33.難色の貴族たち
一行が馬車に乗り込もうとしたその時。
「フェルミン様! これは何事ですか!」
猛スピードでやってきた馬車が急停止すると、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが転げるように降りてきた。
髪色からするとガーランドの上位貴族らしい。
「そ、その格好はなんです……」
「コンラッド様の不在時にこのような者たちを招き入れるなど、何をお考えか!」
「不安なのは分かりますがね、これは看過出来ませぬぞ」
貴族たちは白衣を纏った集団にギョッとしながらも厳しい顔でがなり立てた。
フェルミンもしっかりこの怪しげな白衣を着込んでいて、ばつが悪そうに「それは…… その」と視線を泳がせる。
「申し訳ありませんが、時間が無いので後にしていただけますか」
「其方、ベリアルドの」
「授業中なのです。鐘が鳴るまでに戻らなければいけないので」
「そんなことは聞いておらん!」
シェリエルはなんて察しが悪いのかしら、と呆れたように言うが、貴族たちも話が通じない化け物を前にしたようにイライラと怒りを募らせる。
リヒトが「斬りましょうか?」みたいな目でシェリエルを見るが、シェリエルは軽く首を振ってその申し出を却下した。
そこにヨハンが馬車から顔を出して「嬢ちゃん先行くぞ、殺すなよ」と軽く言って御者に出発の合図を出すと、その後を数人の男たちが「おい、待て、どこへ行く!」とか「我が領で勝手なことは許さんぞ!」と怒鳴りながら追いかけて行った。
「フェルミン様、彼らにご説明を」
「はい、あ。はい!」
フェルミンがキュッと拳を握り締め、彼らに向き直す。
どうにか納得してもらおうと言葉を尽くして事情を説明したが、貴族たちはまったくフェルミンの言葉を信用していなかった。
「——彼らはいまも病に苦しむガーランドの民を助けるために来てくれたのです、どうかご理解を」
「騙されてはいけません。そのような上手い話があるとお思いですか!」
「本当なのです、彼らは善意で」
「ベリアルドにそのようなものがあるわけないでしょう!」
「そんな……」
「お父上もこのベリアルドが何かしたに違いありません。こやつらはガーランドを乗っ取る気なのですよ」
失礼な。乗っ取ろうなんて面倒なことするはずないでしょう…… 他はだいたい合っているけど。
シェリエルはそう思って、もうこれ以上話しても無駄だな、と勝手に説得を諦めた。
「信用出来ないならばその目でお確かめになればよろしいかと。わたくしどもは同行していただいても構いませんよ」
「な、」
「……い、行きましょう。これ以上ガーランドを滅茶苦茶にされるのは許せない」
「では…… 私も」
意を決した三人の貴族をよそに、シェリエルは涼しい顔で馬車に乗り込んだ。
「シェリエル、彼らを連れて行って大丈夫なの? 神殿に行くとは伝えてないわよね?」
「予備の白衣もありますし、いまごろ補佐官から説明を受けているのではないですか? 怖くなれば途中で引き返すでしょう」
「申し訳ありません、私が至らないばかりに……」
「いえいえ、フェルミン様が気に病むことではありませんよ。侯爵が引き継ぎをする暇を与えなかったこちらの落ち度ですし」
本来、領主は有識者会議で得た情報から領地の方針を固め、それを家臣に通達する。もしくは、家臣を交えて今後の方針を話し合う。
しかし、お清め隊の派遣については侯爵が神殿に入った後のことだったので、当主の不在も相まって情報が錯綜しているのだ。
少し考えれば分かることだが、あの場で彼らの事情よりも自分の都合(授業の残り時間)を優先したシェリエルは密かに反省した。
さっきアリシアに言われたベリアルド汚染を少し気にしているのである。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。いけませんね、余裕がないと人に優しく出来なくて」
「、?」
「ご自覚があるのですね! やっぱりシェリエル様は凄いや!」
「も、モーゼス……? わたしそんなに優しくないかしら?」
「え。アッ! ちがいます、シェリエル様はお優しいです! あ、と、えと! でも、その、あの! うぅ…… 違うのです……」
モーゼスはピカピカ笑顔を途端にキュウと萎ませて手をバタバタさせながら誤解だと訴える。シェリエルはそれを可愛く思って分かりやすくしょんぼりして見せた。
「そうなの…… わたしって酷い主人なのね」
「えーん! 違います! シェリエル様はとってもお優しくてッ!」
「ふふ、モーゼスも補佐官らしくなって嬉しいわ」
「うう……」
ベリアルドの補佐官は基本的に主に辛辣だ。主を疑い律することが彼らの仕事みたいなところがあるので、あれが嫌味であったならばディルクも感心したことだろう。
涙目のモーゼスにリヒトが気持ちは分かる、と言いたげにウンウン頷いていた。
「シェリエル様は補佐官と良い信頼関係を築いていらっしゃるのですね。私もいつか彼らの信頼を得られるでしょうか」
フェルミンは涙目のモーゼスを見つめながら儚げに顔を曇らせる。
「補佐官のなかに情報を漏らした者がいるとお考えなのですね」
「はい…… 今回のベリアルド緊急医療班の誘致については内々に決定したことで、まだ二日と経っていないので」
「フェルミン様、お清め隊です」と、小さく訂正するモーゼス。
「モーゼス」と、窘めるシェリエル。
深刻な空気に珍妙な沈黙が波紋を広げる。
フェルミンはそれを濁すように、「すみません、皆さんに話すことではなかったですね」と、ヘラッと笑った。
一方、ガーランドの貴族たちが乗る馬車は窓の外を見つめながら補佐官の言葉を反芻していた。
「神殿に向かうだと?」
神殿はいま病を患った平民たちでごった返しているはずだ。
貴族街を抜け、大きな丸い屋根が見えてくると、さっきまで訝しんでいた白衣や頭巾をあわあわと着込み始める。
あの白の軍団が集団自殺の会でなければいま聞いた説明は事実なのだろう、と。
「おい、あれを見ろ」
「、? あれは…… 病人を乗せた荷車か」
屋根もないただの板みたいな荷車に顔色の悪い平民たちがぎゅうぎゅうに乗せられ、それが神殿へと長蛇の列を作っている。
それはもはや穢れの道。彼らが穢れそのものに見えて、ゾッと背筋を震わせた。
「まさか、本当に神殿に…… 死ぬ気か」
「疫病は地方で処理するという話だっただろう! なぜ城下に集めている!」
「あれは城下周辺の病人です。できるだけ検体を集めてほしいと……」
「何をしようと言うのだ」
「やはりあの聖水は偽物だったのではないか? 露見することを恐れて焼き払うつもりなのでは」
が、しかし。
わなわな怒りに震わせていた唇も、馬車が神殿の門をくぐるとあんぐりと開いたままになる。
「二番清掃完了です!」
「デンゾ病の患者は二番に収容!」
「順番に案内します! 起き上がれない人はこちらに運んでください!」
「おーい、また迷子がいるぞ! このガキどうにかしろ!」
「ヨハン先生、重等症患者出ました!」
「クソ、話がちげぇ!」
そこは戦場だった。
死人みたいな顔をした男や、顔を腫れ上がらせた女、泣き喚く子どもに、目から血を流す老人。
そのなかで白装束がなにかを叫びながら忙しく走り回っている。
「これは……」
貴族たちは疫病を数字と文章でしか知らなかった。
病人の数が増え続けることにそこはかとない恐怖は感じていたが、幸い死者数はそれほど増えていない。
彼らの頭のなかには寂れた農村でコホコホと咳をしながら静かに寝込んでいるぼんやりした像しかなかったのである。
「あ、ちょうど良いところに」
「は?」
目の前を通り過ぎようとした少女の白頭巾から真っ白な毛束が揺れ、それがベリアルドの姫君だと知る。
彼女は子どもを抱えた白装束を呼び付けると、グズグズ泣く子どもに「おじちゃんがお母さんを探してくれるわ」と言って勝手に引き渡してきた。
平民の子どもなど押し付けられても困る。
「迷子は彼らに引き渡して! 各自自分の仕事に専念するように!」
「イエス、サー!」
「サー、ではないが…… 意味分かってるのかしら」
シェリエルはボソッと呟くとポニーテールを揺らしてくるりと振り返り、有無を言わせぬ冷たいサファイアブルーの瞳で貴族たちに指示を出す。
「子守りくらいできますよね? まだ数人いるので預かってください」
「は、え、」
小汚い子どもに泣きつかれ、それを振り払うことも出来ず、颯爽と歩き出すシェリエルの背中を呆然と見つめる。
しまいには城の補佐官にも置いていかれたので、何の説明もないまま社交で培った把握能力を駆使して状況を理解しようと努めた。
「あれは…… 病を選別しているのか」
「魔導具が出来たと聞いていたが、あんなに早くわかるものなのだな」
いくつかある列の先頭では白装束が円盤のような魔導具を持って立っていた。
患者の指先を針で刺して血液を円盤の中央に垂らし、それを見てどこに行けとか指示を出している。
平民が言われた通り縄で区切られた区画に向かうとそこには年老いた白装束がいて、口を開けさせたりまぶたを開いたりして先を光らせた杖で診察していた。
彼らはどうやら医者らしい。木箱を広げて病人に薬を飲ませている。
フ、と視線を列に戻すと、判別係とおぼしき白装束は小瓶に入った液体で布を濡らして円盤の血を拭き取り、次の患者にもさっきと同じことをしていた。
他にも、使った針を集めて洗って鍋で煮沸する者。起き上がれない者を板に乗せ神殿のなかに運ぶ者。空になった荷車を洗浄し拭き清める者。
医者と掃除夫が混ざったような不思議な集団は慣れた手付きで作業に没頭している。
「これが、お清め隊……」
「祓いをするわけではないのか」
「あれだけで病が特定出来るとは」
ワンワン泣いていた子どもも迷子係のおじさんに引きずられたのか、ポケッとその様子を見つめていた。
「おい、お前。名は?」
「ヘジ」
「ヘジか、良い名を貰ったな。強い男になれという意味だ。母はどんな姿だ?」
「母ちゃん……さがしてくれるの?」
「仕方ないだろう」
ガーランドの上位貴族——改め、迷子係三人衆はそれぞれ視線を交わしてから、一人が渋々といった様子で男の子を抱き上げる。それから三人で肩を丸めながら邪魔にならないように庭を歩いて回った。
「いや、お前、まさか病を患ってはいないだろうな」
「ボクはだいじょうぶだって。ゆび、チクってされた」
「母はどんな病だ?」
どうやら病の種類で収容先を分けられているようなので、それが分かれば簡単に見つかるだろう。
「んーとね、コホコホしてて、血のなみだがでるの」
「おい、本当にお前大丈夫なのだろうな?」
「血涙とは恐ろしい……」
それは特に珍しい病であった。
熱はないが咳が止まらず、酷くなると咳をするたびに目から血涙が飛び出すという。
迷子係たちも最近領主から報せを受けて知ったくらい、ガーランドでも前例のない病だった。
「ええと…… ちょっと君、血涙を流す患者はどこにいる」
「迷子係の方ですね。そこにも一人居ますからよろしくお願いします。あ、血涙病は七番です。旗が立っているのでそれを目印に探してください」
「あ、おお」
またひとり迷子が増えた。渋々もう一人が小さな女の子を抱き上げる。
「君、名前は?」
「メメ」
「メメか、ええとメメは…… メメはどういう意味だ?」
「メメはね、ママがお乳でなくてヤギの乳でそだったからメメなの」
「そうか…… 良い名を貰ったな」
「お前さん、さすがに適当過ぎやせんか?」
迷子係三人衆はやっとのことで七番の旗を見つけ、「ヘジの親はいるかー!」と声をかける。
しかし、その区画にいる患者はほとんどが目に包帯を巻いていてキョロキョロするばかり。それらしい反応を見せる女もいない。
医者らしき白装束がよろよろ歩いてきたと思ったら、唯一布に隠されていない目を三角にしてギャンッと叫んだ。
「子を連れて歩き回るなッ! 病を運ぶだろうが!」
「や、これは、親を探せと……!」
「一箇所で待機しておれ! 一人が迷子を預かっていると声を掛けてまわれば良いだろうが! 少しは物を考えて行動出来んのか」
なんて理不尽……
しょんぼりする迷子係三人衆。
他領の貴族に怒鳴られたにも拘らず、この場の空気に圧倒されて怒り返す気力もなかった。
「おじちゃんたちは悪くないもん! ボクの母ちゃんさがしてくれてるんだもん!」
「カーッ、マスクも無しに喋るな小僧が! ほれ、これやるから口に巻いてもらえ、そっちのお嬢ちゃんも」
「えー、これなにもかいてないよ? ボクもおじいちゃんみたいなカッコいい絵が入ったやつがいい」
「ったく、近頃の若いもんは。……この美しき陣に憧れる気持ちは分かるがな。お前さんはこれで良い、魔力がないと意味がないじゃろ」
「えーー! やだー!」
「うるさい、そのおじちゃんに描いてもらえ! わしは忙しいんじゃ!」
それには三人衆は「えー……」と声を揃えた。
見よう見真似で描ける陣でもなし。これでは本当に子守りである。
しかし、ヘジもメメも目を光らせるので「あとで描いてやるから」と言って小さな無地のマスクを結んでやった。
ゴタゴタと慣れない子守りをしていると、白装束でも分かるくらいガラの悪い男がやって来た。
目つきが殺人鬼みたいだった。
「おやっさん、そっちはどうだ」
「ヨハンか。軽度のくせに人数が多い、血涙が病を運ぶらしい。症状がない者はここに来るまでに貰ったのだろう」
「どの病と併発してんのか記録取ってくれ、薬の調合できそうか?」
「もうやっておるわ。病はわしらの主戦場ぞ」
「へいへい、そうでした」
彼らの会話からヘジの母親は神殿のなかだと見当をつけ、迷子係三人衆は静かにその場を離れた。これ以上ここに居てもまた怒られそうだったので。
「どうする。神殿のなかも探してみるか?」
「また怒られるぞ」
「ますく? だったか? これをしていれば大丈夫だろう」
「ねー、カッコイイやつかいてー!」
「メメもカッコイイやつかいてほしい」
「あとでな。まず母君を探すぞ。おい、鼻水付けるな」
母を探していざ行かん。
迷子係三人衆の旅は続くのであった。





