↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
存在ゼロの俺は、世界を喰らう怪物たちを逆に喰らうことにした ~家族に忘れられた最弱の俺が、捕食で成り上がって思い出してもらうまで~  作者: 燈野いさり
第1章 世界に忘れられた日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/60

第55話 だれ

 俺が図書館に着いたのは、夜の十一時だった。


 ヰナは、通用口の前で待っていた。


「――早いです」


「走った」


「四キロあります」


「走った」


 俺は、息を整えた。


「入るぞ」


「はい」


   ◇


 地下五階の閲覧室に、その紙はあった。


 机の上。


 俺が置いた記録票の束の、一番上。


 白紙の記録票の、端に。


 鉛筆で、小さく。


 ――『だれ?』


   ◇


 字は、下手だった。


 というより、書き慣れていない字だった。線が震えていて、「だ」の点の位置がおかしい。


 俺は、その紙を、しばらく見ていた。


「――子供だな」


「はい」


「小学生くらいか」


「――そう思います」


 ヰナが、机の脇に立った。


「灰島さん。持っていかれた一枚は、これです」


 彼女は、リストを出した。


『二十七番 滝沢イサム(十四) 野球部』


 ――俺が、一番最初に書いたやつだ。


   ◇


「……なんで、これを」


「わかりません」


「一番上に置いてあったわけじゃないよな」


「二十七番目です。束の、真ん中あたりです」


 俺は、机を見た。


 ――束が、乱れていた。


 几帳面に揃えて置いたはずが、端がずれている。


 誰かが、全部めくったのだ。


 四十七枚、一枚ずつ。


 そして、二十七枚目だけを、持っていった。


「……野球が、好きなのかもな」


 俺は、そう言った。


   ◇


 俺は、椅子に座った。


 七位が座っていた、背表紙の椅子。


 座ってみると、意外と、座り心地が悪かった。


「――ヰナ」


「はい」


「今日から、ここに泊まる」


「――は?」


「泊まる」


「いけません」


「なんでだよ」


「規則です」


「規則!?」


「灯守の施設に、無許可で宿泊するのは」


「――ヰナ」


 俺は、彼女を見た。


「三年前、俺が誰かに見つけてほしかった時」


 俺は、言った。


「見つけてくれる奴が、そこで待っててくれてたら、どんなによかったか」


   ◇


 ヰナは、口を閉じた。


 しばらく、動かなかった。


 それから、彼女は、鞄を床に置いた。


「――申請書を書きます」


「は?」


「『施設保全のための泊まり込み調査』です」


 彼女は、ペンを出した。


「様式に則れば、通ります」


「――あんた、ほんと」


「様式は、使うものです」


 彼女は、真顔で言った。


「使われるものではありません」


   ◇


 その夜から、俺は図書館に泊まった。


 寝袋を持ち込んで、地下五階の隅に敷いた。


 一晩目は、何も起きなかった。


 二晩目も。


 三晩目も。


 四晩目の夜中、俺は、物音で目が覚めた。


   ◇


 ――ぱさり。


 ページを、めくる音だった。


 俺は、寝袋の中で、目だけを開けた。


 閲覧室の中央。


 机の前に、影があった。


 小さい。


 ――子供だ。


 背丈は、俺の腰くらい。


 その子は、机の上の記録票を、一枚ずつ、めくっていた。


   ◇


 俺は、動かなかった。


 ――動いたら、逃げる。


 三年前の俺なら、絶対に逃げた。


 誰かに見つかりそうになるたび、俺は逃げた。逃げてから、なんで逃げたんだろうと、毎回思った。


 ――見つけてほしいのに、見つかるのが怖い。


 あの感じを、俺は知っている。


 だから、俺は、寝袋の中から、静かに言った。


「――野球、好きか」


   ◇


 影が、跳ねた。


 振り返った。


 顔は、暗くて見えなかった。


 でも、目だけが、こっちを見ていた。


「――逃げなくていい」


 俺は、寝袋から出ずに、そのまま言った。


「俺、灰島トワっていう」


 俺は、続けた。


「三年前に、あんたと同じになった」


 影は、動かなかった。


「二年八か月、誰にも見つけてもらえなかった」


 俺は、天井を見た。


 万を超える背表紙が、暗闇の中で、静かに並んでいた。


「――でも、見つけてもらえた」


   ◇


 長い、沈黙があった。


 どのくらいだったか、わからない。


 やがて、小さな声がした。


 掠れていて、ひどく、聞き取りにくい声だった。


「……ぼく」


 俺は、息を止めた。


「ぼく、なまえ」


 その子は、言った。


「――なまえ、わすれちゃった」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。