38.赤黒いシミ
「マリア、マリア! 抱っこして! 抱っこして!」
「アーー! お外ッ! お外行きたい!」
「ま、って。ちょっと待ってね。わーん、ドレス引っ張らないで、ね、お願い!」
「お前ホント使えないな。それで貴族? 貴族って何もできなくても貴族なわけ?」
「ねえー、おばさんご飯まだ? 聞いてる? ねえってば!」
「うえーんッ!」
マリアはこの部屋で一番子どもみたいに泣いた。
四方八方から秩序のない叫び声に晒され、お気に入りのドレスは引っ張られて変な音をさせている。ベタベタした生ぬるい手であちこち触られるし、髪は呼び鈴みたいに思い切り引っ張られた。
こんなことになるなんて…… 村の子どもたちとは順番にお喋りしたり、お花を摘んだりして穏やかに過ごしていたのに——
当たり前である。
村の子どもたちはみんなマリアがその村を統治する地主の娘だと教えられているし、大人が彼女にどう接するか見て育っている。
しかし、この神殿に集められた子どもたちは違う。
みんな「貴族ってなんかすごくてこわい人」というくらいには教えられているが、目の前お姉さんは偉ぶってもないし、気弱そうだし、頼りないし、怒りもしないし、すぐに泣く。
みんなやってるから自分も好き放題する。怒られないし、他に感情の持って行き方を知らないから。
一番上でも八歳くらいだというのに、吐き捨てる言葉は大人顔負けの辛辣なものだった。あとは理性を知らない猿みたいなちびっこばかり。
看護師のおばさんたちは親や近所の大人そっくりに怖かったので、余計にマリアが“簡単な大人”に見えたのだろう。
要するに、舐めているのだ。
こうなってしまっては貴族であろうが序列は地の底へ落ちる。
マリアはドレスで鼻水を拭われ、全力疾走の子どもを背中で受け、衝撃で前のめりになれば髪を引っ張られ、また背中で二人目を受け止めていた。
「ヒィん…… グス。やめ、ちょ。まって。ね、待ってったらぁー! あーん!」
「マリア、泣いてもどうにもならないぞ?」
「へ、ヘジ?」
「ガキだってバカみたいに泣いてちゃ嫌われるだけだ。泣きどころくらい考えなよ、大人なんだから」
「ふぇ?」
素直で、たどたどしくて、トテトテ歩く天使みたいなヘジはどこにも居なかった。
さっきまで「貴族ってなぁに?」「わぁ、キレーなおねぇーさん!」と純粋な好奇心だけを詰め込んだ無垢な子どもの顔をしていたのに、しばらく子どもたちと話していたかと思うとコレである。
これも、当たり前である。
ヘジから見ても貴族のおじちゃんはオーラというか威厳というか、子どもが一瞬で理解するような“強者”の格があった。それは本人の立ち振る舞いだったり、周りの空気だったりするのだが、ヘジとメメもそれを肌で感じて子どもらしくしていた。子どもらしく大人に懐いてみせたのだ。
ドス黒い人間ならその場で殺されていたかもしれないけど。でも、たぶん、大丈夫。そういう人は最初から自分たちを視界にも入れないから。
子どもだから良い人とか悪い人とかは分からないが、子どもだから自分に対する悪意には敏感だ。
自分は嫌われてるんだな、みたいなのはなんとなく分かる。
でもあの人たちは案外優しくしてくれた。同情してくれて、勇気付けてくれた。
おじちゃんたちがどこかに行ってしまって寂しい。
代わりにやってきたお姉さんは頼りない。
お姉さんは子守りは得意みたいな顔をして、最悪のシッターぶりを発揮していた。思わずヘジが口を出すくらい、最悪なものだ。
見てらんない。何しに来たの。
そういうイライラは子どもにだってある。というより、子どもだから相手の背景までよく読み取れなくて、“大人”なんだからちゃんとしてほしいと容赦なく思うのである。
みんなこの「非日常」で興奮している。人がたくさんいて、なにか大変なことになっていて、見たこともない格好の大人が戦場みたいに走り回っていて、一大事なんだという空気が興奮剤になっている。
ヘジだって強がってはいるけど、周りの喧騒でだんだん不安になってきて。
だからちょっとでも安心したくて、「何とかしてよ」という気持ちでマリアに言ったのだ。
「どうするの? 騒いでたらマリアまでおこられるかもよ?」
「おい、いまオレが話してんだけど! 年下のくせに首突っ込んで来んなし!」
「あ、ごめんね。でもマリアが…… ねぇ、マリアどうすんの。オレまで怒られた」
「待ってッ! いま考えてるのッ!」
はぁ、こりゃダメだ。
十二歳くらいで初めて子守りを任された近所のお姉ちゃんだってもっとマシなのに。
(しかし、マリアはこれでもまだ十四。貴族は平民より発育が良いのでヘジからすれば大人に見えているが、子守りの経験もない貴族の娘なのである)
ヘジは部屋を見回して、とりあえずいまにも泣きだしそうなメメをどうにかしようと思った。
自分はメメよりお兄ちゃんだからしっかりしなくちゃ、という男の子の意地である。
ヘジはリーダーの座を狙っているらしいお説教男子を残して、メメのところへ戻ると手を繋いであげた。
「お母しゃんに会いたいな……」
「もうちょっと待ってな。いまみんなが治してくれてるから」
「おじちゃんどこ行ったの?」
「仕事だろ? 大人はみんな仕事しないといけない生き物だから」
「いやな世の中ね」
メメはマセたことを言いながらも、不安そうに口元をキュッとさせたままだ。
と、そこに。マリアが背中に男の子を乗せて四つん這いでやって来た。
「メメちゃん、お母さんに会いたい?」
「うん」
「ダメ! 会っちゃダメって言われてるからダメなんだよ!」
「そうなの……」
マリアの口ぶりは「会わせてあげようか」と言っているようなものだった。そのせいかメメは唇をしまい込んで顔を真っ赤にして何かを我慢している。それで、とうとう唇を緩めて「あいたい……」と小さく言うと、一緒にボロッと涙を溢した。
「ああ、可哀想に…… こんなに小さいんだもの。お母さんに会いたくて当たり前よ。わたしもそうだったの」
マリアは騎手となった鼻垂れ小僧に髪を引っ張られながらも、切なげに眉尻を下げる。
「まりあ…… ヒクッ、……も?」
「ええ、わたしは小さい頃に両親が死んでしまったの。だからね、会いたくても会えなかったんだけど。メメちゃんはまだ会えるんだもの。会えるうちに会うべきだわ」
「そ、うなんだ……」
「ダメだってば! マリアがこの部屋から出たいだけだろ!」
「えへ…… でも会わせてあげたいのは本当よ。ちょっとだけ、顔を見るだけだから」
ヘジは隣でぐずるメメの手を握ったまま口を引き結ぶ。
あの貴族のおじちゃんでも無理だったんだから、本当に会っちゃいけないんだと思う。でも、マリアの「会えるうちに」という言葉が喉をカリカリ引っ掻いて、だんだんそれが胸のあたりまで降りてくるようだった。
……もう会えないかもしれない。
自分たちの親は特別なビョーキにかかっている。だから、本当に、もう一生会えないかもしれない。いま生きているかも分からないし、明日死ぬかもしれない。
ケホケホ咳をするお母さんの背中を思い出して、最後に怒鳴られたのいつだっけ、と思って。悲しくて、寂しくて、頭の芯まで熱くなった。
「ヘジも、いこ?」
「おこられるよ」
「でも、あいたいでしょ?」
「あ、会いたい…… けど」
すると、マリアが子どもを背負ったままスクッと立ち上がって、両手を口の端に添えるとスッと息を吸い込んだ。
「みんなー! お姉さんはちょっと外に出かけてくるから、お利口にしててくれるかなー?」
「は? 育児放棄? 貴族って金で子ども育てる聞いたけどホントだったんだ」
「ち、ちがうわよ! ちょっとね、メメとヘジのお母さんに会ってくるの。すぐ戻ってくるから」
「ズリー! てか、ここから出ちゃいけないって言われなかった? なぁ?」
「うん、言ってた。あのおばさんたち死ぬほど怖いから逆らわない方がいいよ?」
「エヘンッ! わたしは貴族よ。だから多分大丈夫。看護師さんはみんな平民なんでしょ?」
「うわ、平民差別だ。泣き虫のくせに生意気だな、許せねー」
「待って待って、それはえっと、物の喩えというか。あのね、そういう決まりだってだけで」
「じゃー、なんでオレたち置いてくんだよ。みんなで行こうぜ」
さっきからマリアに突っかかっている説教系男子だ。八歳にしては背も大きくて気が強い。
マリアはしゃがんでその男の子と目を合わせると、ついでに背中の鼻垂れ小僧を下ろす。
「みんなのことは君に任せますッ!」
「ハ?」
「ちゃんと手を繋いでないと迷子になっちゃうかもしれないから二人ずつ。だから順番。ね?」
「で、なんでオレ?」
「しっかりしてるし、一番お兄ちゃんだもの。少しの間だけでいいから、みんなのことお願いしていい?」
「や……、ええ? マァ、しっかりしてるとは言われるけどさぁ…… 困るんだよね、そういうの」
彼はフイと顔を横に向けると、満更でもない様子で人差し指で鼻の下を擦り、チラ、チラ、と黒目だけでマリアを見る。
マリアは彼が腰に添えた方の手を両手で握って「ね、君ならきっと、わたしより上手くやれるわ」と、ダメ押しの激励を送った。
彼は「はー。しょーがねーなー……」と立派にカッコつけて、グイッと顔だけで子どもたちに振り返る。
「ッてことになったみたい。いまからオレがここ仕切るけど、イイ?」
「いーよー!」
「わぁー!」
分かっているのかいないのか、みんなはお姉さんに何かの任務を言い渡された男の子を囃し立てた。
けれど、それで一件落着ともいかない。一回で納得するほど物分かりの良い子ばかりではないのだ。
「ねー、ズルくない? 親に会いに行くんでしょ? なんでその子たちだけ?」
「そーだ、そーだ! 贔屓だぞ! 子どもはビョードーに扱えって習わなかったのか!」
「みんながお利口にできたら、順番に連れてってあげるわ。だからね、ちょっとだけ、静かにしてて?」
「おぉー!」
「本当? 父さんに会える?」
「会わせてあげる!」
「やったー!」
マリアは「なんだ、最初からこうしてればよかった……」と呟いて、鼻水で汚れたドレスを魔法で洗浄した。
「ワッ! 魔法だ!」
「そーよー? お姉さん、魔法が使えるんだから」
「えー! スゲー! はじめて見たー!」
「うふふ、静かに待っててくれたらあとでまた見せてあげるね」
「スッゲ! スッゲ! 早く帰ってきて! 待ってるから! ちゃんと待ってるから!」
「お前らー、静かに待ってるって約束だろー? 家の手伝いもねぇんだからたまにはゆっくりしようぜ」
「サンセー!」
ボスに就任した男の子はズビズビ鼻をすするちびっこの顔を袖で拭いてやり、適当に子どもたちを集めはじめた。
ヘジは「本当にいいのかな……」と思いながらも、もう流れは変えられないことを悟る。だって、いまからやめるなんて言ったらせっかく纏まりかけた子たちが大暴れするに決まっているから。
子どもからご褒美を取り上げるのは暴動に火付けに等しい行為なのである。
⁂
「ね、ほんと大丈夫なの? 近付くとビョーキうつるって言ってたよ?」
「大丈夫よ、ヘジもメメも口当てしてるじゃない」
「これ? マスク?」
「ますくって言うのね。そうよ、それ」
「へへ、カッコいいでしょ。貴族のおじちゃんに描いてもらったんだ」
「へぇ、凄いじゃない! みんなそれを付けて看病しているから、きっとそれがあれば大丈夫なんだわ」
「まりあはだいじょぶ? マスクないよ?」
「お姉さんは大丈夫です。貴族だから。フフッ」
マリアはちょっと得意げに言ってみた。
さっき子どもたちに魔法を誉められて良い気になっている。学院では劣等生として過ごしているので、あんなにキラキラした目で褒められるとどうしても嬉しくなってしまった。
それに“病は穢れから”と言うし、自分は大丈夫だという自信がある。
なにがあっても穢れない。落ち込むことはあっても、気が滅入って伏せるようなことはこれまで一度もなかったから。
今日だって誰かの役に立ちたいとか“先生”に褒められたいとか、そういう前向きな気持ちで来ている。恐れなければ、怯まなければ、病を貰うこともないだろう。
そう思ってここまで来たし、平気で神殿内を歩いていた。
「貴族ってすごいんだ?」
「うん、身体も丈夫なのよ」
「でもシェリエルさまもマスクしてたよ?」
「カッコいいからじゃない?」
「それは言ってた」
「ね?」
「でもでも! 白いのは? 白いのも着てたよ?」
「うーん、それもカッコいいからじゃないかしら」
「そっかー。そういえばそんなことも言ってた気がする」
「ゆってた! ゆってたよ!」
メメはシェリエルが貴族のおじちゃんたちに白衣を自慢していたと一生懸命話した。彼らと過ごした時間がよほど楽しかったのだろう。
マリアは他にもわたしみたいな人が来てたのね、と安堵する。
「親御さんはどこにいるの?」
「えっとね、そっち! ちがう、そっち! その角曲がって右の奥の方」
「よく分かるわね。さっきのお部屋ヘジも初めてだったんでしょ?」
「裏路地とかちゃんと覚えてないとすぐに迷子になるから。ボクたちは外で遊ぶのも命がけなんだ」
そう言って胸を張るヘジはやっぱり可愛かった。ちょっと生意気だけれど、乱暴な子よりずっと良い。メメはもう泣き止んでお母さんに会えるんだ、と頬をピンクにして先を急ぐようにマリアの手を引いている。
「たぶん、ここ。かな?」
扉の向こうからは不規則に重なる渇いた咳の音がしていた。シンとした廊下によく響く。
人の声はしなくて、物音はしない。看護師は居ないようだ。
マリアは一応、中指の関節で扉をいくつか鳴らして、閉ざされた扉を開けた。
「……ッ」
ギィと鳴った扉の音に反応して、寝台に寝そべる三人がこちらを向いた。
けれど、あるはずの瞳がひとつもない。代わりに赤黒いシミが滲んだ白い包帯が顔を横断していた。
部品の足りない顔は異様だった。鼻の奥を突き刺す独特の臭いが「ここは病人の部屋だ」と言っている。
「……ケホっ」
一人が空気を吐き出すように身体を揺らした。ヘジとメメはビクッとして繋いだ手に力が入る。
オロオロしたまま、髪型とか体型とかで自分の親を探しているらしい。服はみんな同じような薄い寝巻きを着ていた。
「かあ、しゃん?」
「……看護師さん?」
メメの声と誰かの声が重なった。一瞬、部屋に緊張が走ったのが分かる。
ふたりはパッとマリアの手を離すと、ふらふらと部屋に入って行った。ヘジはいま声を出した女性、メメはもうひとりの女性の方へ。
マリアもそのあとを追って歩いていく。
「お母さんッ!」
「ヘジ?」
「かあしゃん……?」
「メメ?」
ふたりともほぼ同時にギュッと母親に抱きついていた。
マリアは「やっぱり来てよかった」と自身の目元を熱くした。感動的な光景に鼻をスンと啜る。
が、しかし。
「アンタッ! どうしてこんなところに来たんだい!」
「あ、な、なん……」
「早く出ておいき!」
ヘジの母親は勢いよくヘジを突き飛ばし、メメの母親は逃げるように寝台から転げ落ちた。
「ヒッ……、わ、わーーん!」
「母さん…… でも」
「どうして、どうして! ここには来ちゃいけないって言われてるだろ! どうして言うこと聞けないの!」
「メメ、なのね? お願い、近寄らないで。お願いだから」
火を付けたようなメメの泣き声が耳の奥でキンキン鳴っていた。
ふたりの母親は目元の染みを濃くするように、黒に鮮やかな赤を広げている。
「あの……」
「誰だお前! 看護師じゃねえだろ! こんなところにガキ連れて来やがって!」
「でも、会いたいって…… えと、口当てもしているし、大丈夫よ」
「そんなもんで大丈夫ならとっくに会わせてやってるだろうがッ! ッン!」
べつの男が大声でがなり立て、喉を押さえてしばらくゲホゲホ咳き込んでいた。
さっきの感動がしおしお萎んでいく。
せっかく良いことしたのに、せっかく会えたのに。ヘジとメメは喜んでいるのに、どうして彼らはこんなに怒っているのか。
マリアは呆然と立っていることしかできなかった。
「早くこの子たちを連れてって!」
母親ふたりに怒鳴られて、やっとのことで足を動かす。心臓がバクバクして耳の奥が痛い。納得いかないけれど、大声で怒られたので恐怖が勝っている。
地べたで座り込んでワンワン泣くメメを抱き上げた。
「メメちゃん」
「アー! アぁー!」
「そうだ、お母さんに言いたいこと、あるんでしょ? 今のうちに。ちょっとだけでも」
「おかあーさ…… おかあしゃん!」
メメは母を呼ぶだけだった。さっきまで「早く元気になってね」とか「良い子にしてるよ」と話すんだと言って笑っていたのに。
メメの母親は寝台に隠れるように頭を抱えたまま、肩を震わせて「ごめんね、ごめんね」と繰り返していた。
もう、彼女たちは助からないのかもしれない。
……でも、だったら。
これが最後の会話になるなんて、あんまりじゃないか。
マリアは泣きそうになって、メメを寝台の反対側にいる母親の近くに降ろしてやった。「元気になってねって言うんでしょ?」と言って。
メメは母親の背に縋りついて、嗚咽で震える声で「はやく、げんきに、なってね」と言った。
それからはまたワンワン泣いた。
母親も泣くばかりだった。
反対側の寝台の側では、ヘジが突き飛ばされて尻もちをついたまま、母をジッと見ていた。赤黒い包帯をした母親をその目に焼き付けるように、睨み付けるように。
「ヘジ、行こう」
「うん」
手を引いて身体を起こしてやっても、視線は動かない。
「お母さん、待ってるからね。ぜったい、戻ってきてよ」
「いいから、出て…… 出ていきなさい……」
母の声は震えて、最後は涙声だった。
ヘジはパッとメメを見て、ギュッと目を瞑る。
と、マリアの手を振り払ってもう一度母の胸に飛び込んだ。
もうどうなったって良いみたいな、衝動的な動きだった。
ヘジの母親はグッと顔をあげながらも、今度は力強くヘジを抱きしめて。
「この親不孝もんが!」
と、叫んで唇を噛む。もう包帯は真っ赤に染まっていた。
マリアがそっと肩に手を置くと、ヘジは顔をベシャベシャに濡らしながら、マリアに抱きついた。ヘジを抱えてメメも同じように母親から引き剥がし、ふたりを連れて部屋を出る。
これで良かったのか、余計にふたりを傷付けたんじゃないだろうか。
ふたりの泣き声はマリアの良心をギリギリと締め付けた。繋いでいない方の手で溢れる涙を乱雑に拭っているけれど、それが止まる様子もない。不安になって、その場に膝を突くと彼らを並べて向き合った。
「あ、あのね、その…… お母さんは、きっと、ふたりを心配して、それで怒ったのよ」
「じ、しってるよ、そんなのッ!」
「そうなのね、ごめんね。悲しい思いさせちゃった……」
「まいあ、ありがと…… お母さん、あえた。ありがと」
メメはズビズビ鼻を鳴らしながら声を裏返す。その姿に堪らなくなって、マリアもベソベソ泣きながらふたりを抱きしめた。
何よりも嬉しい言葉だったのだ。
ふたりに喜んで欲しくて、後悔して欲しくなくて、連れてきたのだから。
「きっと元気になるわ」
「そう、かな、元気になるかな」
「なるわよ! だって、ふたりに会えたんだもの。穢れだって祓われたわ」
「うん、うん……」
三人で手を繋いで、泣きながら子ども部屋に戻った。
⁂
夕食の時間も過ぎ、あたりが真っ暗になったころ。
マリアはやっと神殿を抜け出した。
神殿の外に並ぶ馬車から覚えのある印を探して、居眠りする御者に声をかける。
「お待たせしました。帰ります」
「ンゴッ! ああ、遅かったですね。飛ばして帰りましょう」
馬車に乗り込んでフウとひと息吐いた。
大変だったし、散々な目にあったけれど、確かな手応えも感じていた。
来て良かった。明日も来よう。
見慣れない町の景色を窓越しに見ながら、いつかシェリエルに言われた事を思い出す。
『人を救うって本当はとても労力がかかって面倒なんです。貴女、愛でしか救えないから、愛の足りない人をいつでも探しているのでは?』
ヴァルプルギスの夜、彼女に言われたことはいまでもマリアの心根に深く楔を打っている。
それまで思いもしなかったけれど、言われてみればそんな気がして恥ずかしかったのだ。ふと思い出しては頭を掻きむしりたくなるような嫌な記憶。
でもそれが自分だから、まるっきり失くすことは出来ない。
愛で人を救うことの何が悪いのか……
愛だけでは足りないなら……
労力と面倒を費やせば自分にも何か出来るんじゃないか……
誰かの悪意を見つけたら見過ごせないし、危険があっても、大変なことでも、なんでも出来ることはやろう、と。
その度に怒られたけれど。
最後は殿下にまで「何もするな」と言われてしまったけれど。
だからこそ、マリアは挽回の機を狙っていた。
シェリエルやアルフォンスを失望させてしまった自覚があるから、今度こそはと熱意を燃やしているのである。
「先生も褒めてくれるわよね……」
マリアにはもうひとり、褒めて貰いたい人がいた。アルフォンスに紹介してもらった元侍女の老婦人である。
マリアは最近、放課後と休日に下山し、王都にある彼女の屋敷に通っている。厳しくて最初は泣いてばかりだったが、最強の自己肯定感を持つマリアはへこたれなかった。
寮の門限までまだ時間はあるから、少しだけ寄ってみようかしら…… 一人暮らしだから心配だし。
マリアは小窓を開けて少し大きな声で御者を呼ぶ。
「あの! ちょっといいかしら!」
「何です、転移門はもう少し先ですよ!」
「学院に戻る前に、ヘレン先生のお屋敷に寄って欲しいの!」
「あいあい! かしこまりましたぁー!」
「これ、通行証ね、先に渡しておきます!」
御者は半身を捻るように左手だけこちらに伸ばすので、マリアは首から外したペンダントを彼の手にしっかり握らせた。
これさえあればいつでもガーランドと王都を行き来でき、代金だって免除されるとても貴重なものだ。
カタ、と小窓を閉じて簡素な座席に座り直す。
揺れる車内で腕を枕にして窓に寄りかかり、また外の景色を眺めた。
「疫病が流行っているなんて嘘みたい……」
ガーランドの街は故郷の村と違って夜でも煌々と賑やかだった。





