32.異色の実地研修
「少し早いですが、いえ、本当に早過ぎるのですが、まあ君たちには今更という話ですので……本日から課外授業に移りたいと、思います……」
アルバラは家族を人質に取られているみたいに無理やり言った。
シェリエルとアリシアは「はい!」と勇ましく答えて、アルバラの研究室でティーカップを揺らす。
遠くで予鈴が鳴り、アルバラが「まだ時間はありますね」と、忙しそうに机に向かった。その背を見ながらふたりはお喋りを再開する。
「でも良いのかしら。フェルミン様の爵位継承はまだなのでしょう? ガーランドで勝手なことをしては他の貴族が黙っていないのではない?」
「結果を出せば怒られるようなことは無いと思いますよ」
パッと手を止めて振り返ったアルバラが「そうは言いますがね! まったく、君たちはこれがどんなに危険なことか分かっているのですか!」と、早口で言って、また手元の資料を整理し始める。
「一応、対策はしてありますし……」
「はぁ…… 私はあまり実動向きではないんですよ。どうしてこんなことに……」
疫病の蔓延する地にわざわざ乗り込もうだなんて。と、アルバラはブツブツ不満の声を漏らしていた。
ことの始まりはサロン・シャティエルのお披露目会での一件であった。
学院戦で皆に美容自慢したいディオールに去年の学院戦が楽しかったのでまたやりたいシェリエル。共に動機は単純なものである。
そして親の後押しを得たシェリエルの行動は周りがドン引きするほど早かった。
その翌日、シェリエルはサークルの部室に顔を出すみたいな手軽さで「どうもー」と有識者会議に乗り込むと、パパッと情報を精査し、全員にやるべきことを指示を出していったのだ。
『疫病の種類、感染者数は出ていますね。では元老院と研究者の皆様で緊急度の判定基準を定めて、それぞれの領地をレベル設定してください』
これは一日、二日でできるだろう。国から援助もしているので細かい情報はもう集まっている。
そして、シェリエルはこうも言った。
『緊急度の高いところから対応策を個別に出したいと思います』
これに領主も他の有識者たちも困惑はしても反対することはなかった。
すでにベリアルドでは信じ難いほど疫病の被害を抑えられているので、シェリエルが直接出向くと言えばその知見を欲しがり我先にと手を挙げるくらいである。
シェリエルにしても、これを授業にしてしまえば自分の時間を削られることもないし、単位も貰えるのでちょうど良い。
困るのはそんな危険な場所に引率しなければいけないアルバラ一人なので、他領への干渉もトントン拍子に決まったというわけだ。
「シェリエル、こんなにのんびりしていて良いの? フェルミン様には本鈴の時刻で伝えてあるのでしょう?」
「はい。ここに転移門を設置しましたから」
「……転移門。え、ここに?」
「昨日、有識者会議のあとでユリウス先生と」
「大丈夫なの? 転移門の設置は…… その」
アリシアは小さく「犯罪よ」とシェリエルに耳打ちする。
イザベラを運んだときのように、自室からこっそり転移をするのだと思っていたらしい。
そも、他領への転移は密入国のようなものなので本来は禁止されている。できる人間が居ないので、対策がされていないというだけだった。
今回は許可を得た訪問であるが、転移門の設置は領域権限問題が絡んでくるので本来なら賢者が管理し魔術士団が設置することになっている。
もちろん、昨年学院に設置した転移門は王の権利侵害にあたり、マルゴットが激怒するのも当然であった。
が、しこたま怒られたシェリエルに抜かりはない。
「昨日、有識者会議でチャールズ様から許可をいただいて来ました!」
「あ、そうなの…… 叔父様が」
「アリシアも一緒だと伝えると誇らしそうにされていましたよ」
「まあ、叔父様ったら…… まさかそれで許可したのではないでしょうね? 贔屓は良くないわ」
そう言いつつもアリシアは照れ臭そうに笑っていた。
有識者会議の良いところは、その会議に国のあらゆる決定権を持つ人間が集まっているところだ。
昨日は国王アルフレッドも出席していたし、魔術の全権を握る賢者も揃っていた。非常時ということもあり例に漏れず反対する者はおらず、賢者が「自分たちも見たい」と騒ぐぐらいで、転移門の設置もすんなり許可が降りたのである。
「やはり実績が大事ですよね。信頼とも言いますが」
「シェリエルはこうなることを予期して魔導具を公開したの?」
「んー、具体的なことは考えていませんでしたが、家門が使えるのは“脅し”だけなので、なにかあったときにどうにかできるだけの自由度は欲しかったのです」
「なにかって?」
「主に身内の不祥事ですが……」
「ああ…… 大変ね」
「はい」
ふたりでげっそりしてしまった。反抗期の子を持つママ友みたいな空気だ。
「でも、それがこうやって役に立っているのだから、シェリエルは先見の明があるのね」
「いえ…… わたしは、たぶん臆病なんです。潰しが効くような選択をしがちと言いますか……」
それは前世の癖だと思っていたが、最近では“死”を経験し過ぎたからではないかと思うようになっていた。
人はいつか自分の力ではどうにもならない時がやって来る。それが分かっているからこそ挫折や絶望を回避しようとしているのではないか。
もっと言えば、自分が持ついくつかの死の記憶が自然死ではなかった——それが大きいのではないか、と。
そうなると危惧するのは自分の最期だけではない。
身内が極刑待った無しの悪事を働きがちなので、国を動かすくらいの手札を持っておかなければ不安なのだ。
「臆病な人間がこんな大胆なことをするかしら?」
「ふふ、身内が大胆なので仕方なく」
「それもそうね。でも。あとはガーランド侯爵の沙汰を待つだけだもの。もう安全……大丈夫なのよね?」
「……?」
「え、どうしてそんな心当たりが無いみたいな顔をするの。本当に大丈夫なの?」
アリシアは反応の薄いシェリエルの肩を不安そうに小さく揺さぶる。
が、シェリエルは話の脈絡が掴めず、なぜここでガーランド侯爵が出てくるのか、と視線を上にやって考え込んでいた。
ええと、ユリウス先生的にも平和的に?ケジメを付けられたようだし…… お兄様もそれに悪ノリしただけだろうし…… ッ!
「あ、禍玉!」
「そ、それはディディエ様たちにお任せするのでしょう!?」
「あれ? 違いました?」
「マデリン様よ、学院で不穏な動きがあったじゃない!」
そうだった!
シェリエルはピコ、と閃いたように少しだけ目を大きくした。すっかり忘れていたが、元はと言えば新学期よく分からない噂が広まり、それが大人の思惑であるとの推測からすべてが始まったのだ。
「そんなこともありましたね」
「マデリン様はどうするつもり?」
「わたしはどうするつもりもありませんが……」
「あまり関心が無いのね」
「害もありませんし」
「シェリエルだって不名誉な噂で尊厳を傷付けられたじゃない」
そ、そうだったのか……
と、シェリエルは今度こそシュッとした目をクリクリに丸めた。
夢ではもっと酷い——それこそ、生徒も教師も関係なく学院全体から、家族からも“迫害”と言うくらいの扱いを受けていた。
シェリエルと話す人間は誰もいなかったし、言葉は一方的に投げ付けられるだけ。
『なぜこんなところに紛い物が居るのかしら』
『恥知らず』
『出来損ないの悪魔』
『欠陥品』
『死ねばいいのに』
鮮明ではないものの、それらの言葉を受け取ったという認識だけはある。
が、それよりもシェリエルの尊厳をちびりちびりと削って行ったのはあの孤独感だった。
人として扱われないなかでは自分を人だと思うこともできなくなる。
夢だというのに“記憶”に思えるほど鮮明な体験はシェリエルの人格にも大きく影響しているらしい。
「ふふ…… あんなもの、わたしの尊厳を傷付けるには火力不足ですよ」
「は、鋼の精神……」
「アリシアやお姉様、領地の皆や家族のおかげです。皆が愛してくれるので、わたしは傷つかないのです」
「シェリエル……」
アリシアはホロっと笑って「ならシェリエルは無敵ね。わたしたちはいつでも貴女の味方よ」と、腕を絡めてコテとシェリエルの肩に寄り掛かった。
アルバラはほとんど話が耳に入っていないらしく、読み込んでいた資料から視線を上げると「呑気なもんだ」と溜息で紙の端を揺らす。
「でも、禍玉のことは気になるので…… マデリン様はもう少し調べた方が良いかもしれませんね」
「彼女にそんな大切なものを渡すかしら?」
「ガーランド侯爵が持ってなかったので可能性は充分あると思います。もうあの方の手に戻ったと考えることもできますが……」
ライアが禍玉を悪魔の証明に使うつもりならば……
きっと人目の多い学院戦だろう。どうやって使うのか、どんな形なのかも分からないが、わざわざ神官を痛めつけて穢れを集めていたあたり、祓い目的のお守りではないはずだ。
文献も残っておらず、実物を見たことがないのですべては推察の域を出ない。
しかし、嫌な予感だけはあった。
「まだなにかあるのね?」
「学院戦でまたなにか動くと思います」
「な、え。じゃあ中止にしたほうがいいじゃない! 今度こそ死人が出るかもしれないわ」
「いえ、学院戦は決行してもらいますよ」
「そんな!」
「何が起こるか分からない上に時期まで曖昧だと構えるこちらが消耗しますから。警戒すればするほどどこかで緩みが出ます。ならば、いっそ時期を絞ってしまった方が動きやすいのです」
「ディディエ様もそうお考えなのね?」
「たぶん…… 他人の生き死にを気にしませんからね、あの二人は。それよりも自分の寝首を掻かれる事を厭うのでそう調整しているはずですよ」
「なんてこと……」
「だからこうして外部からの信用をですね、地道に勝ち取っていかないといけないというわけですよ。わたしたちが予期していたことも知られてはいけませんし、もしそうなった時には“どうしようもなかった”と思わせなければ責任問題になりますから」
「シェリエル…… どうしてしまったの、それじゃまるでベリアルドよ」
「ウッ…… 彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と言うことです……」
ベリアルドを制御するにはベリアルドの思考を理解しなければいけない。
基本的に己に害が無い一番合理的な策を取るのがベリアルドなので、倫理に目を瞑れば理解はできるのである。
「それにしては、貴女たまにとんでもない事を言うわよ?」
「それは…… たしかに面倒になったり、バレなきゃ良いかと思ったり、自分の利を優先したりすることもありますが…… 倫理的に駄目な事はしっかり理解しています」
「ディディエ様も似たようなことを仰っていたわ。倫理は学んでいるから理解している、と」
「え、ええ? そんな、え? 一緒にしないでください! わ、わたしは大丈夫です。だ、誰だって、簡単な方法があってもそれがいけない事だと分かっていれば我慢しますよね? わたしは駄目元で言ってみるみたいなところはありますが、無理に押し通すことはありませんし。あれ? そう考えるとベリアルドも至って普通なのでは? ちょっとだけ我慢が効かないだけで…… あ、これは正当化ではなく」
「シェリエル…… 普通は簡単に人を死なせる選択肢は出てこないのよ」
「……なんですって」
シェリエルはまだ自分はまともだと思っていたので咄嗟に言い訳が脳を駆け巡り。
いやいや、大丈夫。これはたぶん、なんとかできる自信があるからで…… 誰も死なせはしないわ。そう、言うなれば慢心! ……て、ダメじゃないの!
と、余計に思考を忙しくする。
もちろん、被害は最小限に抑えるつもりだ。
多少穢れても祓えば良いし、死人も出ない方が良いに決まっている。
死人の数で考えれば一番は明日にでもライアを暗殺することだが、それはユリウスが許さない。
であれば、ライアを拘束するしかないが、いまライアを罪に問えばアルフォンスの継承権が失われてしまう。
そうなるとユリウスが王位を継ぐか公爵家から擁立するしかなくなり、現状ユリウスが復権する可能性が高いだろう。
シェリエルはどうしてもユリウスを王にはしたくなかった。
自分が王妃になるのも御免だし(勝手に結婚するつもりでいる)、彼の危険思想は理解しているので国を治めるなんてとんでもないと思っているのだ。
それこそ死人がたくさん出ることになるだろう。
「どうしたの? やはり不安なことが?」
「はい…… 国が滅亡してしまいます……」
「なんの話!」
アリシアはギョッと目を見開いて、「どういうこと! いやよ、怖い!」とまた絡めた腕をブンブン揺さぶった。
シェリエルはグラグラ揺られたせいか「でもそういうところがかわいいのよね。放っておけないというか……」と、あっさり乙女脳に切り替えている。
そんな和気藹々としたお喋りに終わりを告げる鐘が鳴る。
本鈴と同時にリヒトとモーゼスが研究室に入って来た。
「失礼します……」
「お待たせ致しました! 本日はよろしくお願いします!」
モーゼスの明るい挨拶にアルバラも観念したのかそっと資料を置き、ハァと嫌そうに溜息を落とす。
「では行きましょうか」
一瞬で転移した先はガーランド侯爵領の本城。
正門を入ったすぐのところにある広場であった。
「お待ちしておりました、シェリエル様、アリシア様。それと……」
「お招きありがとうございます。こちら統治のアルバラ先生です」
「お初にお目にかかります、アルバラ様」
「本日はよろしくお願いします、フェルミン様」
ふたりは硬く握手を交わす。
フェルミンはこの一日、二日でグッと大人びた表情をするようになった。
チラとシェリエルたちの後ろに視線をやり、リヒトを見てビクッと肩を小さくしたあと、モーゼスと目を合わせて安堵するように頬を緩めた。
「モーゼスも来てくれたのですか」
「ハイ! 私も補佐の評価点が貰えるそうです!」
「でも…… ガーランドはいま安全とは言えないので……」
「ご心配には及びません! 私はシェリエル様の加護がありますので!」
フェルミンはそれを気遣いの言葉と受け取ったらしく「モーゼスは優しいのですね」と弱々しく笑う。
が、モーゼスは言葉通りシェリエルの加護があった。
むかし、ヨハンの屋敷に押し入った時に作った防護服もどきの結界を少し改変して祝詞に書き出し、何度か試すことでモーゼスにも陣を保存させてあるのだ。
ついでにアリシアの持つシェリエルの魔力結晶にもその陣を加えたのでアリシアはずっと学院の空気を吸っている。
リヒトは命の加護を持つので元より免疫力が人より高く、シェリエルは言わずもがな。
アルバラは……
ひとり青い顔をしていたのはそういう理由である。彼は穢れの恐怖に新しく得た空気感染の恐怖が上乗せされた形になり、心底怯えていた。
「アルバラ様は顔色が良くないようですが」
「お、お気になさらず…… これでも研究者の端くれ、実際に目にしなければ分からないことも多いと覚悟を決めて参りましたので」
「アルバラ先生、大丈夫ですよ」
「ええ……」
「ほら、彼らも無事到着したようですし」
「え?」
乗り付けられた数台の馬車から真っ白な集団がぞろぞろと出て来る。
先頭のほとんど茶に近いピンクブラウンのモジャモジャ頭が「久々だな、嬢ちゃん」と軽く手を上げ、隣の若草色にパシ、と手を叩き落とされていた。
ヨハンとメアリだ。
唖然とするアルバラをよそに、シェリエルのうしろにザッと整列する白の軍団。
「フェルミン様、入領許可の手続きありがとうございました」
「い、いえ、補佐官任せで、私は判を押すだけだったので。あの…… 彼らが例の」
「ベリアルドのお清め隊です。このヨハンはベリアルド領内最高の医術士で、彼が選りすぐった精鋭を連れて参りました」
「そんな、ガーランドにそこまでの人員を割いていただけるなんて……」
フェルミンはあわあわと補佐官を見上げ、補佐官たちもあわあわと縋る先を探していた。
アルバラはすでに病の恐怖も吹き飛んだらしい。論文で見たアレコレを目の前にして興味と興奮が勝ったのだ。
「これが白衣ですね! なるほど、揃いの隊服のようでありながら、簡素な作りで大量生産も可能。羽織るだけで良いのでなかの衣装まで一式揃える必要がなく一目でお清め隊だと判別できると! はい、ちょっと失礼しますよ。うん、素晴らしい、この生地ならば洗濯でも傷みづらくすぐに乾くでしょう。病が体液でも感染するというならば汚れが分かりやすい方が良い。白はシェリエル君の眷属であると示すと同時に感染予防の為でもあると」
「後者のつもりで白にしただけですよ……」
「ふむふむ、ああ、この腕章たしかに分かりやすい。彼が医術士で…… 彼女たちが看護師、でしたか。神官には必要ないかと思ったのですが頭巾を被るならばたしかに必要だ」
白衣を羽織ったお清め隊は中はシンプルなズボンとシャツ。女性は白薔薇の館で支給しているメイド服もどきの制服をさらにスカートの膨らみを抑えてシンプルなワンピースとして仕立てている。
女性は平民でも衣服が複雑なのですぐに着替えられるように安価な生地で大量生産してもらった。
「ほらよ、嬢ちゃんたちの白衣だ。デヴィッドがよろしくってさ」
「ありがとうございます」
「ヨハン! 言葉遣いがなってないわ!」
「うるせぇー」
「ふふ、メアリとも仲良くやってるようね」
「だれがこんな説教女と……」
ヨハンが目を上にして「ゲー」と舌を出すと、にっこり圧のある笑みを浮かべたメアリが「その舌引っこ抜くわよ」と胸元からペンチを取り出していた。
そんなメアリを初めて見るので、思わずクスッと笑いが漏れてしまう。これだけ一緒にいるのに、メイドとしてのメアリしか知らなかったのだと思い知らされて。けれど、新しい一面を知れたことを嬉しく思うのだ。
「メアリ、遠征にまで同行してくれてありがとう。助かるわ」
「滅相もございません。光栄です」
シェリエルはリヒトが受け取った白衣から男性物の白衣を抜き取ると「先生もどうぞ」とアルバラに手渡す。
「おおー! では失礼して。ほうほう、これが噂の防水陣……」
アルバラは襟の縫い付けを確かめる。手のひらほどの四角い布には魔鉱石を使った特殊なインクで陣を施していた。
陣の効果は軽い防水で、ちょっとした水滴なら弾いてしまうので体液が染み込まない。無論、着ている人間の魔力を勝手に使うので極々微弱な魔法であり、洗濯のときは魔力供給が断たれるので普通の布になるという仕組みである。
これも最初は手作業で描くようにしていたが、インクの扱いが平民には難しいので普通にハンコを作ってベタベタ押していった。至極原始的な手法である。
後ろ首のあたりに魔法陣のタグを縫い付けたのも、直接肌に触れてなおかつ魔力供給がしやすいからだ。
今日はアルバラもこのために襟の無い寝巻きのような丸首のシャツを着て来ている。
と、アルバラはすでに論文を書くためにこのあたりのことは熟知していたが、ガーランド勢は大変な騒ぎになっていた。
フェルミンはポカンとしているだけだが、彼の補佐官たちは目を白黒させて「なんと! こんなにたくさん!」とか「これは着る魔導具ではないですか!」と白衣の仕掛けに夢中になっている。
「アリシアは大丈夫そうですか?」
「ええ、あまりにドレスには合わないわね……」
「アリシアにヨーガ服や看護服を着せるわけにはいきませんしね」
アリシアは膨らみの控えめなベリアルドのドレスを着ていたが、それでも切り替えのない白衣は脇から山のように裾を広げて少し不恰好だった。
シェリエルはボタンを留めたアリシアのウェスト部分を太いリボンでキュッと絞ってやる。
「これならトレンチコートみたいで可愛いですよ」
「とれんちこぉと? でも本当、おかしくなさそうね」
シェリエルはもちろん騎士服で来ているので上着を脱いでサッと白衣を羽織る。
どう考えてもカッコイイ。正直なところ、現地視察する気になったのも自分で白衣を着てみたかったという下心が大きく、割烹着ではなく白衣にしたのも単純にカッコイイと思ってのことだ。
揃いの白衣に憧れない人間がいるだろうか、否、白衣には全人類が血沸き肉躍ると相場は決まっている。
と、まあ、ここまでは良かったのだが。
お清め隊が白布を取り出しそれぞれ頭に被り始めると、その滾りもだんだんと様相が変わってくる。
お清め隊が三角頭巾のように頭髪を囲い、さらには大きな魔法陣が描かれた布マスクを装着すると……
格段に怪しさが跳ね上がった。
「シェリエル、あのこの口当ては? 陣は錬金術ね?」
「マスクです。空気の浄化陣を記してあるのですが……」
もはやどこからどうみても怪しいカルト集団である。
シェリエルはさっきまで理知的な医療集団のボスを気取っていたのに、これでは似非科学信奉者の親玉の方が相応しいくらいだ。
これはもうどうしようもない。防護服もどきの結界はそれなりに魔力を使うので誰でも使えるわけではないのだ。
よって、口元に直接浄化フィルターを取り付けるのが一番魔力効率もよく手軽だった。
この三角頭巾と布マスクの生産もデヴィッド主導の針子集団による開発とベリアルドの女たちの内職で賄っている。人手不足になるのも当然で、見た目に拘る余裕なんてなかったのである。
けれど、そんな些細なシェリエルの落胆をよそに、アルバラはやる気を漲らせているようだった。
「こ、これなら……」
「アルバラ先生、ご安心いただけましたか?」
「ふむ、負ける気がしませんね!」
勇ましくマスクの紐をギュッと縛ったアルバラはいつもの研究者の顔になった。
いや、もはや戦地に赴く歴戦の兵士の顔だ。
そのアルバラをグイッと押し退けて、ヨハンがパンパンと手を叩く。
「時間がねぇから手早くやるぞ。これより城下に降りる。三番隊は先に出て清めをはじめておけ。いつもの仕事をやるだけだ、全員病をぶち殺す気で行け」
「イエス、ボスッ!」
士気は上々。
勇敢なベリアルドお清め隊に、シェリエルも「おぉ〜!」と子どもみたいにはしゃいでいた。
長らくお休みしてしまい、申し訳ありませんでした。
ホラー映画観てました。楽しかったです。





