館内放送に、突然の自室待機命令。
みんなソワソワ、ドキドキ、と落ち着かない夜を過ごしていた。
幼い頃に初めて馬車で外出した夜とか。
洗礼後に初めて迎えた空白の祝祭の夜とか。
入学して初めて他家の御令息と同じ部屋で眠った夜とか。
楽しいのか怖いのかよく分からない。
いつもと違う夜はどこか冒険めいていて、不安と好奇心が入り混じって心臓が誤作動を起こすのだ。
きっとゴルド寮生や上級生なんかはいまごろ必死に情報を掻き集めているのだろうが……
中位以下には彼らのようにソワソワした心地のまま普段はしない話で盛り上がったりはしゃぎまわる者が多い。
言わずもがな、いま恋の話で盛り上がっているのはカッパーの寮生である。
と、そこに。
「入りまーす……」
ノックもなしに「ギィー……」と扉が開いて、真っ白な衣装に身を包んだ死神みたいな顔の男が勝手に部屋に入って来た。
「ぉア、びっくりした!」
「ジェフリー先生……? あの、ノックくらい……」
「ボクが何部屋回るか知ってて言ってる? 知らないなら黙ってろクソガキが……」
相変わらずボソボソと低い声で喋るジェフリーは相変わらず理不尽な暴言を吐いて、相変わらず嫌味ったらしく手に持った魔導書みたいなものをコンコンと二回指の背でノックした。
こんな時でもやっぱり嫌な先生だな、と逆に安心感すらある。
「んじゃ君からね。名前は?出身と学年。手、出して」
「え、た、キンバーの——」
「じゃあ、ちょっとチクッとしますよーっと」
扉に一番近い寝台にいた友人は無理やり指先を取られて針のようなものを刺されている。
ジェフリーは無表情で手元の魔導具に血液を垂らして、ペラペラと中身を確認していった。
「……はいオールクリア、陰性。次、君。おいおい、見て察するくらいしてくれ。出すんだよ、手を」
「お。ひえ、ア」
「お勉強ができなくてもいいけど見聞きしたことから学ぶとか察するとかそういうことはできたほうが良いよハイ君も陰性名前と領地と学年。次」
ジェフリーは嫌がらせみたいに早口で呪詛みたいな独り言を漏らしながら、生徒の情報を紙に書き込み針を替えて淡々と作業している。
彼らは「とうとうジェフリー先生がおかしくなってしまった……」と思って、黙って言われた通りにした。
このジェフリー・ドアンラックという教師は陰気に偏屈を重ねた最悪の教師である上に昨年から変な宗教にハマっているという噂があった。
ただでさえ湿っぽい研究室にはびっしりと魔除け(本人は魔除けと言っているがどう見ても呪具みたいなもの)のお札が貼られていて、そろそろ異端審問会にかけられるのでは、と囁かれるほどである。
この混乱に乗じて禁忌の魔術でも試そうというのではないか。もしやこの騒動自体がジェフリー先生の企みなのではないか。と、めいめい考えて戦々恐々としているのである。
けれど三人目ともなればさすがに要領を得てすぐに右手のひらを差し出した。少しでもモタつくとまた謂れのない悪口を言われるので無駄な抵抗はしないに限る。
少年Bは人差し指にプツッと針を刺され、「不思議な魔導具だなー」とジェフリーの持つ本を見ていた。
「お? これまた微妙な…… うーん、もう少し血を貰うよ」
「はい?」
ジェフリーはそう言うと針を金属製のお盆に放り投げ、ナイフに持ち変えると変な匂いの液体で拭いて……
結構な勢いで手のひらを切り付けた。
「んぉあぁ!」
「男の子だろ、我慢しな。あ、やっぱり感染してる。ちょっと待ってて」
「なん……」
「こちらジェフリー。あー、ディディエ君? あのさ、反応がすごく微妙な生徒がいたんだけどこれも隔離する? ちなウイルス性」
『誰?』
魔導具に視線を落として喋っていたジェフリーがパッと睫毛を上げるので、少年Bは小声で自分の名を言った。
ジェフリーはフッと落とすだけの瞬きで応えて、また魔導具に視線を落として名を繰り返す。
教師に名を呼ばれることなど滅多にないのでそれだけで少しドキドキしてしまう。
『感染初期か自力で病原殺してるんじゃないかな。健康優良児かとびきりのバカは発症せずに自然治癒することが多いみたい。でも一応治癒に回して』
「りょ」
プツと通信が切れたかと思うと、ジェフリーはなぜかキラキラしたハンサムな笑顔で少年Bに向き直した。
この人こんなに綺麗な顔してたんだ…… なんて思うくらい、今の状況が飲み込めない。
「君、疫病に感染しているから。これから治療を受けて」
「え、き病?」
なんとなく嫌な予感はしていた。さっきから「隔離」とか「治療」とかそれっぽい言葉が聞こえていたから。
でもまだ自分が病を患ったなんて信じられなくて、耳の奥の方で鳴る鼓動を聞きながらボーッとした頭でジェフリーの煌めく瞳を見つめることしかできない。
彼は誰かが不幸であるほど目の輝きが増し、少し優しくなるらしい。人としての余裕を他人の不幸から得ているのだ。
「バカは重症化しないから安心しなね。君どう見ても頭悪そうだし。はい、じゃあこのマスク付けて中庭ね。白衣着た人見つけて付いてって」
「せん……、ジェフリー先生、僕、死ぬんですか?」
「そうやって無駄口叩いて時間を無駄にしてたらそのうち死ぬ。老衰とかで」
「ヒ…… ッンぐ。ひ、ひまふぐッ! ひきまふ!」
「誰とも喋るな触れるな、それだけ覚えてあとは中庭まで走って」
強引に口当てを付けられた男の子はハフハフ言いながら部屋から飛び出した。
柱に手をかけギュンッとトップスピードで半回転し、階段を五段飛ばしで駆け降りて、ラウンジの長椅子を飛び越え一直線にエントランスを目指す。
途中、蹲って泣いている女の子を見つけたが、喋るな触れるなと言われているので、「走れ! 死ぬぞ!」と声を張り上げて走り抜けた。
寮から出て中庭を目指していると、白っぽい人影が立っていて「アレだ!」と進路をそちらに向ける。
「あ、ッあの! 感染! 老衰ッ……!」
「感染者の方ですね。ご案内しますので——」
「ジゼルちゃんッ!?」
「、?」
声で分かった。窓から漏れる明かりの下、瞳や頭巾に隠れた髪色を見て確信する。
白装束に身を包んだ少女はマリアにも負けず劣らずかわいい癒し系少女“ベリアルドの良心”ジゼルであったのだ。
彼女はベリアルドの姫君とよく行動を共にしており、昨年はカッパー寮でもよく姿を見かけたし、毎年恒例の「今年の新入生誰がかわいいと思う選手権」という下世話な人気投票では癒し枠としてマリアと並ぶ人気を誇る。
彼女と話したことがなくても、あのベリアルドの白い悪魔の隣で控えめに微笑む姿は誰の目にも心優しく奥ゆかしい少女に映るのである。
と、まあ、少年Bも例に漏れず、「結婚するならこういう特別美人てわけでもないけど愛らしくて物静かで気がきく子がいいよな」とか自分勝手な願望を押し付けながら——要するにちょっとイイなと思っていた。
見慣れない白衣を纏う姿はまさに天使。
となれば当然、不格好にゼェハァ乱れた息を気合いで整えてすくっと背筋を伸ばすし、紳士の顔を作るし、自然なそぶりでボサボサの頭を直したりする。
「失礼しました。ジゼル様でいらっしゃいましたか。私は——」
「少々お待ちください。他の方もいらっしゃったようなので一緒にご案内します」
「ア。ッシャス……」
自己紹介もさせてくれなかった。
ちょっとだけしょんぼりした少年Bは後ろから聞こえてくる足音に恨めしそうに振り返る。
「あれ?」
「ッ、お前さぁ! これ絶対マリア・バルカンからだろ! なんで馬鹿一番星のお前が穢れ貰ってんだよ俺まで巻き込まれたクソが死ね」
「失礼だな、僕が彼女と良からぬ関係があったような言い方はやめてくれたまえ。誤解を生むだろう」
「いや、なに? どした? ……あ、はぁ?」
やって来たのは同室の情報通——さっきマリアのことで散々揶揄ってきた友人だった。そしてなぜかグスグス泣く女の子と一緒にいる。
「その子は?」
「怖くて動けなくなってたから連れて来た」
「誰とも喋るなと言われただろう? まったく君ってやつは……」
「ぶっ飛ばすぞ」
「あの、ご案内させていただいてもよろしいでしょうか」
「ハイッ喜んでーッ!」
馬鹿一番星もとい少年Bは元気よく返事してニコニコとジゼルのあとを付いて歩いた。
疫病だとか余命だとかはもうすっかり頭から抜け落ちている。頭のなかは「どうにか彼女とお近づきになれないだろうか」とあらゆる可能性を探っているところなのだ。
「こちらにお並びになってお待ちください。くれぐれもマスクを外したり他者に触れたりなさいませんように」
「もちろんです、私が触れたいのは貴女だけですから」
ジゼルはニコ、と微笑んで軽く会釈するとそのままどこかへ静々歩いて行ってしまった。
「かーーッわ…… み、見た!? 近くで見るとすごくかわいい。俺、来年シルバに上がるわ」
「近寄らないでバカが感染る。あとジゼル様はいまディアモンで専属室だろ?」
「ぁ……」
友人は「本当バカ」とひと言呟いて隣の女の子に「ここで治療してもらえるんだって、大丈夫だよ」と優しい声をかけていた。
もう同じ部屋で過ごすのも四年目だというのに、彼のあんな優しい声初めて聞いたし、あんな穏やかな微笑み初めて見た。
ちょっと悔しく思いながら石ころを蹴飛ばすと、コツ、と石が当たった靴の様子を見て背筋が凍る。
「貴様、俺に石を蹴ったのか」
「ヒッ…… 大変申し訳ありません! わざとではないのです」
上位貴族の上級生であった。
これが平常時であれば大変な罰を受けるところであるが、列の先頭にいる人物から「静かに」と小さな声で怒られ、それ以上のことにはならなかった。
ホッと肩の力を抜くと後ろから友人が突ついてくる。
「あれリヒト様じゃない?」
「え、本当? 卒業…… あ、シェリエル様の護衛だっけ? あれ? ユリウス殿下?」
「どっちでもいいけどさ、リヒト様がいるってことは…… これ、ベリアルドが絡んでるぜ」
「どういうこと?」
「はぁ…… だからさ。いま教師の他に動いてるの、みんなベリアルドだろ? ジェフ先に指示出してたのもディディエ先生だったし」
「だから?」
「もういいや。お前は絶対助かるよ。バカは穢れに強いって言うもんな……」
「はぁ……?」
バカにされた少年Bはちょっと口を尖らせながらも悪い気はしなかった。友人が助かると言ってくれたから、なんとなく希望が持てたのだ。
けれども、これから何をするんだろ何をされるんだろう、という不安はあって、生娘みたいにドキドキする胸を両手で押さえて順番を待つ。
「次の方」
「あ、はい。ドードリィ領出身カッパー寮所属四年——」
前の人がみんなそうしていたので少年Bもそれに倣ってハッキリした声で言った。
良く見ると円形のテーブルには去年までカッパーに居たシャマルが座っていて、なにか紙に書付けている。
白装束の男がチョイチョイと手招きするので、おずおずとそちらに向かい、「あ、本当にリヒト様だ!」と、友人の情報収集力に素直に驚いた。
「じゃあ…… 治癒しますので……」
「え、あ。おねが」
治療は一瞬だった。それからシャマルに新しい口当てを渡されると、いま着けていたものを没収される。
「本館の西第三サロンで待機してください。自室に戻ったりしないように。少し疲れや熱っぽさを感じるかもしれませんが、明日には完治するでしょう」
「え、私は、助かるのですか」
「マスクで魔力を消費しておりますのでサロンにお急ぎになってください」
「魔力……?」
「次の方!」
質問はことごとく無視され、少年Bはトボトボ本館に向かって歩いた。友人を待とうかと思ったけれど、彼は後ろに並んだ女の子を待っている。
とりあえず大人しく言うことを聞くしかない。治療はして貰えたらしいし……
いま、泣き叫ぶ生徒を追いかけ回す闇みたいに真っ黒な甲冑が見えた気がしたから。
たぶん、気のせいだと思うけれど。
たぶん、そういう幻覚が見える病なのだと思うのだけど。
怖いからそっちを見ないようにして、なんとなく早足になっていた。
◆
司令本部となった本館の会議室はいまだひっきりなしに“声”が届いている。
その合間を縫って別の魔導具から連絡を受けたモーゼスがピシッと手を上げた。
「ディディエ様、そろそろリヒトの魔力が尽きそうです」
「了解。感染者は庭に集めておいて。充分距離を取って、症状がある者は臨時救護室に」
「はい!」
モーゼスの返事に重なって会議室の扉が勢いよく開かれる。ディディエはスッと立ち上がって、その場の指揮を一時ディルクに譲った。
「お兄様!」
「おかえりシェリエル。遅かったじゃないか」
「なんですかこれは!」
「ふふ、なんだと思う?」
シェリエルは目に入る魔導具、資料、そして飛び交う声とその内容から瞬時にすべてを把握し、もう一度「お兄様ッ!」と叫んだ。
駆け出し、珍しく兄に飛びつこうとして、やっぱり止める。結界を張っていても物理的な接触は感染の恐れがあるからだ。
「残念…… 全部終わったらバターになるくらい振り回してあげる」
「遠慮します。でも本当、あの。ありがとうございます…… もうほとんど検査も済んだのですね」
「誤魔化す時間は短い方がいいだろ? 一度会議が始まったら不信感を煽るだけだから」
シェリエルは臨時有識者会議に真っ向挑むつもりでいた。しかし報告できるほどの情報が纏まるまでに半日はかかると踏んで、自身が弁論に立つ間に並行してディディエに準備をしてもらおうと考えていたのだ。
しかし、そのためには少なくとも午前いっぱいシェリエルがひたすら謝り倒さなくてはいけない。
ディディエはそれを回避するため、また、シェリエルの身体を気遣って学院全体を動かしたのだろう。
シェリエルは兄が自分の考えを完璧に理解し、賛同してくれたことを嬉しく思って、同時に悔しく思った。
同じ方向性、同じ速度で思考しても、更に上を行く彼らに一生敵わない気がして、子どもらしく拗ねるのである。
「それで、なにしてたの? 例の魔法上手くいかなかった?」
「魔法は問題無かったのですが、ヘレン様の容体が安定せず…… 多分、治療による好転反応でしょう。発熱や痙攣がありガーランドに移して来ました」
シェリエルは事後承諾となった入領許可をディルクに渡す。
疫病が確認される少し前から領地の行き来は制限が厳しくなっていた。
平常時には現地の貴族から招待があれば入領できるところがほとんどで、領主の許可を必要とする領地は稀である。
しかし、ユリウスが想定より疫病の流行が早まると言うので、国が全領地に制限をかけたのだ。
商人たちは元々領主の許可を得て他領と取引しているのだが、ガーランドはコンラッドが規制をかけなかったためあれほどの疫病を集めることになった。
シェリエルは少しだけフェルミンとその件について話してきたところだった。
「で、ガーランドの様子は? フェルミン様からは報告を受けてるけど」
「先ほど少し会議にお邪魔して来たのですけれど、再び内部分裂を始めたようです。コンラッド様が失墜したいま、フェルミン様にすべての責を被せて分家の格上がりを目論む者。他領の干渉を恐れてフェルミン様をすぐに当主に据えようと言う者。あとはコンラッド様の復帰を待つ者ですね。そちらは一生戻らないと念を押しておきました」
「へぇ。あ、ちょっと待ってね」
ディディエは一瞬片手をシェリエルに向けて会話を中断し、ディルクに短く指示を出すと「ごめんね」と言ってシェリエルに向き直る。
この会話中にも魔導具から発される声はすべて聞き取っているらしい。
「ですが、ガーランドの内部分裂は放っておいても大丈夫でしょう。医会(医療促進委員会)が資料と方針をまとめているのであとはアロンに任せます」
「やっぱりアロン送らないとダメかな?」
「はい、ガーランドの補佐官はまだ報告書に不慣れですし」
「そうだね、じゃあ治癒はシェリエルに任せていい?」
「はい、もちろんです。……元老院はどうなっていますか?」
「招集だけして誤魔化してる。持って夜明けまでだね。いま賢者が向かってて、これから抗病原魔法の説明で時間を稼いで貰う」
「助かります!」
「そうだろう?」
「お兄様天才ッ!」
「ウフフ、知ってる」
ディディエは特上の笑みでシェリエルの賛辞を受け取り、一拍置いて、クッと片眉を寄せて切なく笑みを歪めた。
それがとてつもなく色気があって、シェリエルは兄の仕草を狡く思う。罪悪感を引き出すくせに、謝らせてはくれないのだ。
「で、あいつどうした?」
「ユリウス先生はいま騎士団の方に」
「ユリウスじゃなくて、あの厄介娘だよ」
「ああ、マリアさんは地下牢に入れて来ました。大人しくはなったのですけど逆に何をするか分からないので」
「良く知ってたね、ここに地下牢があるの」
「元王城なのでそれくらいあるかなと。鍵は替えてあるのでわたししか開けられません」
「うん、良いと思う。じゃあ、あと少しがんばろっかな」
「お願いします。モーゼス、わたしにも通信の魔導具を」
「はい、こちらに!」
シェリエルが戻った学院はすでに自室待機組(無感染)、感染組(無症状)、療養組(発症済)など、それぞれ居を別にしていた。
シェリエルが中庭へ向かうと、等間隔に並んだカラフルな人の列が見えた。
列の先頭へ向かうとその場に座り込んでヘロヘロになったリヒトがパッと顔を上げる。
「リヒト、お疲れ様。よく頑張ってくれたわ」
「う…… はい」
「休んでいて、あとはわたしが」
「シェリエル様…… ご無事でしたか!」
「ジゼル、案内ありがとう。皆が落ち着いているのはジゼルのおかげね」
「いえ、わたくしは…… シャマルの方が皆に冷静な案内を」
「ふたりとも良くやってくれました。……、シャマルは?」
「いまお清め隊を迎えに」
「お兄様ったらお父様まで使ったのね。領主を転送係に使うなんて」
そうは言いつつも嬉しかった。
あのディディエがふざけたり余計なことをせず、本気で事に取り組んでくれているのだ。
それが自身のためであると分かっているから、余計に申し訳ない気持ちと感謝で胸がいっぱいになる。
そして「あ、わたしやっぱり罪悪感あるじゃない。よかった……」と自身の正常を確認して、そっと耳飾りに触れる。
「こちらシェリエル、準備整いました。変異性の病を持つ者も回してください。祓いの儀を行います」
『了解。——看護班四番、生徒を中庭へ』
シェリエルは列の先頭を前にして椅子に腰掛けると、ジゼルにひとつ頷いた。
「治療を再開致します。先頭の方どうぞ」
◆
シャマルはリヒトの休憩時間を利用してモーゼスに中間報告書を渡し、ついでに忙しそうなモーゼスの代わりにお清め隊の受け入れを買って出た。
あいにくシェリエルとは入れ違いになってしまったのだが、通信により主が戻ったことは聞いている。
仮設転移門は本館の裏手、ディアモン寮と繋がる渡り廊下の横にあった。
ちょうどシャマルが渡り廊下に出た時、夜の庭からぶわりと魔力の波動が押し寄せた。シャマルは思わず眩しさに目を細め。そしてしょぼしょぼ瞬きをして。
「ヒャッ……! こ、こんなに!?」
光の余韻を残した庭には荷車に乗った白衣軍団がパッと見ただけでも三十は乗っていた。
本来の転移門ならば魔法石で魔力を貯めたりできるが、これはさっきユリウスが設置した仮のものである。
城の魔導士を集めたとしてもこんな数を一気に転移させられるとは思えない。
「緊急医療班十二番隊計三十二名! ベリアルドから参りました!」
「ベリアルド領プラントン伯爵が娘シャマル・プラントンと申します」
勢いに釣られて騎士の敬礼をしてみたシャマルだったが、我に返ってすぐにディディエに報告をあげる。
「こちらシャマル。お清め隊到着しました。三十二名だそうです…… これを領主様が……」
『ディディエだ。父上はあれでも領主だからね。シェリエルの改良魔法陣だからってのもあるけど。……ではこれから配置を指示する。それぞれ指定の場所に案内して』
「了解……」
さすがです…… せ、セルジオ様ってやっぱり凄い……
モーゼスのキラキラが移ったのか、シャマルはディディエの指示を聞きながらしばらく尊敬の眼差しで白衣の軍団を見つめていた。
書ききれませんでしたが、ノアとネージュはきちんと自室待機しています。
精霊にできることが限られているというのもあるのですが、契約者と魔力を共有しているのでシェリエルやユリウスに遠隔で魔力を送っている状態です。
余計なことせずごろごろしているのが一番役に立つというアレです、猫なので。





