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存在ゼロの俺は、世界を喰らう怪物たちを逆に喰らうことにした ~家族に忘れられた最弱の俺が、捕食で成り上がって思い出してもらうまで~  作者: 燈野いさり
第1章 世界に忘れられた日

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第6話 視えてるの

少女は銀の杭を構えたまま、ゆっくりと距離を詰めてきた。


 切っ先は、正確に俺の喉元を向いている。


「動かないで」


 凛とした声だった。凛としすぎて、かすかに震えているのが余計に分かる声だった。


「……今の、見ていました。あなた、九位を――喰った」


 九位。あの影のことか。


「そういう固有種の報告は、ない。存在喰いが存在喰いを捕食する事例も、ない。だから答えて。あなたは、何」


「何、って聞かれてもな」


 俺は両手を上げた。降参のポーズ。喰ったばかりで満腹だし、こんな夜中に女子と決闘する趣味もない。


「人間だよ。……いや、人間だった、が正しいのか? 自分でもよく分かんねえんだわ」


 少女の眉が、ぴくりと動いた。


 彼女は杭を構えたまま、じっと俺を見た。上から下まで。それから、信じられないものを見る目で、もう一度俺の顔を。


「……嘘。存在値が――視えない。ゼロ?」


「そのゼロってやつ、あんたには視えるのか」


「ゼロは『視えない』の。観測できないから、ゼロ。なのに、あなたはそこに立ってる。輪郭がある。声がする。目が、合う」


 少女の声から、敵意よりも先に、混乱がこぼれ出していた。


「ありえない。存在値がゼロになった人は、器ごと消えるのに。残らないのに。なんで、あなた――」


 そこで彼女は言葉を切って、一歩だけ、さらに近づいて。


「……見える。あなた、視えてるの? あの子たちが――存在喰いが」


「視えてるよ」


 俺は言った。


「視えてるし、触れるし、ついさっき知ったんだが、どうやら喰える。あいつらは俺を仲間だと思ってて、警戒すらしない。……で、そっちこそ何なんだ? あんた、俺が視えてるだろ」


「わたしは――」


「いや、その前にさ」


 自分でも驚くくらい、勝手に言葉が出た。


「あんた、さっきから俺を見てるよな。ずっと。目、逸れてないよな」


「……? 見て、いますけど」


「三十秒以上」


「はい?」


「俺のこと、三十秒以上見てる。会話が、続いてる。……あんた、俺を忘れてないよな? 今、話の途中で『どちらさまでしたっけ』って、ならないよな?」


 少女は、きょとんとした。


 それから俺の言葉の意味を理解したらしく、ゆっくりと、杭を下ろした。


「……あなた、名前は」


「灰島トワ。灰色の島に、永遠のトワ」


「灰島、トワ」


 ――その瞬間のことを、どう説明したらいいんだろうな。


 喰われてから五日。母さんは俺を「どちらさま」と呼んだ。慎吾は「どちらさん」と呼んだ。役所の職員は俺を検索できなかった。世界中のどこにも、俺の名前を呼ぶ人間はいなかった。


 それを今、初対面の少女が、確認するみたいに、二回。


「灰島トワ。……観測、できてる。わたし、あなたを認識できてる」


 喉の奥が詰まって、返事が遅れた。情けない。名前を呼ばれただけだぞ。呼ばれただけで、こんな。


「……ああ」


 それだけ言うのが、精一杯だった。


 少女は銀の杭を腰の後ろに収めて、姿勢を正して、俺に向き直った。生真面目を絵に描いたような、直角のお辞儀だった。


「白羽ヰナ。灯守――存在喰いの討伐機関の者です。灰島トワさん」


 顔を上げた彼女の目は、もう震えていなかった。


「あなたの話を、聞かせてください。最初から、全部。……大丈夫」


 なにが大丈夫なのか、彼女はこう続けた。


「わたしは、途中であなたを忘れたりしないから」


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